【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第十話 風が見た夢

 ──風が、鳴いていた。

 夜の森を吹き抜ける風は、まるで誰かの声のようだった。悲しみと怒り、そして何かを訴える囁きが、ざわめくように耳をくすぐる。

 

 風悪(ふうお)は夢を見ていた。

 いつもの──ではない。

 闇に包まれた、金属の響きが満ちる場所だった。

 

「ここは……電車?」

 

 目を覚ました瞬間、風悪は息を呑んだ。

 視界の先には、無人の車内。薄暗い蛍光灯がチカチカと瞬き、線路の音だけが規則正しく鳴り響いている。

 

「どこへ向かってるんだ、これ……?」

「どこでもない」

 

 声がした。

 誰もいないはずの空間で、確かに“誰か”の声が響いた。

 次の瞬間、目の前の座席に、影が形を成す。

 黒い髪。黒い瞳。黒い爪に黒いチョーカー。全身を闇に染めたような少年──。

 だが、その頭には、風悪と同じ“透明な翅”が生えていた。

 

 黒い妖精。

 その言葉が、風悪の頭に浮かぶ。

 一瞬、時間が止まったように静まり返る。

 

「は? いつの間に!?」

 

 風悪が叫ぶ。

 黒い妖精は、座席に寝そべったまま片手で頬杖をつき、薄く笑った。

 

「此処、ずっと同じところを周っている」

「は?」

「それよりお前──人工妖精とは言え、もう少し“妖精”である自覚を持て」

 

 淡々とした声音。言っている意味が理解できず、風悪はぽかんと口を開けた。

 

「じ……人工妖精? なんだそれ」

自分(オレ)は少し、お前に興味がある」

 

 黒い妖精は、ゆっくりと体を起こす。そして、人差し指で風悪を指した。

 

「だから、もっと──」

 

 そこで言葉を止め、何かを思い直したように息を吐いた。

 

「いや、いい。『ここ』では大人しくしておくんだった」

「だから! 何を言ってるのか説明しろ!」

 

 風悪の声が電車に響く。

 だが、その響きがやけに遠く感じられた。まるで、現実そのものが薄膜一枚で隔てられているような、不快な感覚。

 黒い妖精は小さく笑う。

 

自分(オレ)はお前の“(もと)”になった、ただの妖精さ」

「……“基”?」

「そう。お前を作るための素体。昔から、人間の感情が動く瞬間を見るのが好きでね。“向こう”では色々やったもんだ」

 

 “向こう”という言葉に、風悪の胸がざわついた。

 

「“向こう”ってどこだよ」

「でも“ここ”には“魔”がいる。……オレの出番は、あまりない」

 

 黒い妖精は視線を落とし、どこか遠くを見つめていた。車内を走る光がその横顔をかすめるたび、翅が黒く反射する。

 話が通じない。風悪は苛立ちながらも、彼の言葉の中から答えを探そうとしていた。

 

「ちゃんと説明しろって言ってるだろ」

 

 黒い妖精は笑い、電車の窓を指で軽く叩いた。

 

「まあ……あんなもんだよな。さて、次はどうなることやら」

 

 再び、風悪へと向き直る。その瞳に、深い闇が映っていた。

 

「──期待している」

 

 その言葉と共に、黒い妖精の姿がかき消えた。

 風悪は思わず手を伸ばす。だが、その手は虚空を掴むだけ。

 次の瞬間、視界が反転した。

 

「わっ!」

 

 バタン、と鈍い音。

 風悪はベッドの下に転がり落ちていた。

 

「……夢、か」

 

 額の汗を拭いながら、息を吐く。胸の奥に残る妙な感覚が消えない。

 夢オチかと思えば、物理的にもベッドから落ちていた。自分でも苦笑しながら、風悪は天井を見上げる。

 ただの夢とは思えない。けれど確かに──あの黒い妖精の言葉は、現実に刻み込まれていた。

 

 人工妖精。“基”になった存在。“ここ”には“魔”がいる。

 謎の断片が、頭の中をぐるぐると回る。

 

「……オレは、一体……何なんだ」

 

 夜明け前の微かな風が、カーテンを揺らした。その風だけが、彼の独白を聞いていた。

 

 完全に目が覚めた。

 朝の光がカーテンの隙間から差し込み、鳥の声が遠くで鳴いている。

 宿泊研修、最終日。

 風悪は額の汗を拭いながら、深く息を吐いた。

 

「……変な夢だった」

 

 隣で、黒八空(くろや そら)が目をこすっている。

 

「顔色悪いですよ、風悪君。夜、眠れませんでした?」

「まあ……そんな感じ」

 

