【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第百三十八話 闇の記憶

 六澄(むすみ)わかし――その本質たる存在、ラウロスは、もともと感情表現が薄かった。

 喜びも悲しみも、怒りさえも、己の内にはほとんど宿らなかった。

 

 だからこそ、彼はそれを“他人”に求めた。

 

 誰かが笑い、誰かが泣き、誰かが怒る。

 人々の心が動く瞬間を見ることが、彼にとっての「日常」となっていった。

 

 その観察はやがて、愉悦へと変わる。

 感情を知らぬ彼にとって、他者の情動は唯一の娯楽であり、生きる証明でもあった。

 

 ――そして、ある時。

 

 人間が、偶然に“妖精の国”を見つけてしまった。

 境界が綻び、外の国と妖精の国が交わる。

 

 その時、ラウロスは一つの思いつきを得た。

 

 人間をそそのかし、争わせてみたら――彼らはどんな顔をするのだろう?

 

 その好奇心は、残酷なほど純粋だった。

 

 彼は言葉を放ち、ささやき、煽り、操った。

 争いの火はやがて燃え広がり、妖精たちと人間たちは互いを疑い、殺し合いを始める。

 

 血が流れ、涙が溢れ、怒りが満ちる。

 彼はその全てを見届けた。

 

 欲望も、憎悪も、絶望も――

 そこには、彼の求めていた“感情”の全てがあった。

 

 だが、その代償は大きかった。

 

 戦いの果てに、妖精たちは滅びた。

 生き残ったのは、ラウロスただ一人。

 

 彼は、人間社会で暮らすようになる。

 そして、かつて自らが滅ぼした“妖精”を、再びこの世に生み出そうとする人間たちと出会った。

 

 その研究に、彼は協力した。

 「観察者」としてではなく、「創造者」として。

 

 ――そうして生まれたのが、風悪(ふうお)だった。

 

 その後、ラウロスは闇神と呼ばれるようになる。

 そして人の世界で暗躍した。

 

 人をそそのかし、人に告げ、人を動かした。

 そのたびに感情を、その動くさまを見てきた。

 

 しかしそれも終わりが来る。

 闇神ラウロスは悪魔と通じていたとして、他の神の反感を買った。

 人工妖精の件も追及された。

 

 言い逃れはできなかった。

 する気もなかった。

 そこで人生は終わる。

 そう思った。

 

 ラウロスは世界の理から追放され、 光と闇の狭間――“世界の外”へと放逐された。

 彼は一人きりだった。

 何もない虚無の中で、ただ“人の感情”という現象だけを恋い焦がれた。

 そして、彼は願った。

 ――自らの手で、もう一度、世界を作りたい。

 

 その願いに応じて、ラウロスの中に眠っていた“妖精の力”が反応した。

 本来、妖精だけが行使できる――“願い”を現実に変える力。

 

 ラウロスはその力を使い、ひとつの新しい世界を作り出した。

 それは楽園でも救済でもない。

 彼が望んだのは、終わりのない観測――

 人の心が変化し続ける、果てのない“舞台”だった。

 

 だから、彼はその世界に“魔”を置いた。

 

 恐怖、欲望、怒り、憎しみ。

 人の心を狂わせ、形を歪めるあらゆる負の感情を、

 舞台装置として増幅する存在――それが“魔”だった。

 

 魔は見えざる手。

 心を揺らし、世界を動かす装置。

 そして、ラウロスの観測を永遠に続けさせるための燃料。

 

 静かに、彼は考え始める。

 

 ――あの時、自分が造りかけた“人工妖精”を、こちらに呼べないだろうか。

 

 かつて自らが壊した存在。

 それをもう一度、この世界に引きずり込み、

 再びその“心”を、そして“選択”を観察したい。

 

 それは、神の興味本位であり、同時に一種の執着でもあった。

 

 ラウロスはゆっくりと笑んだ。

 その笑みは、冷たく、狂おしいほど静かだった。

 

「そうだ……弄んでやろう。

 あの妖精を、この世界で」

 

 そう呟くと同時に、風が巻き起こる。

 彼は“夢”を媒介に、外の世界へと干渉を始めた。

 

 一ノ瀬さわらの心に囁きかけ、導線を作る。

 彼女の願いを通して、外と内の世界を繋げる“夢の門”を開いた。

 

 ――そして、風悪を呼んだ。

 

 人工とはいえ妖精。

 この世界をどうにかできるだけの“力”を持つ存在。

 

 その心が何を選ぶのか。

 何を壊し、何を守るのか。

 風悪の答えを、行いを、そして“感情”を――

 ラウロスは見たかった。

 

 それこそが、彼がこの世界に風悪を呼んだ理由だった。

 

 やがて、彼はこの世界に“肉体”を得る。

 神社で五戸このしろと出会ったのは、その頃だった。

 

 時空の歪みを通じて、世界の表層に顕現できた瞬間。

 最初のうちは記憶も曖昧で、自分が何者だったかも朧げだった。

 

 それでも、彼は観察を続けた。

 五戸という少女を通して、

 人の感情という“現象”を、もう一度見つめ直した。

 

 ――そして、少しずつ思い出していった。

 

 自分が何を作り、何を壊したのか。

 この世界が、何のために存在するのかを。

 

 記憶が戻るにつれ、彼の観測範囲は広がっていった。

 五戸の提案を受け入れ、切ノ札学園へと潜り込む。

 観測者として、生徒として、

 再び“感情の舞台”の中心に身を置いたのだ。

 

 全てを知りながら、全てを見守りながら。

 ――観測していた。

 

 それが、ラウロスという妖精の(さが)だった。

 

 彼にとって、人の心の動きは、何よりも美しく、そして恐ろしい。

 泣き叫ぶ声も、怒りに歪む顔も、希望に縋る手も。

 それらすべてが、彼にとって“生”そのものだった。

 

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