Electriar Code 【夜明のスピカ】 作:鷹島 扇
バックルーム
案内された先で、ベッドに横たわっていたのはいわゆる"デフォルト"の義体。
髪はセミロング、美しい黒髪、ボディは特にこだわりが無かったのか痩躯の設定だ。
…パッと見た印象は「薄幸の美少女」…?
起きていなくても分かる、この娘は非戦闘用途だ。
恐らく介護補助やエレクトリアセラピー用だろうか。
少なくとも武装は無さそうに見える、今はルームウェアだけ着ている状態だ。
セレナ「バイタルサインも正常値、ステータス異常も無し。 健康状態、という面では何も問題は無いようね。」
ミカ「…来訪時の様子は? 外傷もないし、GPSロストによる帰宅困難って感じ?」
横たわる彼女をセレナがスキャンするが、やはり何も掴めない。
ミカもメモを取り出すが返ってきた答えはまぁ…予想通りだった。
ニーカ「いや…閉店施錠時に出入口に座り込んでいた以外に状況説明が出来なくてな… 正直なところ、自身で訪れたのか意図して放置されたかすらわからないんだ…」
エルニル「その時点でスリープ状態だったので経緯はさっぱりですね… 」
保護した2人がお手上げならこちらも当然お手上げだ。
GPSロガーを使うにも、まずは彼女が起きないことには何も始まらない。
セレナ「簡易スキャンは行ったけど、ウイルスや不正プログラム、特殊なプロテクトは検知されなかったわ。 保護と仮契約承認は本社に申請済みよ。」
ミカが促す前に、野良エレクトリアを保護、仮契約するための手続きは終わったらしい。
さすがはセレナ、次に必要なモノを瞬時に判断し、処理してくれる。
野良エレクトリアを保護するにあたって、まずは保護する側が対象と「仮契約」を結ばなければならない。
基本的にはエレクトリア側に合意の意思が無い場合は不成立となるが、やむを得ない場合はミカのように特定権限で合意なしの仮契約が可能である。
恐らく現在、彼女はオーナーがいない状態だ。
オーナーがいないと通信権限が無くなるためPh-Fi通信による無線給電が出来なくなる。
外部充電が可能な環境であれば問題ないが、やはり無線給電の利便性は失われてしまう。
一度スリープ(省電力モード)に入ると仮契約をしてPh-Fiに接続するか、外部充電を行う以外にスリープを解除する方法は無い。
仮に充電後に再起動しても、事情次第ではまた同じように充電切れになってしまうし、有線充電は行動範囲も限られてしまう。
ミカ「ありがとうセレナ。 仮IDの発行も確認したわ。」
端末を操作し、彼女のコアとリンクする。
近衛から発行された仮IDを使い、情報を上書きして様々な権限を彼女に与える(以前のデータは後々サルベージ出来るので問題なし)
そうすればすぐに─────…
《システム再起動》
《契約者ID確認 近衛インダストリアル 水原ミカ》
《コア・アクセス確認》
《承認》
《Ph-Fi通信接続権限解除 自動接続》
《給電開始 緊急省電力モード解除》
《システム・オールグリーン》
端末から自動音声が鳴り、承認が降りる。
ここまで来ればあっという間だ。
無線給電が始まり、コアから情報が共有される。
これで彼女の詳細なプロフィールやステータスが端末に表示されるはずだが─────…
ミカ「───…え?」
…ミカは自身の目を疑った。
端末に送られてきた彼女の情報が、あまりにも不可解だったからだ。
セレナ「…なに…これ… ありえないわ…」
同じく情報を共有しているセレナも、同じ感想のようだ。
それもその筈、本来現行のエレクトリアは戦闘用ではなく人間のサポート、家族として造られたモノ。
ただし不測の事態や緊急時に備えて防御力や敏捷性など必要最低限のステータスを必ず保有している筈なのだ。
どんなに低くても最低数値「1」以上、全ての能力が最低値なら端末側の問題やエラーが疑われるがそもそも彼女には「ステータスが存在しない」
スキルのタブに切り替えても表示が無い。
装備、アクセサリー枠も反応しない。
仮契約しても、彼女の情報が何一つ分からない。
