【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第十五話 異能実技試験(前編)

 不意に、辻が地面に膝をついた。

 

「どうした!?」

 

 風悪(ふうお)が駆け寄る。辻は苦しそうに顔を押さえ、荒い息を吐き出していた。

 

「だ、ダメ……っ」

 

 焦燥と恐怖が混ざった声。

 宮中(みやうち)潤はその様子を黙って見ていた。まるで、その瞬間を“待っている”かのように。

 

「どうしたんだよ、辻!」

 

 風悪が焦りをにじませた瞬間――。

 

「……怖いんだろ」

 

 宮中の低い声が、空気を裂いた。

 

「え……?」

「“魔”のいる世界だ。当然だろう」

 

 宮中の言葉に、風悪はハッと息をのむ。

 辻の恐怖。それは目の前の敵への怯えではない。自分自身への恐れだ。

 “魔”に飲まれることを、彼は極端に恐れている。

 

「先生は……悪人じゃない……」

 

 辻がかすれた声で言う。その顔は苦痛に歪み、両手で頭を抱えていた。

 宮中は、黒いマスクの下でわずかに笑った。

 

「オレは“悪魔”だぞ」

 

 その言葉は冗談ではなく、どこか寂しげだった。

 冷えた風が、訓練場を吹き抜ける。

 

「悪魔……?」

 

 風悪は困惑した。教師の口から出た“悪魔”という言葉。理解が追いつかない。

 

「遠慮はするな」

 

 宮中が静かに言う。

 それは挑発ではなく、まるで“解き放て”という合図のようだった。

 その瞬間、辻の身体から風が溢れ出した。

 地面の砂が蠢き、風の渦が巻き上がる。

 顔を上げた辻の瞳が、赤く光っていた。その唇に浮かぶのは、いつもの哀しげな表情ではない。冷たく、凍えるような微笑だ。

 

「辻……?」

 

 風悪が名を呼んだ瞬間、辻は地を蹴った。

 砂の舞う訓練場に、張りつめた空気が走る。

 辻が低く息を吐く。その瞳が一瞬、冷たく光を宿す。

 

「……行く」

 

 風が爆ぜ、砂を巻き上げる。

 辻の身体が流線のように駆け出し、風がその身を包み込んでいく。

 腕が変形する。指先が鋭く尖り、爪が風を纏って伸びていく――まるで、風そのものが刃となるように。

 

「斬る!」

 

 咆哮と共に、一閃。

 辻の爪が音を裂き、宮中へと迫った。

 だが――。

 

 ガギィン!

 

 金属が鳴り、火花が散った。

 宮中はその攻撃を軽く受け止めていた。片手で構えた大口径の銃。その銃身を刃のように使い、辻の斬撃を受け流したのだ。

 

「……!」

 

 衝撃に弾かれ、辻の身体が砂を滑るように転がる。

 

「辻ッ!」

 

 風悪が駆け出す。辻のもとへ――そう思った瞬間。

 

 パンッ!

 

 乾いた銃声が響いた。

 胸を焼くような衝撃。

 風悪の身体が一瞬宙を舞い、地に叩きつけられた。

 

「ッ……!」

 

 息が詰まる。視界が白くかすむ。

 胸の奥がズキリと痛むが、血は出ていない。

 

「安心しろ。実弾じゃない。痛いだろうがな」

 

 宮中は銃口を下ろさず、淡々と告げた。片手で構えたその銃口からは、まだ白煙が立ちのぼっている。その黒い瞳には、微塵の迷いもなかった。

 

「……先生……」

 

 風悪が苦しげに呟く。

 その間にも辻は再び立ち上がり、宮中の背後へと回り込んでいた。

 風が鳴る。空気が震える。

 爪が閃き、背後から飛びかかる。

 だが――宮中は振り返らない。

 

「二人で来い」

 

 短く、それだけを言い放つ。

 振り向くことなく銃を横に払う。まるで刀のように。

 その一撃で、辻の身体が再び吹き飛ばされる。

 

「辻ッ!」

 

 風悪が叫んだ。

 地に倒れながら、辻は息を荒げ、震える声を上げる。

 

「だって……だって、悪人なら……誰も困らないから……!」

 

 その言葉は、焦りと、長い間閉じ込めてきたものの混ざった悲痛な声だった。

 風悪には、その意味が理解できなかった。

 ただ――胸の奥が痛んだ。

 

「……なんのことか分かんないけど!」

 

 風悪は歯を食いしばり、地を蹴る。

 風が爆ぜる。疾風のように宮中の横をすり抜け、辻のもとへと飛び込む。

 辻が驚いた顔を上げた、その瞬間。

 

 ゴツン!

