【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第十二話 日常の影、風のざわめき

 皐月も半ばを過ぎ、街は初夏の匂いを帯びていた。

 木々の緑は濃く、空は高い。

 あの宿泊研修から数日――学校には、ようやく日常が戻っていた。

 

 教室の窓を抜ける風が、カーテンをゆるく揺らしている。

 

「来週から中間テストを行う。各自、対策を怠るな」

 

 宮中(みやうち)潤が、黒いマスク越しに淡々と告げた。

 

「まじか……」

 

 ぽつりと肩を落とした妃愛主(きさき あいす)の声が、教室の空気を一気に沈ませる。

 

「マジだよ」

 

 即答する王位富(おうい とみ)

 

「マジかよ!やべーじゃん!」

 

 妃は頭を抱えて叫ぶ。

 中間テスト。それは異能の実技試験だけではない。一般教科の筆記試験も含まれる、机上の戦いでもあるのだ。異能には自信があっても、学力となると話は別という生徒も多い。

 

「かじかも! テストやばいです!」

 

 鳩絵(はとえ)かじかが半泣きで叫び、黒八(くろや)空が苦笑いを浮かべた。

 一方、一ノ瀬さわらは何も言わず、静かにノートを開いている。その冷静さが、かえってクラスの喧噪を際立たせていた。

 

「オレ、記憶ないけど……そういう勉強したことない、と思う」

 

 風悪(ふうお)は机に肘をつきながら、曖昧に笑った。

 “外の世界”から来た影響か、彼には机に向かってペンを走らせるという記憶そのものが欠落している。

 

「では皆さん、一緒に勉強会をしましょう!」

 

 黒八が片手で拳を作り、明るく提案する。

 

「最悪、暗記でもしてろ。」

 

 前の席で、四月(しづき)レンが単語帳をめくりながら、そっけなく言い放った。

 

「四月さん……」

「雑過ぎない?」

 

 黒八と風悪が同時に突っ込む。

 そこへ、宮中がさらに追い打ちをかけた。

 

「ちなみに、中間テストで下位五名には補習をつける」

「ちょっ!? 十四人しかいないのに下位五人は鬼畜じゃないですか!」

 

 鳩絵が泣きながら手を上げ、続けて五戸(いつと)このしろが援護射撃を放つ。

 

「ソシャゲをやる時間を確保させろー!」

「勉強しろ」

 

 宮中の一言で、教室が凍った。

 

 そんな笑い交じりの空気の中、ひとりだけ沈んだ表情の生徒がいた。

 七乃朝夏(ななの あさか)

 宿泊研修前、あれほど二階堂秋枷(にかいどう あきかせ)との時間を楽しみにしていた彼女が、今日は机を見つめたまま微動だにしない。

 二階堂と勉強会ができると聞けば、以前の彼女なら喜び勇んで騒いだはずだ。

 風悪は、ふと違和感を覚えた。

 その静けさは、まるで彼女の中の光が少しずつ消えていくような、そんな不安を掻き立てる。

 

 放課後。

 夕陽が差し込む廊下を、辻颭(つじ せん)がひとり歩いていた。

 その背を風悪が追いかける。

 

「辻、帰るのか? 一緒に勉強でも――」

「……遠慮しておく」

 

 短く言い捨てられた。

 振り返らず、ただ背中だけを残して去っていく。

 そのすぐ後を、一ノ瀬さわらが通り過ぎた。

 

「一ノ瀬も帰るのか?」

「さわらちゃん、帰るの!?」

 

 風悪と五戸が同時に声を上げる。

 一ノ瀬は立ち止まり、スマホを掲げた。

 そこにはひとつのメッセージ。

 

『バイトはしばらくお預けね』

 

「課金できないじゃん!!」

 

 五戸が絶叫する。

 彼女が副業に勤しむ理由は、推しのための課金にほかならない。一ノ瀬の言う「バイト」の意味するところ――“魔”の討伐――が出来なくなることは、五戸にとって死活問題なのだ。

 風悪は四月へと目を向ける。

 

「四月は?」

「忙しい」

 

 短い答え。それだけで、すべてが伝わった。

 四月は“ⅩⅢ”の一員だ。昼間は生徒として教室に立つが、放課後は治安維持の任務に出る。あの単語帳も、任務の合間のわずかな隙間時間にしか勉強できないからこそ手放さないのだろう。

 異能で“過去視”ができる彼女なら、答えを覗き見ることも容易いはずだ。だが、四月はそういう不正を嫌う。

 

「オレらだけでやろうぜ」

 

 夜騎士(よぎし)凶の声に、風悪は苦笑してうなずく。

 

「そうだね」

 

 その瞬間、視界の端で七乃が立ち上がるのを見た。

 二階堂の袖を小さく引き、言葉少なにどこかへと消えていく。

 何か、様子がおかしい。

 風悪の胸の奥に、静かなざわめきが広がる。教室の笑い声の中で、それだけが妙に現実味を帯びて響いていた。

 

 少しの時間が流れた。

 放課後の教室には、夕陽がたっぷりと差し込んでいる。

 窓辺で跳ね返る橙の光が、机の上の教科書をやさしく照らす。蛍光灯の無機質な明かりではなく、自然の光の中で勉強しているというだけで、どこか平和な時間のように思えた。

 

