番外編。
バレンタインと、ホワイトデーのちょっとした小話。
時間的には、潔乃が高専に居る頃がメイン。
・伊地知ポジション成り代わり(伊地知の双子の妹)だった転生者、七海建人の双子の妹で、まさかの2週目。
・オリキャラ出ます
・ネタまみれです
今年の冬の繁忙期は長かった。
家入の誕生日のあとくらいから始まった、年末の繁忙期。
本来夏よりマシなはずの年末の繁忙期なのに、術師の稼働が史上最悪レベルだった。
理由は2005年は災害から事件・事故まで大量発生した年だった。
その反動で、2006年は術師の稼働が史上最悪レベルに跳ね上がった。
特に西日本で災害が多発していたため、その地域の任務が必然的に多くなる。
結果、特級の五条と、1級の夏油は西日本方面へ“飛びっぱなし”。
12月の五条の誕生日、2月の夏油の誕生日。
祝ってあげたかったけど、当然全員集まれなかった。
高専に入るメンバーも入れ替わり立ち替わりで、「いるメンバーでただの楽しい食事会」という様相だった。
夏油の誕生日は任務だったためパーティー自体には参加できなかったが、誕生日プレゼントをもらい
夜中に戻ってきた際に、同じ時間帯に戻ってきた五条と残してあった料理を食べたらしいから、多少はマシ。
五条の方は悲惨で、誕生日は出張先のビジネスホテルで1人で迎えていた。
そして、そのまま1週間ほど高専に戻ってこなかった。
そのため、その間、毎晩数時間、電話につきあわされた。
その時に聞いたが、実家にいたときの誕生日は儀式めいた、実につまらない物だったとのこと。
『俺に取り入ろうとしてるだけの奴らの相手、誕生日になんでしなきゃいけないんだ?
おっえー』
きっと原作みたいに、白目をむいて吐きそうなジェスチャーをやってるんだろう
電話越しでも分かる。ホント嫌そうだった。
だから、高専に入り、皆が行う素朴な楽しい誕生日パーティーに衝撃を受け、そして大喜びしたらしい。
そして、今年も五条は、自分の誕生日を、かなり、かなり!!楽しみにしていたらしい。
なのにこのザマだ。
そのため、夜中から明け方までずっと電話につきあわされた。
「潔乃の作るご飯と、ケーキを食いたい。潔乃といっしょに寝たい」
電話越しに切々と訴える五条。
ご飯とケーキを作る約束はしてないし、勝手にベッドに入ってくるのも勘弁してほしい。
付き合ってねーんだわ。
まぁ、でも誕生日に関しては同情する。
連日連夜の深夜通話に正直寝不足になりながらも、付き合ってやってるのはその同情心からだ。
五条はせめてバレンタインは、潔乃が作ったチョコを食べると電話越しに騒いでいたが、
これに関しても作るなんて一言も言ってないし、あげるとも言ってない。
聞き流しながら、どうせこの忙しさ、バレンタインの時期も無理ゲーでしょ。と思ってたら案の定、忙しいまま過ぎ去った。
まぁ、何もしないと拗ねることが分かってたので、ブラックサンダーやらカントリーマァムやらチロルチョコやら、チョコパイやら、あとお口直しにせんべいのお徳用を購入。
100円ショップで買った大きなカゴに、それらを適当にバサバサ流し込む。
出来上がったそれを食堂の隅に、『バレンタインなのでご自由にどうぞ』のカードといっしょに置いてミッションコンプリート。
更に横に、『五条さん専用』と書いたガムテープを貼り付けたカゴに、スニッカーズ、キットカット、コアラのマーチ、ポッキーなど更にチョコ系をてんこ盛りに追加して置いておいた。
五条特別仕様だ。多分用意しないとうるさいから。
忙しいのと面倒だから、スーパーやコンビニで買えるような既製品。
まぁ、諸々準備する時間がないのは、五条も分かってるだろうし許してくれるでしょ。
後日、夏油や灰原、七海、そしてせんべいを食べた家入からは、
食堂で顔を合わせたときや、個別のメールでお礼を言われた。
疲れてるときのこういうおやつって、心を癒やしてくれるから、皆、喜んでくれるんだったら良かった。
肝心の五条はと言うと自分専用のかごを抱えて満面の笑みの写メが送られてきた。
更に嬉しそうに電話があったのも言うまでもない。
ちなみに、その場に偶然居合わせた七海に撮らせたらしい。
テンションが高くてウザかった。心底疲れた様子でボヤかれた。うん、お疲れ様。
なんか、正直すまんかった。
五条は私とずっとすれ違い続いてたしね。
2月の末になって、やっと五条と直接顔を合わせた。
