【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第二十五話 それぞれの戦場

 生徒たちの悲鳴が、狭い廊下を満たしていた。

 押し寄せる人の波。逃げようとする者、立ち止まる者、泣き出す者。混乱はまるで津波のように校舎を呑み込んでいた。

 

 妃愛主(きさき あいす)三井野燦(みいの さん)は、避難誘導のために走り出していた。だが、押し合う生徒たちの波が壁のように立ちはだかり、近づくことすら難しい。

 そのとき、妃のポケットのスマホが震えた。画面には一ノ瀬さわらからの短いメッセージ。

 

 ――『異能で』

 

 たった三文字。けれど、それだけで二人はハッとした。

 

「……そうか!」

 

 妃が息をのむ。

 彼女の瞳が妖しく光った。“魅了”――対象は異性に限られるが、その強制力は心を静め、命令を通すに足る力を持つ。

 そして三井野の“歌”には、聴く者の心を安定させ、高揚させる力が宿っている。

 

「燦、歌って!」

「うん!」

 

 三井野が大きく息を吸い込み、柔らかな旋律を響かせる。

 その声が雨音と混ざり、校舎全体を包み込むように広がった。

 同時に妃が声を張り上げる。動揺していた男子生徒たちの動きが、糸が切れたように止まった。

 

「落ち着いて。先生たちの指示に従って避難して」

 

 妃の声が廊下に届く。

 その瞬間、生徒たちは憑き物が落ちたように整列し始め、次第に秩序を取り戻していった。

 

「……よし」

 

 安堵の息が漏れる。

 しかし、次の瞬間――。

 爆音。壁の一部が破壊され、破片がこちらへ飛んできた。

 

「きゃっ!」

 

 三井野が思わず目を閉じた瞬間、光が走った。

 眼前に展開されたのは透明な壁――結界だ。

 

「防御は任せてください」

 

 七乃朝夏(ななの あさか)が両手を掲げ、精霊の力で防御結界を張っていた。彼女の背後に光の精霊が浮かび、爆風を弾き返す。

 

「ありがとう、七乃さん!」

「お役目ですわ」

 

 その外側、破壊の元凶――。

 風悪(ふうお)夜騎士(よぎし)、王位の三人が、暴徒化した生徒たちと交戦していた。

 “魔”に取り憑かれた彼らの瞳は赤く濁り、獣のような叫び声を上げながら突進してくる。

 王位の光の剣が閃き、風悪の風がそれを加速させ、夜騎士の黒い鱗が攻撃を弾く。

 三人の動きは正確で無駄がなく、まるで訓練された部隊のようだった。

 ──だが、戦いはまだ終わらない。

 

「この程度でパニクって暴走って……」

 

 廊下の後方、スマホを操作しながら五戸(いつと)このしろがぼそりと呟いた。

 画面の中では、ゲームのキャラガチャを無限に回している。

 

「だから人間を見るのは面白いんだよ」

 

 隣で六澄(むすみ)わかしが、無表情のまま言った。その口調はいつも通り冷たい。

 

「何楽しんでんの。お前も働け」

「このしろこそ」

 

 小さな言い争いが生まれる。だが、それも恐怖を紛らわせるための“いつも通り”だった。

 その少し離れた場所で、一ノ瀬さわらはスマホを強く握り締めていた。魔の存在に怒りを覚えながらも、冷静に周囲を観察している。

 

「かじかは! 応急セットの絵を描きます!」

 

 鳩絵(はとえ)かじかが叫び、スケッチブックを広げた。

 描かれていくのは包帯、消毒液、医療箱。ペン先から生まれた絵が淡い光を放ち、次の瞬間、実体を持って現れる。

 

「すご……」

 

 周囲が息を呑む中、かじかは次々と道具を描き出し、積み上げていく。

 

『私が配る』

 

 一ノ瀬が短く呟き、指先を動かした。

 菌糸が床を走り、応急セットを生徒たちのもとへ運んでいく。

 二階堂もまた、その流れに加わった。

 

「怪我人は!? こっちに!」

 

 彼は走りながら、負傷した生徒を支え、搬送経路を確保していた。

 誰もがそれぞれの持ち場で動いていた。

 戦う者、守る者、助ける者。

 十三部の“戦場”は、教室の中にも確かにあった。

 雨が校舎の外壁を叩く音が、やけに遠く聞こえる。風悪たちの戦闘音と混じり合い、まるで世界がひとつの鼓動になったようだった。

 

