【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
翌日。
水無月のはじまり。
けれど、澄んだ空気の中に漂うのは、妙な静けさ――
昨日までの嵐とは違う、重く張りつめた「不穏さ」だった。
三人は早朝の教室で集まり、ひとつの決断を下していた。
「……行くぞ、
夜騎士の言葉に、風悪は迷いなく頷いた。
あの赤い文字、そして三井野襲撃――すべての糸が、
「無茶はしないでくださいね……」
けれど止めはしなかった。
彼女もまた、“仲間”の想いを理解していたからだ。
放課後、三人は学園を出て、海皇高校へと向かう。
──海皇高校、校門前。
鉄製の門柱には波の紋章が刻まれている。
昼を過ぎても校舎はざわめき、制服姿の生徒たちが出入りしていた。
その中で、夜騎士たちは堂々と校門をくぐる。
目的はただひとつ。
――海豚悪天との接触。
「悪天はどこだ」
夜騎士の鋭い声が廊下に響いた。
しかし、返ってきたのは拍子抜けするような言葉だった。
「海豚君なら、昨日から見てないよ」
「あー、確かに。来てない」
海皇高校の生徒たちが、次々にそう口にする。
ざわつく声の中で、ひとりの男子生徒が夜騎士を見て眉を上げた。
「ってか……
「しゃちひ?」
風悪が首をかしげる。
「あー、親が離婚する前の苗字」
夜騎士が淡々と返す。
その軽さに、風悪は戸惑いを隠せなかった。
「離婚……え、なんでそんな軽く……」
風悪は思わず言葉を漏らす。
夜騎士の中で“家族”という言葉がどこか遠いことを、
姉の話を聞いたときにも感じていたからだ。
「そっか、苗字変わったんだっけ。ごめん、ごめん」
海皇高校の生徒は慌てて言い直す。
この海皇高校は、夜騎士たちの出身校――海王中学からの進学者が多い。
彼を知る者は、少なくなかった。
「どこに居るか、わかる?」
王位が落ち着いた声で問いかける。
だが、返ってきたのは曖昧な返事だけだった。
「さあ……見かけてないし」
沈黙が落ちた。
夜騎士はしばし空を見上げ、深く息を吐いた。
「……そうか」
そして、ゆっくりと生徒たちに向き直る。
その瞳の奥には、静かに燃える炎が宿っていた。
「じゃあ、あいつが戻ってきたら――“よろしく”って伝えてくれ」
その声は、低く冷たく、それでいて確かな怒りを帯びていた。
風が校門を抜け、校庭の旗を揺らす。
止んだはずの雨雲が、再び空を覆い始めていた。
「どう思う?」
海皇高校を後にし、薄曇りの空の下で風悪が問いかけた。
その声にはわずかな苛立ちと戸惑いが混ざっていた。
「海豚悪天……何がしたいんだ?」
風悪には理解できなかった。
暴走でも支配でもない。
ただ、誰かを痛めつけ、壊すことを楽しんでいるように思えた。
「多分――潜んで、次の手を打とうとしている」
王位富が静かに答えた。
その声は冷たく、確信めいていた。
横で夜騎士が短く頷く。
「奴はそういうタイプだ。正面から来ない」
そして三人は言葉を交わさず、それぞれの帰路についた。
曇天の隙間から、一筋の夕陽が沈みかけていた。
人気の少ない住宅街を、風悪はひとり歩いていた。
アパートまであと数分。
湿った風が髪を揺らし、羽のような翅をくすぐる。
その時――
背筋に、冷たい気配が走った。
「……誰?」
振り返ると、通りの奥に“影”が立っていた。
黒いフードを深くかぶり、顔は見えない。
次の瞬間、影が手を上げる。
――空気が裂けた。
黒い無数の茨が、風悪の方へと奔った。
ソニックブームを伴うほどの速度で。
「くっ!」
風悪は即座に風を展開。
突風の壁が茨を受け止める――が、次の瞬間、
茨は音を裂くようにその壁を破壊し、押し込んでくる。
土煙が上がり、地面が抉れた。
「安心して。殺しまではしないから♪」
軽やかな声が響く。
風がフードをめくり上げ、少女の顔が露わになった。
――
海豚悪天の駒の一人。
その右手が振り下ろされると同時に、足元の影から黒い茨が再び溢れ出した。
「
風悪は息を切らしながら風を纏う。
地面を蹴り、風を足元に集中。
風が一瞬にして反発し、彼の身体を宙へと押し上げた。
空中で風を収束させ、勢いのまま下方へ突き出す。
「――吹き飛べッ!」
渦を巻く突風が地上へ叩きつけられる。
地面が唸りを上げ、魚ノ目を中心に砂塵が爆ぜた。
「ふふ……なるほど、ね」
魚ノ目は黒い茨を盾のように身の回りに展開し、防御する。
突風が茨を裂き、風と黒の破片が空中で交差した。
(防がれた……!)
風悪が着地と同時に次の風を練ろうとした――その背後。
「後ろがあいてるよ?」
軽い声。
だが、ぞっとするほど冷たい響きだった。
振り返るより早く、背中に衝撃が走る。
「――ッ!」
風悪の身体が宙を舞い、壁に叩きつけられた。
肺の奥まで震えるほどの衝撃。
立っていたのは、金髪を揺らす少年。
瞳にダイヤ型の燐光を宿し、口元には無邪気な笑み。
海豚悪天。
「初めまして、凶君のお友達」
軽やかな声。
しかし、その笑顔には明確な“悪意”があった。
次の瞬間、
空気が震えた。
見えない衝撃波が風悪を直撃する。
鼓膜が破れ、視界が白く弾けた。
地面が揺れる。身体が動かない。
海豚悪天はその場にしゃがみ込み、無邪気に笑った。
「風を斬るのって、意外と気持ちいいんだね」
風悪は何も返せなかった。
痛みと、恐怖と、怒りだけが胸を焼く。
夜の風が、倒れた風悪の髪を揺らしていった。
そして海豚悪天と魚ノ目憂の影は、
そのまま闇の奥へと溶けていった――。