食堂だと言うのに抱きついてきて、
「潔乃バレンタインサンキュー!! ホワイトデー3倍返し期待しておけよな!」
と喜色満面だった。
五条は金持ちのくせに、庶民的なもの好きなのは知ってた。
けど、喜び過ぎで反応に困る。
任務の合間にコンビニやスーパーで適当に買った、ファミリーパックの詰め合わせなのにホワイトデーなんてもらえない。
3倍返しするなら、同じようなものを大量に買って、それを食堂においててほしいのが本音だ。
皆で食べられるし。
「別にホワイトデーなんていいですよ。同じようなの買って置いといてください」
なので、その旨を素直に伝える。
ついでに、肩や腰に回された五条の腕を、適当に払いながらいつものようにあしらう。
「駄目に決まってんだろ。デートプランも考えてるから期待しておけよ」
「いや、別にいらない……っていうか、なんでデートすること決まってんですか」
払ったはずの腕を再度腰に回され、抱き寄せられる。
片手はガシリと私の頭を掴み、ギリギリと指に力が入り、万力のように締められる。
「いだだだだ!!!!!なんでなんで!!ちょっと五条さん痛いです」
「うるせーとにかくデート行くぞ良いな?」
指先に力を込めながら、私の顔を覗き込んで念押してくる五条。
「理不尽!!!いだだだ!!分かりました分かりましたって!!」
もうヤダ、このノンデリDV男! 仮にも好き好き言ってる女に対してひどくないか?
私の返答に満足したのか、やっと頭を解放される。
掴まれていた箇所を両手の指でほぐしながら、間近にある五条の顔を涙目で睨みつける。
ニヤニヤとしながらも本当に楽しそうな目。
六眼の青い瞳がキラキラと輝いて綺麗なのが腹立つ。
その瞳の中にいる私も、だいぶ不機嫌そうだ。
思わず舌打ちすると、五条の目が更に楽しそうに細くなる。
「じゃ、3月14日は開けとけよ」
ちゅっと、私の額にキスをしてくる五条。
「いや、だからセクハラやめろっつってんでしょうが!」
「好きな女相手だからセクハラじゃねーよ。いい加減俺と付き合えよ」
「嫌です」
バンバンと五条の胸板を叩く。
ちくしょう、ほんとゴリラだな。全然抜け出せない。
その拘束から離すように訴えると、しょうがねぇなというため息とともに解放された。クソが。
「しっかしオマエさ。この俺が口説いてキスまでしてんのに、全然恥じらいとかねぇのな」
五条が首を傾げる。これだから顔がいいことを自覚してる男は嫌だ。
確かに、五条は神が自ら造形したかのような美貌の持ち主だ。
でも、私は見た目より中身派。
五条のことは人間としては好きだけど、家族とか恋人とかそういうのはノーサンキューだ。
顔だけで人間なびくと思うなよクソが。
大体、前世のことがあるから、魂にこびりついた記憶で勘違いしてるだけなんだよなぁ。
そんな人間とは付き合えないよ。
「五条さん私がクォーターだって忘れてませんか? 挨拶のハグやキスは慣れてます」
五条にキスされた額をスリスリと擦る。ほんと勘弁してほしい。この距離なしノンデリ。
「……あ゛?」
なんだか不機嫌な声が聞こえて、視線を向ける。
と五条の目が、再度細くなっていた。
先程の楽しげな目の細め方じゃなくて、不機嫌な方の細め方。
楽しげな笑みが消えていて、わかり易いほどの不機嫌な顔。
「誰にされた?」
「え、そりゃ家族とか、親戚とかですけど」
低い声で詰められて、思わず反射で答える。
五条のこめかみに青筋が浮いた気がした。
「ふーん」
「日本ではやらないですよ? ただ、祖父母の親族がそういう文化圏ですからね?」
五条の様子に慌てて言い訳をする。
いや、正確にはデンマークはそこまで頬キス文化じゃない。
でも、親しい家族なら話は別だ。
祖父母なんて会うたびにハグをして、頬にキスしてきたし。
前世、呪術廻戦を読んでいた頃の旦那は西洋人——ぶっちゃけて言うと、イギリス人だった。
つまり、そういうことだ。あとは察しろ。
まあ、総合的に慣れてるのは事実だ。
五条からのジワジワとした不穏な圧に思わず、一歩後退りするが、遅かった。
ぐいと腕を引かれ再度五条の腕の中に逆戻り。
背中に腕が回り密着する。
「ちょっと、五条さん近いです!」
「近くしてんだよ」
真正面から顔を覗き込まれる。
長い睫毛の奥、青い六眼が不機嫌そうに、じっとこちらを見ていた。
綺麗な顔で圧をかけてくるの、本当にやめてほしい。
「いや、だから日本ではやってないですからね?
