玉折④
・伊地知ポジション成り代わり(伊地知の双子の妹)だった転生者、七海建人の双子の妹で、まさかの2週目
・オリキャラ出ます
・ネタまみれです
・これまでで最も、激しい捏造、妄想含みます
「10年後には夏油が、11年後には五条と夜蛾が記憶を取り戻すかもしれない」
その可能性に気づいた瞬間、私たちはそろって頭を抱えた。
七海は眉間に深い皺を寄せ、灰原も珍しく困った顔をしている。
伊地知なんて、高専の施設が盛大にブッ壊される未来と、その後始末をする自分の姿まで想像したらしく、見るからに顔色が悪い。
伏黒は伏黒で、盛大な顰めっ面だ。
五条と夏油とは共闘関係ではあるが、仲がいいとも言えない。
五条に対しては、主に私関連で揶揄いまくり、夏油には猿と言われるので、「
素直に反応を返してくるのが楽しいんだろう。性格が悪い。
伏黒の内心なんて、あのクソガキ2人に分かるはずもないから、仲良くなるきっかけもない。
そんな状況で過去なんか思い出されたら、さすがの伏黒も「面倒」と思うらしい。
──まぁ、性格悪く揶揄い続けた結果なので、完全に自己責任だね。
で、もっと問題なのは私だ。
前世で五条を裏切って、夏油と心中して骨一つ残しませんでした!………なんて。
ここにいる誰よりも、「記憶を取り戻した最強二人」と顔を合わせたくないのは私だ。
「伏黒さん、目の代わりになるような呪具、ないですか?」
話題を切り出すと、伏黒がジトッとした目を向けてくる。
「んー、無くはねぇが……視界が通常と違うから慣れが必要だ。癖が強すぎて実用には向かねぇな。どうすんだよ、それ」
「目潰しすれば視線合わせられないから、最終トリガーが無くて、記憶戻らないですよね???」
一瞬、場の空気が氷点下になった。
「「「「……」」」」
沈黙を最初に破ったのは七海だった。
「潔乃さん。それは捨て身すぎるので、やめてください」
低く真剣な声で制止される。
「いやでも、視線さえ合わせなければ──」
「“さえ”で自分の目潰しを検討しないでください」
「そうだよ潔乃!僕も反対だからね!?」
「私としても全力で止めますよ」
灰原がわたわたと両手を振り、伊地知はメガネを片手で直しながら不快さを隠さない。
伏黒も頭を掻きながら、深くため息をついた。
「……そうやって極論に走るの、やめとけ」
「だって、私にとっては死活問題なんですよ? いろんな意味で」
「人の心がない手段を、わざわざ選ぶなって話をしてんだよ。
前回の焼身自殺全く反省してねぇだろ?」
正直、伏黒に言われたくないが、正論すぎて何も言えない。
いや、反省はしてるよ、してるけど、うん。でも──
私の性根はあの頃から変わっていない。
それが本当に必要があれば「きっと」「また」「同じことをする」。
──そして「次はうまくやる」。
そんな自分の性質を、誰よりも自分が一番よく分かっている。
まぁ、そんなことは言えないし言わないけど。
基本やる気もないし。
五条を傷つけたことは理解してるから。本当の本当に、最終手段だ。
「なぁ、そもそも記憶取り戻したらまずいのか?
いや、面倒だとは思うけどよ」
ぽつりと伏黒が呟いた一言に、また場の空気が沈む。
「「「……」」」
誰もすぐには答えられない。
理由はいくつかある。
とりあえず、私が口火を開く。
「まず、夏油さんの問題です。あの人、呪詛師堕ちしてた頃の記憶が戻ったらめんどくさい」
「そうですね。夏油さんのメンタルは今は安定してますが、前世を思い出したら荒れるでしょうね」
七海が淡々と補足する。
仕事のリスク説明みたいな口調だけど、内容は割と物騒だ。
「んー、大丈夫だと思うよ」
それに灰原が、両手を組んで口元に押し当てるような仕草をしながら言う。
少しだけ迷いながら、それでも信じている人間の顔だ。
「夏油さん、やっぱり前回の件は“魔が差した”ってのが一番大きかったと思う。
僕はあの空港でみんなをずっと見ていたし、一番夏油さんと長い時間一緒にいたけど、だいぶ自分の行いを咀嚼できてたから」
「後悔していた?」
七海が静かに続ける。
「後悔ではないかな。やったことは後悔してないけど、“他にやり方はなかったか”って。
……そう思う部分はあったみたいだよ」
言葉を探しながら、それでも丁寧に選んでいるのが分かる言い方だった。
確かに夏油の呪詛師堕ちは、色々重なった上での“魔が差した”結果だ、というのは私たちの共通認識だ。
その話を知らないはずの灰原の口から、ほぼ同じ結論が出てきて思わず目を瞬く。
本当によく周りを見ている。
「だから、今はメンタル的に余裕もあるし、冷静に話せばこちらの強い味方になってくれると思う」
そこで灰原は、はっきりとそう言い切った。
灰原は前世でも夏油によく懐いていた人間だ。
その言葉はこの場で一番、夏油の“今”を捉えているのだろう。
となると、問題は──
「やっぱり五条さんの方が問題ですね」
伊地知が小さくため息をつきながら、チラリと私に視線を流してくる。
その視線に込められた「あなたが一番の問題因子ですよ」という無言のメッセージから、私はそっと目を逸らした。
「とりあえず私と夏油さんは、確実に〆られます」
想像しただけで、背筋がぞわっとする。
あの六眼全開のガチギレモードを、正面から受けるとか──できれば一生、遠慮したいところだ。
「夏油さんは五条さんと本気で殴り合えばいいだけですけど、あなたの場合、下手したら拉致監──」
「それ以上、怖いから言わないでもらえますか?」
七海の言葉を、思わず強い口調で遮る。
正直もう怖すぎて、これ以上は何も想像したくない。現実逃避だとわかってる。
今の五条が前世の記憶を取り戻したら、非常に厄介な“ガチギレ状態”になるのは目に見えている。
前世の怒りの記憶と今世の執着が混じり合って変な方向に転がったら、
マジで拉致監禁コースになりかねない。やだよ愛のない監禁生活なんて!ごめん被る!
「んーじゃ、やっぱ記憶を取り戻さない──ってのは無理だろうから、時期だけはこちらでコントロールしたい」
わざと軽い口調で言うと、伏黒が顎に手を当てながら答える。
「時期を見た方がいいのは確かだな。
予期せぬタイミングで記憶が戻って、パニックで術式暴走なんてことはねーだろうが、ガチギレで建物の一つくらいは吹っ飛ぶだろ」
うん、そのくらいは普通にやるね、五条なら。
伏黒が私を見て、ぽつりと言った。
「サングラスでもかけりゃいいんじゃないか?」
「サングラス……」
なるほど?
