【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第百三十三話 創造者の微笑

「言う気はない。だいたい、自分だけが責められるのはおかしいだろ」

 

 六澄(むすみ)の声は静かで、まるで波一つない水面のようだった。

 その無感情さが、かえって教室の空気を冷やす。

 

「どういうことだ……」

 

 風悪(ふうお)が問う。

 声がかすれていた。

 六澄の放つ気配は、まるで人間のものではなかった。

 

「四月(しづき)レン……彼女も知っていて黙っていた。

 それに風悪、キミも気づいていながら言わなかった。

 同罪だろ?」

 

 六澄は淡々と、冷たく言い放った。

 その言葉には非難の色はなく、ただ事実を告げるのみ。

 それが余計に胸に突き刺さった。

 

 教室に重い沈黙が落ちる。

 その中で、一ノ瀬の身体がわずかに震えた。

 異能――菌糸の展開の前兆。

 六澄がそれを察知した瞬間、右手の指がわずかに動いた。

 

 空気が揺らぐ。

 だが、そのとき。

 

 雷鳴のような光が廊下を照らした。

 次の瞬間、扉が開く。

 

「やめろ、無駄だ」

 

 四月レンが教室に戻ってきた。

 その声は冷静で、しかし圧倒的な力を帯びていた。

 

「四月!」

 

 風悪が声を上げる。

 

「四月!」

「四月、お前も知っているのか!」

 

 辻が叫び、夜騎士(よぎし)が問い詰めた。

 

 四月は視線を逸らさず、六澄の居る黒い壁を見つめたまま小さく頷いた。

 その姿に、教室中が息を呑む。

 

「四月でも手が出ない、そういうところだろ」

 

 王位が冷静に状況を見ていた。

 声は落ち着いていた。

 

「ああ、何も出来ない」

 

 四月は短く答える。

 その声には諦めと、深い疲労が滲んでいた。

 

「世界を作ったのがこいつなら、こいつをどうにかすれば……!」

 

 妃が叫んだ。

 黒い壁を指さし、怒りに満ちた声を上げる。

 

「奴が作ったのは事実。だが、奴と魔は別物だ」

 

 四月が静かに説明する。

 その言葉に妃は息を呑んだ。

 

 一ノ瀬は沈黙していた。

 だがその沈黙は、嵐の前の静けさだった。

 彼女の胸の内では、感情が爆ぜていた。

 

 ――なぜ、魔を作ったのか。

 ――なぜ、六澄は何も言わないのか。

 

 思考が焦げつく。

 苛立ちと焦りが混ざり合い、喉の奥が焼けるようだった。

 

 一ノ瀬はスマホを取り出し、震える指で文字を打つ。

 そして、その画面を六澄に突きつけた。

 

 『どうして、魔を作ったの』

 

 短い問い。

 それだけで十分だった。

 

 六澄はその文字を一瞥した。

 表情は変わらない。

 ただ、眼鏡の奥でわずかに光が揺れた。

 

「その顔だよ、一ノ瀬。

 自分は、人の感情が動くのが見たい」

 

 その一言。

 その冷たすぎる言葉が、限界を越えた。

 

 一ノ瀬の中で何かが切れた。

 

 菌糸が一斉に伸びる。

 白い糸が床を這い、六澄へと襲いかかる。

 だが――

 

 六澄の足元に、黒い影が広がった。

 闇。

 それがゆっくりと形を変え、空間そのものを飲み込んでいく。

 

「……っ!」

 

 一ノ瀬が声を上げる。

 菌糸は闇に触れた瞬間、音もなく消えた。

 黒が広がり、教室全体を包み込む。

 

 空気が凍りつく。

 光が消える。

 すべてが闇に飲み込まれていった。

 

 * * *

 

 一ノ瀬さわらは、かつて表情豊かな明るい少女だった。

 よく笑い、よく泣き、そして誰よりも友達思い。

 

