【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
――地下回廊。
湿った石壁の間を、靴音がこだまする。
冷たい空気が漂い、鉄と油の匂いがわずかに鼻を刺した。
封印局長は唇を強く噛みしめ、踵を返したところだった。
その前に、ひとりの少女が立ちはだかる。
雷の光を宿した瞳が、暗闇の中で鋭く光る。
「やめておけ、封獄の番人。無駄だ」
四月の声は低く、しかし確信を帯びていた。
その言葉に、封獄の番人――封印局長はわずかに眉をひそめる。
「この学園の地下にこれだけの魔因子がある、上は動かない! ならばもう単独で──」
焦燥を隠せぬ声。
局長はヴェールの下で歯を食いしばり、己の決意を吐き出す。
だが、その言葉を四月が遮った。
「意味が……無いんだ」
四月は左腕を押さえながら言った。
アームカバーの下、血が滲んでいる。
その手の力が強くなり、彼女の肩がわずかに震えた。
「四月……」
封印局長の声がわずかに揺れる。
四月の迫真の表情に、思わずその名を呼んでいた。
「私たちでは……ダメなんだ」
その言葉は、痛みを押し殺したように静かだった。
自嘲の色を帯び、まるで自分を責めているようでもある。
四月の瞳の奥には、深い無力の影があった。
彼女は知っていた。
自分たちには“魔”を止める力がないことを。
そして――
そのとき、封印局長の端末が震えた。
表示された通信は、総指揮官からのもの。
「……何もせずに帰れ」
短い命令。
それだけだった。
封印局長は全てを察した。
上も“知っていた”――それでも動かなかったのだ。
動けなかった。
動いても意味がないと理解していたから。
冷たい沈黙が回廊に満ちる。
どうすることも出来ない無力さだけが、残された。
――地上、
午後の光が、教室の窓から淡く差し込んでいる。
二階堂は保健室で横になり、七乃が静かに付き添っていた。
その平和な光景の裏で、別の場所では緊張が高まっていた。
A組の教室。
空気が、張りつめていた。
「ちょっといいか、
風悪が立ち上がり、まっすぐ六澄のもとへ歩み寄る。
周囲の生徒たちが息を飲んだ。
「なんだ?」
六澄は顔を上げたが、その表情は変わらない。
無表情。冷たい瞳が、風悪を見返す。
風悪の胸の奥で、何かが爆ぜた。
「知ってること、全部話せ!」
怒声とともに、風悪は六澄の胸ぐらを掴んだ。
椅子が倒れる音。教室の空気が一瞬で凍りつく。
「ちょっと何してんの、あんたら」
いつもの軽い調子だが、声の端には焦りがあった。
「とぼけるのはやめろ! 知ってるんだろ!?」
風悪の叫び。
声は震え、握る手にも力が入る。
六澄の制服の襟がきしんだ。
だが、六澄は無言のまま。
その瞳には、怒りも恐れも浮かばない。
ただ、どこか諦めにも似た静けさがあった。
「風悪君、落ち着いてください」
その声は優しく、しかし強い。
彼女の目にも、確かな緊張が宿っていた。
「六澄が何か知ってるのか」
その視線は真っ直ぐ六澄に向けられていた。
「最初から全部、お前に聞いてれば──」
風悪は俯きながら言った。
握りしめた拳が震えている。
「違うだろ」
六澄が静かに口を開いた。
その声音は冷たく、感情の色が一切ない。
「は?」
風悪が顔を上げる。
「キミは自分でたどり着いただろ」
六澄の表情は変わらなかった。
まるで何かを見透かすような、無機質な眼差し。
一ノ瀬が立ち上がる。
その瞳が大きく揺れていた。
「宿泊研修の時点で、近くに魔が居ると」
六澄が言い放った。
淡々と、告げるように。
まるで真実を確認するだけの機械のように。
一ノ瀬は目を丸くした。
心臓が一瞬止まったかのようだった。
(誰かの中に……そして、それは学園の誰か……)
思考が一気に繋がる。
過去の断片が一本の線になり、答えを突きつけてくる。
全ては――繋がっていた。
一ノ瀬は動揺し、焦りのまま机を叩いた。
乾いた音が教室に響く。
「なんで宿泊研修で……」
夜騎士が言いかけて、息を飲む。
宿泊研修で“魔物”が暴走した。
そして今、学園そのものに“魔”が潜んでいることが分かった。
頭の中で、線が繋がっていく。
導かれる結論はひとつ。
「魔は学園にいて、しかも宿泊研修での影響を考えると一年生の誰か──
この事実を言えば、疑心暗鬼は必至」
王位が静かにまとめた。
その声は冷静だが、内側に焦りを秘めている。
学園の誰か。
それも、一年生の誰か。
その事実を受け止めきれず、風悪は動揺した。
胸の奥に、冷たいものが落ちる。
「ごめん……みんな、黙ってて」
俯いたまま、震える声で言う。
自分でも何を守ろうとしているのか分からなかった。
「でも分からないのは、なんでそれを六澄君に?」
三井野が恐る恐る問いかける。
不安と恐怖が入り混じった声だった。
「なんかあんの、こいつに」
妃が警戒するように言い放つ。
その手にはすでに異能の気配が宿っていた。
一ノ瀬は風悪に歩み寄り、そっと肩を叩く。
そして、静かに頷いた。
その瞳には覚悟の光が宿っていた。
「一ノ瀬……」
風悪は短く名前を呼び、決意を固める。
心臓の鼓動が早くなる。
もう、隠すことはできなかった。
「六澄わかし。こいつは――黒い妖精ラウロス。この世界を作った張本人なんだ」
その言葉が放たれた瞬間、教室の空気が一変した。
時間が止まったかのような沈黙。
六澄はゆっくりと視線を上げる。
そして、うっすらと笑った。
その笑みには温度がなかった。
「わかし、あんた!」
五戸の叫びが響く。
「愛主!」
王位も立ち上がり、叫ぶ。
驚きと怒り、そして信じたくない気持ちが入り混じっていた。
妃はすぐに察した。
手を構え、異能を発動させようとしたその瞬間――
漆黒の壁が展開された。
空間が裂け、教室が二分される。
黒い波が床を走り、妃の目の前を覆い尽くした。
光が吸い込まれ、音が消える。
妃たちは入り口側に、
風悪・一ノ瀬・黒八・六澄は窓側に取り残された。
「そういう無粋な真似は、やめてくれ」
六澄が眼鏡を指で押し上げながら言った。
その声音は淡々としていて、まるで感情が存在しない。
その瞳の奥に映るのは、人間ではない光。
黒く、深く、底の見えない――“創造者”の眼だった。
教室を覆う沈黙が、重く沈み込む。
誰もが息をすることさえ忘れていた。