【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第百三十六話 解かれる枷

「魔が……二階堂……?」

 

 夜騎士(よぎし)の低い声が、静まり返った教室に落ちた。

 その言葉が、誰もが恐れていた現実を形にする。

 

 二階堂秋枷――

 彼の中に、“魔”が眠っていた。

 

「二階堂……限定的で発動し、攻撃性能のない異能──」

 

 風悪(ふうお)が言い放つ。

 その声は震えていた。

 

「このループのことだったんだ」

 

 その言葉が、全員の胸を刺す。

 

 一ノ瀬さわらは、信じられないというように目を見開いた。

 目の前に“魔の器”がいる。

 彼女の手から、菌糸が伸びようとする――

 

 だが、その瞬間。

 

「一ノ瀬さん、ダメです!」

 

 七乃の叫びが教室を裂いた。

 彼女の精霊が、菌糸の動きを押さえ込む。

 淡い光が白く揺らぎ、空気を震わせる。

 

 一ノ瀬はその光を睨みつけ、七乃を見据えた。

 怒りと混乱、そして悲しみが入り混じった瞳。

 

「そう睨むなよ、一ノ瀬」

 

 無機質な声が割り込んだ。

 

 六澄(むすみ)わかし。

 彼はゆっくりと前へ出てくる。

 その顔は相変わらず感情の読めない、冷たい仮面のようだった。

 

「二階堂を殺しても、ループするだけだ。無駄だ」

 

 淡々とした口調で、まるで運命の構造を語るかのように言う。

 

「何を……」

 

 風悪が声を上げかけたそのとき。

 

 六澄は静かに右手を上げ、二階堂の首元――チョーカーへと指を伸ばした。

 

 指先が淡く光る。

 金属音が小さく鳴り、チョーカーが外れる。

 

 コトン、と床に落ちた。

 

 その瞬間――

 

「……っ!」

 

 二階堂が膝をついた。

 胸を押さえ、苦しげに息を吐く。

 彼の中で何かが、目覚めようとしていた。

 

 直後、学園全体が揺れた。

 空気が震え、校舎のあちこちから轟音が響く。

 

 異能の暴走。

 まるで世界そのものが悲鳴を上げるようだった。

 

「秋枷君!」

 

 七乃が駆け寄り、精霊の光をまとわせる。

 そのまま六澄を攻撃しようとした。

 

 だが――届かない。

 

 六澄の足元から、黒い闇が立ち昇った。

 まるで深淵が形を取ったような影。

 その闇は、七乃の精霊の光を吸い込み、消し去っていく。

 

「ふ、は、ははははは……」

 

 六澄が笑った。

 それは、いつもの冷笑ではなかった。

 感情のこもった、人間の笑い。

 ユイが消えたあの時以来、誰も見たことのない笑顔だった。

 

「わかし! あんた!」

 

 五戸(いつと)が怒りに震える声で叫んだ。

 拳を握りしめ、涙をこらえるように。

 

 六澄は、ただ一言だけ残した。

 

「さて、どうなるかな?」

 

 それだけを言い残し、闇の向こうへと歩み去った。

 彼の姿が廊下の奥に消えると、教室に一瞬だけ静寂が訪れる。

 

 誰もが声を失い、ただ息を潜めた。

 

 そして――その静寂を破ったのは、校内の異能暴走の轟音だった。

 再び、悲鳴と警報が学園を包み込む。

 

「今は異能の暴走を止めないと!」

 

 辻が叫ぶ。

 彼の爪先から風が立ち上り、焦燥と共に空気を震わせた。

 

 校舎の外では、いくつもの爆音と光が弾けている。

 異能の暴走は校庭だけでなく、研究棟、寮舎、体育館にまで広がっていた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 二階堂は膝をつき、涙を流しながら謝り続ける。

 その声は掠れて、今にも消えそうだった。

 

「二階堂のせいじゃない」

 

 風悪が、はっきりとした声で言った。

 その言葉は、混乱に沈みかけた空気を引き戻すように強く響いた。

 

 風が吹き抜け、灰を運んでいく。

 

「今は十三部としての役目を、だな」

 

 夜騎士が腕を組みながら言った。

 その声は落ち着いていたが、瞳の奥に炎が灯っていた。

 

「学園の平和を守るのがボクたち、だもんね」

 

 王位が穏やかな口調で続ける。

 その微笑みの裏に、確かな覚悟が見えた。

 

 緊張に満ちた空気の中で、それぞれが動き出す。

 

「燦! 避難誘導やろう!」

 

 妃が叫ぶ。

 

「うん!」

 

 三井野が頷く。

 二人は息を合わせて走り出した。

 廊下を駆け抜け、混乱する生徒たちの避難誘導へと向かう。

 

「頑張りましょう」

 

 黒八が短く言った。

 その声には、静かな決意がこもっている。

 

「さわらちゃん、今は十三部としての仕事が優先よ!」

 

 五戸が軽く肩を叩き、笑顔で言う。

 一ノ瀬は口を動かせないまま、それでも力強く頷いた。

 その瞳に宿る光は、言葉よりも雄弁だった。

 

「かじかも頑張ります!」

 

 鳩絵が鉛筆を握りしめ、スケッチブックを抱えて立ち上がる。

 その姿は小柄でも、誰よりも勇敢だった。

 

 次々と立ち上がる仲間たち。

 それぞれの異能を抱え、それぞれの場所で戦う覚悟を決める。

 

 そのとき、通信端末にノイズが走った。

 四月(しづき)からの通信だ。

 

『すまない、私もすぐにそちらへ行く』

 

 短い言葉。

 けれど、それだけで教室の空気が引き締まった。

 全員の顔に、再び光が宿る。

 

 七乃が二階堂の肩に手を置いた。

 

「大丈夫ですよ、秋枷君」

 

 柔らかな声。

 けれどその背には、無数の精霊が舞い、光の羽が揺れていた。

 まるでその身ひとつで、全てを守ろうとしているかのようだった。

 

 風悪は立ち上がり、拳を握った。

 その瞳には迷いがなかった。

 

「風悪、お前は六澄のところへ行け!」

 

 夜騎士の声が響く。

 仲間を信じる声だった。

 

 風悪は静かにうなずき、前を見据えた。

 かすかに風が吹き、白い髪が揺れる。

 

「いってくる」

 

 その一言とともに、風悪は走り出した。

 教室の扉が開き、光が差し込む。

 

 その背中を、皆が見送った。

 それぞれの場所で、それぞれの戦いが始まる。

 

 ――暴走する魔因子、

 解かれた枷、

 そして、世界の軋む音。

 

 切ノ札(きりのふだ)学園は、再び試練の只中にあった。

 

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