【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
光が揺れていた。
まぶたの裏に、暖かな色が差し込む。
けれど、それはどこか痛かった。光は優しく、なのに刺すように鋭い。
意識の底――現実ではない、どこか“内側の世界”だ。
そこは、無限に続く白い海。足元には波も砂もなく、ただ柔らかな光だけが満ちていた。
「……ここは?」
声を出した瞬間、空気が震え、光の中からひとつの影が形をとる。
金の髪。白い装束。太陽の紋を背負う青年。
黒八の中に宿る存在――太陽だった。
「来たか、空」
その声は静かで、どこか懐かしかった。夢のはずなのに、胸の奥が温かくなる。
「太陽さん……ここ、どこなんですか?」
「お前の中。オレが今、居る場所だ」
太陽の言葉に合わせて、光が脈動するように明滅する。
「……辻君は?」
「生きている」
その一言に、黒八の心がほどけた。
けれどすぐ、太陽は穏やかに続ける。
「だが、お前が払った代償は小さくない」
黒八は言葉を失う。
夢の中でも、自分の身体がまだ熱を持っているのを感じていた。
「あの……私は、間違えたんでしょうか」
静かな問い。太陽は首を横に振った。
「いいや。お前は“助けたい”と思って動いた。それは間違いじゃない。だが、光は照らすだけでは終わらない。強く輝くほど、影を生む」
「影……」
「お前の光が辻の闇を照らした。それが彼の“暴走”を呼び覚ましたんだ」
太陽の声は優しくも厳しい。
黒八の胸が締めつけられる。
「……私のせい、なんですか」
「違う。お前が照らしたからこそ、彼は“闇に飲まれずに済んだ”。それだけは、忘れるな」
太陽が微かに笑った。
「オレはもう少ししたら消える。そうすればお前は助かる――」
「……嫌です」
黒八は首を振る。夢の中なのに、涙がこぼれそうになる。
「あなたは、私の中で生きてる。消えてほしくない」
太陽は目を細め、微笑む。まるで本物の太陽のように、穏やかで温かい笑みだった。
「ならば、お前が覚えていろ。オレが見た空を。お前の見た風を。それが、オレの生きた証になる」
光がゆっくりと薄れていく。
白い海が朝焼けのように色づき、世界が揺れる。
「……もう、目を覚ませ。空」
太陽の声が遠ざかり、耳に届いたのは雨の音だった。
瞼を開けると、灰色の光がカーテン越しに差し込んでいる。
見慣れない天井。医療棟の部屋だ。
黒八は深く息を吐いた。手を見つめ、指を握る。
そこに、微かなぬくもりが残っていた。それは、太陽の記憶。そして――確かに、まだ生きている証だった。
医療棟の灯りだけが、校舎の闇の中で揺れていた。
隣のベッドには、黒八空の姿があった。
「……効いたな」
低く呟いたのは
ベッド脇のカートには、金色に光る小瓶がひとつ置かれている。中に残る液体は、
聖獣の系譜を引く王位だけが持つ再生因子。かつて
「先生……!」
黒八が目を開け、掠れた声を上げる。
宮中は静かにうなずき、ベッドに座る黒八へ短く視線を落とした。
「大丈夫だ、安心しろ」
黒八は小さく息をつき、安堵の表情を浮かべた。
数刻前、
黒い円卓を囲む数名の影。壁一面のモニターには、暴走後の現場映像が映し出されていた。
焦げた地面、裂けた街路樹、そして残留する魔素の反応。
「……“魔物の血をひく人間の末裔”。鎌鼬だけじゃない。今後も暴れる可能性が高いな」
白いスーツを纏った男――ⅩⅢの総指揮官が低く言う。指には黒い指輪が冷たく光っていた。
「失敗作どもめ。守るどころか暴走とは」
「根本から血が汚染されているんだ、当然だろう」
会議室がざわめく。誰もがその言葉にうなずき、沈んだ声を交わしていた。
その昔、ⅩⅢや警察の戦力不足を補うため、禁忌の研究が行われた。魔物の血と人を掛け合わせた人体実験。だが、実験体はほとんど暴走し処分された。一部だけが生き残り、今も血を継いでいるに過ぎない。
総指揮官は深いため息をつき、腕を組む。
「……やはり“あの計画”は黒歴史だ」
そのとき、宮中潤が椅子の背にもたれ、マスクの下で薄く笑った。
「人を“魔”と交わらせたのはお前らだろ。今さら失敗作呼ばわりとは、都合がいいな」
「なんだと?」
「末席ごときが口を慎め!」
怒号が飛ぶ。
だが宮中は動じず、視線を冷ややかに返す。
「……殺処分が妥当だ」
「同意する」
誰かが呟いた、その瞬間――。
「それだけはさせん」
静かに、だが鋭く。
四月レンが声を放った。その目には怒りと決意が宿っている。
「私の“クラスメイト”に手を出すな。たとえⅩⅢでも、殺すぞ」
会議室が凍りついた。
空気が重く沈み、誰も言葉を継げない。
宮中が口を開く。
「……師、いや、四月」
「抑えてください。あなたが本気を出せば、ここは……」
「分かってる」
四月は短く答え、椅子から立ち上がる。
総指揮官がため息をつきながら肩を落とした。
「……まったく。あなたには毎度頭が上がりませんからね。クラスメイトの件は、一任します」
四月は小さく微笑んだ。
「配慮に感謝します」
それだけ告げて、彼女は背を向けた。
会議室に静寂が訪れる。モニターの光だけが、壁に影を落とす。
雨の音が遠くの窓を叩き、そのリズムが重なっていく。
まるで――誰かの鼓動のように。静かで、確かな、生の証を刻みながら。