【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第三十三話 四人目

 空は夕焼けと夜の境目にあった。

 雨上がりの校舎には、水の匂いと蛍光灯の光が混じり合い、どこか湿った静けさが漂っている。

 

 風悪は屋上へと続く階段を上っていた。

 目的の相手は、すでにそこにいる。

 

 屋上のドアを開けると、風がひとしきり吹き抜けた。

 夕陽の光の中、フェンスの向こうを見つめる少女の背中。

 一ノ瀬さわらだった。

 

「やっぱり、ここにいた」

 

 風悪(ふうお)が声をかける。

 一ノ瀬は振り返らず、ただ風に髪を揺らしながら空を見ていた。

 

「……一ノ瀬、聞いてくれ」

 

 風悪が口を開こうとしたその時、背後から軽い声が響く。

 

「あんたさ、迷惑だっての」

 

 五戸(いつと)このしろだった。

 屋上の扉のところで、スマホを握りしめたまま立っている。

 

「迷惑?」

「さわらちゃんも暇じゃないの」

 

 冷ややかな言葉。

 屋上の空気が、少しだけ張りつめた。

 

「いいじゃん、別に」

 

 静かな声が重なる。

 無表情のまま、六澄(むすみ)わかしが五戸の背後から顔を出していた。

 

 一ノ瀬は振り返らず、声のする方へ視線だけを向ける。

 その目に一瞬だけ、六澄の意図を探るような光が宿った。

 

「六澄……」

「わかし、何言ってんの!?」

 

 風悪と五戸が同時に声を上げる。

 

「だって、その方が面白い」

 

 六澄は変わらぬ無表情のまま、淡々と答えた。

 

「まあまあ、話ぐらい聞いてあげてもいいんじゃ?」

 

 さらに後方から、鳩絵(はとえ)かじかが顔をのぞかせた。

 スケッチブックを小脇に抱えながら、ぽつりとそう言う。

 

 風悪は息を整え、改めて一ノ瀬の方へ向き直った。

 

「昼休みに言いそびれたけど……オレたち、決闘することになったんだ。

 相手が、四人じゃなきゃダメって……」

 

 一ノ瀬は静かに聞いていた。

 風悪の声には焦りと真剣さが入り混じっている。

 

「しかも、“女子を一人入れること”って条件まで出されてさ」

 

 風悪はバツが悪そうに俯いた。

 夕陽が彼の肩を照らす。

 

「それで、さわらちゃんに……でもダメだから」

 

 五戸が即座に遮る。

 その声には焦りと怒りが滲んでいた。

 

「何でっ」

 

 風悪が反論しかけた瞬間――

 

「忙しいって……こっちだって“魔”関連で──」

 

 五戸の言葉が途中で途切れた。

 スマホの画面が震え、通知音が鳴ったのだ。

 

 一ノ瀬からのメッセージだった。

 

『そっちは任せる』

 

 短く、それだけ。

 

「さわらちゃん!」

 

 五戸が叫ぶ。

 一ノ瀬はようやく振り向き、静かに風悪を見た。

 

 再び画面が光る。

 続いてメッセージが届いた。

 

『私は許せないと思った。“魔”の影響だからって、三井野さんたちを傷つけた。

 それは私にとって、耐え難い屈辱』

 

 五戸の目が見開かれる。

 

 一ノ瀬は無言でポケットにスマホを戻した。

 鼻と首にある古傷が、薄く光を反射していた。

 

 ――かつて“魔”の影響で、友を失った。

 その痛みが、今も消えていない。

 だからこそ、彼女は誰よりも“魔”を憎み、

 誰よりもその存在を許せなかった。

 

 普段は放課後、五戸たちと共に独自に“魔”の痕跡を追っていた。

 だが今回は、違う。

 三井野が襲われ、風悪までも傷ついた。

 もう黙ってはいられない――そう判断した。

 

「……一ノ瀬」

 

