【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第十八話 風の帰り道

 数日後。

 中間テストの結果が出る日が来た。

 

 朝から教室の空気はざわついていた。

 実技においては皆合格点を貰えていたが、問題は筆記だ。

 勉強したことのない風悪(ふうお)にとって、今回の筆記試験が人生最大の難関だったことは言うまでもない。

 

「うわ……絶対やばい……」

 

 机に突っ伏してため息をつく。

 隣の席の黒八(くろや)空もどこか落ち着かない様子で、手を合わせて祈っていた。

 

「下位五名は補習……ですよね」

「だいたい、このクラス十四人しかいないじゃん!」

 

 妃愛主(きさき あいす)の叫びが教室を貫く。

 

「そうだ、そうだ! 約三分の一が該当するじゃん!」

 

 鳩絵(はとえ)かじかが手を上げて同意した。

 

「うるさいぞ。席につけ」

 

 黒いマスクの男、宮中(みやうち)潤が静かに入ってきた。

 その声だけで、教室の空気が一瞬にして張り詰める。

 

「まあ、分かってると思うが、筆記試験の点数がそのまま順位だ。下位五名には補習がある。覚悟しておけ」

 

 淡々とした口調。だが、誰よりも恐ろしい一言だった。

 教室中が息をのむ。

 宮中がプリントを掲げ、成績上位者から順に読み上げていく。

 

 一位、王位富(おうい とみ)

 名前を呼ばれても、彼は涼しい顔で「一点落としたか」と呟くだけだ。

 続く二位は夜騎士凶(よぎし きょう)

 

「富には勝てないな」

 

 悔しそうだが、それでも上位には違いない。

 三位、六澄(むすみ)わかし。「……まあ、こんなもん?」と興味なさげに呟く。

 四位、四月(しづき)レン。「忙しいんだよ、こっちは!」と毒づくが、任務の合間を縫ってこの順位は流石としか言いようがない。

 五位、一ノ瀬(いちのせ)さわら。無言のまま、淡々と席に座っている。

 六位、黒八空。

 

「何とかなりました!」

 

 ほっと胸をなでおろす彼女に続き、七位、七乃朝夏(ななの あさか)

 

「待って……秋枷君の上を取ってしまいましたわ!」

 

 複雑そうな悲鳴を上げる。

 八位、辻颭(つじ せん)。彼は「妥当」と短く漏らしただけで、表情を変えない。

 九位、二階堂秋枷(にかいどう あきかせ)。「ギリギリ……かな」と苦笑いを見せる。

 

 そして、ここからが運命の分かれ道だった。

 十位、三井野燦(みいの さん)

 

「補習になってしまった……」

 

 十一位、五戸(いつと)このしろ。「やべっ」とスマホを隠す。

 十二位、風悪。「最初から無理ゲーだった……」と机に沈む。

 十三位、鳩絵かじか。「やだあ! 絵を描く時間をください!」と嘆く。

 

 そして最下位、十四位――妃愛主。

 

「褒めないでよ〜」

「誰も褒めてないし、誇るな」

 

 王位が即座に突っ込む。

 

「私はあえてこの順位を取ったの!」

 

 妃が謎の自信を見せた。

 

「燦、一緒に頑張ろうね!」

「愛主……」

 

 妃は嬉しそうに席を飛び出し、三井野のもとへ駆け寄る。

 宮中の「席につけ」という低音は、完全に無視された。

 当然のように笑いが起きる。

 補習組はそのまま午後の特別授業へと連行されていった。

 

 日が傾く頃。

 薄紅の空を背景に、風悪と黒八は並んで歩いていた。

 補習を終えた風悪の全身には、疲労が色濃くにじんでいる。

 

「黒八は免れたんだから、一緒に受けなくても……」

 

 風悪がため息まじりに呟く。

 

「みんなと勉強、私は好きですよ」

 

 黒八はいつもの笑顔で言う。その笑顔は夕陽を反射して、まるで光っているようだった。

 

「物好き」

「えへへ」

 

