【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第百三十二話 封獄、沈む光

 ――地下回廊。

 

 湿った石壁の間を、靴音がこだまする。

 冷たい空気が漂い、鉄と油の匂いがわずかに鼻を刺した。

 封印局長は唇を強く噛みしめ、踵を返したところだった。

 その前に、ひとりの少女が立ちはだかる。

 

 四月(しづき)レン。

 雷の光を宿した瞳が、暗闇の中で鋭く光る。

 

「やめておけ、封獄の番人。無駄だ」

 

 四月の声は低く、しかし確信を帯びていた。

 その言葉に、封獄の番人――封印局長はわずかに眉をひそめる。

 

「この学園の地下にこれだけの魔因子がある、上は動かない! ならばもう単独で──」

 

 焦燥を隠せぬ声。

 局長はヴェールの下で歯を食いしばり、己の決意を吐き出す。

 

 だが、その言葉を四月が遮った。

 

「意味が……無いんだ」

 

 四月は左腕を押さえながら言った。

 アームカバーの下、血が滲んでいる。

 その手の力が強くなり、彼女の肩がわずかに震えた。

 

「四月……」

 

 封印局長の声がわずかに揺れる。

 四月の迫真の表情に、思わずその名を呼んでいた。

 

「私たちでは……ダメなんだ」

 

 その言葉は、痛みを押し殺したように静かだった。

 自嘲の色を帯び、まるで自分を責めているようでもある。

 

 四月の瞳の奥には、深い無力の影があった。

 彼女は知っていた。

 自分たちには“魔”を止める力がないことを。

 そして――ⅩⅢ(サーティーン)でさえも、魔を完全に封じることはできないという現実を。

 

 そのとき、封印局長の端末が震えた。

 表示された通信は、総指揮官からのもの。

 

「……何もせずに帰れ」

 

 短い命令。

 それだけだった。

 

 封印局長は全てを察した。

 上も“知っていた”――それでも動かなかったのだ。

 動けなかった。

 動いても意味がないと理解していたから。

 

 冷たい沈黙が回廊に満ちる。

 どうすることも出来ない無力さだけが、残された。

 

 ――地上、切ノ札(きりのふだ)学園。

 

 午後の光が、教室の窓から淡く差し込んでいる。

 二階堂は保健室で横になり、七乃が静かに付き添っていた。

 その平和な光景の裏で、別の場所では緊張が高まっていた。

 

 A組の教室。

 空気が、張りつめていた。

 

「ちょっといいか、六澄(むすみ)

 

 風悪が立ち上がり、まっすぐ六澄のもとへ歩み寄る。

 周囲の生徒たちが息を飲んだ。

 

「なんだ?」

 

 六澄は顔を上げたが、その表情は変わらない。

 無表情。冷たい瞳が、風悪を見返す。

 

 風悪の胸の奥で、何かが爆ぜた。

 

「知ってること、全部話せ!」

 

 怒声とともに、風悪は六澄の胸ぐらを掴んだ。

 椅子が倒れる音。教室の空気が一瞬で凍りつく。

 

「ちょっと何してんの、あんたら」

 

 五戸(いつと)がスマホをいじりながら言った。

 いつもの軽い調子だが、声の端には焦りがあった。

 

「とぼけるのはやめろ! 知ってるんだろ!?」

 

 風悪の叫び。

 声は震え、握る手にも力が入る。

 六澄の制服の襟がきしんだ。

 

 だが、六澄は無言のまま。

 その瞳には、怒りも恐れも浮かばない。

 ただ、どこか諦めにも似た静けさがあった。

 

「風悪君、落ち着いてください」

 

 黒八(くろや)が前に出て、風悪の腕を掴む。

 その声は優しく、しかし強い。

 彼女の目にも、確かな緊張が宿っていた。

 

「六澄が何か知ってるのか」

 

 夜騎士(よぎし)の声が低く響く。

 その視線は真っ直ぐ六澄に向けられていた。

 

「最初から全部、お前に聞いてれば──」

 

