【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
第一話 風の来訪者
空が暗い。
真っ暗で、どこだかも分からない。
地面には、淡く光を放つキノコが無数に生えていた。紫と青の輝きが波のように揺れ、あたかも夜の海の底のようだった。
その中心に、一人の少年が膝をついている。
白い髪に、赤い瞳。
左の頭部には、妖精のような透明の翅が一つ、静かに揺れていた。
少年の名は、
彼は夢の中で、いつも同じ声を聞く。
『……守って』
少女の声だった。顔は霞んで見えない。けれど、涙だけが確かに見えた。
『滅ぼして。“魔”を』
風が渦を巻き、世界が歪む。
視界が真っ黒に塗りつぶされた。
──そして、朝。
◇
狂ったような笑い声が、廊下から響いた。
誰もが肌で“何か”を感じ取っていた。
「風が……」
誰かの呟きと同時に、風悪の胸が痛む。
黒い靄を纏った男子生徒が、壁を殴りつけている。その瞳は闇に染まり、理性は欠片もない。
担任の
「全員、下がれ!」
閃光が走る。だが、暴走した生徒は弾丸を受けても倒れず、逆に宮中を吹き飛ばした。
「先生っ!」
風悪は反射的に前へ出た。
「離れてろ!」
風が渦を巻き、ガラスが砕ける。刃のような風が生徒の腕を弾いたが、暴走した力は止まらない。
「ダメだ……制御できない!」
風悪の背後で、
『風悪。あなたは守るために、外から呼ばれた』
耳の奥で、あの声が響いた。
「……風よ、応えろ!」
爆風が教室を包む。だが、それは破壊ではない。
――優しさを帯びた風。
黒い靄が剥がれ落ち、暴走した生徒はその場に崩れ落ちた。
風が止む。光が差し込む。
◇
目を覚ますと、そこは昨日案内されたばかりのアパートの一室だった。
紹介してくれたのは、担任教師の宮中潤である。
風悪には、記憶がない。
分かっているのは二つだけ。自分が「頭に翅を生やした人工妖精」であること。そして、夢の中で“魔を滅ぼせ”と囁かれていることだ。
「……また、あの夢か」
天井を見上げながら、小さく呟く。
世界のことも、自分のことも分からない。だが今日から学園に通うことになっている。
「……学校、ね。どうしてこんなことに」
不満とも諦めともつかぬ声を漏らし、制服の襟を正す。
新しい生活の始まり。
期待と不安と、胸の奥の得体の知れないざわめきが混じり合っていた。
切ノ札学園。
校門には、鋭い意匠の校章が掲げられている。異能保有者特別育成校、通称〈異能学園〉と呼ばれる場所だ。
風悪が案内されたのは、一年A組だった。
扉を開けた瞬間、教室はすでにざわついている。十四名の生徒たちが、それぞれの世界を持っていた。
黒いマスクをつけた担任の宮中が、教壇に立つ。
「今日からこのクラスを担当する宮中だ。初日だし、全員、自己紹介から行こうか」
静寂。
最初に立ち上がったのは、おさげ髪の少女――一ノ瀬さわらだった。首と鼻に細い傷跡があるが、彼女は口を開かない。
重たい沈黙を破ったのは、明るい声だった。
「
白くてまるいゆるキャラのぬいぐるみを掲げ、満面の笑みを見せる。その陽気さが、教室の空気を少しだけ和らげた。
「
サイドテールの少女が控えめに名乗る。どこか物静かで、柔らかな印象だ。
「……はあ」
気だるげに息を吐いたのは、
左手には黒いアームカバー、右手には単語帳。無関心そうでいて、その眼差しは冷静だ。
「ってかさ〜! ガチャ! 天井いきそうなんだけど!?」
スマホをいじりながら叫ぶのは、
「……自分は、このしろについてきただけなので」
淡々とした声で続いたのは、
「
顔を真っ赤にしてわたわたする少女は、一見して恋愛脳全開といった様子だ。
「
長い黒髪の少女。落ち着いた声で、柔らかく微笑む。
「かじかは絵を描きます!」
赤いベレー帽の少女がスケッチブックを掲げる。
一ノ瀬、五戸、六澄、鳩絵は同じ中学出身だという空気が流れていた。
「
小さく呟いた少年。彼が黒八を一瞬だけ見たことに気づいた者は少ない。
「
左眼を前髪で隠した少年。どこか自信に満ちた声だった。
「女の子は~全員、あたしの嫁!」
亜麻色の髪を束ねた少女、
「愛主、うるさい」