 何気ないやり取り。柔らかな笑い声。

 穏やかな時間が、ようやく戻ってきたかのようだった。

 宿泊研修の騒動から、暴徒も現れず、日常が続いている。

 そう思っていた。

 

 そのとき――ふいに風が止んだ。

 

 前方、夕陽に照らされた街角に、ひとつの影が立っていた。

 

「……辻?」

 

 風悪が声を上げる。

 補習を免れているはずの辻颭。それなのに、まだ制服姿で帰路にいた。

 彼は立ち止まり、どこか遠くを見ていた。その目に焦点はない。

 

「辻君?」

 

 黒八が心配そうに声をかけた。

 そのとき――道端を一匹の野良猫が横切った。

 ゆっくりとした足取り。辻の前を通り過ぎようとした、その瞬間。

 

 シャッ。

 空気が裂けた。

 辻の腕が動いた。何の予備動作もなく、鋭い爪が閃く。

 猫の体をかすめ、地面が斜めに抉れた。

 石畳が、紙のように切り裂かれている。

 

「辻ッ!」

 

 風悪の怒号が響く。

 辻は、何事もなかったかのように立っていた。その瞳は虚ろで、何も映していない。

 

「やっ……ぱ……ダメだ……」

 

 低く、掠れた声。

 そして、震える唇が同じ言葉を繰り返した。

 

「斬りたくて、斬りたくて、斬りたくて、斬りたくて、斬りたくて、斬りたくて、斬りたくて……!」

 

 まるで呪詛のように。

 その声は、夕暮れの風に混ざっていった。

 

「なあ、斬らせてくれよ」

 

 顔を上げた辻の瞳は、もはや人のものではなかった。

 黒い靄が爪を包み、空気が軋む。

 

「どうして……」

「辻君……!」

 

 黒八の声が震える。

 風悪は気づいていた。

 “魔”の気配。

 それは確かに、辻から滲み出ていた。

 

 辻の異能は、魔物<鎌鼬《かまいたち》>の血を引くもの。その昔、一部の人間は魔物と交わらされた。その末裔が、彼なのだ。

 通常時は人間と変わらない。だが、一度“魔物”の本能が覚醒すれば、理性など容易く吹き飛んでしまう。

 辻はずっと抗ってきたのだろう。ずっと、耐えていたのだ。

 だが、実技試験での興奮と、心の隙が、ついにその封印を壊した。

 

「悪人を斬ったって、物を斬ったって……物足りない」

 

 その言葉とともに、爪が黒く染まる。

 地面を擦るように構え、次の瞬間――。

 

 バシュッ!

 

 空を切り裂く音。

 風悪は咄嗟に黒八を庇い、身体を反転させる。

 目の前を、見えない刃が通り抜け、コンクリートの壁を両断した。

 

「“魔”の気配……! 辻、やめろ!」

「善人を斬るって、どんな感覚なんだろうな」

 

 辻が笑った。

 その笑みは、悲しみでも喜びでもなかった。ただ、空虚だった。

 彼は地を蹴る。風を裂き、風悪へ肉薄する。

 

 ガキィン!

 

 風悪の腕に風が集まり、空気の壁を作る。

 だが――鎌鼬の刃は風をも切り裂いた。

 鋭い痛み。肩口が裂け、赤が散った。

 

「辻、やめろ!」

 

 風悪は叫ぶ。

 

「黒八は……オレの、獲物だ」

 

 冷たい声音。

 まるで本能だけで動く獣のように、辻は黒八を見据えていた。

 風悪の脳裏に、あの日の光景が蘇る。

 暴徒に襲われた黒八。声を変え、顔を隠していたあの“男”。

 あの時の爪。あの風の切れ味。

 あれは……辻だったのだ。

 

「ッ……! 辻! どうして……!」

 

 血を滲ませながら、風悪は叫んだ。

 辻は一瞬だけ、悲しそうな目をした。

 そして――その表情が再び闇に呑まれる。

 

「ああ、今はお前も対象だよ、風悪」

 

 低く、沈んだ声。

 黒い靄が空気に溶け、風の音を呑み込んでいく。

 闇と風が交錯する。

 次の瞬間、夜が裂けた。

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