【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
別会場。
砂混じりの風が吹く、静かな試験場。
一ノ瀬さわらと組まされたのは、
黒八の中に眠る“太陽”は、宿泊研修で一度だけ姿を現したが、それ以来ほとんど前へ出ようとはしない。黒八自身の意志で制御できるものではなく、彼女が“死の気配”を感じた時だけ顕現する力だからだ。
だが、今回の相手は試験官。命を奪う戦いではないため、太陽が出る幕はない。
だからこそ、この組み合わせは理想的だった。彼女たちなら、容易く勝利を掴める。
「――始め!」
試験官の合図が響く。
その瞬間、一ノ瀬の瞳が細められた。
彼女の足元から、白く光る“糸”が音もなく広がる。細く、繊細で、しかし確実に生きているかのように地面を這う。
菌糸。それが彼女の異能。生体から生成された無数の糸が、空間そのものを支配していく。
空気が、ピンと張り詰めた。
目に見えぬ糸が空を走り、瞬く間に標的へと到達する。
試験官が動いた瞬間――その身体が、ふわりと止まった。
「……!?」
教師の瞳が見開かれる。
全身に絡みついた菌糸が、関節ごと固定していた。
音もなく、捕縛完了。
そのあまりの速さに、黒八が息をのむ。
「い、今の……」
一ノ瀬は何も言わない。ただ指先を軽く動かし、糸の密度を調整していた。拘束された教師がもがいても、解ける気配は微塵もない。
完全な勝利だった。
数秒の沈黙の後、黒八が小さく拍手をした。
「一ノ瀬さん、凄い……! 本当に、瞬きする間もなかったです!」
その瞳には、純粋な驚きと敬意が宿っていた。
同時刻、別の試験会場。
閃光が走り、雷鳴が轟いた。
試験開始と同時に、彼女はすでに行動を終えていた。その速さは、誰の目にも映らないほど。
「試験、開始――」
試験官が口を開いた瞬間、青白い閃光が横切る。
耳をつんざくような雷撃音。
次の瞬間には、試験官の腕輪バッジがすでに吹き飛んでいた。
制圧完了。開始から三秒。
放たれた電光が、空気を焼きながら静かに消えていく。四月の手元に、焦げ跡一つない試験官のバッジが握られていた。
「秒殺……」
試験官は一瞬の沈黙の後、肩を落としながら言った。
「……はい、合格」
別の試験場の隅で、
「秋枷さんとペアになりたかったですのに~っ!」
悔しそうに叫ぶその声が、会場に響く。
二階堂は苦笑いを浮かべた。
「役に立たなくて、ごめん……」
「戦えないならしょうがないだろ」
四月は淡々と答える。それだけなのに、どこか温かさがあった。
「それに、戦いだけが強さじゃない」
静かな声に、二階堂は小さくうなずいた。
雷鳴の余韻がまだ空気に残っていた。
次の試験会場。
「なんであたしじゃないのよおおおおっ!」
だが、教師たちは苦笑いを浮かべるしかなかった。
妃の異能・洗脳は対人限定。試験官が女性である今回は、相性が最悪だったのだ。
「三井野、いくぞ」
夜騎士の声は低く、鋭い。
彼の瞳が、真っすぐ試験官を見据える。その瞬間、彼の身体を青黒い影が包んだ。
同時に、三井野が息を吸い込む。彼女の唇から、澄んだ旋律が流れ出す。
歌が、空気を震わせた。
淡い光が夜騎士を包み、身体能力が跳ね上がる。彼の影が蠢き、獣のような輪郭を形づくる。
夜騎士が駆けた。その速度は音すら置き去りにする。
影の爪が、闇を裂くように伸びる。試験官が防御の結界を展開するが――一瞬で切り裂かれた。
風圧と共に、砂が舞い上がる。残響の中、試験官の胸元からバッジが飛んだ。
「……合格だ」
試験官の声が震えていた。
夜騎士は静かに頷き、影を収束させる。
「凶君、やったね!」
三井野が笑顔で駆け寄る。その声に、夜騎士が短く答える。
「おう」
それだけ。けれど、三井野の胸が熱くなった。
別会場、そのまた向こう側。
妃は腕を組み、開幕から不満げだった。
「ちぇっ、燦と組めなかったなんて……でもまあ、女子と組めるなら良し!」
その目がキラリと光る。
五戸は隣でスマホをいじりながら、完全にやる気ゼロだった。
「……あんた、やる気ある?」
「あるよ。ガチャ回す気しかないけど」
「戦う気じゃなくて!?」
妃の突っ込みが虚しく響く。
試験官が困惑しながら合図を上げた。
「試験――開始!」
その瞬間。
空気が“ギィィ”と軋んだ。
何もない空間から、黒い縄がすっと伸びる。まるで意思を持つ蛇のように地を這い、試験官の脚に絡みついた。
「……え?」
次の瞬間、縄が弾けるように収縮し、試験官の身体を宙へと吊り上げる。逆さまに、足首から。
「ひ、ひぃっ!?!?!?」
試験官が情けない悲鳴を上げる中、五戸はスマホをタップしながらため息をついた。
「はー、このガチャ壊れてない? 出ないんだけど」
淡々とぼやくその横で、妃が絶叫する。
「ちょ、ちょっと!? あたしの出番は!? え、もう終わった!?!?」
妃の悲鳴がむなしく試験場の天井にこだました。
試験官は上下逆さまのまま、ゆらゆらと揺れていた。まるで「もう諦めた」と言わんばかりに。
「はい、終了でいいかな?」
五戸がめんどくさそうに言うと、試験官が震える声で答えた。
「……合格」
拍子抜けするほど静かな勝利だった。
「……」
妃は肩を落とし、地面にぺたんと座り込んだ。
「ねぇ、あんた……」
「ん?」
「ちょっとはカッコつける隙くらいくれてもいいじゃん!」
「別にいらなくない?」
「要るのっ!!!」
妃の絶叫が、再び試験場に響いた。
そして、次の試験会場。
王位は光の剣をひとつしか出せないが、今回は鳩絵が居る。描いたものを実体化させる彼女の異能が、王位の剣技を支える。
「よーし、描くね!」
鳩絵がスケッチブックを開いた。
白紙の上に鉛筆を走らせると、淡い光が線の跡をなぞり、絵が立体化していく。
描かれた一本の剣が、現実に浮かび上がった。
金属音を立て、王位の足元へ落ちる。王位がそれを拾い上げる。光を宿した刃が、静かに輝いた。
「いつ見ても不思議だね」
「でしょ!」
鳩絵が目を輝かせ、鼻を鳴らした。
試験官が異能の盾を展開する。王位は構え、まっすぐに踏み込んだ。
カンッ!
一撃で盾を砕く。剣が折れる。
王位は振り返り、鳩絵を見る。
「次」
「はーい!」
鳩絵が新たな剣を描く。線が光を帯び、再び実体化。
王位はそれを受け取り、再び突き出す。
バシュンッ!
試験官の腕輪バッジが弾け飛んだ。
勝負あり。
鳩絵が嬉しそうに跳ねる。
「かじか、活躍じゃん?」
目を輝かせながら鉛筆を掲げる。
王位は微笑を浮かべ、いつものように淡々と返した。
「そうだね」
鳩絵は「そっけなっ!」と頬を膨らませながら、スケッチブックの端に、にやけた王位の落書きを描き足した。