【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第百三十四話 再び、壊れる日

 ――闇が、晴れていく。

 

 教室の中に光が戻り、時間が再び流れ出す。

 あの黒い影も、耳を塞ぐような静寂も消え去っていた。

 

「一ノ瀬の過去……」

 

 風悪(ふうお)は小さく呟いた。

 闇の中で垣間見た、一ノ瀬さわらの記憶。

 彼女の涙も、叫びも、痛みも――すべてが胸の奥に焼きついて離れなかった。

 

 一ノ瀬は床に膝をつき、崩れ落ちた。

 手のひらで床を押さえ、肩を震わせ、声にならない嗚咽を漏らす。

 声を失っても、泣くことだけはやめなかった。

 それは、彼女の心がまだ壊れていない証でもあった。

 

「わかし!」

 

 五戸(いつと)が怒気を露わにして叫んだ。

 その瞳に宿るのは、恐れでも悲しみでもなく――怒り。

 

「ついてきて良かったよ、このしろ」

 

 六澄(むすみ)――いや、ラウロスは淡々と呟く。

 

「あんたを誘わなければ……」

 

 五戸は拳を握りしめ、俯いた。

 悔しさに歯を噛み締める。

 

「どのみち、そいつはどこからか見ていたさ」

 

 四月(しづき)が冷静に言った。

 まるで全てを理解しているように。

 

「そうだな。人を見るのは、楽しい」

 

 六澄も、同じく冷ややかに応じた。

 その声に感情はなく、ただ「観察者」としての興味だけが滲んでいた。

 

 そのとき、校舎の別の教室から轟音が響いた。

 窓ガラスが震え、警報が鳴り響く。

 

「異能反応多数! 校内各所で暴走発生!」

 

 放送が鳴り、緊急アラームが全館に響き渡る。

 生徒たちの悲鳴。走る足音。混乱。

 

「今は騒動を収めよう!」

 

 夜騎士が即座に指示を飛ばす。

 冷静で的確な判断。

 

「ああ」

 

 王位が応じ、全員が動き出した。

 A組は、六澄わかしを教室に残したまま、それぞれの持ち場へと駆け出す。

 

 残された六澄は窓辺に立ち、微笑した。

 その笑みは、どこか虚ろで、冷たい。

 

「さて……どうする? 風悪」

 

 黒い瞳が、校庭の向こうを見据える。

 まるで何かを“待っている”ようだった。

 

 *

 

「異能だけが暴走!? この前の演習みたいに!?」

 

 妃が叫びながら廊下を駆け抜ける。

 爆発音、悲鳴、焦げた匂い。

 校庭のあちこちで異能が形を持ち、巨人のような存在が現れていた。

 

 その度に、四月が雷を走らせ、核を撃ち抜く。

 爆発を風悪が風で制御し、吹き飛ぶ瓦礫から王位と夜騎士(よぎし)、辻が人々を守る。

 

 妃と三井野は避難誘導に回り、鳩絵は震える手で応急セットを描く。

 一ノ瀬、黒八(くろや)、五戸がそれを受け取り、生徒たちに配布した。

 

「この中に……なんて……考えたくもないわね」

 

 五戸が呟いた。

 汗に濡れた額を拭いながら、心の底から絞り出すように。

 

 *

 

 一方、保健室。

 

「え、何?」

 

 二階堂が顔を上げた。

 

「何やら異能が暴走してるみたいです……」

 

 看護教員が慌ただしく書類をまとめながら言う。

 七乃はすぐに二階堂の手を取った。

 

「大丈夫ですわ。秋枷君は、わたくしが守ります」

 

 七乃の瞳がまっすぐに二階堂を捉える。

 その声は静かで、しかし強い信念を帯びていた。

 

 その瞬間、扉が勢いよく開かれた。

 

「早く逃げろ!」

 

 風悪が駆け込んできた。

 その顔は汗と灰に汚れ、息が荒い。

 

 叫びの直後――

 

 轟音。

 

 建物が、爆ぜた。

 

 衝撃波が走り、ガラスが飛び散る。

 七乃が即座に精霊を呼び出し、防御障壁を展開する。

 

 だが――間に合わなかった。

 

 瓦礫の破片が飛び、二階堂の腹を貫いた。

 

「秋枷君!」

 

 七乃の悲鳴。

 血が床を染め、二階堂の体がゆっくりと崩れ落ちる。

 

 風悪はその光景を見て、息を呑んだ。

 心臓が強く跳ねる。

 喉が焼けるように熱くなった。

 

 次の瞬間――

 

 時間が、巻き戻った。

 

 音が逆流し、光が歪む。

 景色がゆっくりと、朝の校舎へと戻っていく。

 

 ――朝の光が、教室に差し込んでいた。

 

 鳥の声。

 窓の外には、何も変わらない切ノ札学園の朝。

 だが風悪は、その“異常”に気づいていた。

 

「え……」

 

 風悪は思わず声を漏らした。

 胸の奥がざわつく。

 確かに、この光景を見た――何度も。

 

「封印局長が調査しているらしい……けどⅩⅢとの連携がうまくいってないとの噂」

 

 王位の言葉が、まるで録音のように同じ響きで流れる。

 教室のざわめき――

 全てが“既視感”の連続だった。

 

 三度目の朝。

 

 風悪の背筋を冷たいものが走る。

 

「私はまず地下に行く」

 

 四月が言い残し、立ち上がった。

 教室の扉が開き、淡い光の中へと姿が消える。

 

「四月?」

 

 夜騎士が首を傾げる。

 

 ――あの朝に戻った。

 

 風悪は椅子を蹴るように立ち上がった。

 

「二階堂!」

 

 叫ぶ声が響く。

 教室中の視線が一斉に風悪へと向かう。

 

 二階堂は青ざめた顔で、机に手をついていた。

 額にはうっすらと汗が浮かび、息が荒い。

 

「オレ、気分悪いから、保健室行ってくる」

 

 その言葉も、風悪は知っていた。

 同じ言葉、同じ声。

 心臓が締めつけられる。

 

 風悪は咄嗟に二階堂の腕を掴んだ。

 

「駄目だ、保健室に行っては……!」

 

 声が震える。

 焦燥と恐怖が入り混じった叫び。

 

 教室の空気が一変する。

 誰もが理由のわからない緊張に息を呑んだ。

 

 その様子を見た七乃が、一歩前に出る。

 そして、何かを察したように目を細めた。

 

「違います……秋枷君は何も──」

 

 七乃が言いかけた。

 だが、その一言が――決定打となった。

 

 風悪の瞳が見開かれる。

 七乃が俯き、唇を噛み締めた。

 二階堂は全てを悟ったように、静かに微笑んだ。

 

 悲しみを含んだ笑顔。

 それは、あきらめと優しさが入り混じった笑みだった。

 

「何?」

「どうした?」

 

 事情を知らないクラスメイトたちがざわつく。

 何も知らないその声が、やけに遠く聞こえた。

 

 そのとき、教室の扉が開く。

 一ノ瀬、五戸、鳩絵、そして六澄が入ってくる。

 全員、ただならぬ空気を感じ取っていた。

 

 沈黙。

 

 二階堂はゆっくりと皆を見渡した。

 どの顔も、心配と困惑に染まっている。

 それでも、彼は微笑んだ。

 

「みんな、ごめん」

 

 その一言が落ちた瞬間、

 空気が――軋んだ。

 

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