冥冥さんも謎の前髪バッサーの前三つ編みスタイルになってたし、多分アレも縛りかなんかでしょ。
アレよりはマシじゃね? 多少不審者感はあるけど。
「不審者が妹とか勘弁して欲しいと言いたいところですが、アリですね。
術師がサングラスをかけるのはよくあることですし、“自分に対する縛り”を入れたということにすれば、周囲も納得するでしょう」
七海の言葉に、伊地知が頷き、すぐさま言葉を継いだ。
「“自分に対する縛り”ということにすれば、術師なら納得します。
そして、縛りの詳細は他人に言わないことも条件だと言ってしまえば、ノンデリの五条さんも聞き出せません」
ノンデリ呼ばわりされているの、妙にしっくりきてしまうのが悔しい。
「サングラス自体も呪具にしたり、髪の毛も伸ばして隙間から目が見えないようにするといいかもね!」
と、灰原が楽しそうに続ける。
お前、わりとノリノリだな? 私の不審者化計画なのに。
「それなら、さっき言った“視界の代わりになる呪具”を有料で貸してやるよ。
サングラスかけられない時に、目を閉じて使え」
伏黒が、さも当然のように追加オプションを乗せてきた。
この場の全員が、わりと本気で「私を不審者にする方向」で話を進めているの、なんか納得いかない。
「とりあえず、どちらにしろそれをするのは、数年後からにします。
大学でそれやったら、ただの厨二病の痛い人なので」
さすがに10代からあのフル装備はキツい。
前回の五条でもあの不審者ルックになったのは二十をとうに超えてからだった。
見た目の問題もあるけど、精神的な意味でもキツい。
「え、潔乃、外部進学決めたの?」
驚いたように言う灰原に、私は頷いた。
「えぇ、外部進学しようと思います」
「五条さんの“強化”のためですね。その方がいいでしょう」
七海は私の意図がわかったらしい。ため息をつきつつも、肯定するように頷いた。
その横で、意図が分かっていない伊地知と灰原と伏黒が、揃って「?」を浮かべている。
彼らに説明するように、七海が続けた。
「五条さんは、伏黒甚爾に殺されかけて覚醒し、星漿体の任務に失敗し、後輩の灰原が死に、
夏油傑の離反を経験し……かくして“最強の五条悟”になりました」
七海は一拍置いてから、はっきりと言い切る。
「今の五条さんは、はっきり言ってしまえば、メンタルが完成していない。
甘っちょろい子供のままなんです」
うーん、七海、なかなかどストレート。
あっさりと、きついことを言うな。
でもただしい。なので私も続ける。
「この時期の五条さん、私も覚えてますけど、前回はもう少し大人のメンタルしてました。
前回で経験したマイナスの経験値が足りてないのか、早くに私たちと出会ったことで依存が出てしまったのか……」
そこで一度言葉を切ってから、私は宣言する。
「というわけで、前世では存在しなかった
七海に関しては今勝手に独断で私が言ってるんだけど、異論はないらしい。
軽く睨みつけられたが何も言われなかった。
「五条さん荒れそう。でも、僕も一度外部に出ようかな。夏油さんが無事でもそうでなくても」
灰原がぽつりと呟く。
「そうですね。一度、五条の後輩は全員呪術界を離れた──とする方がいいかもしれません。
術師として時間のロスは多少ありますが、前回と同じようにした方が、我々としては動きやすそうです」
灰原も今後を考え、自分も高専を離れると言い出し、七海もそれに同意する。
「私は高専に残りましょう。前回の潔乃の代わりなのもそうですが、
なるべく側で五条さんを支える人間も必要です。
私は術式はなく補助監督志望なので、上層部もそれほど重要視していないでしょう」
伊地知には残って欲しいと言う前に、彼の方から「残る」と言い出した。
自分の役割をサッと理解してくれて助かる。
現実の伊地知コースを邁進することになって、胃薬をフリスク感覚で消費することになるだろうけど、それは言わないでおこう。
多分
「俺は中間ってことか。五条と契約があるが、優先順位は潔乃にあるからな」
伏黒と縛り込みで契約を結んだが、私が以前結んだ縛りを変えるのではなく、
五条との契約を“追加の縛りで契約”する形になっている。
そのため、命令の優先権は実は五条ではなく私にある。
先に縛りを結んでるからね。
「大学にいて伏黒さんに助けを求めるなんて事態、そうそうないと思いますけどね」
「依頼料さえくれれば、メッセンジャーでもパシリでもなんでもやるさ」
伏黒は呪力なしだから、関係者との連絡を通信機器を使わないで取りたい時なんか、確かに便利なんだよなぁ。
最初はここまで密に仲良くなる予定はなかったけど、気づけば割と重要な人材だ。
「にしても、きちんと説得しろよ? 五条のやつ、マジで荒れるぞ」
「……努力しますが、無理だったら強行手段かなぁ?