「やっぱオレ、こうやって勉強するの、初めてかもな」

 

 風悪が、ノートの上に鉛筆を転がしながらぽつりと呟く。

 彼は“妖精を基に人間を改造された存在”だ。

 “外の世界”では研究施設にいた――少なくとも、断片的な記憶ではそうだった。誰かと机を並べ、教科書を開いたことなど一度もない。

 

「そういや、記憶ないんだっけ? 戻ってない感じ?」

 

 前の席に座る夜騎士凶が興味半分で尋ねる。

 

「うーん……」

 

 風悪は言葉を探した。

 そのとき、不意に脳裏をよぎるものがあった。

 あの黒い妖精。冷たい光を放つ実験室。

 無機質な床と、透明なガラス越しに見えるもう一人の“妖精”。

 そして、響くノイズのような声。

 

「風悪?」

 

 夜騎士の声に我に返る。

 

「何か、思い出したのか?」

「思い出したっていうか……研究施設に、オレともう一人妖精がいて。……こんな自由な生活じゃなかった、ような……?」

 

 曖昧な言葉が、教室の空気に溶けていった。

 前方でページをめくる音がする。

 その主――六澄(むすみ)わかしが、静かに二人の会話を聞いていた。無表情のまま、開いた教科書を見つめながら。

 

「だーもう! 早く終わらせてデイリーの消化を!」

 

 五戸このしろが叫ぶ。

 

「このしろちゃん、デイリーは諦めて」

「それは無理」

 

 隣で鳩絵かじかが漫画を開き、肩をすくめる。

 

「全部わからん……」

 

 妃愛主は机に突っ伏した。

 

「がんばろ! 愛主!」

 

 三井野燦(みいの さん)が励ますも、反応はない。

 

「歴史……といえば」

 

 黒八空がふと顔を上げる。

 開いた教科書のページに視線を落としながら、ぽつりと口を開いた。

 

「私の中の“太陽”が言ってたんです。この世界とは別に、もう一つ“外の世界”があるって。」

 

 皆の手が止まる。

 黒八はゆっくりと続けた。

 

「“太陽”はその“外の世界”から取り込まれる形で、こちらに来たそうです。つまり――この世界は、“外”の影響を受けて作られた新しい世界なんだって」

「取り込まれる、か……」

 

 風悪が眉をひそめる。

 

「はい。“外”の世界は、この世界よりもずっと古くて……“太陽”たちは、そこでは“十柱の太陽神”として崇められていたそうです。でも、あるとき一柱を残して、九柱が天から撃ち落とされた。そのうちの一柱が、世界の形成に巻き込まれた――そう、“太陽”は言っていました」

「十柱の太陽神……」

 

 夜騎士が唸るように呟く。

 

「“外”には、神様がたくさん居るんだって。“外の世界”を創ったのは一柱の神。でも、この世界を創ったのは、別の存在――」

 

 黒八は言葉を選びながら締めくくった。

 

「まるで、分かたれた世界同士が干渉してるみたいですね」

 

 沈黙。

 王位が顎に手を当てて口を開いた。

 

「……もし、この世界を“誰か”が作ったのなら」

 

 目は閉じたままだが、その瞳に、真剣な光が宿る。

 

「何故、“魔”なんて存在を作ったんだ?」

 

 教室の空気が変わった。

 

「副産物なら仕方ないけど……もし意図的なら、“魔”は何のために生まれた?」

 

 夜騎士が口を挟む。

 

「確かに、悪影響しか与えない存在を作る理由なんて、どこにあるんだよ」

「めーわくな話よねぇ……」

 

 妃が頭の後ろで手を組み、ため息をつく。

 

「ミステリーの香りがする! これは漫画に起こして賞を狙うしか!」

 

 鳩絵が目を輝かせて立ち上がる。

 

「鳩絵さんって漫画描くの?」

 

 三井野が首を傾げると、五戸がすかさず答える。

 

「言ってるだけで、描かないのよ、かじかちゃんは」

「ぐぬぬっ!」

 

 鳩絵が悔しそうに唸り、妃が笑い声をあげる。

 教室の空気が少しだけ軽くなった。

 けれど、風悪だけは、教科書を見つめたまま動かなかった。

 

 “魔”の存在理由。

 その言葉が、頭の奥で響く。

 

 ――そして、視界の端に白い光景が広がった。

 

 まぶしいほど白い空間。

 無数の文字列が、宙を漂うように浮かんでいる。意味を持たない記号の群れが、呼吸するように動いていた。

 その中央で、風悪は確かに浮かんでいた。

 世界と世界の狭間。“外”の世界と、この世界の境界。

 それは、かつて黒い妖精が口にした“ここ”かもしれない。

 

 その光景が一瞬、脳裏を走り抜ける。

 我に返ると、目の前には古典の教科書があった。

 

「あれ……古典って、こんな文法だったっけ?」

 

 ページの文字が、どこか違って見えた。授業では気にならなかったはずなのに。

 風が教室の窓を叩く。

 夕陽は赤く沈み、光は陰り始めていた。

 “外”の気配が、確かにそこにあった。

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