【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
「言う気はない。だいたい、自分だけが責められるのはおかしいだろ」
その無感情さが、かえって教室の空気を冷やす。
「どういうことだ……」
声がかすれていた。
六澄の放つ気配は、まるで人間のものではなかった。
「
それに風悪、キミも気づいていながら言わなかった。
同罪だろ?」
六澄は淡々と、冷たく言い放った。
その言葉には非難の色はなく、ただ事実を告げるのみ。
それが余計に胸に突き刺さった。
教室に重い沈黙が落ちる。
その中で、一ノ瀬の身体がわずかに震えた。
異能――菌糸の展開の前兆。
六澄がそれを察知した瞬間、右手の指がわずかに動いた。
空気が揺らぐ。
だが、そのとき。
雷鳴のような光が廊下を照らした。
次の瞬間、扉が開く。
「やめろ、無駄だ」
四月レンが教室に戻ってきた。
その声は冷静で、しかし圧倒的な力を帯びていた。
「四月!」
風悪が声を上げる。
「四月!」
「四月、お前も知っているのか!」
辻が叫び、
四月は視線を逸らさず、六澄の居る黒い壁を見つめたまま小さく頷いた。
その姿に、教室中が息を呑む。
「四月でも手が出ない、そういうところだろ」
王位が冷静に状況を見ていた。
声は落ち着いていた。
「ああ、何も出来ない」
四月は短く答える。
その声には諦めと、深い疲労が滲んでいた。
「世界を作ったのがこいつなら、こいつをどうにかすれば……!」
妃が叫んだ。
黒い壁を指さし、怒りに満ちた声を上げる。
「奴が作ったのは事実。だが、奴と魔は別物だ」
四月が静かに説明する。
その言葉に妃は息を呑んだ。
一ノ瀬は沈黙していた。
だがその沈黙は、嵐の前の静けさだった。
彼女の胸の内では、感情が爆ぜていた。
――なぜ、魔を作ったのか。
――なぜ、六澄は何も言わないのか。
思考が焦げつく。
苛立ちと焦りが混ざり合い、喉の奥が焼けるようだった。
一ノ瀬はスマホを取り出し、震える指で文字を打つ。
そして、その画面を六澄に突きつけた。
『どうして、魔を作ったの』
短い問い。
それだけで十分だった。
六澄はその文字を一瞥した。
表情は変わらない。
ただ、眼鏡の奥でわずかに光が揺れた。
「その顔だよ、一ノ瀬。
自分は、人の感情が動くのが見たい」
その一言。
その冷たすぎる言葉が、限界を越えた。
一ノ瀬の中で何かが切れた。
菌糸が一斉に伸びる。
白い糸が床を這い、六澄へと襲いかかる。
だが――
六澄の足元に、黒い影が広がった。
闇。
それがゆっくりと形を変え、空間そのものを飲み込んでいく。
「……っ!」
一ノ瀬が声を上げる。
菌糸は闇に触れた瞬間、音もなく消えた。
黒が広がり、教室全体を包み込む。
空気が凍りつく。
光が消える。
すべてが闇に飲み込まれていった。
* * *
一ノ瀬さわらは、かつて表情豊かな明るい少女だった。
よく笑い、よく泣き、そして誰よりも友達思い。
放課後はカフェでトレンドを語り、冗談を言い合い、勉強して、笑いながらご飯を食べる。
そんな平凡で、平和で、愛おしい日常が――彼女の世界だった。
当時の一ノ瀬の異能はまだ弱かった。
ほんの少しだけ菌糸を生やすことができる程度。
だからこそ、あの“非日常”に抗う力など、持っていなかった。
それは、突然だった。
魔による暴走。
中学の教室で、誰かの悲鳴とともに始まった地獄。
クラスメイトが次々と暴徒と化し、狂気に飲み込まれていく。
黒い気配が渦巻き、机が宙を舞い、窓ガラスが粉々に砕けた。
「逃げよう!」
友達の手を取り、廊下へと走った。
息が切れる。足がもつれる。
その瞬間――一ノ瀬は転んだ。
「さわら!」
振り返った友達が異能を発動させた。
助けようとした、その優しさが、残酷な結果を生む。
黒い波が、友達を包んだ。
彼女の瞳が虚ろになり、笑いながら暴れ出す。
暴走した友達は暴徒を倒した。
だが、そのまま暴走を止められず――今度は、一ノ瀬に牙を向けた。
刃のような風圧が頬を裂き、光が弾ける。
痛み。熱。血の匂い。
首を、腹を、腕を、脚を――切り裂かれるような痛みが襲った。
世界が赤く染まる。
友の叫びが、遠ざかる。
そして――意識が、闇に沈んだ。
*
目を覚ますと、そこは真っ暗な夢の中だった。
地面はぬかるみ、足元には無数のキノコが生えていた。
白と黒が混ざり合う、奇妙な光景。
――その中心に、ひとりの“妖精”がいた。
黒い姿、金属のような冷たい瞳をした存在。
ラウロス。
「私の友達は魔で……」
一ノ瀬は震える声で言った。
「魔が憎いか?」
ラウロスの声は静かで、どこか優しい。
けれどその奥には、冷たい光が宿っていた。
「魔がなければ、ずっと平和だった」
一ノ瀬の声は泣き声に変わっていた。
「魔を滅ぼしたいか?」
ラウロスは問いを重ねた。
闇の中で、その瞳だけが光っている。
「滅ぼしたい」
一ノ瀬は、震えながらも言葉を吐き出した。
それは祈りではなく、呪いにも似た願いだった。
「ならば――魔の影響を受けない存在を呼べばいい。
外の世界から、な」
ラウロスは一歩近づき、手を差し出した。
「外の……世界?」
「この世界には、その外側にもう一つ世界がある。
そこの人間には、魔は効かない」
低い声が、夢の闇に溶けていく。
ラウロスは微笑んだ。
その笑みは、慈悲か、それとも冷笑か。
彼女にはわからなかった。
手が伸びる。
指先が触れる――
そこで夢は、途切れた。
*
目を覚ましたとき、一ノ瀬は病室にいた。
包帯に覆われた体。
声を失っていた。
そして、友を――失っていた。
リハビリの日々。
痛みと、沈黙。
けれど彼女は、生きることをやめなかった。
同じく魔で友を失った少女、五戸と出会った。
二人は言葉を交わす代わりに、時間を重ねた。
リハビリとともに、異能を磨いた。
菌糸で敵を制圧する術を学び、精神を鍛えた。
そして、季節が巡り――
高校生になった。
その日、風のような少年と出会う。
白髪に透明の羽を持つ、人工妖精。
彼の名は――風悪。
その出会いが、再び彼女の“運命”を動かしていくことになる。