お疲れ、穴突かれガール   作:虫野律

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「あの樹生が、あの渡辺に連れていかれてるから何事かと思えば、探偵ごっこときた──って言っちまうと渡辺はキレそうだな」そこで森は、くっくっと喉の奥で笑い、「だが、お前らは名探偵じゃねぇな。せいぜいが引き立て役の三下──面が良けりゃ大根役者でもなれる、なんちゃってミステリードラマの客寄せパンダってとこだ」

 

 そう言う森は真打とでもいうのだろうか。僕にはそうは思えないけど、本人はそう自任しているのか、そのニヤケ顔には自信が浮かんでいた。

 一方の渡辺はというと、その双蛾(そうが)を険しくして疑わしそうに森を見ている。藤原と違って、実績も人気も、おまけにガタイもある森相手だからか、敵愾心剥き出しでいきなり食って掛かったりはしないみたいだった。メンタルを乱して自制の(たが)が外れているくせにしっかりと相手を選んでいる──いや、外れているからこそ動物的な本能に忠実なのかもしれない。

 とはいえ、指弾しないわけではない。

 

「盗み聞きしていたならわかるでしょう? 論理的には森君が犯人になるのよ」

 

 いささか蟷螂(とうろう)の斧めいた頼りなさ、あるいは虚勢の気配を感じるけれど。

 

「だが俺はやってねぇ。っつーことは、その論理とやらが間違ってるってことだ」

 

「どう違うっていうのよ」渡辺は不服げに口と声を尖らす。

 

 森はおもむろに懐から煙草を出し、副流煙を気にしているのか不快そうな眼差しを送る渡辺のことなどお構いなしに断りもなく火を点けた。ぷはー、と旨そうに有害な煙を吐き出すと、

 

「そもそも論で言えば、俺には逆密室を成し遂げる(すべ)がねぇ。このデカすぎる瑕疵を、下手くそな多重解決ミステリーみてぇに都合良く見過ごさないでほしいね」

 

「ギャクミッシツ?」ミステリー知識が一般(ミーハー)層レベルらしき渡辺にはその用語は初耳みたいだった。「何よそれ」と不愉快そうに聞き返している。

 

「作家によって定義は微妙に異なるけれど──」答えたのは文芸部の藤原──特にこの場にいる必要はないはずだけど、とどまっている──だった。「今回の事例に当て嵌めるなら、読んで字のごとく通常の密室ものの逆、犯人はどうやって密室内から消えたのかを眼目にするのではなく、犯人はどうやって密室内に死体や凶器を運搬したのかを推理する密室もののことだよ」

 

 再び森がマイクを握る。「要するに、普段は施錠されていて解錠するには職員室で鍵を借りなきゃならねぇ文芸部の部室内に俺が干渉することはできねぇって言ってんだよ。犯人はお前のシャーペンを部室内に故意に捨てたか過失で落としたかしたんだろ? どっちにしろ鍵を使って室内に入らなきゃならねぇ。だが、鍵を借りたら先公どもの記憶にも貸出記録にも残っちまう。これから一世一代(いっせいちだい)の大犯罪をかまそうって勇者には事実上不可能だ」

 

 渡辺は言葉に詰まるように声を呑み込み、何とか反論材料を探そうとするように唇を曖昧に揺蕩わせ、けれど空気を()むばかりで、しまいには困ったときの神頼みとばかりに視線に乗せて僕にヘルプ信号を送ってきた。

 僕は努めて恩着せがましく、例のはぁやれやれ感にあふれたウザったい溜め息をつくと、推理ものの探偵っぽい理屈でもって反駁しようと口を開いた。

 

「たしかに密室に直接的に干渉する手段はないね。でも、間接的にならあるでしょ?」

 

 森は、ほう、とおもしろそうに目を細めた。「その心は?」

 