五条さん真面目に理由を言って強行突破すれば、大騒ぎしつつも認めてくれると思うんです」
伏黒に念を押されて、私は苦笑した。
それに、ここではあえて言わないが──前回は「五条悟の人生に、私が入り込みすぎた」。
それを魂で覚えているから、私に気安いし、依存体質なんだろう。
前世であれこれあった関係での思い出が、今の五条に影響している。
私を恋愛対象として好きと思い込むほどに。
だから高専卒業後は、少し距離を置く。
それでも、いざという時には隣に立てるように、外からちゃんと“最強”を作り直す。
これは私なりの償いであり、保険であり、そして……
二周目の世界で選び直した、未来への投資みたいなものだ。
面倒くさい未来予測会議ではあるけれど──
それでもこうして笑い混じりに話し合えている時点で、前よりずっとマシな世界にいるのだと、私はそう思い込んでいた。
灰原を含めた記憶持ちの定例会の数日後、私は五条たちをカラオケボックスに呼び出した。
「んだよ、カラオケデートかと思ったら、硝子以外全員いるじゃねーか」
予約した部屋番号をメールで送っておいたら、扉を開けるなり五条が不服そうな顔をする。
薄暗い部屋には既に、私、夏油、七海、灰原、伊地知が座って、適当にドリンクを飲みながら時間を潰していた。
夏油は苦笑し、七海は「うるさいですよ」とぼやき、
灰原はポテトチップスの皿を五条の前に差し出し、
伊地知はすかさずメニュー表を開いて見せる。
「カラオケに来いと言っただけで、デートなんて言ってないですし、家入さんもこれから来ますよ」
「マジで? 勢揃いじゃん。あ、俺メロンソーダね」
言いつつ、五条は当然のようにポテトチップスをつまみ、
ドリンクの注文は伊地知に丸投げする。
そして、私と夏油の間のスペースにどかりと腰を下ろすと、
当然のように両隣に腕を回してきた。
「それにしても、このメンツでカラオケとか超久しぶりじゃん」
口では文句を言いながらも、どこか楽しそうに体を揺らす五条。
……でかい男に肩を組まれて揺さぶられるこちらとしては、重いし暑いし普通に不快である。
夏油とアイコンタクトを一瞬だけ交わし、
二人同時に、ペシッと五条の腕を外した。
それに対して不服そうな五条を無視する。相変わらず距離なしなんだよ。
「今日は五条さんと遊ぶために呼んだんじゃないんですよ」
そう告げて、コーラのジョッキを持って立ち上がる。
もう片手でポケットから携帯を取り出し、ぽちぽちと操作した。
「来てもらっていいです?」
相手の返事を待たずに通話を切り、私は小さく息を吐いた。
──ここからが本番だ。
カラオケボックスは防音はマイクで大声を出さなければ大丈夫だし、プライバシーもそこそこ優秀。
“ちょっと重い話”をするには、案外ちょうどいい場所だったりする。
「誰か来んのか?」
五条が眉をひそめる。
「私も聞いてないな。どういうこと、潔乃ちゃん」
夏油が怪訝そうにこちらを見る。
「知らない人じゃないから、来ればわかりますよ」
軽く流すと、それ以上は誰も突っ込んでこない。
七海も灰原も伊地知も、きっちり私に丸投げするスタンスらしい。
ちくしょう。まぁ、最初からそのつもりではいたけどさ。
折りたたみの携帯をパタリと閉じたところで、カラオケボックスの扉が開いた。
「!!」
「てめぇ、なんで日本に居やがる!!!」
立ち上がり、入ってきた男──伏黒を黙って睨みつける夏油と、怒声を上げる五条。
「俺は呼ばれたから戻ってきたんだよ」
部屋に入り、伏黒は平然とした顔で灰原の側に腰を下ろす。
テーブルのポテトチップスを大きな手で鷲掴みにして口へ放り込み、
ついでに私が手に持っていたコーラを当然のように奪い取って一気飲みする。
飲み干したジョッキをテーブルに置くと、伊地知に追加の注文を頼んでいた。
「私が呼びました」
伏黒の隣に座り直し、足を組み替える。
「伏黒さんへの命令の優先権は私にありますから」
五条を見上げて言うと、チッと舌打ちが返ってきた。
サングラス越しに、呪力を帯びたきつい視線をよこされる。
おーこわ。マジ勘弁してほしい。
夏油の方も、明らかにイライラした視線を向けてくる。
「説明しろ、潔乃」
「とりあえず座りません? 家入さんまだですけど、先にあらかた話しておきたいですし」
五条の視線をさらっとやり過ごし、ソファに座るよう促す。
五条はもう一度、今度はさっきより激しめに舌打ちしてから、渋々といった様子でソファに座り直した。
「んで、今回の件ですけど、ちょっと共有したいことがありまして」
「何がだよ!」
食いつきの良さは相変わらずだ。
下手に中断したら色々突っ込まれそうだから、一気に畳み掛けるしかない。
「まず、夏油さんに伝わってるかどうか知りませんが、
前回の産土神の任務で、私たち3人が“意図的に”帳に閉じ込められたって話は知ってますか?」
「……悟から話は聞いている」
伏黒を睨みつけながら、夏油が答える。
少なくとも“話を聞く気”にはなったらしい。夏油も五条の側に座り直してくれた。
私はちらりと伊地知に視線を向けると、頷き口を開いた。
「私は現在、術師として動いていますが、将来的には補助監督になる予定です。
それに向けて勉強も兼ねて、実際に調査業務などを自主的にしているのは、皆さんご存じかと思います」
「それがどうしたよ。伊地知のそれがなんか関係あんの?」
五条が面倒くさそうに言う。
まぁ、この人にとっては「調査」とか「事務処理」は好きじゃない。
必要があればいくらでもやるけど、自分以外の誰かに押し付ける傾向にあるからな……
「これを見てください」
伊地知がノートPCを開き、画面をこちら側に回して見せてくる。
高専の任務管理システムだ。
「この赤い部分ですが、高専側の調査で認定された呪霊の等級と、
実際の任務で確認された等級が異なっていた……実際の任務の方が呪霊の等級が高かった案件です」
「あー……」
ざっと目を通した五条が、目を細める。
「偏ってるな。微妙な感じで」
「はい。五条さんたちと仲がいい私たち──
特に七海兄妹と灰原さん、あと私に、絶妙なバランスで偏ってるんです」
あからさまに「嫌がらせ」と言い切れるほどではないが、
“なんとなく多い気がする”と感じるには十分すぎる偏り。
指摘するには絶妙に微妙なラインだ。
「この情報を、まず私たちのところに潔高が持ってきまして……」
「なんで俺たちに言わねーんだよ」
「そうだよ。伊地知なんで私たちに言わなかった」
私の言葉に五条が眉を吊り上げ、夏油も苛立ちを隠さない。
「繁忙期で、五条さんも夏油さん、日本中を飛び回っていましたので……」
伊地知が、本当に困ったような顔をする。
こういう時の“人畜無害そうな顔”は本当に便利だよね。
