【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
七乃朝夏には、精霊が見えた。
小さな光の粒や、風に溶けるような影の形。
人には見えない“もの”が、彼女には見えていた。
けれど――それは、決して誇れる力ではなかった。
特別であることは、同時に孤独を意味していた。
周囲に理解されないその感覚が、幼い頃から彼女を静かに包んでいた。
そんな彼女の世界に、ある日一人の少年が現れた。
二階堂秋枷。
教室の窓際、柔らかい笑みを浮かべる少年。
その一言が、七乃の世界を変えた。
「かわいいよね」
何気ない声だった。
それが、精霊を見て放たれた言葉だと気づいたとき、七乃は息を飲んだ。
「見えるんですの?」
思わず問い返す。
それは希望にも似た響きを持っていた。
「見えるだけ。何も出来ない」
そう答える二階堂の表情は、どこか寂しげだった。
その瞳の奥には、他人に見えない痛みが宿っていた。
――この人も、自分と同じ。
そう思った瞬間、七乃の胸に何かが灯った。
それから二人は、自然と話すようになった。
休み時間に教室の隅で言葉を交わし、
帰り道ではゆっくり歩きながら、空に浮かぶ光を見上げた。
二階堂がゆるキャラを中心に「かわいいもの」が好きだということも、そこで初めて知った。
精霊を“かわいい”と言ったのも、彼らしさの一部だった。
七乃はそんな彼を、少しずつ――愛おしく思うようになっていった。
*
だが、そんな日常も長くは続かなかった。
中学二年の冬。
神ヶ原中学校で“それ”は起きた。
突如として校舎中に走る悲鳴。
異能の暴走。
生徒のほとんどが“魔”に侵され、暴徒と化した。
校舎の窓が砕け、机が宙を飛び、
赤い光と黒い影が入り乱れ、世界が崩れていく。
七乃は精霊たちの導きで、かろうじて生き延びた。
薄い結界の中で息を潜め、祈るように時を待った。
――そして、静寂のあと。
焼け焦げた廊下の中央で、ひとりの少年が膝をついていた。
二階堂秋枷。
両手を地面に突き、肩を震わせ、何度も同じ言葉を繰り返していた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
その声は掠れていて、涙で途切れていた。
血に濡れた床の上で、何度も頭を下げながら、赦しを乞うように。
七乃は息を呑み、ただその場に立ち尽くした。
精霊たちが静かに漂い、彼の背中を照らしていた。
――この人は、何を背負ってしまったの?
七乃は震える手で、彼の肩に触れた。
けれど、二階堂は顔を上げなかった。
その日から、七乃の祈りは“彼の痛みを和らげること”へと変わっていった。
「二階堂君?」
七乃の声は、壊れそうなほどに優しかった。
血と埃にまみれた廊下の中、光を失いかけた少年の名を、震える声で呼ぶ。
「な、なな……のさん」
二階堂が顔を上げる。
涙で濡れた頬を伝う光が、かすかに震えた。
彼はそのまま、堰を切ったように泣き崩れる。
「ごめんなさい、オレが、魔の檻じゃなければ──」
掠れた声で懇願するように言った。
その言葉の意味を、七乃は一瞬理解できなかった。
けれど、彼の震える手を見た瞬間、全てを悟った。
――この少年は、自分の中に“何か”を閉じ込めている。
驚きと同時に、心の奥から込み上げたものがあった。
恐怖ではない。
それは――守りたいという、まっすぐな想いだった。
「二階堂君……秋枷君」
七乃は膝をつき、二階堂に寄り添うように語りかけた。
震える手で彼の背中に触れ、まるで祈るように。
「大丈夫ですわ。わたくしが、何とかしてみせますから」
その声は静かで、しかし揺るぎない決意に満ちていた。
七乃の瞳には、涙ではなく“光”が宿っていた。
二階堂は顔を上げ、七乃を見つめた。
その視線が交わった瞬間、崩れかけた世界の中に、ほんのわずかな温もりが生まれた。
七乃は静かに右手を掲げた。
精霊の光が彼女の周囲に集まり、白い粒となって舞う。
「どうか、この人を……」
その祈りと共に、光は形を変えた。
精霊たちの力が絡み合い、淡い光を放つ黒の輪となる。
七乃はその輪――チョーカーを、二階堂の首にそっとかけた。
ひんやりとした感触。
だが、そこには確かに温もりがあった。
それは“魔の影響”を封じる首輪。
完全な封印ではない。
ほんの一時しのぎの、儚い祈りの結晶。
それでも七乃は信じた。
自分の想いが、彼を繋ぎとめる力になると。
二階堂は小さく息を飲み、首元に触れた。
その瞳には、少しだけ光が戻っていた。
そして、その日を境に――
二階堂秋枷は、ずっとそのチョーカーをつけ続けた。
枷をつけ、笑いながら、
“魔”を閉じ込める器として生きてきた。
誰にも知られぬまま、己の中に渦巻く闇と共に。
しかし今――
その枷が、ゆっくりと解かれようとしていた。
光が揺らめき、静かに何かが軋む音が響く。
それは、運命の歯車が再び動き始める音だった。