「君の言うところのそもそも論で言えば、文芸部の部室内に鍵を運び込む必要なんかないんだよ。シャーペンを盗み出した犯人の心理を考えれば簡単にわかる。犯人からすれば、重大な証拠である盗品を、自分に嫌疑が掛からないように処分できさえすればそれでよくて、わざわざ密室たる部室内に運び込まなくてもいい。ではなぜ現に部室で見つかったかだけど、有り体に言えば偶然の産物だね」

 

「偶然?」「そうなの?」

 

 美少女と逆美少女がうち揃って疑問の声を発し、高音と中低音できれいにハモった。

 何かキモ、と思いつつ僕は、その理由を語る。

 

「ここで重要なのは犯人が疑われないこと。そのためには、他の人間、容疑者リストに載っているであろう生徒に嫌疑を誤導するのが手っ取り早くて確実。

 そう考えた犯人は、藤原さんのスクールバッグなりにシャーペンを忍ばせたんだ。こうすればシャーペンが発見されても藤原さんが疑われるだけで、他方、仮に学校外で落とすとかして未発見のまま終わったら藤原さんも犯人も嫌疑が濃くなることはない。どっちに転んでもデメリットがないおいしい証拠隠滅法だね。もう僕の言わんとしてることは察してると思うけど、盗まれたシャーペンを仕込まれて運搬しているとは知らない藤原さんは、いつものように部室を訪れ、我知らず落としてしまったんだ。その結果、あたかも逆密室かのような状況ができ上がってしまった。言うなれば、無自覚運搬説って感じかな」

 

 どう? 筋は通ってるでしょ?

 と森の垂れ目がちな双眸を見やると、彼は愉快げに、あるいは例の芝居がかった不敵まじりにその薄い唇の端を吊り上げ、

 

「オーケー、その理屈とお前にネーミングセンスがねぇってことを認めてやろう」

 

「そのまんまだもんね」と藤原が追従し、渡辺もはっきりとうなずいている。

 

 何やねん自分ら、と言いたいところだけど面倒でもあるところの僕は、サクサク話を進める。

 

「──で、森君の推理否定ロジックは崩されたわけだけど、このまま自白する流れでオッケー?」

 

「するかアホ」森は即座に突っ込んできた。「まだ弾はあるっつーの」

 

「ふうん、なら早く聞かせてよ」

 

 森は煙草をひと吹かしすると、気怠げにトリガーを引いた。

 

「犯人は現場の第二理科室で待ち伏せしていた。つーことは、犯人が第二理科室の鍵を使ったか、六時間目に授業で第二理科室を使った二年D組の連中が鍵を閉め忘れたか上手く閉まらなかったか。仮に俺が犯人だとしてだ、鍵を使ったってのはありえねぇ。さっきも言ったとおり借りたら証拠が残っちまうからな。ここまではいいか?」

 

 一同を見回して尋ねると、しかし返事を待たずに、

 

「当然いいよな? 簡単な理屈だもんな」と独り合点めいて話を進める。「そんなら、D組の失着のせいで鍵が閉まってなかったことになるが、ここで矛盾が発生する。ここまで言ったらわかるよな? ──はぁ? わからねぇだぁあ? てめぇら揃いも揃ってオツムに蛆でも湧いてんのかよ。これだから凡人は。

 いいか。六時間目は俺らA組は体育だった。俺は途中でこいつを吸いに出ていて、だから俺が疑われてるんだろうが、後半はずっと体育館にいた。ってことはだ、俺を犯人とすると、第二理科室が開いてることを知る前から渡辺のシャーペンを盗んだことになる」

 

 ポーカーフェイスで売ってる僕はともかく、渡辺と藤原はハッとしたような顔を見せた。

 森はそのリアクションに満足した様子でしたり顔になりかけると、

 

「おかしいよな? 授業の終わりに特別教室を施錠するのは教師の役目だ。お前らの理屈では二年の男子の単独の犯行らしいじゃねぇか。俺と理科教師の共犯もありえねぇんだろ? だとしたら、俺があらかじめ第二理科室が犯行に使えることを知れた道理はねぇ。病的に所有物に執着する渡辺の悪癖を利用しておびき寄せるっていう周到な計画を立てておきながら、肝心の現場のほうは低確率な運頼みだったってのは犯人のプロファイリングとして変じゃねぇか? ──変だよな。理屈が合わねぇ。ってことで俺は犯人じゃねぇ──わかったか?」