もちろん、最初から五条と夏油に本当の話を通す気なんてさらさらなかったけど、そんな気配はおくびにも出さない。
「まぁ、それで自分たちでやれることをって、潔乃と伊地知が個人的に情報を集め始めたんだよね」
伊地知の言い訳を、灰原が補足する。
この頃は灰原も何も知らなかったはずだけど、今は真剣な表情で話に乗ってくれている。
このあたりの“空気を読む力”は、本当にありがたい。
「そしたら、私達が行く予定になってた任務の周辺が、どうにもきな臭くて。
必要な情報が足りてない。“ただの学生”の伊地知君や潔乃さんが、ちょっと探せば見つけられる情報が、任務の資料に載ってない」
七海が言葉を継ぐと、五条と夏油の人相がさらに悪くなった。
うん、わかる。そりゃ怒る。でも私たちに呪力をぶつけるのはやめてね。
伊地知とか当てられて顔色悪くなってるから。
「さらに、私達を担当していた補助監督が急に変わった。
少し調べてみたら、上層部と親しい家柄のようですし? あまりにもきな臭いので──」
「そこで、俺の出番ってわけだ」
言いながら視線を向けると、伏黒がホットスナックをつまみながら口を挟む。
「なるほど、そういうことか」
五条が低く呟いた。
「特級なりかけの呪霊2体との戦闘跡。残穢の割に大荒れだった現場。
オマエら3人を守ったのは、伏黒のおっさんってわけか」
とうとう五条が真実に辿り着き、ぎろりと伏黒を睨みつける。
伏黒はそれを、ニヤリと笑って受け流した。
「正解だ。潔乃から嫌な予感がするから日本に帰国して、
しばらく任務にこっそりついてきてくれと頼まれてな」
「私の嫌な予感が外れたらいいと思ってたんですけど、
帳から出られなかった時点で、“悪い方が当たったな”って確信しました」
ちょうどそのタイミングで、店員が追加の飲み物と、伏黒が頼んだオーダーを載せたトレーを持って入ってくる。
店員は明らかにビクビクしながら、テーブルに大量のホットスナックを並べると、そそくさと部屋を出て行った。
うん、怖いよね。
ホスト崩れみたいな白髪、
ピアスに時代遅れのボンタン、
目つきが悪い金髪×2、
ニコニコ顔の時代遅れの短ラン、
カタギに見えないムキムキのジャージ男、
──そして、メガネの真面目君が一人。
パッと見は完全に「メガネの真面目君をいじめてる不良グループとヤクザ」の図だもん。
そして全員が高身長の恵体。そりゃ怖い。
店員を見送ったあと、伏黒がホットスナックのチキンナゲットをつまみながら、再度口を開く。
「潔乃からは、“もし黒だった場合は、この付近一帯に監視者がいないか確認しろ。いたら排除しろ”と命令されててな。
半径5キロくらいを走り回ってチェックしたあと、帳があがるまで呪霊とステゴロだ」
淡々とした口調なのに、内容は普通にありえない内容だ。
純粋なフィジカルのみで、特級2体なりかけを殴り飛ばしてたからね。
あれは圧巻だった……
「そのあとは、五条さんも夏油さんもご存知の通りです」
五条が疲れた表情のまま、私の方を見て、指先でチョイチョイと手招きをする。
あー、やっぱそうなるよね。
内心で盛大にため息をつきつつ、観念してソファーから立ち上がり、五条の側へと歩み寄った。
次にされることはわかってるけど甘んじて受けよう。
「お前はなぁ!!!!そう言う重要なことは言え!!!!もっと早く言え!!!!」
「いたいいたいたいたいたい!!!!!」
ほらこうなると思ったよ!
ガッツリとアイアンクローを決められ、私は情けない悲鳴を上げる羽目になる。
「あ、悟。次、私もやるから早くしてね」
横からサラッと物騒なことを言う夏油。
「いや、絶対嫌ですから!!!! って、五条さん本当痛い!!!!」
必死に抗議するも、五条の指の力は緩まない。
カラオケボックスの一室で、特級術師2人から“説教&物理ツッコミ”を食らう。
いや確かに首謀者は私だけどさ!なんで私だけこんなに説教されるんですかね!!!!
「ははっ、ウケる。自業自得じゃん」
合流した家入がタバコをふかしながら、鼻で笑う。
その口元はいつも通りだるそうなのに、目だけはしっかり状況を面白がっている。
あのあと、夏油からもアイアンクローをお見舞いされた後、
五条と夏油は私以外の下級生全員にアイアンクローを決めた後、
下級生全員がカラオケボックスの床に正座させられ、五条と夏油から切々説教を受けているところに、家入がやってきたのだ。
扉を開けた先に広がっていたのは、どう見てもカオスな光景。
しかも知らないカタギに見えない男もいるおまけ付き。
普通の人間なら一歩引くところだが、家入は眉ひとつ動かさない。
平然と部屋に入り、電話でビールを注文。
伏黒と初めましての挨拶を交わした後、届いたビールを片手に彼からあらかたの状況説明を聞き終えた上での、さっきの一言だ。
思わず恨みがましい視線を向けると、家入はふーっと煙を吐き出しながら肩をすくめた。
「だってアンタら、勝手に危ない橋渡ったんでしょ?
生きて帰ってきたなら、説教されるくらい安いもんじゃん」
ジョッキを傾けながらバッさりと切られる。
正論がすぎる。
反論の余地がなさすぎて、私たちはそろって視線を床に落とした。
「んで、説教させるために私たち呼んだんじゃないでしょ?
五条も夏油も説教はそれくらいにして話進めない?」
それでも助け舟を出してくれた家入。ありがたい。
五条と夏油が視線を合わせ、同時にため息をつく。
「……おら、お前らもう立て。続き話すぞ」
やっと許可が出て、私たち4人は若干ふらつきながら立ち上がる。
床での正座はさすがに堪える……
パンパンとズボンの埃を払って、さっきまで座っていた伏黒の隣に戻ろうとしたところで、
五条に腕を引かれ、そのまま最初に座っていた五条の隣に座らされる。
「ははっウケる。伏黒さんがいるから嫉妬丸出しじゃん」
家入は煽らないで欲しい。
多分それ正解だから余計タチが悪い。
「んで、潔乃ちゃん。この集まりの目的、教えてくれる?」
腰に回される五条の腕を外そうと格闘しながら、私は口を開いた。
「私たちに嫌がらせしてきた人たちは、今回で本来は“決める”つもりだったんじゃないですかね。
だから多少強引な手段をとった。調査も杜撰、知らない補助監督の差し込み。
でも失敗した。強引な手段をとったから、しばらく私たちに手出しはしないはずです」
「うん、それで?」
家入が促す。そこまでの整理はみんな理解した、って顔だ。
「多分、次に狙われるのは夏油さんか家入さんだと思いまして」
言った瞬間、五条の手が一瞬ぴたりと止まった。
そのまま、ぐいっと強引に腰を抱き寄せられる。近い、重い、暑い。
ため息をひとつ。五条にもたれたまま軽く五条の顔を睨んだあと、好きにさせることにして話を続ける。
