【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

19 / 43
第十九話 鎌鼬の記憶

 辻颭(つじ せん)は、いつだって静かだった。

 教室の窓際に座れば、風の中へと溶けていくように存在が薄れ、放課後の校門では誰よりも早く人の群れから離れる。

 その外見は穏やかで、誰の目にも無害な少年に映っていただろう。

 

 けれど、その胸の奥には――絶えず疼く何かがあった。

 

 名づけるなら、それは“斬りたい”という衝動。

 理屈も意味もない。ただ、鋭く確かな欲求だけが彼を支配していた。

 

 最初は虫だった。

 翅の動きを止めるだけで、ほんの少しだけ心が静まる気がした。

 次に小さな動物。

 やがて、もう少し大きな命へと手を伸ばしていく。

 それでも彼は、人を傷つけることだけは避けていた。自分の中に巣くう「異質さ」を外へ吐き出すように、他の生き物でどうにか発散していたのだ。

 

 けれど――限界は、すぐに訪れた。

 

 中学に上がる頃、辻は人を選び始めた。

 夜の路地裏。

 噂話の中で「悪」と呼ばれる者たち。他人を踏みにじり、誰かを傷つける人間。

 辻は静かに、その影を断っていった。

 罪悪感はなかった。相手が悪である限り、それは“正しいこと”だと信じられたからだ。

 正義を掲げるその行為は、彼にとって己の衝動を正当化する免罪符のようなものだった。だからこそ、警察もⅩⅢも動かない。斬られたのが悪人ばかりなら、世界は沈黙を選ぶ。

 

 けれど――心は満たされなかった。

 刃を振るうたび、渇きは深くなり、次第に胸の中で何かがざわめき出す。

 “もっと”――と。

 それは好奇心にも似た願い。けれど、それ以上に、彼の中に流れる魔物の血が囁く声でもあった。

 

 そして、彼は一つの問いに辿り着く。

 

「もし、善い人を斬ったら……オレは、どうなるんだろう」

 

 その瞬間から、心の歯車はゆっくりと狂い始めた。

 正義と興味、理性と渇望。その境界が曖昧に溶けていく。

 

 そんなある日。

 放課後の帰り道、辻は見てしまった。

 

 黒八(くろや)空が、倒れた何かを抱き上げている姿を。

 街灯の光の下、その存在は人の形をしていたが、どこか人ではなかった。

 薄く透き通った肌。かすかな光をこぼす胸元。息は弱く、まるで消えかけた灯のようだった。

 黒八はその小さな命を見下ろし、躊躇うことなく言った。

 

「助けます」

 

 その一言に、辻の胸がざらりと波打った。

 誰もが恐れる異形のものに、何の見返りもなく手を差し出す――それが黒八空という少女だった。

 

 あの存在は“太陽神”と呼ばれるもの。世界の“外”から取り込まれ、壊れかけていた光。

 それを救うには、魂を新たな“器”へと移す必要があった。

 黒八はその役目を、自ら引き受けたのだ。

 その優しさも、その無謀さも、あまりに彼女らしかった。

 

 ――そして、その瞬間を見た辻の心は、決定的に歪んだ。

 

 黒八空は、善人だった。

 だからこそ、美しく、そして許せなかった。

 黒八の善は、辻の中の闇をより濃くした。その輝きが強ければ強いほど、彼の刃は震えた。

 

「善人を、斬りたい」

 

 その願いはやがて、ひとりの名を呟くほどにまで育っていた。

 黒八空を、斬りたい。

 そう思った時、辻は初めて自分の闇の“形”を知った。

 それは、哀しみのようでもあり、恋のようでもあった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。