 

 そう締めくくると森は、煙草を咥えて深く吸った。灰がぱらぱらと落ちる。ふー、と吐き出された紫煙が、つんと鼻を突く。

 渡辺は不快げに手を振ってそのにおいを払いのけ、口を切った。

 

「たしかに変と言えば変だけれど、ありえないわけじゃない。むしろそういう矛盾を隠れ蓑にして、つまりは〈自分が犯人だとすれば不整合的な行動をしているのだから自分は犯人ではない〉というふうにミスリードするためにあえてそうしたのかもしれないわ──いえ、消去法で犯人はあなたと決まっているのだから、そうとしか考えられないわ」

 

 彼女一流のこじつけ論法ではあるけれど、前提条件すなわち容疑者リストを真とするならば間違ってはいない。

 

「ま、やっぱこれじゃあお前は納得しねぇよな」

 

 森に応えた様子はない。本当に予想していたのだろう。

 ということは今のも捨てトリックならぬ捨てロジック。もったいぶらないで最初から本命を言えばいいのに、何を考えているんだか──そういう眼差しを藤原が送っている。おかげで時間を無駄にした、とも思っているかもしれない。

 と、森が、こなれた仕草で携帯灰皿に煙草を押し込めながら、不良のくせに随分とマナーがいいのだな、というような六つの眼球に気分を害したふうもなく、僕に目配せしてきた。

 

「何?」

 

 と僕がぶっきら棒に尋ねると、

 

「言ってもいいか?」

 

 日本語によく見られる目的語なりを省略した不親切な返事──に見せかけた親切な物言いだと僕は気付いていた。

 律儀なことだ、と感心する。やっぱり森は不良になり切れていないみたいだ。こういうところも、ルールを破って自由に振る舞っても大目に見てもらえている一因なんだろうか。悪ぶってる割に学業のほうもそつなくこなしてるし、世渡り上手というか、小狡いというか。そんな基礎スペックの高い森を褒めればいいのか、個人的な好き嫌いでどこまでもアンフェアになれる非理性的な愚民(チンパン)どもに辟易すればいいのか、難しい問題だ。

 

「いいよ」僕は答えた。「こうなっちゃった以上仕方ないからね」

 

「わりぃな」

 

 と気障ったらしいというほどでもない口調で囁くと森は、渡辺に向かった。

 

「実はな、俺が犯人じゃねぇもっとシンプルで決定的な証拠があんだよ。平成文学同好会の存在だ。俺は知ってたんだよ。樹生が毎日のように放課後になると現場の奥の旧音楽室を訪れて平成文学同好会とかいうのの活動に勤しんでいることをな──その顔、流石の噛ませ探偵でも気付いたみてぇだな。

 そうだ、その時間に第二理科室で犯行に及んだら樹生に見咎められる可能性がかなり高いとわかっていながら、そこで悪事をなそうとすんのは明らかにおかしい。取っ組み合いにでもなって目出し帽を剥がされたら破滅だ。その場で樹生と渡辺を始末できなけりゃ絞首台で糞尿を垂れ流すことになっちまう。運が悪くても第二理科室に入れず未遂に終わるだけのさっき言ったギャンブルとは賭け金が段違い(ダンチ)なんだよ。ミスリードになるとしてもリスクが高すぎて割に合わねぇ。まともな思考回路してたら絶対に採用しねぇ。だから俺は絶対に犯人じゃねぇんだよ」

 

 渡辺は、もう反論は思いつかないのか、口をへの字に結んだまま気持ちを落ち着けるように鼻で深呼吸をし、

 

「……でも、それなら犯人がいないことになってしまうわ」

 

「ああ、だから最初から言ってんじゃねぇか。お前らの論理は間違ってるってな」

 

 森は二本目の煙草に火を点けると、続けた。

 