「そして、反転術式のアウトプットができる家入さんは、上としても“惜しい”でしょう。
なので、特に確率が高いのは──」
「私ってことだね」
全員の視線が、自然と夏油に集まる。
「夏油さんの任務傾向ですが、これは顕著に偏りがあります。
五条さんよりも、雑な任務が多いんですよ」
先ほどのPCを再び開き、伊地知が夏油の任務一覧を画面に表示して見せる。
「いくら呪霊操術のために、たくさんの呪霊を手に入れた方がいいと言ってもさ……
特級術師に、2級3級を大量にあてがって疲弊させるって、おかしいよ」
灰原が任務表の一部を指さし、憤りを隠さずに言う。
「“若くて優秀な特級術師”に、あえて格下の任務を大量に押し付け続ける。
しかも、その情報精度は雑で、現場はやたら荒れやすい任務に偏ってる」
七海が淡々と補足する。
「これは、“経験を積ませるため”というより、“削りたい”時のパターンですね」
嫌な沈黙がカラオケボックスの中に広がる。
誰もすぐには何も言わない。
伏黒がフライドポテトをつまんで咀嚼する音だけが、やけに鮮明に耳に届いた。
「まぁ、そういうわけで、これはさすがに即共有した方がいいと思い、今回呼び出しました」
私がそう締めると、カラオケルームの空気がさらに重く沈む。
「夏油さんは呪霊相手なら大丈夫でしょうが、仮の話ですが、人によって嵌められたりした場合、一人で対応できるとは限りません。そのためのジョーカーです」
伏黒を指差しながら言う。
「伏黒さんは呪力がないので、証拠は残りません。
相手が悪辣な手段をとってくるなら、こちらもやり返すまでです」
「潔乃ってさ、こう言う時ほんと手段選ばない。参謀向きだよね。僕、敵に回したくない」
灰原が苦笑しながら、でもどこか感心したように言う。
褒め言葉なのか乏してるのか。紙一重だよ灰原。
しばらく考え込んでいた五条が、舌打ち混じりに口を開いた。
「……伏黒のオッサン、しばらく傑の任務を影からフォロー頼む」
「悟!!」
夏油が思わず声を荒げる。
「今回は潔乃の対応がベストだ。
俺は御三家の人間だから、極端な手出しはできない。
物理的な手段は無理でも、一般家庭出身のお前なら──今この時点なら、絡め手で潰すことができる」
夏油を見ながら五条がとても冷静な声を出す。
「…………わかった」
心底嫌そうにしながらも、五条の言葉に一定の納得感があったのか、
夏油は一瞬だけ逡巡するような様子を見せ、それから伏黒を睨みつけながら頷き返した。
「ま、適当にやろうや。
俺は貰った報酬の分はしっかり働くさ。潔乃、五条ボーナスはずめよ?」
睨みつける夏油に、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる伏黒。
あーもう、そこでさらに煽らなきゃいいのに。
「それで──さらに追加の本題その2なんですけど」
「まだあんのかよ?」
流石に呆れた様子を見せる五条を、私は至近距離で見上げてから、ひとつ深呼吸した。
「私と建人さんは、外部進学します」
「は?」
その言葉を聞いて、五条が完全にフリーズした。
ついでに言うと、夏油と家入も驚いた表情をしている。
夏油なんて、さっきまで伏黒を睨みつけていたくせに、今は五条を見て、それから私を見て──露骨に「まずい」と書いてある顔をしていた。
「この状況ですから。命、狙われ続けるのも嫌ですからね」
七海が補足して、さらりと付け加えると、
「は?」
五条が二回目の「は?」をこぼす。
七海の補足の後に、今度は家入が「あちゃー」という表情をした。
家入がここまで表情を崩すの、なかなかレアだ。
この顔を引き出しただけでも、今日の情報共有会のインパクトの強さが分かる。
「僕も、外部進学を考慮に入れようかと思ってます。
多分、術式的に今回一番“潰したかった”の、僕だと思ってますし」
灰原が、さらりと追撃をかける。
「は?」
三回目の「は?」が、さっきまでよりワントーン低い声で落ちた。
灰原の追撃を聞いた夏油と家入が、視界の端で同時に頭を抱えるのが見える。
私と七海と灰原に視線をぐるぐると回した後、五条の視線が、ぴたりと伊地知で止まった。
「あ、私は残ろうかと思ってます。
私は補助監督になる予定なので、そこまでの危険性はないでしょうし。
将来の職業としても、やりがいがあります」
伊地知が、これまたさらっと付け加えた瞬間──
五条が、バッと立ち上がった。
「ふっざけんな! お前ら優秀な術式持ちがなんで外部に行くんだよ!
伊地知も残るんだからお前らも残れよ!!!」
カラオケボックスのソファ席に、五条の怒鳴り声が響き渡る。
どこかの部屋から流れてくる音が外れたJ-POPが、妙に場違いに聞こえた。
テーブルの上でジョッキやグラスがカタカタ揺れたのを見ながら、
あぁ、ここからが“説得フェーズ”本番か、と私は内心で小さくため息をついた。
あの後、七海と灰原とで説明を試みたが、五条は完全に聞く耳持たないモードだった。
もう面倒なので、腹を括ってバッサリいく。
「まぁ、何言っても五条さんは止められないですよ。決めたことなので」
そう言い切ると、五条は黙り込んだ。
五条は本来、来る者拒まず去る者追わずのドライな人間だったはずだ。
前回、七海が外部に行くと決まったときも、「フーン、がんばってねー」くらいの温度感だったし。
なのに今回は、ムッスリと黙ったまま動かない。
その横顔に少しだけ戸惑いを覚えつつも、私は見なかったことにして視線を外した。
ムッスリ黙り込んだ五条を尻目に、その後はそれぞれ好き勝手に動き始めた。
夏油と伏黒と伊地知は、テーブルの端で今後の任務についての打ち合わせを開始する。
あれだけ反発し合っていたのに、仕事と割り切ると夏油も伏黒も効率的に話を進めるタイプだ。問題なさそうだ。
伊地知はサポート役として「何としても夏油の任務について行く」と、記憶持ちの間で事前に決めてある。
実際、うまく伏黒と夏油の間を取り持ちながら、落ち着いて話をしている様子だった。
灰原と七海と家入は、「進学するとしたらどこの大学にするか」という話を続けている。
家入も進学は決まっているから、そのあたりの話題は盛り上がりやすい。
いいな、私も混ざって話を聞きたい……ところだったのだが、
五条が私の腰に腕を回したまま、まったく解放してくれない。
ムッスリと黙り込んだ五条の隣から逃れることができないまま、時間だけが過ぎていき、
終了時間が来て、そのまま解散の流れとなった。
みんな薄情なもので、「五条は任せた」とばかりに、私たちを置いてさっさと帰ってしまった。
伏黒以外は帰る方向同じなんだから一緒にいてよ! 特に七海、灰原、伊地知!!
