【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

23 / 44
第二十三話 夢の中の太陽

 光が揺れていた。

 

 まぶたの裏に、暖かな色が差し込む。

 けれど、それはどこか痛かった。光は優しく、なのに刺すように鋭い。

 

 黒八(くろや)空は、深い眠りの中にいた。

 意識の底――現実ではない、どこか“内側の世界”だ。

 そこは、無限に続く白い海。足元には波も砂もなく、ただ柔らかな光だけが満ちていた。

 

「……ここは?」

 

 声を出した瞬間、空気が震え、光の中からひとつの影が形をとる。

 金の髪。白い装束。太陽の紋を背負う青年。

 黒八の中に宿る存在――太陽だった。

 

「来たか、空」

 

 その声は静かで、どこか懐かしかった。夢のはずなのに、胸の奥が温かくなる。

 

「太陽さん……ここ、どこなんですか?」

「お前の中。オレが今、居る場所だ」

 

 太陽の言葉に合わせて、光が脈動するように明滅する。

 

「……辻君は?」

「生きている」

 

 その一言に、黒八の心がほどけた。

 けれどすぐ、太陽は穏やかに続ける。

 

「だが、お前が払った代償は小さくない」

 

 黒八は言葉を失う。

 夢の中でも、自分の身体がまだ熱を持っているのを感じていた。

 

「あの……私は、間違えたんでしょうか」

 

 静かな問い。太陽は首を横に振った。

 

「いいや。お前は“助けたい”と思って動いた。それは間違いじゃない。だが、光は照らすだけでは終わらない。強く輝くほど、影を生む」

「影……」

「お前の光が辻の闇を照らした。それが彼の“暴走”を呼び覚ましたんだ」

 

 太陽の声は優しくも厳しい。

 黒八の胸が締めつけられる。

 

「……私のせい、なんですか」

「違う。お前が照らしたからこそ、彼は“闇に飲まれずに済んだ”。それだけは、忘れるな」

 

 太陽が微かに笑った。

 

「オレはもう少ししたら消える。そうすればお前は助かる――」

「……嫌です」

 

 黒八は首を振る。夢の中なのに、涙がこぼれそうになる。

 

「あなたは、私の中で生きてる。消えてほしくない」

 

 太陽は目を細め、微笑む。まるで本物の太陽のように、穏やかで温かい笑みだった。

 

「ならば、お前が覚えていろ。オレが見た空を。お前の見た風を。それが、オレの生きた証になる」

 

 光がゆっくりと薄れていく。

 白い海が朝焼けのように色づき、世界が揺れる。

 

「……もう、目を覚ませ。空」

 

 太陽の声が遠ざかり、耳に届いたのは雨の音だった。

 

 瞼を開けると、灰色の光がカーテン越しに差し込んでいる。

 見慣れない天井。医療棟の部屋だ。

 黒八は深く息を吐いた。手を見つめ、指を握る。

 そこに、微かなぬくもりが残っていた。それは、太陽の記憶。そして――確かに、まだ生きている証だった。

 

 医療棟の灯りだけが、校舎の闇の中で揺れていた。

 辻颭(つじ せん)は静かに寝息を立てていた。顔色はまだ悪いが、呼吸は安定している。

 隣のベッドには、黒八空の姿があった。

 

「……効いたな」

 

 低く呟いたのは宮中(みやうち)潤。

 ベッド脇のカートには、金色に光る小瓶がひとつ置かれている。中に残る液体は、王位富(おうい とみ)の“角”から精製された特効薬だ。

 聖獣の系譜を引く王位だけが持つ再生因子。かつて夜騎士(よぎし)凶を救うために彼が折った“見えざる角”が、魔の残滓を浄化し、暴走を鎮めたのだ。

 

「先生……!」

 

 黒八が目を開け、掠れた声を上げる。

 宮中は静かにうなずき、ベッドに座る黒八へ短く視線を落とした。

 

「大丈夫だ、安心しろ」

 

 黒八は小さく息をつき、安堵の表情を浮かべた。

 

 数刻前、ⅩⅢ(サーティーン)本部・第一会議室。

 

 黒い円卓を囲む数名の影。壁一面のモニターには、暴走後の現場映像が映し出されていた。

 焦げた地面、裂けた街路樹、そして残留する魔素の反応。

 

「……“魔物の血をひく人間の末裔”。鎌鼬だけじゃない。今後も暴れる可能性が高いな」

 

 白いスーツを纏った男――ⅩⅢの総指揮官が低く言う。指には黒い指輪が冷たく光っていた。

 

「失敗作どもめ。守るどころか暴走とは」

「根本から血が汚染されているんだ、当然だろう」

 

 会議室がざわめく。誰もがその言葉にうなずき、沈んだ声を交わしていた。

 その昔、ⅩⅢや警察の戦力不足を補うため、禁忌の研究が行われた。魔物の血と人を掛け合わせた人体実験。だが、実験体はほとんど暴走し処分された。一部だけが生き残り、今も血を継いでいるに過ぎない。

 総指揮官は深いため息をつき、腕を組む。

 

「……やはり“あの計画”は黒歴史だ」

 

 そのとき、宮中潤が椅子の背にもたれ、マスクの下で薄く笑った。

 

「人を“魔”と交わらせたのはお前らだろ。今さら失敗作呼ばわりとは、都合がいいな」

「なんだと?」

「末席ごときが口を慎め!」

 

 怒号が飛ぶ。

 だが宮中は動じず、視線を冷ややかに返す。

 四月(しづき)レンは無言で腕を組み、成り行きを見守っていた。

 

「……殺処分が妥当だ」

「同意する」

 

 誰かが呟いた、その瞬間――。

 

「それだけはさせん」

 

 静かに、だが鋭く。

 四月レンが声を放った。その目には怒りと決意が宿っている。

 

「私の“クラスメイト”に手を出すな。たとえⅩⅢでも、殺すぞ」

 

 会議室が凍りついた。

 空気が重く沈み、誰も言葉を継げない。

 宮中が口を開く。

 

「……師、いや、四月」

「抑えてください。あなたが本気を出せば、ここは……」

「分かってる」

 

 四月は短く答え、椅子から立ち上がる。

 総指揮官がため息をつきながら肩を落とした。

 

「……まったく。あなたには毎度頭が上がりませんからね。クラスメイトの件は、一任します」

 

 四月は小さく微笑んだ。

 

「配慮に感謝します」

 

 それだけ告げて、彼女は背を向けた。

 会議室に静寂が訪れる。モニターの光だけが、壁に影を落とす。

 雨の音が遠くの窓を叩き、そのリズムが重なっていく。

 まるで――誰かの鼓動のように。静かで、確かな、生の証を刻みながら。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。