【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
生徒たちの悲鳴が、狭い廊下を満たしていた。
押し寄せる人の波。逃げようとする者、立ち止まる者、泣き出す者。混乱はまるで津波のように校舎を呑み込んでいた。
そのとき、妃のポケットのスマホが震えた。画面には一ノ瀬さわらからの短いメッセージ。
――『異能で』
たった三文字。けれど、それだけで二人はハッとした。
「……そうか!」
妃が息をのむ。
彼女の瞳が妖しく光った。“魅了”――対象は異性に限られるが、その強制力は心を静め、命令を通すに足る力を持つ。
そして三井野の“歌”には、聴く者の心を安定させ、高揚させる力が宿っている。
「燦、歌って!」
「うん!」
三井野が大きく息を吸い込み、柔らかな旋律を響かせる。
その声が雨音と混ざり、校舎全体を包み込むように広がった。
同時に妃が声を張り上げる。動揺していた男子生徒たちの動きが、糸が切れたように止まった。
「落ち着いて。先生たちの指示に従って避難して」
妃の声が廊下に届く。
その瞬間、生徒たちは憑き物が落ちたように整列し始め、次第に秩序を取り戻していった。
「……よし」
安堵の息が漏れる。
しかし、次の瞬間――。
爆音。壁の一部が破壊され、破片がこちらへ飛んできた。
「きゃっ!」
三井野が思わず目を閉じた瞬間、光が走った。
眼前に展開されたのは透明な壁――結界だ。
「防御は任せてください」
「ありがとう、七乃さん!」
「お役目ですわ」
その外側、破壊の元凶――。
“魔”に取り憑かれた彼らの瞳は赤く濁り、獣のような叫び声を上げながら突進してくる。
王位の光の剣が閃き、風悪の風がそれを加速させ、夜騎士の黒い鱗が攻撃を弾く。
三人の動きは正確で無駄がなく、まるで訓練された部隊のようだった。
──だが、戦いはまだ終わらない。
「この程度でパニクって暴走って……」
廊下の後方、スマホを操作しながら
画面の中では、ゲームのキャラガチャを無限に回している。
「だから人間を見るのは面白いんだよ」
隣で
「何楽しんでんの。お前も働け」
「このしろこそ」
小さな言い争いが生まれる。だが、それも恐怖を紛らわせるための“いつも通り”だった。
その少し離れた場所で、一ノ瀬さわらはスマホを強く握り締めていた。魔の存在に怒りを覚えながらも、冷静に周囲を観察している。
「かじかは! 応急セットの絵を描きます!」
描かれていくのは包帯、消毒液、医療箱。ペン先から生まれた絵が淡い光を放ち、次の瞬間、実体を持って現れる。
「すご……」
周囲が息を呑む中、かじかは次々と道具を描き出し、積み上げていく。
『私が配る』
一ノ瀬が短く呟き、指先を動かした。
菌糸が床を走り、応急セットを生徒たちのもとへ運んでいく。
二階堂もまた、その流れに加わった。
「怪我人は!? こっちに!」
彼は走りながら、負傷した生徒を支え、搬送経路を確保していた。
誰もがそれぞれの持ち場で動いていた。
戦う者、守る者、助ける者。
十三部の“戦場”は、教室の中にも確かにあった。
雨が校舎の外壁を叩く音が、やけに遠く聞こえる。風悪たちの戦闘音と混じり合い、まるで世界がひとつの鼓動になったようだった。
戦いは、まだ続いている。
一方その頃。
避難経路とは反対側の廊下では、風悪・夜騎士・王位の三人が数名の暴走者と交戦し続けていた。
咆哮。
暴徒の一人が腕を振り上げ、衝撃波を放つ。空気が裂け、壁が爆ぜた。
「くっ……!」
風悪が即座に風を操り、目の前に“壁”を作る。風圧が衝撃を相殺し、巻き上がる砂埃を押し返した。
「背中は任せた!」
夜騎士が短く叫ぶ。
その身体から青黒い影が噴き上がる――鯱の尾のような形状へと変化し、彼はその尾を使い、床を蹴って一気に間合いを詰めた。
尾が振るわれる。唸りを上げ、暴徒の身体を弾き飛ばす。
だが、夜騎士の背後にもう一人。暴走した生徒が咆哮を上げ、爪を伸ばして襲いかかった。
「後ろ!」
その叫びと同時に、光が走った。
王位の手に顕現した光の剣が、一直線にその暴徒を切り裂く。
残滓の光が空気を裂き、雨粒を照らす。
「制圧完了?」
風悪が息を吐く。
「ああ!」
夜騎士が短く答え、尾を消した。
瓦礫が崩れ落ちるが、風悪の風が即座に二人を包み込み、衝撃を和らげる。
ほんの一瞬、戦場に静寂が戻った。
「宿泊研修の時といい、すまんな」
聞き慣れた低い声。
窓の外から黒い影が舞い降りた。
「先生!」
「
宮中潤が割れた窓枠を跨いで入ってくる。黒い瞳だけが鋭く光っていた。
「そっち、終わったのかよ?」
夜騎士が問う。
「オレの方は……な」
宮中の返しに、王位が顔を上げる。
「ってことは、
宮中は黙って頷いた。
四月レンは、騒動の“核”がある第二地区へと向かっていた。
“魔”によって暴走した者たちが、まるで軍勢のように列をなし、暗い空の下で不気味な統制を見せていた。
「まとまってくれるなら、やりやすい」
四月は冷静に呟き、右手を掲げる。
雷鳴が轟き、光が走る。次の瞬間、空から無数の電撃が降り注いだ。
爆音が鳴り響く。
雷の閃光が群れを貫き、地を焼く。人影が次々に崩れ落ち、焦げた匂いが立ちこめた。
「……これで、終わりか」
四月は冷静に辺りを見渡す。
倒れた者たちの中に、ひとりだけ立ちすくむ男がいた。
目は赤く濁り、皮膚には黒い紋様が走っている。
犯人の男は、魔物の血を引く一族の末裔だった。“魔”にその血が反応し、抑え込んでいた獣性が解き放たれたのだ。理性を失った彼は、周囲を巻き込みながら暴走していた。
四月の瞳が、目の前の男の時間を遡る。〈過去視〉の異能が、彼がここに至るまでの経緯を瞬時に脳裏へと焼き付けた。
だが――躊躇いは一片もなかった。
彼女はⅩⅢ。
制圧こそが使命であり、救済は義務ではない。相手が“人間”であろうと、“魔”に堕ちた時点で、討つべき対象となる。
そして今回の相手は、クラスメイトではなかった。
だから、迷う理由も――なかった。
「私は、仲間のためなら――」
小さく呟き、指先に雷光を集める。
雷が唸りを上げ、地面を焼く音が響く。
次の瞬間、彼女の掌から閃光が放たれた。
咆哮も、叫びも、すべてが一瞬で掻き消える。
視界を埋めるのは、白く塗りつぶされた光の奔流。
静寂。
雷鳴が止み、煙の中にただ一人、四月だけが立っていた。
焦げた匂いと雨の音が交わり、夜の空が沈黙する。
「……私は、味方のためなら悪にもなる」
その呟きは、降り出した雨に溶けていった。
誰もいない戦場で、ただ一人の少女が立ち尽くす。
雷に照らされたその背中には――ほんの僅かな、悲しみの影があった。