【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
彼女の魂の奥底に眠る存在。
それは、遥か遠く、“外の世界”から来たものだ。
彼の故郷では、その存在を太陽神と呼んだ。
天を照らし、季節を巡らせ、命を芽吹かせる絶対者。かつては十柱の太陽が交代で空を渡り、世界に昼を分け与えていたという。
だが――ある日、ひとつの声が天に響いた。
太陽は、一つでいい。
それは人間の言葉だった。
文明を手にした者たちは、光の秩序を“制御”しようとしたのだ。
やがて太陽神たちは弾かれ、封じられ、墜とされた。天から追放された九柱。その中の一柱が、光を失いながら逃亡の果てにたどり着いたのが、この場所だった。
逃げても逃げても、夜は追ってくる。
肉体は裂け、光は血のように滴り、ついに世界の縁で力尽きた。
そして――落ちた。
世界と世界の狭間を通り抜け、この“新しい世界”の形成に巻き込まれる形で、彼は取り込まれたのだ。
時間軸が歪み、記憶は薄れ、気づけば荒れ果てた地でひとつの光が息絶えかけていた。
その時だった。
「大丈夫ですか?」
澄んだ声が、弱った彼の耳に届いた。
見上げると、そこに少女がいた。
風のように柔らかい髪、どこまでも真っ直ぐな瞳。
黒八空――この世界の少女だった。
彼女はためらわず、倒れ伏す太陽へと駆け寄った。
「放っておけ……直に、消える」
遠くで、少年の声が聞こえた。
けれど黒八は首を振った。
「そんな……そんなこと、できません!」
彼女は迷わなかった。
どんな危険があるかも分からず、ただ――助けたいと願ったのだ。
「あなたを助けるには、どうしたらいいですか?」
震える声で問う。
太陽は目を閉じ、しばらく沈黙した。
「……もう、遅い」
息をするたびに光が零れる。それでも黒八は彼の手を握りしめた。
「何か方法は、あるんでしょう?」
その言葉に、太陽は初めて顔を上げた。
その瞳には、微かな驚きと――温度があった。
「……なぜそこまで。見知らぬ他人のために?」
当然の疑問だった。
この世界で、そんな無償の行為をする者はほとんどいない。
黒八は少しだけ笑って言った。
「私、性善説を信じてるわけじゃないんです」
太陽はまばたきをした。意外な返答だった。
「でも――もし、目の前で子どもが井戸に落ちそうになったら、助けます」
「……他人の子でも?」
「もちろんです」
黒八はまっすぐに言い切った。
その声音は強く、けれど優しかった。
「私、たぶん、そういう人間なんです」
太陽は一瞬だけ息を漏らした。
それは笑いとも、ため息ともつかない音だった。
「……変な奴だな」
小さくこぼれた言葉に、黒八は微笑みを返した。
「方法は……あるには、ある」
「では!」
黒八が勢いよく身を乗り出す。その真剣な顔を見て、太陽はわずかに眉を下げた。
「勧めはしない。この身体はもう滅ぶ。だが、魂だけなら――お前の中に入ることはできる」
「魂を……?」
「お前が器となれば、オレはその中で生きられる。だが拒絶反応が起きれば……お前も死ぬぞ」
黒八は息をのむ。
それでも目を逸らさなかった。
「それでも――助けます」
即答だった。
迷いなど、一片もなかった。
太陽は目を細める。それは、遠い昔に見た“光”のような笑みだった。
「お前の中で眠るのも、悪くはないか……」
その言葉とともに、光が彼女を包み込む。
温かく、痛く、けれど穏やかな感覚。
こうして、黒八空の中に“太陽”が宿った。
そして今――彼は静かに彼女の中で息づいている。
元の世界に未練はない。
ならば、この世界で、空と共に生きよう。
それが、太陽の本心だった。