【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
王位、
魚ノ目憂、
上空では、
青黒い影が夜騎士の身体から広がり、大鎌の形を成す。
鋭い一閃が空を裂き、音の衝撃波が正面から迎え撃つ。
「くっ……!」
夜騎士はすぐに影を変化させた。
今度は尾のように長く伸ばし、海豚の脚に絡みつく。
影尾がギュッと縮み、距離が一気に詰まった。
夜騎士の全身から鯱のような唸りが響く。
衝撃を伴った一撃が海豚を直撃する――が、彼はわずかに笑んだ。
「逆位相で……消す」
音が歪み、海豚の周囲に渦を巻く。
逆位相の音波が夜騎士の衝撃を打ち消し、衝撃音だけが空に散った。
「チッ……」
夜騎士が歯噛みする。
音と影、二つの力が拮抗し、空中戦は激しさを増していった。
──地上。
漂う小さなクジラの数が、いつの間にか増えていた。
鯨連座が軽く指を鳴らす。
「行け」
その一言で、クジラたちは一斉に光を放ち、爆ぜた。
連鎖する爆発音。
衝撃で風が舞い、視界が白く霞む。
爆風の隙を縫うように、冷気が地を這う。
氷の息吹が足元から迫り、風悪と一ノ瀬を包み込もうとする。
「まずいっ!」
風悪が風を展開し、冷気を押し返す。
だが、その瞬間――黒茨が襲いかかる。
魚ノ目の追撃。
茨は風を裂き、一ノ瀬を狙う。
菌糸は冷気に触れて動けない。
「っ!」
風悪が身を呈して前へ出た。
茨が頬をかすめる。鋭い痛み。
そのすぐ隣で、王位の光の剣が閃いた。
茨を断ち切り、黒い欠片が散る。
「そっち、ちょっと不利になってきたんじゃない?」
魚ノ目憂が不敵に笑う。
その笑みの裏には、確信にも似た優位の色があった。
一ノ瀬は震えなかった。
唇を固く結び、ただまっすぐに敵を見据えていた。
その背後――海豹疎が静かに近づく。
両手に氷の刃を形成し、冷気を纏わせる。
その姿はまるで、氷の死神のようだった。
「……っ!」
察した王位が刃を受け流す。
金属音が響く。氷と光が火花を散らした。
だが次の瞬間、魚ノ目の黒茨が再び襲い、王位はそちらの対応に回る。
空気が凍りついた。
王位が動けぬその一瞬――海豹疎の刃が、一ノ瀬を狙う。
風悪が飛び出しかけた、その時。
一ノ瀬が風悪の袖を掴んだ。
小さな手の震え。
しかし、その瞳は迷いがなかった。
「……一ノ瀬?」
風悪が戸惑いの声を漏らす。
一ノ瀬はまっすぐに敵を見据えたまま、動かない。
次の瞬間、海豹疎の身体がびくりと震えた。
「……え?」
彼の口元から――小さなキノコが生え始めた。
それは瞬く間に数を増やし、顎、首、胸へと広がっていく。
「ひっ!」
後方でその光景を見た魚ノ目が、思わず悲鳴を上げた。
海豹疎は息を詰まらせ、苦しげに喉を鳴らした。
そして、口から大量のキノコを吐き出し、その場に倒れた。
冷気が満ちていたとしても――体内には、温度がある。
それさえあれば、一ノ瀬の菌糸は容易く芽吹く。
標的が近づいてきた瞬間、それは確実に内側から侵食した。
だが、その成功の裏には明確なリスクがあった。
一ノ瀬さわらは異能こそ強力だが、彼女自身に戦闘力はない。
彼女自身はただの女子生徒にすぎない。
もし王位の剣が氷を止めず、風悪の風が守らなければ、
今の一手は決して間に合わなかっただろう。
(みんなを信じる……足でまといにはならない)
声を出せない彼女は、それでも強く風悪を見つめた。
その目は静かに、しかし確かな意志を宿していた。
風悪はその視線を受け止め、拳を強く握った。
「……上等だ、一ノ瀬」
彼の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
──医療棟。
「一ノ瀬、やるじゃん!」
観戦していた妃
「しーっ。愛主、静かに。一応ここ医療棟だから」
三井野が制すと、妃は舌を出して「ごめんごめん」と軽く笑った。
同じ部屋で端末を見つめる辻
画面に映る戦況を見つめ、ただ心の中で呟く。
(……このまま上手く行く気がしない)
胸の奥に、言い知れぬ不安が広がっていた。
──そして再び、結界〈アリーナ〉。
「ちょっとまずいんじゃ?」
魚ノ目憂の声が響く。
その瞬間、彼女の身体が再び見えない糸に絡まった。
「っ! また見えない何かがっ!」
一ノ瀬さわらの菌糸が、海豹疎を転がし、その勢いで魚ノ目までも捕らえる。
黒い茨が苦しげにうねり、魚ノ目が体勢を崩した。
だが――その背後。
