【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
教室の窓際に座れば、風の中へと溶けていくように存在が薄れ、放課後の校門では誰よりも早く人の群れから離れる。
その外見は穏やかで、誰の目にも無害な少年に映っていただろう。
けれど、その胸の奥には――絶えず疼く何かがあった。
名づけるなら、それは“斬りたい”という衝動。
理屈も意味もない。ただ、鋭く確かな欲求だけが彼を支配していた。
最初は虫だった。
翅の動きを止めるだけで、ほんの少しだけ心が静まる気がした。
次に小さな動物。
やがて、もう少し大きな命へと手を伸ばしていく。
それでも彼は、人を傷つけることだけは避けていた。自分の中に巣くう「異質さ」を外へ吐き出すように、他の生き物でどうにか発散していたのだ。
けれど――限界は、すぐに訪れた。
中学に上がる頃、辻は人を選び始めた。
夜の路地裏。
噂話の中で「悪」と呼ばれる者たち。他人を踏みにじり、誰かを傷つける人間。
辻は静かに、その影を断っていった。
罪悪感はなかった。相手が悪である限り、それは“正しいこと”だと信じられたからだ。
正義を掲げるその行為は、彼にとって己の衝動を正当化する免罪符のようなものだった。だからこそ、警察もⅩⅢも動かない。斬られたのが悪人ばかりなら、世界は沈黙を選ぶ。
けれど――心は満たされなかった。
刃を振るうたび、渇きは深くなり、次第に胸の中で何かがざわめき出す。
“もっと”――と。
それは好奇心にも似た願い。けれど、それ以上に、彼の中に流れる魔物の血が囁く声でもあった。
そして、彼は一つの問いに辿り着く。
「もし、善い人を斬ったら……オレは、どうなるんだろう」
その瞬間から、心の歯車はゆっくりと狂い始めた。
正義と興味、理性と渇望。その境界が曖昧に溶けていく。
そんなある日。
放課後の帰り道、辻は見てしまった。
街灯の光の下、その存在は人の形をしていたが、どこか人ではなかった。
薄く透き通った肌。かすかな光をこぼす胸元。息は弱く、まるで消えかけた灯のようだった。
黒八はその小さな命を見下ろし、躊躇うことなく言った。
「助けます」
その一言に、辻の胸がざらりと波打った。
誰もが恐れる異形のものに、何の見返りもなく手を差し出す――それが黒八空という少女だった。
あの存在は“太陽神”と呼ばれるもの。世界の“外”から取り込まれ、壊れかけていた光。
それを救うには、魂を新たな“器”へと移す必要があった。
黒八はその役目を、自ら引き受けたのだ。
その優しさも、その無謀さも、あまりに彼女らしかった。
――そして、その瞬間を見た辻の心は、決定的に歪んだ。
黒八空は、善人だった。
だからこそ、美しく、そして許せなかった。
黒八の善は、辻の中の闇をより濃くした。その輝きが強ければ強いほど、彼の刃は震えた。
「善人を、斬りたい」
その願いはやがて、ひとりの名を呟くほどにまで育っていた。
黒八空を、斬りたい。
そう思った時、辻は初めて自分の闇の“形”を知った。
それは、哀しみのようでもあり、恋のようでもあった。