あいつら許さない。絶対に仕返ししてやる。
そんなことを内心でぶつぶつ思っていると、五条が私の手を握り、無言のまま違う方向へ歩き出す。
みんなは電車で帰るみたいだけど、どこに連れて行かれるのやら……と思っていたら、着いたのはタクシー乗り場だった。
私を車内に押し込んでから自分も乗り込み、運転手に告げたのは高専の住所。
大人しく帰るつもりはあるんだな、と少しだけホッとする。
下手をすれば「カラオケにカムバックで説教延長戦」も覚悟していたけれど、どうやらそれは回避できたらしい。
大きな手で私の手をぎゅっと握ったまま、五条は口を開かない。
困ったなぁ。手を離すつもりはないらしいので、もう諦めて好きにさせているけれどさー……
さすがにこんなに長時間つないでいると、汗もかいちゃうし、ちょっといやだ。
「五条さん、そろそろ解放してくれませんか?」
五条の顔を覗き込んで言うと、私が言いたいことを察したのか、ようやく手を離す。
……と思いきや、今度はその腕をそのまま私の腰に回してくる。
これはこれで近いんだけど。
腕は解放してくれたし、文句を言うのも面倒だなーと困っていると、五条がぽつりと口を開いた。
「……3年」
「はい?」
思わず聞き返すと、五条は前を向いたまま続ける。
「卒業したら俺は五条家の当主になる」
「はい、そうですね?」
それは誰もが知っていることだ。
いきなり何を言い出したんだ? と、思わず眉をひそめる。
「五条家は、卒業までに掌握する。当主を継いだら呪術界での足場を固める。
だから、3年経ったら戻ってこい」
「は……?」
思った以上に真面目なトーンに、頭の中が一瞬だけ真っ白になる。
さっきまで無言で拗ねてた男と、同一人物とは思えないくらい真剣な声だった。
「七海は最悪いい。十劃呪法は強力だがストレートな術式だ。
呪術界も呪詛師も、そこまで重要視しない。だから一般社会でも生きていける」
いきなり深い話を始めた五条にギョッとするが、五条のことだ。
すでに防音や幻惑の結界は貼ってあるはずだと判断し、おとなしく話を聞き続ける。
「オマエと灰原の術式は、レアで強力だ。
灰原は対人特化で、オマエは表向きは“珍しい修復の術式”だ。
外に出たら出たで、術式や命──オマエの場合は、その胎を狙われるだろう」
あー、やっぱりそうなる? と、内心でため息をつく。
分かっていたつもりでも、改めて言葉にされると、ぞわっと肌が粟立つ。
「だから、卒業後は“大学で勉強した後、俺の家の関連企業に就職する”ってことにしておけ。
一般的な思考を持ってる奴らは、これでオマエらに手出しできない。
バカな奴らは──流石に自分で処理しろ」
さらっと物騒なことを言う。
でも、これがこの人なりの本気の“守り方”なんだろうとも分かる。
「んで、3年で、俺がオマエらが背後から撃たれないように環境を整えるから、その時は戻ってこいよ」
ずっと黙り込んでいたのは、このことを考えていたのか。
さっきまでの不機嫌さも、ただの拗ねではなく、その裏返しだったのかもしれない。
「建人はいいの?」
思わず問い返すと、五条は一切迷いなく答えた。
「七海は絶対に戻ってくる」
そう言い切る五条に、私は息を呑んで目を見開く。
「オマエの兄貴は、見た目はああでスカした風を装ってるけど、激情派で人情派だろ。
やりがいを求めて、絶対この世界に戻ってくる」
驚いた。
前回、七海が呪術界に戻ってきた理由を、五条の口から聞くことになるとは。
やっぱりこの五条は、意識は全くしてないけど、前世の影響を強く受けている。
「だから七海は心配してない。俺はオマエと灰原の方が心配だ。
必ず、必ず環境整える。オマエらが後ろを気にせず働けるようにする。
また“術師やっていい”って、お前が本気で思えるようにしてやるから。
その時は、一緒に呪術師やろうぜ?」
五条が、子どもみたいに目を輝かせてそう言うものだから、思わず笑ってしまった。
ほんと、五条はどこまでも前しか見ていない。
こういうところに、私は甘いんだ。
だから、こくりと小さく頷いて、
「五条さんがそこまで言うなら、しょうがないですね
そうなってたら考えますよ」
と笑った。
あれから伊地知の調査した結果(という名目だが、実際は前世記憶)として、
◾️◾️県の◾️◾️市、旧◾️◾️村──前回、夏油が呪詛師落ちをした任務──がきな臭いと伝えた。
本日の会議場所は夏油の部屋。
テーブルを囲んでペットボトルの水だけが置かれた、簡素な打ち合わせ。
事前調査で把握していた異常性は、ざっくりまとめるとこうだ。
・村で悪いことが起きると、誰かを“厄落とし”としてターゲットにして村八分にする
・どうやら呪力持ちがそのターゲットになっている
・数年前に一人の呪力持ちが亡くなり、今、その女の双子の娘がターゲットになっている
そこまでを淡々と説明したところで、夏油の表情がすっと能面になった。
あ、まずい──
本能が小さく警鐘を鳴らした。
前回何度も見た、夏油が精神的に参ってる時の表情に似ている。
私が何かフォローを入れようと口を開きかけた、その瞬間。
それより先に発言したのは、伏黒だった。
「俺の実家と逆だな」
唐突な一言に、その場にいた全員──私、伊地知、夏油の意識が伏黒へと向く。
「俺の実家は、知っての通り“禪院家”だ。
『禪院家に非ずんば呪術師に非ず、呪術師に非ずんば人に非ず』が基本と言えば、呪力がねぇ俺の扱いは分かるだろ?」
口の端を吊り上げながら、自分の口元の傷跡を指差し、鼻で笑う。
「この顔の傷も、ガキの頃から呪霊の群れに投げ込まれてできたもんだ。
呪力がねぇ俺は人じゃねぇのさ」
さらっと言ったが、その内容は全然さらっとしていない。
部屋の空気がとてつもなく重くなっていく。
「ま、非術師の家の方がマシだな。命が狙われてるわけじゃないんだろ?」
皮肉混じりの一言。
その言葉に夏油が明らかに動揺した様子を見せる。
ペットボトルを握っていた指先に、かすかに力がこもったのが見えた。
「呪力があろうがなかろうが、クズはクズってことだな」
伏黒は、あくまで淡々とした声で続ける。
「んで、ガキが虐待受けている可能性があるんだろ?