 

 鈍い音が鳴る。

 風悪が勢いのまま、辻の額に頭突きを食らわせた。

 

「いっ……!?」

 

 辻が目を見開き、呆然と風悪を見つめた。

 風悪は額を押さえながら、苦笑を浮かべる。

 

「“二人で!”やるぞ!」

 

 その声は、風のように真っすぐで、芯の通った強さを持っていた。

 空気がわずかに震える。その言葉が、辻の中の何かを――確かに揺らした。

 辻は息を呑み、わずかに笑った。

 

「……ごめん」

 

 風の音が静かに戻ってくる。砂が舞い、空が光を取り戻す。

 

 宮中は、依然として余裕を崩さなかった。背を向けたまま、黒いマスクの奥に沈黙を保っている。

 彼の右手がわずかに動いた。

 銃がふっと掻き消える。

 次の瞬間――背中越しに再び現れた。

 浮遊するように、ゆらりと。その銃口が、二人へとゆっくり向けられる。

 

 バチッ――。

 火花が散り、空気が軋む。トリガーを引くことなく、銃が自ら命令を受けたように発火する。

 

 ドンッ、ドンッ、ドンッ――!

 

 轟音と共に光弾が走る。

 風悪が風を纏い、腕を広げた。疾風の防壁を展開する。だが――。

 衝撃。

 銃弾が風を突き破った。風と金属の衝突が軋む。瞬く間に防壁が砕け、風悪の身体が地面に叩きつけられる。

 熱を帯びた痛みが走る。息が詰まり、喉が鳴った。

 

 辻が、ただ呆然とその姿を見つめていた。

 風悪の顔が歪む。それを見た瞬間、辻の中で何かが弾けた。

 奥歯を噛みしめ、拳を握りしめる。

 今は試験の最中だ。一人で暴れてどうする。

 “二人で”挑むんだ。風悪はそう言ったじゃないか。

 自分ひとりが暴れても、何も変えられない。

 辻は深く息を吸い込み、立ち上がった。

 

「風悪……」

 

 声が震えていた。

 

「何?」

 

 痛みをこらえながら風悪が問う。

 

「二人で……頑張ろう」

 

 その一言に、風悪は口元を緩めた。

 

「うん」

 

 短く、それだけを返した。

 それだけで、空気が変わる。

 

 宮中が再び指を鳴らした。

 空中に浮かぶ銃が、唸るように火を噴く。

 

 ドドドドド――ッ!

 

 連射された弾丸を、辻の爪が風を纏って弾き返す。

 金属音と共に火花が散り、風圧が巻き起こった。

 これが、辻颭の異能。夜騎士と同じ“魔物”の血を継ぐ者。

 風を斬り、風を裂き、風そのものを刃とする鎌鼬の末裔だ。

 

「行く!」

 

 辻が前へ踏み込む。

 風悪も呼応し、風を纏って加速する。

 二人の足音が重なる。

 銃弾が飛ぶたび、辻の爪がそれを斬り裂き、風悪の風が彼の動きを押し出す。

 まるで二人の風が絡み合うように――流れが生まれた。

 

 宮中の周囲に浮かぶ銃が、さらに増える。

 その数は十を超え、風を唸らせながら構えを変えた。

 

「さすがに……多いな!」

「問題ない!」

 

 辻が叫び、風悪が笑う。

 砂煙の中、二人が一直線に突き進んだ。

 刃風が唸り、弾丸が火花を散らす。辻が銃身を切り裂き、風悪の風が軌道を逸らす。風が舞い、光が走る。

 宮中の目がわずかに細められた。

 

 その瞬間、辻の爪が正面の銃を叩き斬った。

 宮中の背後で風が爆ぜ、彼がわずかに振り返る――。

 影が落ちた。

 頭上から、風を裂いて急降下する影。

 

「上か!」

 

 宮中が身を翻す。だが、遅い。

 風悪の手が、閃光のように胸元を掠めた。

 ひらりと宙を舞う、バッジ。

 それが風悪の掌に落ちると同時に、宮中は構えを解いた。

 

 静寂が戻る。

 砂の音だけが、耳に残った。

 

「……まあ、いいだろう」

 

 宮中が黒いマスクの下から穏やかに言った。

 銃が煙のように消え、彼はゆっくりと二人の方へ向き直る。

 

「合格だ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、風悪が破顔した。

 

「やったな! 辻!」

 

 笑顔のまま拳を掲げる風悪に、辻も小さく口角を上げて答える。

 

「……うん」

 

 その短い返事の中に、ようやく“仲間”としての温度が宿っていた。

 

「にしても先生、さっきの“悪魔”って何だったんだ?」

 

 風悪が首を傾げて問う。

 宮中はマスクの奥で、ふっと笑った。

 

「妖精がいるんだから、悪魔がいてもいいだろう」

「……そりゃそうか」

 

 風悪が苦笑する。

 だが、宮中は続けた。

 

「ま、オレは――弟を守れず、少女に救われる哀れな悪魔だ」

 

 その声は穏やかで、どこか遠い。

 風が吹き抜け、彼の言葉をさらっていく。

 まるでそれが、誰にも届いてはならない秘密であるかのように。

 

 風悪と辻はただ、沈黙の中で立っていた。

 風が二人の間を撫で、試験の幕が静かに閉じた。

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