【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第百六話 封印の夢

 北乃ムラサキには、友達が一人しかいなかった。

 

 その子の名は――南ライ。

 

 明るくて、誰にでも笑顔を向ける子。

 教室の中心にいるような存在。

 そんな彼女が、ある日ふとムラサキに声をかけてくれた。

 

「一緒に帰ろ?」

 

 それだけの言葉が、世界を変えた。

 北乃にとって、それは初めての“居場所”だった。

 

 けれど、南ライには他にも友達がいた。

 昼休みには別のグループで笑っていて、放課後には誰かと出かけていた。

 

 その姿を見るたびに、胸の奥がきゅっと痛んだ。

 

 ――本当は、独り占めしたかった。

 

 その夜、北乃ムラサキの背後に“それ”は舞い降りた。

 細身のレイピア。

 何の前触れもなく、ただ彼女の影から現れた。

 

 そして、耳の奥で囁く声がした。

 

『……これに魂を集めきったら、願いを叶えましょうね』

 

 甘く、優しい声。

 けれど、その優しさの奥には、底の知れぬ深淵が潜んでいた。

 

 北乃はその刃を見つめ、震える手で触れた。

 けれど、すぐに恐ろしくなって、レイピアをそっとしまった。

 

 ――それが、すべての始まりだった。

 

 * * *

 

 ある日の放課後。

 

 静まり返った校舎の廊下で、背後から声がした。

 

「……キミ、願いがあるんだろう?」

 

 そこには六澄(むすみ)わかしが立っていた。

 眼鏡の奥の瞳が冷たく光る。

 

「一条会を知ってるか? “願い”を形にできる場所だよ」

 

 北乃が振り向いた瞬間――彼の姿は消えていた。

 

 まるで幻のように。

 

 彼女は半信半疑のまま、一条会の名を追った。

 そして、行き着いた。

 そこは祈りを利用し、願いを喰らう“装置”。

 

 北乃の純粋な思いは、利用され、歪められた。

 

 ――ただ一人の友を、失いたくなかった。

 ――独り占めしたかった。

 

 利用され、裏切られ、それでもなお

 北乃の心には、南ライへの想いが消えなかった。

 

 * * *

 

 封印されたB組の中。

 光の膜の向こうには、静かに眠る南ライの姿があった。

 

 北乃は封印越しに手を伸ばす。

 指先が震える。

 

 ――助けたい。

 

 その思いだけが、彼女を動かしていた。

 けれど、その純粋な“願い”を――ユイが利用した。

 

 光が脈動する。

 風が逆巻く。

 封印が、夢と現の境界を壊し始めていた。

 

 * * *

 

 ――夢と現実の狭間。

 

 色のない世界が広がっていた。

 音も風も、まるで遠い昔の記憶のようにぼやけている。

 

 辻の目の前に、ひとりの“自分”が立っていた。

 血に染まった腕。

 瞳に宿る、獣のような光。

 

「オレ……オレは……」

 

 辻は頭を抱え、膝をついた。

 あの日、魔物の血に呑まれた自分。

 抗えず、誰かを傷つけた過去。

 

 その映像が、目の前で繰り返される。

 

「大丈夫ですよ、辻君」

 

 優しい声。

 黒八(くろや)空が彼の肩をそっと抱いた。

 その温もりが、現実へのわずかな錨となる。

 

 * * *

 

 鳩絵の前では、スケッチブックの中の絵が蠢いていた。

 キャンバスから這い出すように、描かれた線が形を持ち始める。

 

『ちゃんと見て』

『もっと描いて』

 

 耳の奥で声が木霊した。

 鳩絵は恐怖に震えながらも目を逸らせない。

 

 その時、五戸(いつと)が縄を放ち、絵を吊り上げた。

 

「かじかちゃん、聞いちゃダメ」

 

 低く、それでいて優しい声。

 鳩絵ははっとして顔を上げ、五戸を見た。

 その瞬間、声は霧のように消えた。

 

 * * *

 

 一ノ瀬の前には、体育祭で見た“暴走した友達”の影が立っていた。

 彼女はその姿を見て、静かに目を伏せる。

 

(……大丈夫。これは夢)

 

 彼女は手を胸に当て、深く息を吸った。

 その呼吸の音が、闇の中で唯一の現実の証だった。

 

 二階堂は虚ろな目で立ち尽くしていた。

 七乃がそっと手を取る。

 

「大丈夫ですわ。目を開けてください」

 

 夜騎士(よぎし)は膝をつき、俯いていた。

 幼い日の記憶。

 魔物の血が暴走し、何もかもを壊したあの日。

 その惨状を、再び見せつけられていた。

 

 三井野と妃、そして王位が心配そうに彼の側へ寄る。

 

「凶君……!」

「大丈夫、ここにいるよ」

 

 彼らの声が、闇の中でわずかな灯となる。

 

 * * *

 

 そして――風悪(ふうお)の前に、黒い妖精が現れた。

 

 ラウロス。

 黒い髪に黒い瞳、薄笑いを浮かべている。

 

「人間はこれだから面白い」

 

 ラウロスは指を横に向けた。

 その先にいたのは――北乃ムラサキ。

 

 彼女は、眠るように南ライを抱きしめていた。

 微笑みながら、動かない。

 その姿はまるで“夢”の中の幸福そのもの。

 