あと、ほっぺにキスと言うよりいわゆる、air-kissとか、頬をすり合わせる感じが多いですよ?」
言い訳を重ねた瞬間しまった、と思った。
五条の目がすうっとさらに細くなる。
笑ってない。全然笑ってない。
あ、やべ、これ追加で地雷踏んだやつだ。
「誰と」
「いや、だから家族とか親戚」
「男?」
「両方いますけど。祖父母とか伯父伯母とか……」
答えた途端、五条の腕にこもる力がわずかに増した。
ぶっちゃけ痛い。
逃がす気がないのは十分伝わる。
「ふーん」
「だから何なんですか、その“ふーん”は」
言い返すけれど、五条は私の抗議なんてどこ吹く風だ。
青い目でじっと見下ろしてくる。
いやほんと、顔がいい男が不機嫌になると圧がすごいな。理不尽の権化か。
「じゃ、俺が挨拶でキスしても問題ねーじゃん」
「いや、問題しか無いんですが。五条さん家族や親戚じゃないし、ここ日本だし……」
「うるせー俺は挨拶でキスするからな」
綺麗な顔を寄せて再度額に口付けを落される。満足そうな笑み。
「口にするのは我慢してやる。オマエと正式に付き合った時に取っとくわ
あと、オマエからの挨拶のキスは俺はいつだってOKだからな?」
「……勘弁してください」
俺は譲歩してやったみたいな笑みを浮かべてる。
最悪だ。これは何度も経験して分かってる。こう言い出したら五条は聞かない。
キスされた額を擦りながら、ハァとため息をつく。
私の諦めを悟ったのか、勝ち誇った笑みを浮かべ
「じゃ、3月14日開けとけよ。今日はそれで勘弁してやる」
勝手にそれを許しの条件にして、私を解放すると、五条はそれはもう機嫌よく去っていった。
私はキスされた額を押さえたまま、その背中を呆然と見送る。
なんなんだ、あいつ。毎回毎回、納得いかないにも程がある。
なにが「今日はそれで勘弁してやる」だ。勘弁してやってるのはこっちである。
盛大にため息を吐いた。
「潔乃の負け。大人しく五条に付き合ってやんなよ」
背後から、面白がるような声が降ってきた。
振り返れば、食堂の椅子に腰掛けた家入が、いかにも他人事といった顔でこちらを見ている。
その向かいの席では、夏油まで穏やかに高みの見物といった表情をしていた。
あー五条と3人で食後の休憩をしてたのか。ちょうど遅いお昼の時間帯だし。
ちくしょう全部やり取り見られてた。
それにしてもこの2人こっちの味方をする気は一切ないな?
顔が思いきりニヤついてる。
「家入さん、ちょっとは止めてくださいよ」
心底うんざりして言えば、家入は悪びれもせず肩をすくめた。
「やだよ。五条の機嫌悪くなるじゃん」
「そうそう、潔乃ちゃん、悟も最近頑張ってるから、ちょっとくらい優しくしてあげて」
「えぇ……」
なんでそこで私が譲る流れになるんだ。
理不尽が渋滞している。
さっきまで当人に振り回されて、ようやく解放されたと思ったら今度は外野まで好き勝手言い始めた。
助けを求めた相手が全員敵側ってどういうことだ。
家入も夏油も、完全に面白がっている。
この二人、絶対止められたのに止めなかったな。最悪だ。
「優しくしたら、ホワイトデーにお高いダイヤの指輪とか渡されそうで嫌です」
「ありそうでウケる」
「その手があったか」
夏油が手をぽんと叩き、家入はタバコを咥えたまま笑い出す。
「いや、笑わないでください、そして夏油さんはそんなアドバイス本気でしないでくださいね」
あの後、家入と夏油がきちんと真面目に助言をくれた。
高いものが嫌なら、こちらから欲しいものを言えばいい、と。
まあ、それならと五条に提案した。
「デパートのホワイトデーの物産展に行って選びたいです。その後、晩御飯にラーメン食べて帰りましょう!」
そう伝えたら、まあ、五条は喜んだ。
どこのラーメン屋行く? あ、二郎系行く? いや、今流行りのまぜそばも!
