【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
激動の師走が終わり、世界は静かな睦月を迎えていた。
――魔は、もういない。
けれど、一ノ瀬さわらの胸の奥には、ぽっかりと何かが欠けていた。
誰かがいた気がする。
誰かが笑って、風のように傍にいた気がする。
けれど、その“誰か”の姿も声も、どうしても思い出せない。
穏やかな日々。
平和な世界。
それでも、心のどこかが空っぽだった。
元旦。
一ノ瀬は神社の石段を上っていた。
境内には、正月の賑わいが広がっていた。
屋台の香ばしい匂い、鈴の音、参拝客の笑い声。
その中で、一ノ瀬は手を合わせ、目を閉じる。
(……思い出させてください)
小さな祈りだった。
誰に向けたものかも分からない。
ただ、胸の奥の“欠けた何か”を取り戻したくて。
「さわらちゃん! 出店あるよ! 出店!」
弾む声に顔を上げると、鳩絵が元気いっぱいに手を振っていた。
その後ろで、
「かじかちゃん、走らないの!」
五戸の声に一ノ瀬は思わず笑った。
その笑顔の奥で、風が頬を撫でた気がした。
――まるで、誰かがそこにいたかのように。
その頃、二階堂は七乃と並んで初詣をしていた。
七乃が嬉しそうに笑い、二階堂は照れながらおみくじを結んでいる。
その穏やかな光景に、かつての悲劇の面影はなかった。
炬燵の上にはみかん。
そこへ三井野と妃、
――世界から、魔は消えた。
だが、異能は消えていなかった。
それは人々にとって“生きる力”でもあり、“証”でもあった。
ⅩⅢは今日も、静かに平和を守り続けている。
* * *
冬休みが終わり、季節は巡る。
雪解けとともに、新しい春がやってきた。
桜が風に舞う中、一ノ瀬は校門をくぐった。
A組は変わらずそのまま進級していた。
笑い声、喧騒、変わらない日常。
けれど――誰かの姿だけが、どこにもなかった。
一ノ瀬は窓の外を見た。
花びらが舞い上がる。
その中に、ひとひらだけ、風のように光る翅が見えた気がした。
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
その瞬間、教壇に立つ宮中がマスクの下から穏やかな声で言った。
「今日は転校生を紹介する」
一ノ瀬は目を丸くした。
心臓が、どくん、と鳴る。
教室の扉が静かに開く。
春の風が、ふわりと流れ込んだ。
――春が、再びめぐる。
季節は廻り、風が還る。
物語は、静かに、新しい始まりを告げていた。