【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
風が止んだ。
黒い靄は焼かれ、夜の空へと溶けていく。
ただ、その中心に残ったのは――二つの影だけだった。
「……辻!」
地に伏した辻は目を閉じ、胸だけがかすかに上下していた。先ほどまでの狂気は跡形もない。ただ静かに、眠るように息をしている。
「もう……暴れてない、よな……」
震える手を伸ばし、彼の頬に触れる。熱い。けれど、その熱は――生きている証だった。
そのすぐ傍に、
太陽の紋様がまだ淡く光り、肌から微かな熱を放っている。呼吸は浅く、意識は遠のいていた。
「黒八!」
風悪がその肩を揺する。しかし返事はなかった。
「ッ……太陽の、反動……!」
宿した神の力を限界まで使った代償だ。暴走した“風”を鎮める代わりに、“光”の器である黒八の身体は、燃え尽きる寸前だった。
風悪は歯を食いしばる。どうすればいい。誰か、誰か来てくれ。
その時。
「なるほど、派手にやってくれたな」
低い声が、静まり返った夜気を裂いた。
振り向くと、黒いコートの男が立っていた。顔の下半分を覆う黒マスク――
「せ、先生……!」
風悪の声に続いて、もう一人の足音が近づく。
「……毎度毎度、後始末が大変だ」
黒髪をかき上げながら、
「これはもう、ⅩⅢの現場レベルだな」
「生徒同士の喧嘩で済む規模じゃないね」
二人の視線が、倒れた黒八と辻を交差する。
四月が素早く膝をつき、辻の状態を確認した。
「鎌鼬の血が暴走した形跡あり。……今は眠ってる」
「黒八のほうは?」
宮中が問うと、四月は眉をひそめた。
「太陽の力の使いすぎだ。熱量が異常値……体力の限界だ」
「……つまり、命の火が尽きかけてる、か」
短い沈黙が落ちる。
風悪の喉がひゅっと鳴った。
「先生、黒八は……!」
風悪の叫びに、宮中はゆっくりと歩み寄る。
「落ち着け。死なせはしない」
静かな声でそう言うと、黒八の額に手をかざした。指先が微かに光り、空気が震える。命の炎を安定させる、微弱な魔力制御だ。
「師──四月」
「了解」
四月は右手の端末を操作し、熱制御のプログラムを起動させた。光の粒が黒八の身体に散り、過剰な熱を奪っていく。呼吸がわずかに落ち着き、肌の色に血の気が戻る。
「よし……四月、そのまま。オレが転送を使う」
宮中はマスクを外した。
露わになった舌には、逆五芒星の魔方陣が刻まれている。彼は舌先を噛み、血を一滴地面へ落とした。
瞬間――青い光が地を走る。
逆五芒星を起点に、空間転送の陣が展開された。風が止まり、夜の音さえ凍りつく。
淡い光が辻と黒八の身体を優しく包み込む。まるで抱擁のように、静かで確かな力だった。
風悪はその光景を見つめながら、拳を握りしめた。
「オレが……もっと、止められていれば……」
自責の言葉が漏れる。
それを遮ったのは、四月の短い一言だった。
「後悔はするな。学べ」
冷たく聞こえる声の奥に、確かな優しさがあった。
「お前は“風”だろ。流れを止めることはできなくても、形を変えることはできる」
その言葉に、風悪は唇を噛み、そして――ゆっくりと頷いた。
「……うん」
結界の光が強まり、辻と黒八の身体が淡く光を引きながら消えていく。空間が閉じ、風が再び静寂を取り戻す。
「戻るぞ」
宮中の一言で、戦場だった街角に静けさが戻った。
風悪が見上げた夜空には、まだ薄い雲が残っている。
けれど――その切れ間から、確かに一筋の光が射していた。
翌日。
雨が降っていた。
しとしとと窓を叩く音が、教室の中に淡く響く。
いつもの朝――のはずだった。けれど、どこか空気が違う。
理由は明白だった。
辻と黒八の席が、空いている。
いつもは誰かの笑い声が聞こえる教室が、今日はやけに静かだった。
「昨日、大変だったって?」
机に突っ伏していた風悪に、
「……うん」
風悪は短く答えた。顔を上げないまま、雨音を聞いていた。
十三部の一員として。そして、友として。
あの夜、二人を助けられなかったことが胸に重くのしかかっていた。
何度も頭をよぎるのは、四月の言葉。
後悔はするな。学べ。
その一言が、まだ心の奥で熱を残している。
風悪は拳を握り、ぽつりと呟いた。
「……オレ、頑張るよ」
それは誰に向けた言葉でもなかった。ただ、自分自身に――誓うように。
夜騎士はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……ああ」
それ以上、言葉はなかった。
けれどその一言で、教室の静けさが少しだけやわらいだ気がした。
窓の外では、雨がまだ静かに降り続いている。
その音は、まるで風の代わりに“彼らの想い”を運んでいるかのようだった。