なんて一人で盛り上がって、一生懸命店を調べ始める。
まあ、私もラーメンは好きなので、ここの二郎系は美味しいらしいとか、最近できたここは評判がいいらしいとか、なんだかんだ楽しく話が弾んだ。
……んだけどねぇ、五条って絶妙に運がないよね。
ホワイトデー当日。
1級呪霊が日本各地で複数発生した一報がはいり、五条や夏油などの1級以上の術師は
慌ただしくその対応に追われることになった。
慌ただしく準備しながら、ごめん、と言う五条に、気をつけてと返す。
こういうことは仕方がないしね。
さっと、気持ち切り替え術師の顔で補助監督と話を始めた五条を見て、ホッとする。
そもそも任務をほっぽりだす五条なんて解釈違いだし。
術師として真摯なところは文句無しに尊敬してんだよ。
五条が大騒ぎしたせいで夜蛾も気を使い、その日は私は任務は入っていなかった。
授業が終われば暇になる。
しかも、こんな日に限って他の面子はみんな任務で出払っていた。
こうなったら、一人で楽しむしかないわけで。
五条と行く予定だったデパートのホワイトデーの特集エリアで、気になったものを幾つか買う。
それから二郎系のまぜそばがある店に行って、まぜそばではなく、ガッツリ二郎系ラーメンを大盛り全増しコールで食べた。
にんにくじゃなくて生姜があるのが珍しくて、そっちを選んだよね。
五条にはちょっと悪いが、お一人様を満喫した。
んで、寮に帰ると、ちょうどいつものメンバーが戻ってきていたので一緒に食事。
あんだけ騒いで、五条は運がないよね。と皆で苦笑した後、解散。
今日は記憶持ちの定例会の予定もない。
自室に戻ってシャワーを浴び、いつもの芋ジャージに着替えたら、あとは楽しいゲームタイムだ。
北米版のXbox360を取り出し、日本でまだ未発売のゲームをセットする。
この頃はまだリージョンフリーじゃないから、海外版で遊ぶならリージョンロックを解除するか、その地域の本体を買うしかない。
ゲームはもちろん英語だけど、読めるので問題ない。
日本語訳にすると、無駄におもしろ翻訳になったりするから、世界観に浸りたいなら英語版一択!
ひどいローカライズだと、「ロシア人だ、殺せ!」と言われてロシア人を殺したらゲームオーバー、なんて詰み方するゲームもあったなぁ。
ぼんやりとそんなことを思い出しながら、ゲームを進める。
悪神が攻めてくるから、そのゲートを封じつつ、皇帝の血を引く継承者を探すんだったよな。
ゲートを封じる結界の要が、皇帝の血統。
この皇帝の庶子だって、本来ならただの司祭として、一生を終えるはずだったのに。
街の司祭として皆から慕われ、平凡だけど幸せな人生を歩むはずだった。
「不幸だよなぁ」
ぼやきながら、今日買った戦利品の一つのクッキーを齧る。
本人の意思とは関係なく、斜め上の事案で人生が決まるのはなぁ。
あ、でも、それを言ったら五条とか、術師家系はそのパターンが多いか。
術式の関係で一般社会に馴染めない人も多いし。
特に五条は、その突き抜けた才能のあまり、生まれ落ちた瞬間から人生はほぼ決まってた。
そして、社畜を拗らせて睡眠すらままならない生活をしている。まだ学生なのに。
でも、五条は自分を不幸とは思わないだろう。
術式が好きで、それを使って戦うのも好きなバトルジャンキー。
……うん、訂正。第三者が言うことじゃないわ。どう思うかは本人次第か。
齧りかけのクッキーを口の中に放り込む。
バターとチョコたっぷりのクッキーは最高に美味しい。
でも、人によっては、その風味をくどいと感じる人もいるだろう。
それと同じ。感じ方は人それぞれ。
そう結論づけて、ゲームの進行を進めようとコントローラーを握り直した。
ガチャリと音を立てて寮の扉が開く。
私の部屋は伊地知時代と同じく、もう鍵はかけてない。
相変わらず五条の出入りが多いし、今回は七海まで前より頻繁に来るからだ。
ノックもなかったってことは、五条だな。
クッキーを咥えたまま視線を向けると、予想通り五条だった。
任務から戻ってきたばかりだろう五条が、靴を土間に投げ捨て上がり込んでくるところだった。
「任務、お疲れ様で——うぇ!」
お疲れ様と労りの言葉を言いかけたところで、五条にぎゅっと抱きしめられた。
「わりぃ、今日のデート」
私の肩に頭を乗っけて、くぐもった声。
任務だからしょうがないじゃん。
それにちょっと強引に押し切られたところがあったので、ダメージはさほどない。
……いや、ちょっとは楽しみにしたけどね。
「良いんですよ。術師あるあるじゃないですか」
五条の背中に腕を回しトントンと宥めるように叩く。
五条は高専の制服のまま。任務が終わって高専に戻ってきて、そのまま私の部屋に直行してきたのだろう。
もう少しで0時を回るこんな時間だ。
私のところになんて来ないでお風呂やシャワーを浴びてゆっくりしてほしい。
グリグリと私の鎖骨に頭を擦り付けてくる。ちょっと痛いけど好きにさせる。
「五条さん、シャワーまだですよね?ご飯もまだ?
