【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
一方その頃。
王位の連絡を受け
夜が深まり、街を包む風が冷たくなり始めた頃。
地鳴りのような振動が校舎を揺らし、夜の静寂を切り裂く。
学園へ戻ると、そこには信じがたい光景があった。
地下施設の裂け目から、黒い霧と共に無数の影が這い上がってくる。
それは“赤の礫”と“一条会”の残党たち。
理性を失った彼らは、もはや人の姿をしていなかった。
瞳は赤く濁り、皮膚には魔の紋様が浮かび上がっている。
「これは……いったい……」
黒八が息を呑む。
「凶までさらわれたってのに、今度はこれかよ!」
風悪が怒りを噛み殺すように叫ぶ。
彼の翅が風を巻き上げ、空気が震えた。
焦りが募る中、通信が入る。
端末越しに聞こえたのは、聞き慣れた低い声だった。
『辻、
「
王位が驚きと共に名を呼ぶ。
「辻まで……連れて行かれたのか」
風悪が呟き、黒八が顔を上げた。
「でも、無事ってことですよね?」
「そういうことだろう」
王位は短く答え、剣を抜いた。
光の刃が闇を裂き、周囲の霧を照らす。
「とにかく今は残党だ!」
王位の号令が響く。
風悪は両手を広げ、空気の流れを支配する。
巻き起こる風が渦をなし、残党の逃げ道を塞いだ。
「風壁、展開!」
壁のような風の結界が地下出口を覆う。
その内側で暴れる残党たちを、王位の光の剣が切り伏せていく。
黒八は建物の陰に身を潜めていた。
「数が……多いな。十人どころじゃない」
「構うな、今は時間を稼ぐ!」
王位が叫ぶ。
戦場に、再び風が吹いた。
風悪の異能が空気の密度を変え、敵の動きを鈍らせる。
その刹那――。
雷光が一閃。
眩い閃光と共に、一人の少女が空から降り立った。
稲妻の尾を引くようにして現れたのは――四月レン。
制服の上に羽織ったコートがひらめき、彼女は無言のまま手を上げた。
青白い光が走り、数十体の残党を一瞬で無力化する。
「……四月!」
王位が声を上げる。
その圧倒的な光景に、風悪も黒八も言葉を失った。
彼女の登場と同時に、戦場の空気が一変する。
暴走していた残党たちが次々と倒れ、
やがて、校庭には風の音だけが残った。
遅れて二つの影が駆けてきた。
夜騎士凶と辻颭。
鎖の痕が腕に残り、息を切らしながらも、
二人の目には確かな意志があった。
「凶!」
「辻も! 無事でよかった!」
王位と風悪が同時に駆け寄る。
「どうなるかと思ったけどな……」
辻が苦笑する。
「四月が助けてくれてな」
夜騎士が短く言った。
「皆さん、よかったです」
黒八が胸に手を当て、安堵の息をつく。
風悪が空を見上げ、肩をすくめる。
「案外あっさり片付いたな」
誰も否定しなかった。
戦闘が終わり、夜の風が静まり返った。
学園の校庭には、倒れた残党と、吹き抜ける風の音だけが残っている。
焦げた土の匂いがかすかに漂っていた。
風悪の瞳に、怒りと戸惑いが入り混じっている。
「封印局長……許さん」
隣に立つ四月レンの声は、氷のように冷たかった。
だが、その中には確かな怒りが燃えていた。
静かで、しかし誰よりも激しい炎。
「……とはいえ、あの人もⅩⅢの一員だ。
私達が勝手に動けば、こっちが処分対象になる」
四月は冷静に言いながらも、拳を強く握りしめていた。
雷の気配がその指先に微かに集まっている。
辻がぽつりと呟いた。
「なんであの人、オレ達を……」
四月は答えた。
「魔物の血を引くからだとよ。
この学園の地下には、まだ“魔因子”が残留している。
――暴走の恐れがあるお前たちを、処分するつもりだったらしい」
その言葉に、皆が息を呑む。
「そんな……」
黒八が小さく声を漏らした。
目の奥に浮かぶのは恐れではなく、悲しみだった。
「オレは、もう暴走しない!」
夜騎士がまっすぐ前を向いた。
その声は震えていたが、確固たる意志があった。
「オレもだ」
辻が続く。
過去の罪を背負い、それでも前に進もうとする声。
風悪が息を吸い、胸を張った。
「絶対に処分なんてさせない!」
その言葉に、王位がゆっくりと頷く。
「……ああ。ボクたちは、仲間を見捨てない」
四月は静かに皆を見渡し、
最後に短く言った。
「――私がいる限り、勝手な真似はさせん」
その声音には、冷静な確信と、教師にも似た保護の響きがあった。
冷たい夜風が通り抜け、提灯の残り火が一つ消える。
それはまるで、この夜の誓いを見届けるようだった。
だが、この封印局長――《封獄の番人》との小さな蟠りは、
やがて後に“ある出来事”へと繋がっていく。
この時、誰もまだ、それを知らなかった。
同刻。
白いスーツを纏う男――総指揮官は、静かにモニターを見つめていた。
スクリーンには十三部の戦闘記録が映し出され、
その映像の中で、少年少女たちは確かに戦い、生き抜いていた。
「十三部の実戦経験……悪くない」
光男は独り言のように呟く。
その後ろから、ゆっくりと黒いヴェールの女が歩み出た。
封印局長、《封獄の番人》
「総指揮官殿は、四月に甘い」
彼女の声は冷たく、しかしどこか嫉妬にも似た色を帯びていた。
総指揮官は笑った。
「過去視の異能者に逆らえば、全て筒抜けです。
あなたほど聡い人なら、理解しているはずでしょう?」
「……理解しています。しかし、あの子たちは――」
「彼らは“魔”の器ではなく、希望の器ですよ」
総指揮官は彼女の言葉を遮り、視線を窓の外へと向けた。
ガラス越しに見える街の灯が、ゆっくりと揺れている。
「いずれにせよ、学園の再警備は強化する必要がある。
“魔”の蠢く学校か……」
封獄の番人は沈黙したまま、その横顔を見つめた。
その瞳の奥には、まだ消えぬ迷いが宿っていた。
外の世界は静かだが、その静けさは決して安らぎではない。
“魔”は――今もなお、見えぬ場所で呼吸している。
非日常は、終わらない。
“魔”は静かに、人の心に影を落とし続けていた。