 戦いは、まだ続いている。

 一方その頃。

 避難経路とは反対側の廊下では、風悪・夜騎士・王位の三人が数名の暴走者と交戦し続けていた。

 

 咆哮。

 暴徒の一人が腕を振り上げ、衝撃波を放つ。空気が裂け、壁が爆ぜた。

 

「くっ……!」

 

 風悪が即座に風を操り、目の前に“壁”を作る。風圧が衝撃を相殺し、巻き上がる砂埃を押し返した。

 

「背中は任せた!」

 

 夜騎士が短く叫ぶ。

 その身体から青黒い影が噴き上がる――鯱の尾のような形状へと変化し、彼はその尾を使い、床を蹴って一気に間合いを詰めた。

 尾が振るわれる。唸りを上げ、暴徒の身体を弾き飛ばす。

 だが、夜騎士の背後にもう一人。暴走した生徒が咆哮を上げ、爪を伸ばして襲いかかった。

 

「後ろ!」

 

 その叫びと同時に、光が走った。

 王位の手に顕現した光の剣が、一直線にその暴徒を切り裂く。

 残滓の光が空気を裂き、雨粒を照らす。

 

「制圧完了?」

 

 風悪が息を吐く。

 

「ああ!」

 

 夜騎士が短く答え、尾を消した。

 瓦礫が崩れ落ちるが、風悪の風が即座に二人を包み込み、衝撃を和らげる。

 ほんの一瞬、戦場に静寂が戻った。

 

「宿泊研修の時といい、すまんな」

 

 聞き慣れた低い声。

 窓の外から黒い影が舞い降りた。

 

「先生!」

宮中(みやうち)……!」

 

 宮中潤が割れた窓枠を跨いで入ってくる。黒い瞳だけが鋭く光っていた。

 

「そっち、終わったのかよ?」

 

 夜騎士が問う。

 

「オレの方は……な」

 

 宮中の返しに、王位が顔を上げる。

 

「ってことは、四月(しづき)はまだ──」

 

 宮中は黙って頷いた。

 

 四月レンは、騒動の“核”がある第二地区へと向かっていた。

 “魔”によって暴走した者たちが、まるで軍勢のように列をなし、暗い空の下で不気味な統制を見せていた。

 

「まとまってくれるなら、やりやすい」

 

 四月は冷静に呟き、右手を掲げる。

 雷鳴が轟き、光が走る。次の瞬間、空から無数の電撃が降り注いだ。

 爆音が鳴り響く。

 雷の閃光が群れを貫き、地を焼く。人影が次々に崩れ落ち、焦げた匂いが立ちこめた。

 

「……これで、終わりか」

 

 四月は冷静に辺りを見渡す。

 倒れた者たちの中に、ひとりだけ立ちすくむ男がいた。

 目は赤く濁り、皮膚には黒い紋様が走っている。

 犯人の男は、魔物の血を引く一族の末裔だった。“魔”にその血が反応し、抑え込んでいた獣性が解き放たれたのだ。理性を失った彼は、周囲を巻き込みながら暴走していた。

 四月の瞳が、目の前の男の時間を遡る。〈過去視〉の異能が、彼がここに至るまでの経緯を瞬時に脳裏へと焼き付けた。

 

 だが――躊躇いは一片もなかった。

 

 彼女はⅩⅢ。

 制圧こそが使命であり、救済は義務ではない。相手が“人間”であろうと、“魔”に堕ちた時点で、討つべき対象となる。

 そして今回の相手は、クラスメイトではなかった。

 だから、迷う理由も――なかった。

 

「私は、仲間のためなら――」

 

 小さく呟き、指先に雷光を集める。

 雷が唸りを上げ、地面を焼く音が響く。

 次の瞬間、彼女の掌から閃光が放たれた。

 

 咆哮も、叫びも、すべてが一瞬で掻き消える。

 視界を埋めるのは、白く塗りつぶされた光の奔流。

 

 静寂。

 

 雷鳴が止み、煙の中にただ一人、四月だけが立っていた。

 焦げた匂いと雨の音が交わり、夜の空が沈黙する。

 

「……私は、味方のためなら悪にもなる」

 

 その呟きは、降り出した雨に溶けていった。

 誰もいない戦場で、ただ一人の少女が立ち尽くす。

 雷に照らされたその背中には――ほんの僅かな、悲しみの影があった。

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