それなら部屋にあるやつでしか作れないですけど、作るのでシャワー浴びてきてくださいよ。ね?」
一日中外にいたせいか、少し外の埃っぽい匂いがする。
五条の頭を撫でながら、我ながら甘いと思う。
「ここのシャワー借りて良い?」
肩に顎乗せたまま上目遣いで私におねだりしてくる。
ちくしょう顔が良すぎて腹が立つ。
私が許可出すの分かっててやってるだろ、これ。
サングラスの隙間から見える六眼が、拒否権はないと言っている。
許可をねだってる体だけど、断ったらアイアンクローでも食らいそうな未来が脳裏に浮かんだ。
「タオルはいつもの場所。下着や服は、この前五条さんが泊まっていって置いてあったもの洗ってあるので、同じ場所にあります」
ため息をついて許可を出すと、五条が嬉しそうに笑った。
「シャワーのその前に、ほらハッピーホワイトデー」
私から身体を離すと、懐からぽいっと無造作にショッパーを出してくる。
学ランの内ポケットに入れてたから、ショッパーグシャグシャだ。
あーこれ渡したいから、日付が変わる前に私の部屋に慌ててきたのか。
受け取ったショッパーは有名なブランドのものだった。
「そんな高いもんじゃねーよ。オマエこの前、腕時計壊れたって言ってただろ?
だから、丈夫なメーカーの腕時計」
箱を開くと現れたのは、シンプルなデザインのクォーツ。
文字盤は少し大きめだけど、女性が着けてもおかしくない。むしろ大柄な私にはこれくらいのほうがしっくりくる。
秒針までしっかり目盛りが入っていて見やすい。
驚いた。五条にしては、かなりまともなチョイスだ。
たしかにこのブランドは高級ラインもあるけれど、実用的なラインも豊富だ。
今回五条が選んだのも、そっちのラインだった。
10代にしては、かなりかなーり背伸びした価格だが、術師として働いている私なら買える価格帯だ。
五条のことだから、グランドセイコーとか買ってきそうだと思っていたけど、本当にまともなチョイスだった。
「え、すっごいまともなチョイス」
思わず口にしたら、五条が唇を尖らせた。
「極端に高級品とか渡したら、嫌がるのはさすがの俺も分かるっつーの」
そう言いながら時計を箱から出し、私の左手首に巻いてくれる。
うん、ベルトサイズもぴったり。デザインも好きだ。
自分の腕に収まった腕時計を見て、にんまり口角が上がる。
そんな私を見ながら、五条が言う。
「ベルトは好みあるだろ? 今度買いに行こうぜ」
私は文句なしに同意の返事を返したのだった。
主人公
五条に好き好きアピールされて困ってる。
が、前世のやらかしで五条に罪悪感があるのと、嫌いではないので完全拒否はしていない。
誕生日やバレンタインは繁忙期で吹き飛んだ。
(なお、主人公が五条にあげた誕生日プレゼントは、有名ブランドのサングラスだった)
五条が必死なのでホワイトデーデートはOKしたが、それも吹き飛んだ。
五条ってやっぱ運無いよね。運Eじゃない? とか思ってる。
なお、腕時計はかなり気に入って、今後ずっとそれを使い続ける。
術式があるから、壊れたらちょっと時間を巻き戻して、大事に大事に使う。
この日は五条がシャワーに入ってる間に、冷蔵庫に作ってストックしておいた牛しぐれ煮、ほうれん草のおひたしに、さらにサッと炒り卵を作って三色丼を作り、インスタントの味噌汁を付けて出した。
それを食べた後は、ホワイトデー特設コーナーで買ったお菓子を二人で仲良く食べて、添い寝した。
ちなみに、異性に腕時計を贈る意味は知ってるが、五条にそんな情緒がないのもわかってるのでスルーした。
五条悟