「夢を見ているのね」

 

 柔らかな声が響く。

 どこからともなく、ユイの声が聞こえた。

 

「幸せそう……きっと、彼女を手に入れた夢を見ているのね」

 

 光が揺らめく。

 ユイが、風悪の前に姿を現した。

 

 制服に身を包んだ白髪の少女。

 笑顔は穏やかで――けれど、その瞳の奥には、確かに“闇”があった。

 

 白と黒が混ざり合う、何処とも知れぬ空間。

 音も風も、ただ遠い残響のように揺れている。

 

 風悪の目の前に、二つの影が並び立っていた。

 

 一人は、黒い妖精――ラウロス。

 もう一人は、白い少女――ユイ。

 

 風悪は無意識に風を展開しようとした。

 空気が渦を描き、微かに翅が震える。

 

 だが、その瞬間――

 

「しかし、この展開には、飽きたな」

 

 低く響く声。

 ラウロスが無感情な瞳をこちらに向けた。

 

 ユイの表情が凍りつく。

 その視線が、ラウロスに縋るように向けられる。

 

「B組が人質である以上、封印と解放のイタチごっこ。……面白くない」

 

 ラウロスの言葉は冷たく、まるでこの世界そのものを見下ろしているようだった。

 

「待ってください、創造主様! 私は──」

 

 ユイが声を上げる。

 その声音は必死で、恐怖と執念が混じっていた。

 

 だが、ラウロスは一瞥もくれずに言い捨てる。

 

「魔の模造品。真似事では、物足りん」

 

 その一言で、ユイの全身が震えた。

 

「違う、私は……!」

 

 彼女の叫びは闇にかき消される。

 

 ラウロスがゆるやかに手をかざす。

 瞬間、空間に闇が広がった。

 

 濃く、重い、光を拒む闇。

 

 B組の教室が、その闇に包まれていく。

 

「B組と模造品の連結を遮断した。これで道連れには出来ない」

 

 ラウロスは淡々と宣言する。

 

 ユイの顔が苦悶に歪んだ。

 

「なっ……!」

 

 風悪は息を呑んだ。

 その光景が何を意味するのか、理解できないまま――ただ本能的な寒気を覚えた。

 

 ユイは、かすれた声で言葉を搾り出す。

 

 「模造品でも、私は世界に必要です!」

 

 叫びは必死だった。

 けれど、ラウロスは微動だにしない。

 

「お前……」

 

 風悪は、思わず声を漏らした。

 その視線の先で、ラウロスの闇がゆっくりと広がる。

 

「そうだ。ならば――この世界らしく、決闘で決めようか」

 

 乾いた音が響いた。

 ラウロスが指を鳴らす。

 

 世界が、反転した。

 

 視界が暗転し、光が消える。

 代わりに現れたのは、虚空の闘技場のような無限の空間。

 黒と白の境界が曖昧に揺れ、中央には円形の舞台が浮かんでいる。

 

 観客席のような場所に、A組の仲間たちの姿が見えた。

 全員が驚愕の表情で立ち尽くしている。

 

「決闘――代表戦だ」

 

 ラウロスの声が響く。

 その声には、神々の宣告にも似た重さがあった。

 

「負けた方は、この世界から消えてもらう」

 

 中央に立つ黒い妖精。

 ラウロスは風悪とユイを見据えた。

 

 ユイは震える唇を噛みしめ、立ち上がる。

 

「消え……? 私は、必要なはずです!」

 

 声が掠れている。

 けれど、その瞳の奥にはまだ光があった。

 

 ラウロスはそれを見ようともせず、無感情に言葉を紡ぐ。

 

「少なくとも必要なのは、風悪の方だ。

 模造品は要らん。この世界には、すでに“魔”が存在しているのだからな」

 

 ユイの表情が歪む。

 それは怒りでも悲しみでもなく――孤独の色だった。

 

「勝てばいい、それだけだ」

 

 ラウロスが言い放つと同時に、空間が震えた。

 風が吹き、光が二人の間を裂く。

 

 ユイは諦めたように小さく息を吐き、そして風悪を見つめた。

 

「……私は、消えない」

 

 その声は静かで、どこか誇りすら感じさせた。

 赤みを帯びた瞳に、ゆっくりと闘志が灯る。

 

 風悪は拳を握りしめ、問いかけた。

 

「オレが勝てば……みんなを解放してくれるのか?」

 

 ラウロスは短く頷いた。

 

「――ああ」

 

 その言葉は、あまりにも簡潔で、あまりにも重かった。

 

 * * *

 

 観客席のA組は騒然となる。

 

「何? どういうこと!?」

「これ、ユイと風悪の決闘ってこと?」

「B組は? かじかたちはどうなるの!?」

 

 鳩絵の声が震え、黒八が祈るように手を組む。

 王位は眉をひそめ、四月(しづき)宮中(みやうち)の姿を探したが、いなかった。

 

 夜騎士は拳を握り、低く呟く。

 

「……やるしかないのか、風悪」

 

 誰もが見守る中。

 風悪は一歩、前へ出た。

 

 風が彼の足元を撫でる。

 髪が揺れ、翅が光を返す。

 

 封印再起動の“決闘”が、今――幕を開けた。

 

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