ニーカ「ステータスが参照出来ないなら端末側の不具合じゃないのか? 接続自体は出来たのだろう?」
エルニル「自動給電は始まってますしね。 となればミカさんの端末側かこの子に何らかのプロテクトが架かってるとか?」
セレナからデータをもらった2人も首を傾げる。
この時点ですでにどこにも「前例がない」事が判明した。
エレクトリアが3名居る状態で、各々が様々なプラットフォームから同様の事象、事案がなかったかを検索するも誰一人として明確な解答を用意出来なかったという事は…つまりそういう事だ。
事実、仮契約は正常に終わり、無線給電も始まった。
端末側の問題なら最初からエラーを吐くだろう。
エレクトリア側のプロテクトである可能性も極めて低い、その点はセレナがスキャン済みだ。
…つまるところ、原因不明。
登録名すら出てこないとなれば、アリーナ(エレクトリアバトル)にすら未登録という事である。
ミカ「これはちょっと私もお手上げね、せめてアリーナ登録があれば何か掴めただろうけど… セレナ、明日のam枠最短で近衛理研の月島主任にアポお願い、コードC4。」
セレナ「了解、マスター。 …アポ取得済み、11:00枠を押さえたわよ。」
手詰まり感が出たためミカは明日近衛インダストリアルの開発部門である【近衛理研】に検査を頼む事にした。
理研はエレクトリアパーツの開発、研究の他にも現在流通しているエレクトリアの製造番号や登録情報も管理している部門だ。
エレクトリアに関する機械的トラブルであれば、近衛理研で解決出来ないものはない。
彼らに任せれば、明日中にでも結果が出るだろう。
ニーカ「ひとまず安心だな。 後のことはミカに任せて私達は仕事に戻るぞ、エルニル。」
エルニル「はぁ〜い。 ミカさんのパスタ作るので、出来たらお呼びしますね〜」
状況はどうあれ、引き継ぎは終わった。
2人ははミカに一瞥し、カフェの仕事に戻る。
ミカ「さ、私達も一旦テーブルに行きましょ?お腹が空いて大変だわ。」
セレナ「私はもう少しこの子の傍にいるわ、急に目が覚めて独りだと寂しいでしょうから。 パスタが出来たら連絡ちょうだい。」
椅子に座り、傍らで眠る彼女の手を握るセレナ。
普段はクールな彼女の(稀に見せる)温かな一面だ。
…いやこれ私にだけ厳しい可能性あるな?
「了解」とだけ伝え、ミカはバックヤードを離れる。
………
……
…
10分後
セレナ「(やっぱりどこを探しても類似のデータがない… 再度スキャンしても素体のセキュリティに問題は無いし、端末側の動作も正常… 私達は持主を守る役目もあるのにステータス数値がないなんて…)」
パスタが出来るまで、セレナは過去の案件を再び検索していた。
やはり何処にも関連する情報がない。
あまり言いたくはないがエレクトリア関連のシステムトラブルは大小含め後を絶たない。
あれだけ膨大なナレッジがあっても引っ掛からない事案となれば少し警戒したほうがいいのだが…
セレナ「(駄目ね、やっぱり何も──────… ん?)」
再度セキュリティコードを確認していると、ある違和感に気付いた。
セレナ「(プログラムコード自体は問題ない… 規定も満たしてる… けど… 影響がない部分の文字列の小文字と大文字が入れ替わってる…?)」
プログラムの進行コード内に感じた違和感。
ほんの僅かな差だが、確かに違う。
数万以上ある羅列に仕込まれたソレを、1文字づつピックアップする。
数あるプログラム言語から、その箇所を抜き出し、アナグラムを形成。
すると、ある言葉が出来上がった。
セレナ「…"J a N e D o e" … ジェーン・ドゥ? 意味は…身元不明の女性…? 随分と趣味の悪いモノを仕込んだのね…」
"Jane Doe"
それは身元不明の女性や名前の無い死体を意味する言葉。
持主不明のエレクトリアに仕込むにはうってつけの名前だ。
セレナ「─────ジェーン・ドゥ…」
出来上がったその名を、ぽつりと呟く。
そして、それに呼応するかのように、目の前の"彼女"が、ゆっくりと目を覚ます──────
第4話 完