 放課後はカフェでトレンドを語り、冗談を言い合い、勉強して、笑いながらご飯を食べる。

 そんな平凡で、平和で、愛おしい日常が――彼女の世界だった。

 

 当時の一ノ瀬の異能はまだ弱かった。

 ほんの少しだけ菌糸を生やすことができる程度。

 だからこそ、あの“非日常”に抗う力など、持っていなかった。

 

 それは、突然だった。

 

 魔による暴走。

 中学の教室で、誰かの悲鳴とともに始まった地獄。

 

 クラスメイトが次々と暴徒と化し、狂気に飲み込まれていく。

 黒い気配が渦巻き、机が宙を舞い、窓ガラスが粉々に砕けた。

 

「逃げよう!」

 

 友達の手を取り、廊下へと走った。

 息が切れる。足がもつれる。

 その瞬間――一ノ瀬は転んだ。

 

「さわら!」

 

 振り返った友達が異能を発動させた。

 助けようとした、その優しさが、残酷な結果を生む。

 

 黒い波が、友達を包んだ。

 彼女の瞳が虚ろになり、笑いながら暴れ出す。

 

 暴走した友達は暴徒を倒した。

 だが、そのまま暴走を止められず――今度は、一ノ瀬に牙を向けた。

 

 刃のような風圧が頬を裂き、光が弾ける。

 痛み。熱。血の匂い。

 首を、腹を、腕を、脚を――切り裂かれるような痛みが襲った。

 

 世界が赤く染まる。

 友の叫びが、遠ざかる。

 そして――意識が、闇に沈んだ。

 

 *

 

 目を覚ますと、そこは真っ暗な夢の中だった。

 地面はぬかるみ、足元には無数のキノコが生えていた。

 白と黒が混ざり合う、奇妙な光景。

 

 ――その中心に、ひとりの“妖精”がいた。

 

 黒い姿、金属のような冷たい瞳をした存在。

 ラウロス。

 

「私の友達は魔で……」

 

 一ノ瀬は震える声で言った。

 

「魔が憎いか?」

 

 ラウロスの声は静かで、どこか優しい。

 けれどその奥には、冷たい光が宿っていた。

 

「魔がなければ、ずっと平和だった」

 

 一ノ瀬の声は泣き声に変わっていた。

 

「魔を滅ぼしたいか?」

 

 ラウロスは問いを重ねた。

 闇の中で、その瞳だけが光っている。

 

「滅ぼしたい」

 

 一ノ瀬は、震えながらも言葉を吐き出した。

 それは祈りではなく、呪いにも似た願いだった。

 

「ならば――魔の影響を受けない存在を呼べばいい。

 外の世界から、な」

 

 ラウロスは一歩近づき、手を差し出した。

 

「外の……世界?」

 

「この世界には、その外側にもう一つ世界がある。

 そこの人間には、魔は効かない」

 

 低い声が、夢の闇に溶けていく。

 

 ラウロスは微笑んだ。

 その笑みは、慈悲か、それとも冷笑か。

 彼女にはわからなかった。

 

 手が伸びる。

 指先が触れる――

 

 そこで夢は、途切れた。

 

 *

 

 目を覚ましたとき、一ノ瀬は病室にいた。

 包帯に覆われた体。

 声を失っていた。

 そして、友を――失っていた。

 

 リハビリの日々。

 痛みと、沈黙。

 けれど彼女は、生きることをやめなかった。

 

 同じく魔で友を失った少女、五戸と出会った。

 二人は言葉を交わす代わりに、時間を重ねた。

 リハビリとともに、異能を磨いた。

 菌糸で敵を制圧する術を学び、精神を鍛えた。

 

 そして、季節が巡り――

 

 高校生になった。

 

 その日、風のような少年と出会う。

 

 白髪に透明の羽を持つ、人工妖精。

 彼の名は――風悪。

 

 その出会いが、再び彼女の“運命”を動かしていくことになる。

 

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