 曖昧に笑ってごまかす。けれど、胸の奥には昨夜の夢の残響がまだ生々しく残っていた。

 黒い妖精の声。そして、最後に囁かれた言葉が何度も反芻される。

 『“ここ”には“魔”がいる』

 “魔”の存在、黒い妖精、夢の中の少女。どれもが絡まり、頭の中でほどけない糸のように揺れていた。

 一体なんなんだ。

 その疑問に答えは出ない。胸の奥に沈む不安を抱えたまま、風悪は食堂へ向かった。

 

 朝食の時間。

 昨夜の惨状が嘘のように、食堂は笑い声で満ちていた。

 食器の音、パンの香り、日常のざわめき。それらすべてが、どこか現実感を失っているように感じる。

 

「黒八! 昨日のアレ、マジすごかったって!」

 

 夜騎士凶(よぎし きょう)が、トレイを片手に身を乗り出した。

 

「え、ああ……なんか、頑張ったみたいです、私!」

 

 黒八は照れくさそうに笑う。

 

「“みたい”ってなんだよ。あれ完全に別人だったぞ!」

 

 夜騎士が笑い、王位富(おうい とみ)が苦笑して肩をすくめる。

 その和やかな空気の中、辻颭(つじ せん)だけが、静かに箸を止めていた。

 俯いたまま、食器に落ちる影が濃い。誰も気づかぬように、彼の指先が微かに震えている。

 また、だ。

 胸の奥から、黒い感情が滲み出していた。それはもう、抑えようのないものに変わりつつあった。

 

『風悪君、ちょっといい?』

 

 一ノ瀬(いちのせ)さわらの声がした。

 食堂を出たところで、彼女がスマホを片手に立っていた。

 

「ん? どうしたの?」

『どんな夢を見ていたの?』

「え?」

 

 予想もしない質問に、風悪は目を瞬かせた。なぜ彼女が夢の話を知っているのか。

 

「……黒い妖精が出てきて、わけの分からないことを言ってきたんだよ。ほんと、意味が分からなくて」

 

 困りながらも、風悪は正直に話した。

 一ノ瀬は、じっと風悪を見つめていた。その瞳に、わずかな怒気が宿る。

 

 ――次の瞬間。

 床が音を立てて、変化した。

 足元に、びっしりと“キノコ”が生え広がっていく。柔らかな白光を放ちながら、瞬く間に廊下を覆いつくした。

 

「……え?」

 

 風悪は息を呑む。

 一ノ瀬は何も言わない。ただ、背を向けたまま立ち尽くしている。

 待てよ、この光景は。

 脳裏に、いつもの“夢”がよぎった。暗闇の中で、妖しく光るキノコ。あの夢の中の風景が、まるで現実に染み出したようだった。

 

「まさか……キミが……?」

 

 一ノ瀬は答えない。その沈黙こそが、答えだった。

 風悪の胸に冷たい予感が走る。

 

 午前。

 帰りのバスの準備が始まる。荷物を抱えた生徒たちが慌ただしく動く中、風悪のもとに四月(しづき)レンが現れた。

 

「顔が寝不足だぞ」

「……夢見が悪かった」

「夢?」

 

 四月はわずかに眉をひそめ、興味を示すように目を細める。

 風悪は一瞬、話すべきか迷った。

 

「……黒い妖精が出てきて、なんか訳のわからないことを──」

 

 その言葉を聞いた瞬間、四月の表情が変わった。

 

「……なるほど」

「何が?」

「あ、いや。悪い。今、全部視た」

「は?」

 

 風悪が目を丸くする。

 

「一ノ瀬がキレてた、か」

 

 その言葉に、風悪の背筋が凍る。今朝のやり取りが、鮮明に蘇ったからだ。

 

「ああ、悪い。私は少し“過去”も視えるのでね」

「……過去視?」

 

 四月は面倒くさそうに左腕を押さえ、アームカバーの隙間から薬の錠剤を取り出した。

 

「雷撃とか、あれこれ使ってるが……本来の異能は“過去視”だ。雷は特異体質の副作用みたいなもん」

 

 風悪は言葉を失った。

 

「あとは本人たちに聞け」

 

 短くそう言って、四月は踵を返す。バスの方へ歩いていくその背中に、風悪は何も言い返せなかった。

 残された風悪は、ただその場に立ち尽くす。

 胸の中で、複雑に絡み合った思考が渦を巻く。

 

 黒い妖精。一ノ瀬。四月。

 “魔”は誰の中にいるのか。

 オレは……何者なんだ。

 

 空気が、少しだけ冷たかった。

 けれどその風は、確かに何かを告げていた。

 ──何かが動き出す、と。

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