おい、夏油オマエブチギレて手出すなよ?」
真正面から釘を刺され、夏油はあからさまに嫌そうな顔を浮かべる。
「私はそこまで考えなしじゃない」
口ではそう言うけどさ──
いや、激情に駆られて前回やらかしてるからなオマエ。
心の中で全力ツッコミを入れる。本人には言わないけど。
伏黒も性格悪いな?前回の件を知ってて口に出すとか。
伏黒はそれ以上掘り返さず、ふっと視線をそらす。
「ま、とにかくこれは俺の出番だよな潔乃?」
今度は視線だけこちらによこしてくる。
「えぇ、思いっきりやっちゃってください」
私は笑って親指を立てた。
頼むよ伏黒。
夏油が感情を揺さぶられすぎないように。
子どもが“厄落とし”なんてふざけた理屈で傷つけられないように。
──今回もジョーカーになるのは、“呪力がないから人じゃねぇ”と言われ続けた、この人だ。
結局、任務は夏油が単身で向かった。もちろん、裏からこっそり伏黒は同行している。
伊地知が「補助監督見習いとして同行できないか」と影から調整していたが、それは通らなかった。
──ので、その任務に合わせ、私と伊地知は楽しくツーリングをしていた。
夏休み。本来なら学生たちは、楽しく遊び倒したり、受験勉強をしたり、「学生」を満喫する季節。
だけど、呪術高専生にとって夏は繁忙期で、ほぼ休みがない。
代わりに、その分の休みは後日「代休」としてまとめて取れるシステムだ。
なので、伊地知と私は同じ日に、数日の休みを申請して入れた。
9月も半ばを過ぎ、繁忙期がようやく落ち着いてきているタイミングだったので、許可はあっさりと降りた。
本来は七海も一緒に行く予定だったが、任務続きで明らかに体力の限界が見えていたため、今回は不参加。
灰原や、他のメンバー? そもそもバイクの免許持ってないから無理だよね、という話になった。
もちろん、本来の目的はツーリングなんかじゃない。
夏油の任務のヘルプのため、なるべく近くに張り付くのが一番の目的だ。
本来は夏油の呪詛師落ちを防ぐのが目的だが、記憶がない高専メンバーには呪力がありそうな子供が監禁されている可能性があること、
そしてそこらを利用して夏油がはめられないように、第三者枠として私たちが近くに待機する。と説明してある。
もちろん何もない時はお土産を期待してと言ったら、五条が俺も行きたいと騒いでいた。
でも、五条が来ると目立つし、そもそもバイクの免許がないでしょ?
というと不服そうにしながらも引き下がった。甘いお菓子をしっかり所望されたのには笑った。子供か!
レンタルバイクを走らせ、夏油の任務地の近くを「ツーリングと現地グルメを楽しむ」という名目でうろつく。
伊地知は声帯が某有名バイク乗りなだけあって、実は顔に似合わずバイクに乗る。
怯えた声を上げながら、私よりエグいコーナーの攻め方をしてくるんだよね。
伊地知は実は、そのバイク乗りの影響受けてないか?
そんなバカみたいなことを考えながら走っていたら、あっという間に目的地近くまで着いてしまった。
そのまま予約していた民宿にチェックインしようとしたところで、夏油から電話がかかってきた。
「潔乃ちゃん。伊地知、助けてくれ」
第一声からそれだった。
普段、多少のことでは声色を崩さない夏油が、明らかに引きつった声をしている。
その電話に慌てて現地へ向かうと──
そこにあったのは、徹底的に破壊された集落だった。
家々の壁は崩れ、屋根は吹き飛び、電柱は途中から折れ曲がっている。
だが、呪いの気配は──ない。残穢が一切残っていない。
その事実が、逆にはっきりと「誰の仕業か」を物語っていた。
伏黒がやったんだ、とすぐに分かる。
少し離れた場所には、引き攣った表情の夏油とその傍には幼い双子、そしてオロオロと集まっている村人たちがいた。
夏油の口元が引きつるのが見える。
村人曰く「突然、突風が起こって家々が破壊された」とのこと。
夏油は「竜巻らしきものが発生していた」と、同じく引き攣った顔で頷く。
もちろん演技だろう。夏油は真実を知ってるし。
夏油に抱きついている幼い双子もうんうん頷いている。小さいのに演技派だね。
元々、伏黒には「適度に集落を破壊しろ」と伝えていた。
伏黒が本気で動いたら、術師でもそのスピードを目で追うことはできない。
それを利用して、適度に破壊工作をしてもらうつもりだったのだけど──
……あのゴリラが、やり過ぎたなこれ。
瓦礫と化した家々を見渡しながら、私も伊地知も、親しい人にはバレるレベルで顔が引きつっていた。
その後、私たちは大慌てで簡単な復旧作業に入った。
住民の保護と誘導、高専とのやりとり、瓦礫の片付け、そして双子──枷場美々子・菜々子の保護──やることは山ほどある。
その復旧の合間に、夏油から聞いた「現場の詳細」に、私はため息を抑えられなかった。
本来の計画としては──
①夏油が、本来の依頼の呪霊を排除する。
②幼い呪力持ちの双子が軟禁されているはずなので、その保護を行う。
③(これは夏油には伝えていない)村人から双子が「化け物」と罵倒されても、夏油が呪詛師落ちしないよう、伏黒がフォローする。
④その際に、双子を保護しやすくするため、伏黒に「適度に」暴れてもらい、混乱を誘発する。
──そう、この④で現場は大いに荒れたらしい。
夏油の後を、術で姿を消した伏黒がひっそりと同行していたのだが、
牢屋に入れられた双子を前に、村人たちのクソみたいな話を聞いている最中。
伏黒がいきなり牢屋を破壊して暴れ出したらしい。
「彼も禪院家でいい扱いされてなかったから、思うところがあったのかもね。
でも、いきなり牢屋の木枠を吹き飛ばした時は、終わったと思ったよ」
夏油が口調だけは呆れた様子でそう言う。
「でも正直、胸がすく思いだったよ。伏黒のやつ、やるじゃないか。ザマァ見ろ、だね」
……村人がいないところでだけ見せるその顔は──完全にニヤついていた。
「本来は双子の保護はこっそり行う予定だったけど、あの騒ぎだったからね。
『幼い子供を軟禁なんかした天罰じゃないですか?』と言った時の顔は見ものだったよ?」
そして今までに見たことがないゲス顔。
おい、その顔。将来の教祖みたいな笑い方してるから。怖いから。