鯨連座は一切動じなかった。
両手を組み、静かに詠唱を終える。
「……でか!」
光が集まり、虚空に巨大なクジラが出現した。
王位が眉をひそめ、風悪が息を呑む。
「まずいな、この大きさは」
結界全体を覆い尽くさんばかりの質量。
あの巨体が爆ぜれば、戦場どころか結界そのものが崩壊するだろう。
「お前、最初から──」
「いつものボクだよ?」
夜騎士の怒りに、海豚悪天は笑みを浮かべて返した。
その笑い方には、懐かしさと狂気が入り混じっている。
夜騎士は構えを変え、地を蹴った。
狙うは巨大クジラを操る鯨連座。
「止める!」
影を鎖のように伸ばし、空を裂いて一直線に駆ける。
だが、海豚悪天はそれを見逃さなかった。
薄く笑い、夜騎士の動線を読む。
「今だ」
風悪の足元に、小さなクジラが一頭。
ふよふよと、まるで無邪気な生き物のように漂っていた。
「!?」
風悪が気づいた時には――遅かった。
小さなクジラが目の前で炸裂する。
閃光、衝撃、爆風。
「くっ……!」
爆発の直後、頭上から新たな影が降りてきた。
海豚悪天。
夜騎士のマークを外れた瞬間を狙い、風悪の背後へと回り込んでいた。
「っ!」
背中に衝撃波が叩きつけられる。
爆風と音波の挟み撃ち。
風悪の身体が弾き飛ばされ、床を滑った。
「かっ……!」
息を詰まらせる風悪を見下ろしながら、海豚は薄く笑った。
「怪我人なんだから、大人しくしてなくちゃ」
その声音には、優しさの欠片もない。
ただ冷たい嘲笑だけが残った。
夜騎士の瞳に怒りが燃える。
踵を返し、海豚の元へと駆け出した。
王位は戦況を見ながら短く呟く。
「狙いは一ノ瀬……じゃなくて、風悪」
分析しながらも、視線は空を見上げていた。
巨大クジラの膨張が止まらない。
「お前はいつも、いつも!」
夜騎士が怒気を発しながら叫ぶ。
足元の影が波打ち、海豚を飲み込もうと迫る。
「ちょっと、やってみる?」
海豚は笑い、迎え撃つように音波を放つ。
その衝撃で、空気が歪んだ。
近くにいた一ノ瀬が、菌糸を放つ。
彼女は海豚を拘束、あるいは海豹の時のように体内から生やそうとしていた。
だが――。
頭上の巨大クジラが、音を立てて膨張の限界を迎えた。
「……っ!」
白光。爆風。
──轟音が空間を裂いた。
教室の端末が一瞬、映像を乱す。
「っちょ……爆発したよ!? みんなは!?」
二階堂
「みんな……」
言葉を詰まらせる黒八の横で、七乃朝夏は端末を凝視していた。
そして、微かに震える声で呟く。
「……もしかして……最初から……」
「七乃さん?」
二階堂が聞く。
「狙いは……夜騎士さんだと思いますわ」
七乃の声は静かだったが、確信に満ちていた。
「やり方は周りから……でしたけど、凶君と因縁あるみたいでしたし……そうなのでは?」
黒八が小さく頷き、言葉を添える。
「凶君の周りから攻めて、最終的に凶君を……」
「……いえ、そうではなく……」
七乃は唇を震わせ、言葉を絞り出した。
「夜騎士さんを……暴走させたいんだと思います」
「!!」
二階堂と黒八が同時に息を呑む。
──そのころ、監督官・
彼女は冷静に、端末越しに戦況を見つめていた。
画面の中で、夜騎士の影が濃く滲むのを見ていた。
「信じているぞ」
静かにそう呟いた。
誰にも届かないほどの声で。
爆風は風悪の風壁によって拡散されていた。
舞い上がる粉塵の中で、風悪が立ち上がる。
「風悪!」
王位が叫ぶ。
風悪は傷だらけのまま、両腕を広げ、風を巡らせていた。
仲間を守るために。
全員、無事だった。
だが――夜騎士だけは違った。
怒り。
それだけが、彼の中にあった。
音も光も、仲間の声も、すべてが遠くなる。
ただ、海豚悪天の姿だけが見えていた。
「凶! これ以上は……!」
王位が叫ぶ。
しかし、夜騎士は止まらない。
影が膨張し、青黒い光を帯びる。
その中に、“魔”の波動が混じっていた。
「最初から、これが狙いで……」
王位が分析し、海豚へと視線を向ける。
海豚悪天は、口角を上げた。
その瞳は狂気の光で輝いていた。
「凶君は暴走して、ここにいるみんなを殺す。最高のシナリオだよね」
不敵な笑みを崩さぬまま、海豚は続ける。
「最初から、決闘の結果とか、全部どうでもいいんだ」
彼は静かに言った。
夜騎士の影が爆ぜ、風が唸る。
「目が覚めたら絶望だよね。自分で大事な友達殺してるんだから♪」
笑いながら、海豚が言い放った。
――そして、夜騎士の中で何かが崩れ落ちた。