 風悪は俯きながら言った。

 握りしめた拳が震えている。

 

「違うだろ」

 

 六澄が静かに口を開いた。

 その声音は冷たく、感情の色が一切ない。

 

「は?」

 

 風悪が顔を上げる。

 

「キミは自分でたどり着いただろ」

 

 六澄の表情は変わらなかった。

 まるで何かを見透かすような、無機質な眼差し。

 

 一ノ瀬が立ち上がる。

 その瞳が大きく揺れていた。

 

「宿泊研修の時点で、近くに魔が居ると」

 

 六澄が言い放った。

 淡々と、告げるように。

 まるで真実を確認するだけの機械のように。

 

 一ノ瀬は目を丸くした。

 心臓が一瞬止まったかのようだった。

 

(誰かの中に……そして、それは学園の誰か……)

 

 思考が一気に繋がる。

 過去の断片が一本の線になり、答えを突きつけてくる。

 

 全ては――繋がっていた。

 

 一ノ瀬は動揺し、焦りのまま机を叩いた。

 乾いた音が教室に響く。

 

「なんで宿泊研修で……」

 

 夜騎士が言いかけて、息を飲む。

 宿泊研修で“魔物”が暴走した。

 そして今、学園そのものに“魔”が潜んでいることが分かった。

 

 頭の中で、線が繋がっていく。

 導かれる結論はひとつ。

 

「魔は学園にいて、しかも宿泊研修での影響を考えると一年生の誰か──

 この事実を言えば、疑心暗鬼は必至」

 

 王位が静かにまとめた。

 その声は冷静だが、内側に焦りを秘めている。

 

 学園の誰か。

 それも、一年生の誰か。

 

 その事実を受け止めきれず、風悪は動揺した。

 胸の奥に、冷たいものが落ちる。

 

「ごめん……みんな、黙ってて」

 

 俯いたまま、震える声で言う。

 自分でも何を守ろうとしているのか分からなかった。

 

「でも分からないのは、なんでそれを六澄君に?」

 

 三井野が恐る恐る問いかける。

 不安と恐怖が入り混じった声だった。

 

「なんかあんの、こいつに」

 

 妃が警戒するように言い放つ。

 その手にはすでに異能の気配が宿っていた。

 

 一ノ瀬は風悪に歩み寄り、そっと肩を叩く。

 そして、静かに頷いた。

 その瞳には覚悟の光が宿っていた。

 

「一ノ瀬……」

 

 風悪は短く名前を呼び、決意を固める。

 心臓の鼓動が早くなる。

 もう、隠すことはできなかった。

 

「六澄わかし。こいつは――黒い妖精ラウロス。この世界を作った張本人なんだ」

 

 その言葉が放たれた瞬間、教室の空気が一変した。

 時間が止まったかのような沈黙。

 

 六澄はゆっくりと視線を上げる。

 そして、うっすらと笑った。

 その笑みには温度がなかった。

 

「わかし、あんた!」

 

 五戸の叫びが響く。

 

「愛主!」

 

 王位も立ち上がり、叫ぶ。

 驚きと怒り、そして信じたくない気持ちが入り混じっていた。

 

 妃はすぐに察した。

 手を構え、異能を発動させようとしたその瞬間――

 

 漆黒の壁が展開された。

 

 空間が裂け、教室が二分される。

 黒い波が床を走り、妃の目の前を覆い尽くした。

 光が吸い込まれ、音が消える。

 

 妃たちは入り口側に、

 風悪・一ノ瀬・黒八・六澄は窓側に取り残された。

 

「そういう無粋な真似は、やめてくれ」

 

 六澄が眼鏡を指で押し上げながら言った。

 その声音は淡々としていて、まるで感情が存在しない。

 

 その瞳の奥に映るのは、人間ではない光。

 黒く、深く、底の見えない――“創造者”の眼だった。

 

 教室を覆う沈黙が、重く沈み込む。

 誰もが息をすることさえ忘れていた。

 

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