誕生日もバレンタインも繁忙期で吹き飛んだ男。
ことごとくデートの約束を邪魔されまくる悲しい男。きっと運のステータスはE(恋愛に関して)。
ホワイトデーは気合いを入れまくったのにポシャって、せめて腕時計は渡したかった。
腕時計は、七海と灰原からのアドバイス。
「ちょうど腕時計が壊れたって言ってたよ」と灰原。
「潔乃さんは、デジタルよりアナログが好きです」と七海。
選んだ時計は、夏油と家入からのアドバイス。
「グランドセイコーとかオメガとか買うんじゃないよ? 重すぎる。実用的なラインで」と夏油。
「潔乃は身長もあるし、華奢な女性向けデザインより中性的で存在感のある、ちゃんとした時計が良いかもね」デザイン面からのアドバイスは家入。
時計の機能とブランドに関しては、五条が別件で連絡取った時に聞いた、伊地知からのアドバイス。
「一目で時間が分かる、文字盤に数字と秒針があるようなのが好きみたいです。
この前壊れたと言ってた時計は、◯◯◯◯◯◯◯(五条がかったブランドの更にお手頃価格のやつ)でしたね」
結果、珍しく主人公が大喜びでまともに受け取ってくれて嬉しかった。
さらにその後、手作りの三色丼を食べて、デザートも食べて、一緒に添い寝まで出来て、最高のホワイトデーになった。
なお、腕時計を贈る意味を五条は知らない。
「ねぇ、白菊。新しい腕時計買ったら? 教祖がその安物じゃ夢がないよ」
いつもの教祖業務を終えて部屋に戻り、ようやく一息ついたところだった。
人前用の柔らかな笑みも、聞こえのいい説法も、信徒向けの穏やかな声音も、自室の扉を閉めた瞬間に全部脱ぎ捨てる。
袈裟の裾を軽く整えて腰を下ろしたところで、向かいにいた羂索がそんなことを言ってきた。
その視線の先を追えば、私の左手首。
身動きするたびに袖口からちらちら覗く腕時計だった。
たしかに、今の私は頭のてっぺんから爪先まで、かなり金がかかっている。
上等な絹で仕立てられた袈裟。
細工の凝った髪飾り。
薄くまとった白檀の香も、安物特有の軽さとは無縁の落ち着いた香りだ。
化粧品も、有名ブランドから私の肌に合うものが取寄せられている。
教祖という立場上、夢を見せるための見てくれは大事だと言うことは分かっている。
その中で手首の時計だけが、妙に現実的だった。
華奢な宝飾時計でも、成金趣味のギラついたものでもない。
装飾を削いだ、シンプルで見やすい文字盤。丈夫で、日常で使うための時計。
確かにこの場に似つかわしいかと言われれば、そうでもない。
「あぁ、これ気に入ってるんですよ。それに、これだって二十万は超えますよ」
こいつウザいなぁ。めんどくさいので、事実だけを述べて、さらりと返す。
羂索は肩をすくめた。
「二十万も安いとは言わないけどね。
袈裟も髪飾りも、香水も超高級品なんだから、時計も合わせた方がいいと思うよ」
お前は私のスタイリストか? それとも演出家か? いや、実際そういう部分あるけどさ!
その理屈自体は間違っていないのが、余計に腹立つんだよなぁ。
「うるさいですよ。私はこれがいいんです。庶民派な教祖でいいじゃないですか」
ぴしゃりと言い返すと、羂索は肩をすくめてそれ以上追求してこなかった。
バラエティの時間があるからと部屋を出ていく羂索を見送った後、視線を手元に落とす。
そっとベルトを外し、腕時計の裏蓋を覗き込む。『Always Beside You. 』
「私はこれがいい。これで十分」
裏蓋に刻まれた刻印を人差し指でなぞった。
本編が地獄すぎて、ただただ楽しい話を書きたかった。
楽しいだけで終わらなかったけど。