【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第百三十五話 祈りと贖罪

 七乃朝夏には、精霊が見えた。

 小さな光の粒や、風に溶けるような影の形。

 人には見えない“もの”が、彼女には見えていた。

 

 けれど――それは、決して誇れる力ではなかった。

 特別であることは、同時に孤独を意味していた。

 周囲に理解されないその感覚が、幼い頃から彼女を静かに包んでいた。

 

 そんな彼女の世界に、ある日一人の少年が現れた。

 

 二階堂秋枷。

 

 教室の窓際、柔らかい笑みを浮かべる少年。

 その一言が、七乃の世界を変えた。

 

「かわいいよね」

 

 何気ない声だった。

 それが、精霊を見て放たれた言葉だと気づいたとき、七乃は息を飲んだ。

 

「見えるんですの?」

 

 思わず問い返す。

 それは希望にも似た響きを持っていた。

 

「見えるだけ。何も出来ない」

 

 そう答える二階堂の表情は、どこか寂しげだった。

 その瞳の奥には、他人に見えない痛みが宿っていた。

 

 ――この人も、自分と同じ。

 

 そう思った瞬間、七乃の胸に何かが灯った。

 それから二人は、自然と話すようになった。

 

 休み時間に教室の隅で言葉を交わし、

 帰り道ではゆっくり歩きながら、空に浮かぶ光を見上げた。

 

 二階堂がゆるキャラを中心に「かわいいもの」が好きだということも、そこで初めて知った。

 精霊を“かわいい”と言ったのも、彼らしさの一部だった。

 

 七乃はそんな彼を、少しずつ――愛おしく思うようになっていった。

 

 *

 

 だが、そんな日常も長くは続かなかった。

 

 中学二年の冬。

 神ヶ原中学校で“それ”は起きた。

 

 突如として校舎中に走る悲鳴。

 異能の暴走。

 生徒のほとんどが“魔”に侵され、暴徒と化した。

 

 校舎の窓が砕け、机が宙を飛び、

 赤い光と黒い影が入り乱れ、世界が崩れていく。

 

 七乃は精霊たちの導きで、かろうじて生き延びた。

 薄い結界の中で息を潜め、祈るように時を待った。

 

 ――そして、静寂のあと。

 

 焼け焦げた廊下の中央で、ひとりの少年が膝をついていた。

 

 二階堂秋枷。

 

 両手を地面に突き、肩を震わせ、何度も同じ言葉を繰り返していた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 その声は掠れていて、涙で途切れていた。

 血に濡れた床の上で、何度も頭を下げながら、赦しを乞うように。

 

 七乃は息を呑み、ただその場に立ち尽くした。

 精霊たちが静かに漂い、彼の背中を照らしていた。

 

 ――この人は、何を背負ってしまったの?

 

 七乃は震える手で、彼の肩に触れた。

 けれど、二階堂は顔を上げなかった。

 

 その日から、七乃の祈りは“彼の痛みを和らげること”へと変わっていった。

 

「二階堂君?」

 

 七乃の声は、壊れそうなほどに優しかった。

 血と埃にまみれた廊下の中、光を失いかけた少年の名を、震える声で呼ぶ。

 

「な、なな……のさん」

 

 二階堂が顔を上げる。

 涙で濡れた頬を伝う光が、かすかに震えた。

 彼はそのまま、堰を切ったように泣き崩れる。

 

「ごめんなさい、オレが、魔の檻じゃなければ──」

 

 掠れた声で懇願するように言った。

 その言葉の意味を、七乃は一瞬理解できなかった。

 けれど、彼の震える手を見た瞬間、全てを悟った。

 

 ――この少年は、自分の中に“何か”を閉じ込めている。

 

 驚きと同時に、心の奥から込み上げたものがあった。

 恐怖ではない。

 それは――守りたいという、まっすぐな想いだった。

 

「二階堂君……秋枷君」

 

 七乃は膝をつき、二階堂に寄り添うように語りかけた。

 震える手で彼の背中に触れ、まるで祈るように。

 

「大丈夫ですわ。わたくしが、何とかしてみせますから」

 

 その声は静かで、しかし揺るぎない決意に満ちていた。

 七乃の瞳には、涙ではなく“光”が宿っていた。

 

 二階堂は顔を上げ、七乃を見つめた。

 その視線が交わった瞬間、崩れかけた世界の中に、ほんのわずかな温もりが生まれた。

 

 七乃は静かに右手を掲げた。

 精霊の光が彼女の周囲に集まり、白い粒となって舞う。

 

「どうか、この人を……」

 

 その祈りと共に、光は形を変えた。

 精霊たちの力が絡み合い、淡い光を放つ黒の輪となる。

 

 七乃はその輪――チョーカーを、二階堂の首にそっとかけた。

 

 ひんやりとした感触。

 だが、そこには確かに温もりがあった。

 

 それは“魔の影響”を封じる首輪。

 完全な封印ではない。

 ほんの一時しのぎの、儚い祈りの結晶。

 

 それでも七乃は信じた。

 自分の想いが、彼を繋ぎとめる力になると。

 

 二階堂は小さく息を飲み、首元に触れた。

 その瞳には、少しだけ光が戻っていた。

 

 そして、その日を境に――

 二階堂秋枷は、ずっとそのチョーカーをつけ続けた。

 

 枷をつけ、笑いながら、

 “魔”を閉じ込める器として生きてきた。

 

 誰にも知られぬまま、己の中に渦巻く闇と共に。

 

 しかし今――

 

 その枷が、ゆっくりと解かれようとしていた。

 

 光が揺らめき、静かに何かが軋む音が響く。

 それは、運命の歯車が再び動き始める音だった。

 

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