 風悪が一ノ瀬を見つめながら、静かに呟く。

 一ノ瀬の肩は小さく震えていた。

 それが怒りなのか、悲しみなのか、彼には分からなかった。

 

 ただ、その背に確かな決意の影を見た。

 

(……これだから、人間は面白い)

 

 屋上の端でそれを見ていた六澄が、無表情のまま心の中で呟いた。

 

 風が、彼女の髪を淡く揺らす。

 

 沈む夕陽が、五人の影を長く伸ばしていた。

 

 

 ──特別対策室。

 

 日もすっかり沈み、窓の外は群青色の闇に包まれていた。

 蛍光灯の白い光だけが、五人の影を無言に照らしている。

 

「……いいんだな、一ノ瀬」

 

 四月(しづき)レンが冷静に問う。

 机に両手をつき、正面の少女を見据える。

 

 一ノ瀬さわらは静かにこくりと頷いた。

 その瞳に迷いはなかった。

 

「では内容を改めて提出する」

 

 四月は短く告げると、端末に指を滑らせた。

 ディスプレイには「決闘申請:切ノ札(きりのふだ)学園 vs 海皇(かいおう)高校」の文字が表示される。

 四月の冷静な声が、無機質な電子音に溶けていった。

 

「一ノ瀬、ありがとう」

 

 風悪が静かに言葉をかける。

 一ノ瀬は小さく頷くだけで、何も言わなかった。

 その沈黙が、彼女の決意を雄弁に物語っていた。

 

「にしてもさ、風悪。一ノ瀬を選ぶなんてな!」

 

 夜騎士(よぎし)凶が、少し笑みを含んだ声で言った。

 緊張の空気が、ほんの少しだけ緩む。

 

 黒八(くろや)空が、隣で何かを察したように「うんうん」と頷いている。

 その様子を見て、風悪は首を傾げた。

 

「君ら……もしかして、男女の仲だと思ってる?」

 

 王位富が目を閉じたまま、確信を突くように言った。

 夜騎士と黒八が同時に頷く。

 

「いやいやいや! 何でそうなる!?」

 

 風悪が慌てて声を上げる。

 手をばたつかせながら否定する姿に、夜騎士が吹き出した。

 

「落ち着けよ、冗談だって」

「……顔、真っ赤ですよ」

 

 黒八が小声でつぶやくと、王位は静かにため息をついた。

 

「……まあ、そういう信頼関係があるのは悪いことじゃない」

 

 王位の一言で、場の空気が少し落ち着く。

 

 風悪は息を整え、真剣な眼差しに戻った。

 

「オレは、一ノ瀬なら協力してくれると思っただけだ。

 ……夢の中で、何度も話したことがあるんだ」

 

 その言葉に、全員の視線が風悪へと向く。

 

「夢?」

 

 夜騎士が眉を上げる。

 

 風悪はゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「オレ、たまに夢を見るんだ。

 暗闇の中で、誰かが話しかけてくる。

 顔も見えなかったけど……宿泊研修の時、気づいた。

 あれ、一ノ瀬だった」

 

 一ノ瀬は静かに聞いていた。

 

「もしかしたら、偶然じゃないのかもな」

 

 夜騎士がぽつりとつぶやく。

 

「ああ、一ノ瀬がオレをこの世界に呼んだって……」

 

「……なんて言うか、そうじゃなくて」

 

 夜騎士が言葉に詰まると、王位がゆっくりと言う。

 

「二人の出会いは、運命に近いのかもしれないね」

 

 沈黙が落ちた。

 誰も言葉を返せなかった。

 

 やがて、四月が立ち上がる。

 

「準備を進める。

 ──明日、決闘申請が正式に通る」

 

 その言葉を最後に、四月は部屋を後にした。

 

 残された四人。

 それぞれの胸に、静かに決意の火が灯る。

 

 夜は、すぐそこまで来ていた。

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