【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第百三十九話 風、消える日

自分(オレ)を消すか? 風悪(ふうお)

 

 六澄(むすみ)の声は、あくまで淡々としていた。

 怒りも悲しみも、哀れみすら含まない。

 それが彼という存在の“神性”であり、“虚無”だった。

 

 風悪は小さく首を振った。

 

「願いは、きちんと……」

 

 その声は、風のようにかすれていた。

 けれど、迷いはなかった。

 ただまっすぐに、六澄を見据えていた。

 

 風が吹く。

 冬の空気が肌を刺す。

 

(……一ノ瀬がこのことを知ったら、また自分を責めるかな)

 

 脳裏に、仲間たちの顔が浮かぶ。

 泣き虫な鳩絵。

 真っすぐな夜騎士(よぎし)

 穏やかな王位。

 はしゃぐ妃と五戸(いつと)

 怖がりな三井野。

 いつも笑顔な黒八(くろや)

 しっかり者の辻。

 朗らかな二階堂。

 マイペースな七乃。

 みんなを守ってきた四月(しづき)

 そして、声を失っても強く生きようとした一ノ瀬。

 

 風悪は、皆の笑顔を思い出していた。

 

(……それに、四月。

 言えなかったよな。オレに、こうなるって)

 

 あのとき四月が言わなかった理由を、ようやく理解した。

 

 風悪がこの力を使えば、存在そのものが風に溶けることを。

 

「仲間のために……か」

 

 呟きが唇から零れる。

 その声音は、冷たい風に混じって消えた。

 

 師走の風が、校舎を揺らす。

 異能の暴走で荒れ果てた校庭には、無数の瓦礫と光の残滓が散らばっている。

 空気は焦げ、世界は軋み、時間さえ不安定に揺れていた。

 

 ――その中心で、風悪が立っていた。

 

 白銀の髪が風を受け、舞う。

 頭の翅が淡く輝き始める。

 その光は、ただの光ではなかった。

 世界の“根源”を揺らす、創造の風。

 

 六澄の瞳が、ほんのわずかに動く。

 興味――いや、観測者としての期待の色がそこにあった。

 

 風悪は頭の翅に手を置く。

 指先が、微かに震えていた。

 

「またね」

 

 ただ一言。

 その言葉は、別れではなく、約束だった。

 

(……さよならは言わない)

 

 彼は微笑んだ。

 その笑顔は、不思議なほど穏やかだった。

 

 次の瞬間――世界が光に包まれる。

 

 風がすべてを撫でるように吹き抜け、

 崩れた建物も、黒い影も、血の跡も、痛みさえも――

 全てをやさしく巻き取り、ほどいていく。

 

 風が色を塗り替える。

 音が生まれ、空が形を取り戻す。

 透明な空気の粒が弾け、

 まるで新しい朝が、世界全体に訪れるかのようだった。

 

 時間の裂け目が閉じていく。

 暴走していた異能の波動が静まり、魔の影が薄れていく。

 それは破壊ではなく、再生。

 

 ――世界の再構築が、始まった。

 

 六澄の髪が、風に揺れた。

 光に包まれながら、彼はかすかに呟く。

 

「やはり……お前は、“そう”選ぶか」

 

 その声も、風に溶けて消えていった。

 

 ――(魔のない世界を)。

 

 それが、風悪の最後の願いだった。

 誰かを倒すためでも、何かを壊すためでもない。

 ただ、みんなが笑っていられる“日常”を取り戻したい。

 その祈りにも似た願いが、世界を包む光の中へと溶けていった。

 

 風が静かに吹き抜ける。

 音も、痛みも、もうなかった。

 

 そして――風悪は夢を見た。

 

 それは、何度も繰り返し見てきた“電車の夢”。

 淡い光に照らされた車内。

 無機質な車両が、どこへともなく走り続ける。

 

 窓の外には、灰色の世界。

 形のない街並みが、風に崩れ、また組み上がっていく。

 それは、彼が何度も見た“輪廻”の景色だった。

 

 けれど――今回は違っていた。

 

 いつも同じ円を描いて回っていたはずの線路が、

 ゆっくりと分岐し、別のレールへと切り替わっていく。

 

 かすかな衝撃。

 列車の進行方向が変わる。

 車輪の音も、風の響きも、新しい旋律を奏で始めた。

 

 その時、隣の席から声がした。

 

「行くのか?」

 

 振り向けば、そこにはラウロス――六澄わかしの姿があった。

 彼は、静かに窓の外を見つめていた。

 その表情に、初めて“人”の影が宿っていた。

 

 風悪は何も言わなかった。

 ただ前を向く。

 

 列車が減速し、やがて停車する。

 駅のホームが、白い光の中に浮かんでいた。

 

 扉が開く音がした。

 冷たい風が吹き込み、髪が揺れた。

 

 風悪は立ち上がり、ラウロスの方を振り返る。

 その瞳に、一瞬だけ微笑みが宿った。

 

 だが、言葉はなかった。

 

 ――彼はそのまま、走り出した。

 

 ホームを駆け抜け、光の方へ。

 扉が閉まり、電車が再び動き出す。

 

 ラウロスは席に座ったまま、薄く笑った。

 

「……そうか。やっぱり、お前は“風”なんだな」

 

 誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。

 その声は、揺れる車両の音にかき消されていった。

 

 列車はやがて、霧の中へと消えていく。

 

 ――そして、世界は静かに再び息を吹き返した。

 

 魔のいない朝。

 まだ誰も、その新しい世界の名を知らなかった。

 

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