猿から名前呼びに進化したのはいい傾向なんだけどさ。
夏油がなんか変な方向に、ちょっとだけ“はっちゃけた”気がする……。
集落の瓦礫を片付けながら、私はため息をひとつついた。
報告書
作成者:夏油 傑
所属:呪術高専 東京校
1.任務名
◾️◾️県◾️◾️市 旧◾️◾️村における呪霊排除任務
2.任務概要
旧◾️◾️村周辺に出没する呪霊の調査および対象呪霊の排除。
3.経過および結果
①現地到着後、村内および周辺を調査し、対象呪霊を確認・祓除。
②呪霊排除後、村内の座敷牢に監禁されている呪力保持者の幼児(二名・双子)を発見。
③村人による長期的な監禁・拘束が行われていた形跡あり。
④当該双子の解放について村人に対し説得を行っていた最中、竜巻の自然現象が発生。
⑤竜巻により、集落内家屋の約八割が破損。十数名の負傷者が発生したが、死者は確認されず。
⑥発生地点周辺に呪力の残穢等は認められず、本件自然災害(竜巻)による被害と判断。
⑦当時の気象状況として、管轄気象台より竜巻注意情報が発表されていたことを確認済み。
4.応援要請および復旧支援
・一名での対応では復旧・住民対応に時間を要すると判断し、呪術高専へ連絡。
・休暇中かつ任務地近傍に滞在していた以下二名が応援として合流し、復旧作業に従事。
・呪術高専東京校 2年 七海 潔乃
・呪術高専東京校 1年 伊地知 潔高
5.保護対象
・上記座敷牢に監禁されていた呪力保持者の双子(二名)については、呪術高専にて保護。
・心身の状態については、今後 高専医師および担当教員による継続観察・ケアが必要と判断する。
以上
夏油の報告書を、私は喫茶店のテーブル席でアイスカフェラテを飲みながら読んでいた。
氷がカランと小さく鳴るたび、心のニヤニヤが増していく気がする。
うん、伏黒の存在は表に出ていないし、表向きの筋も綺麗だ。
全部が全部、こちらの想定通り──いや、想定以上にうまくいっている。
口角がゆるりと上がるのを自覚しながら、ページを親指でトントンと揃えた。
あとは、メロンパンの対策さえきちんとしておけば、前回のあの絶望的な流れからは解放されるはずだ。
原作の通りなら、メロンパン自体は絡め手を使えば、乙骨憂太一人で倒せるレベルだった。
外殻のない領域展開は厄介だが、領域を出される前に仕留めればいいだけだ。
羂索が夏油傑の肉体を手に入れたのは、五条が夏油を殺したあとだった。
直前まで、極ノ番うずまきの効果を知らなかったのか、夏油と戦闘を嫌がったのか。
もしかしたら肉体を取り替える先のボディは、自分以外の誰かによって殺される必要があったのかもしれない。
まぁ、どちらにしろ、わからないけど。
そんなことは置いておいておこう。
正直、今すぐここで「計画通り」とか言いながら高笑いして走り出したいくらいだ。
だって、あの夏油傑の呪詛師落ちを阻止したんだよ?笑って走り出すでしょ?
……不審者すぎるから、しないけど。
ニマニマと悦に浸っていると、すっと影が差して、店員から声をかけられた。
「申し訳ありません。団体のお客様が来られまして、
恐れ入りますが、席の移動をお願いできますでしょうか?」
「あ、はい。大丈夫です」
店員の依頼に快く答え、テーブル席からカウンター席へ移動する。
カウンターはあんまり相性よくないんだけど、まぁ仕方ない。
困った顔をしていた店員を見たら、断る選択肢はない。
そんなことを思いながら、カウンター席に腰を下ろし、
再度ストローをくわえてカフェラテを口に含む。
うん、美味しい。
この店、ちゃんと豆がいいんだよなぁ……なんて、のんきに思いながら、
片手でポチポチと携帯をいじる。
五条からメールが入っている。
あー、誕生日の店の話か。
……本気で、あのレストランに行くつもりなんだ。
うーん、学生には敷居高いと思うんだけど。
ちゃんとした服装を一着くらい買わないとなぁ。
まだお酒を飲める年齢じゃないのが残念だけど、前回できなかった約束、ちゃんと果たそうかな──
「ここ、いいかな?」
完全に浮かれたことを考えていたところへ、横から声をかけられた。
カウンター席もそこそこ埋まりつつあったので、隣に座る許可を丁寧にしてくれたのだろう。
「はい、どうぞ」
反射的にそう返しながら、声の方へと視線を向け──
私は、目を見開いて硬直した。
「ありがとう。失礼するよ」
そう言いながら、隣の席にトレーを置いて腰掛ける女性。
落ち着いた色のブラウスに、シンプルなアクセサリー。
すっと通った鼻筋に、ワンレンボブがよく似合う、大人の美人。
その美人の額には──
横一文字に深い傷が刻まれていた
は? なんで。
なんで『
一瞬、思考が真っ白になる。
心臓が、ドクン、と不自然な速さで跳ねた。
けれど、すぐにさっと視線を逸らす。
見ず知らずの女性の額の傷なんて、じろじろ見るものじゃない。
──そういう体で。
羂索が、なんの目的でここに……?
偶然だと思いたい。
ただのよく似た人だと言い聞かせたい。
でも、額の傷跡と、纏う空気が「偶然」にしては、あまりにも出来すぎている。
こんな偶然なんてあるか?そもそも
いや、もうこの時期は虎杖家離れてるのか?原作に描写がないからわからない。ちくしょう。
いろんな考えが頭をぐるぐるする。
さっさとお暇するに限る。
震える指先を一瞬だけ力強く握り、それを誤魔化す。
さりげない仕草で、手元の報告書を鞄に滑り込ませ、
ズズッとカフェラテを飲み干す。
氷がガラスの中でカランと鳴り、その音を聞いて小さく息が詰まった。
このまま、上手く、この場所を離れられれば────
「ふふ、勘がいいね」
女性の手が、私の腕をがっしりと掴んだ。
細い見た目からは想像できない強い腕力に、喉の奥がヒゥっと鳴る。
「私の“異常さ”に気づいて、即撤退を決めるのはいい判断だ。
でも、少し話をしたいから……少しここに残ってもらえるかい? 七海潔乃──」
耳元に落ちる声が、ぐにゃりと世界を歪ませた気がした。
「いや、▪̴͋̃̎̀̉̓̊̇͊́͌͐̏́͠️҉҇̒̃̌̓̄̄͆̇͐̏̎̑▪̴̛̅̉̽̀̓̊̿̅̽̌̓̄̓️҈̛̈̀͗͛̔̔́̒̓̎͛̌̃̚ 」