「お前らは新制服と二年生用の青ネクタイを所持してるっつー条件から犯人を生徒に絞ってたみてぇだが、俺にはそこがミスプレーに思えてならねぇ」

 

「根拠はあるの?」と、これは藤原。好奇心を刺激されて思わず、といったところか。

 

「可能性レベルではあるがな。

 この前あった高橋優晴の事件だ。事件の説明はいらねぇよな? ──だよな、ボケ老人じゃあるまいし、盆暗(ぼんくら)な木っ端どもでもまだ忘れちゃいねぇよな。なら、話は早い。こじらせヒッキーの高橋はいろいろやらかした後、オーバードーズして勝ち逃げをキメたわけだが、俺が怪しんでんのはそれを最初に発見したっつー村田の野郎だ。例えば、村田の野郎は、前々から渡辺をどうにかできねぇかといかがわしい野心とイカくせぇ股関を膨らませていたと仮定する。そんな村田が高橋のアパートにある無防備な制服を目にしたらどうすると思う? 偽装工作に使おうとそいつをくすねても不思議はねぇんじゃねぇか?」

 

 渡辺は細い顎に指を添えて考える顔になり、「たしかに」と静かに応じた。

 

「ちょっと待って」再び藤原だ。森が意外とまともだと察したからか、おびえた様子はない。「村田先生が自殺現場から制服を盗んだとすれば、高橋君のご両親が気付くんじゃないかな。そうなると、偽装工作どころか墓穴を掘る結果になりかねないよ。今みたいに生徒の容疑者が全員否定されたら、次に疑いの目を向けられるのは盗む機会があって、第二理科室の子鍵もマスターキーも簡単に持ち出せる村田先生なんだから」

 

「でもよぉ」森の弁舌はなお淀みなく、「実際問題、現場アパートから制服が失くなってたなんて話聞いたか? ──聞いてねぇよな。そんな報道も噂もなかった。たしかに細けぇことだし、俗悪ゴシップ乞食どものニーズからはちぃとばかし外れてるだろうからメディアがあえて取り上げようとはしなかったっつー見方もできるが、それよりもこう考えたほうがしっくり来ねぇか。

 要は、高橋をすっかり見放して勝手気ままに人生を謳歌していたやつの親は、息子が購入した新制服の数をろくに把握してなかったんだ。だから盗まれてても気付かなかった。しかもだ、大体のやつは予備も含めると二、三着は購入するが、高橋は不登校だ、一着しかなかったとしても警察も怪しまねぇだろうよ。本当は盗まれたから一着しかなかったんだとしても、登校する気がねぇから最初から一着しか購入してなかったんだと勝手に納得する。すると、制服の購入記録を洗ったりの裏取りもせず、村田の野郎が捜査線上に上がることもねぇ──」

 

 どんくせぇ村田が咄嗟にひらめいたにしちゃあなかなか悪くねぇやり口だと思うぜ? 親子関係の破綻と不登校児に対するイメージを上手く利用してやがる──そう言って皮肉げに口角を上げると森は、推理を締めくくった。

 僕は渡辺の顔色を窺った──というか、見た。

 すると、彼女も同じ動作をしていて、顔を見合わせる形となった。

 

 ──どう思う?

 

 とその目は聞いてきていた。

 

「まだわからないけど」と僕のほうは声帯を震わせる。「森君の言うように可能性はあると思う──実際のところ、村田先生からそういう目で見られてた節はあるの?」

 

「……ある」渡辺はちょっとだけ考えてから首肯し、具体例をいくつか挙げた。

 

 それが渡辺乃愛という個体に向けられた固有の性欲なのか、若くて見目麗しい女すべてに向けられる一般的なものなのか、どちらだろうか。

 

「そういう言い方されると何とも言えないけれど」

 

 と渡辺は言うけど、森は当然のこととして藤原も村田犯人説に傾いているみたいだった。場の空気は総じて彼を犯人にしようとしている。

 こういうの何か不気味だな。

 密かにそう思う僕なのだった。

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