「何を!」
すかさずツッコミを入れたのは
──そして、最後。
教室が静まる。
全員の視線が、ひとりの少年へと集まった。
「頭に翅……?」「本物?」「妖精……?」
ざわめき。囁き。疑念。
風悪はわずかに眉を寄せ、短く言った。
「……よろしく」
それだけ。
誰かが小さく「苗字ないんだ」と呟いた。
昼休み。
机に突っ伏していた風悪の前に、スマホが差し出された。画面には短いメッセージが表示されている。
『はじめまして。声が出せないから、これで話します』
一ノ瀬さわらだった。
自己紹介で話さなかった理由に、風悪はようやく納得する。
「……そう、なんだ。なんか……夢で会った気がする」
一ノ瀬の手が一瞬止まる。
風が強く吹いた。
偶然ではないだろう。彼女の瞳がわずかに揺れた。まるで、“何か”を思い出したかのように。
「風悪君、ちょっといいですか?」
長い黒髪を揺らして黒八が近づいてくる。
「何?」
「先生から聞きました。引っ越してきたばかりで、この辺のこと、分からないとか」
「ああ……そう、らしい」
「そうらしいって?」
ぐいっと詰め寄る黒八。その真っ直ぐな瞳に、風悪は少したじろぐ。
「オレ、ここに来るまでの記憶もなくて」
「な、なんと……!」
黒八が目を丸くした。彼女は“お人好し”という言葉を絵に描いたような少女だ。
「なんでも聞いてくださいね!」
「は、はあ……」
完全に押される風悪。その様子を、一ノ瀬は静かに見守っていた。
午後。風がざわめく。
教室の空気が変わる。誰もが肌で“何か”を感じ取っていた。
「風が……」
黒八の呟きと同時に、風悪の胸が痛む。
「……嫌な感じだ。」
風の流れが逆転する。“魔”が、近い。
狂ったような笑い声が、廊下から響いた。
黒い靄を纏った男子生徒が、壁を殴りつけている。その瞳は闇に染まり、理性は欠片もない。
宮中がどこからともなく銃型の装置を取り出し、構えた。
「全員、下がれ!」
閃光が走る。
だが、暴走した生徒は弾丸を受けても倒れず、逆に宮中を吹き飛ばした。
「先生っ!」
黒八の悲鳴。
風悪は反射的に前へ出た。
「離れてろ!」
風が渦を巻き、ガラスが砕ける。刃のような風が生徒の腕を弾いたが、力が暴走する。
「ダメだ……制御できない!」
一ノ瀬が震える。その瞳に、恐怖よりも怒りが宿る。
『また、“魔”……?』
彼女が立ち上がろうとした瞬間、五戸が笑った。
「ちょっと面白くなりそうじゃん。見てようよ?」
一ノ瀬は一瞬だけ睨みつけたが、すぐに視線を戻した。
「風悪君!」
黒八の声に応えるように、風悪は風を放つ。
『風悪。あなたは守るために、外から呼ばれた』
耳の奥で、あの声が響いた。
「……風よ、応えろ!」
爆風が教室を包む。
だが、それは破壊ではない。
――優しさを帯びた風。
黒い靄が剥がれ落ち、暴走した生徒はその場に崩れ落ちた。
風が止む。光が差し込む。
春の匂いが戻ってきた。
事後の保健室。
包帯を巻かれながら、風悪は窓の外を見ていた。
「オレは……妖精とは、なんだろ」
風が頬を撫でる。
まるで答えるように、優しく吹き抜けた。
同時刻、屋上。
夕暮れの中、黒髪の少女が街を見下ろしていた。
四月レン。治安維持組織「
「……少し、教えてやろうか」
紅に染まる空が、揺らめいた。
放課後の教室。
誰もいない空間で、六澄わかしが静かに笑っていた。闇を宿した瞳が、何かを見据える。
「……いいものが来た」
「わっかし〜! 行くよ〜!」
五戸の声に、六澄はゆっくり立ち上がる。
動き出す者たち。静かに始まる運命の螺旋。
夕暮れの帰り道。
風悪はひとり、空に手を伸ばした。薄紅の空が、どこまでも広がっている。
「オレは……“魔”を滅ぼすために、呼ばれたのか?」
「風悪君?」
黒八が隣で首を傾げる。彼女の声も、風に溶けていった。
『――守って。“人”を』
夢で聞いたあの声。
風悪の赤い瞳に、静かな決意が宿る。
「……分からなくても、守るよ。オレは」
風が吹き抜け、校庭の桜が舞う。
その影の下で、黒い靄がゆっくりと形を取り始めた。
世界を蝕む“魔”の始まり。
——その日、風が吹いた。
そして、“魔”が目を覚ました。
物語は、ここから始まる。