【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第三十六話 交錯 ―氷と菌糸―

 王位、風悪(ふうお)、一ノ瀬の三人の前に立ちはだかるのは――

 魚ノ目憂、鯨連座(くじら れんざ)海豹疎(あざらし うと)

 

 上空では、夜騎士(よぎし)凶と海豚悪天(いるか あくてん)がなおも死闘を繰り広げていた。

 

 青黒い影が夜騎士の身体から広がり、大鎌の形を成す。

 鋭い一閃が空を裂き、音の衝撃波が正面から迎え撃つ。

 

「くっ……!」

 

 夜騎士はすぐに影を変化させた。

 今度は尾のように長く伸ばし、海豚の脚に絡みつく。

 影尾がギュッと縮み、距離が一気に詰まった。

 

 夜騎士の全身から鯱のような唸りが響く。

 衝撃を伴った一撃が海豚を直撃する――が、彼はわずかに笑んだ。

 

「逆位相で……消す」

 

 音が歪み、海豚の周囲に渦を巻く。

 逆位相の音波が夜騎士の衝撃を打ち消し、衝撃音だけが空に散った。

 

「チッ……」

 

 夜騎士が歯噛みする。

 音と影、二つの力が拮抗し、空中戦は激しさを増していった。

 

 

 ──地上。

 

 漂う小さなクジラの数が、いつの間にか増えていた。

 鯨連座が軽く指を鳴らす。

 

「行け」

 

 その一言で、クジラたちは一斉に光を放ち、爆ぜた。

 連鎖する爆発音。

 衝撃で風が舞い、視界が白く霞む。

 

 爆風の隙を縫うように、冷気が地を這う。

 氷の息吹が足元から迫り、風悪と一ノ瀬を包み込もうとする。

 

「まずいっ!」

 

 風悪が風を展開し、冷気を押し返す。

 だが、その瞬間――黒茨が襲いかかる。

 魚ノ目の追撃。

 

 茨は風を裂き、一ノ瀬を狙う。

 菌糸は冷気に触れて動けない。

 

「っ!」

 

 風悪が身を呈して前へ出た。

 茨が頬をかすめる。鋭い痛み。

 そのすぐ隣で、王位の光の剣が閃いた。

 

 茨を断ち切り、黒い欠片が散る。

 

「そっち、ちょっと不利になってきたんじゃない?」

 

 魚ノ目憂が不敵に笑う。

 その笑みの裏には、確信にも似た優位の色があった。

 

 一ノ瀬は震えなかった。

 唇を固く結び、ただまっすぐに敵を見据えていた。

 

 その背後――海豹疎が静かに近づく。

 両手に氷の刃を形成し、冷気を纏わせる。

 その姿はまるで、氷の死神のようだった。

 

「……っ!」

 

 察した王位が刃を受け流す。

 金属音が響く。氷と光が火花を散らした。

 

 だが次の瞬間、魚ノ目の黒茨が再び襲い、王位はそちらの対応に回る。

 

 空気が凍りついた。

 王位が動けぬその一瞬――海豹疎の刃が、一ノ瀬を狙う。

 

 風悪が飛び出しかけた、その時。

 一ノ瀬が風悪の袖を掴んだ。

 

 小さな手の震え。

 しかし、その瞳は迷いがなかった。

 

「……一ノ瀬?」

 

 風悪が戸惑いの声を漏らす。

 

 一ノ瀬はまっすぐに敵を見据えたまま、動かない。

 次の瞬間、海豹疎の身体がびくりと震えた。

 

「……え?」

 

 彼の口元から――小さなキノコが生え始めた。

 それは瞬く間に数を増やし、顎、首、胸へと広がっていく。

 

「ひっ!」

 

 後方でその光景を見た魚ノ目が、思わず悲鳴を上げた。

 

 海豹疎は息を詰まらせ、苦しげに喉を鳴らした。

 そして、口から大量のキノコを吐き出し、その場に倒れた。

 

 冷気が満ちていたとしても――体内には、温度がある。

 それさえあれば、一ノ瀬の菌糸は容易く芽吹く。

 標的が近づいてきた瞬間、それは確実に内側から侵食した。

 

 だが、その成功の裏には明確なリスクがあった。

 一ノ瀬さわらは異能こそ強力だが、彼女自身に戦闘力はない。

 彼女自身はただの女子生徒にすぎない。

 もし王位の剣が氷を止めず、風悪の風が守らなければ、

 今の一手は決して間に合わなかっただろう。

 

(みんなを信じる……足でまといにはならない)

 

 声を出せない彼女は、それでも強く風悪を見つめた。

 その目は静かに、しかし確かな意志を宿していた。

 

 風悪はその視線を受け止め、拳を強く握った。

 

「……上等だ、一ノ瀬」

 

 彼の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。

 

 

 ──医療棟。

 

「一ノ瀬、やるじゃん!」

 

 観戦していた妃愛主(あいす)が、声高らかに叫んだ。

 

「しーっ。愛主、静かに。一応ここ医療棟だから」

 

 三井野が制すと、妃は舌を出して「ごめんごめん」と軽く笑った。

 

 同じ部屋で端末を見つめる辻(せん)は、眉をひそめたまま黙っていた。

 画面に映る戦況を見つめ、ただ心の中で呟く。

 

(……このまま上手く行く気がしない)

 

 胸の奥に、言い知れぬ不安が広がっていた。

 

 ──そして再び、結界〈アリーナ〉。

 

「ちょっとまずいんじゃ?」

 

 魚ノ目憂の声が響く。

 その瞬間、彼女の身体が再び見えない糸に絡まった。

 

「っ! また見えない何かがっ!」

 

 一ノ瀬さわらの菌糸が、海豹疎を転がし、その勢いで魚ノ目までも捕らえる。

 黒い茨が苦しげにうねり、魚ノ目が体勢を崩した。

 

 だが――その背後。

 鯨連座は一切動じなかった。

 両手を組み、静かに詠唱を終える。

 

「……でか!」

 

 光が集まり、虚空に巨大なクジラが出現した。

 王位が眉をひそめ、風悪が息を呑む。

 

「まずいな、この大きさは」

 

 結界全体を覆い尽くさんばかりの質量。

 あの巨体が爆ぜれば、戦場どころか結界そのものが崩壊するだろう。

 

「お前、最初から──」

「いつものボクだよ?」

 

 夜騎士の怒りに、海豚悪天は笑みを浮かべて返した。

 その笑い方には、懐かしさと狂気が入り混じっている。

 

 夜騎士は構えを変え、地を蹴った。

 狙うは巨大クジラを操る鯨連座。

 

「止める!」

 

 影を鎖のように伸ばし、空を裂いて一直線に駆ける。

 

 だが、海豚悪天はそれを見逃さなかった。

 薄く笑い、夜騎士の動線を読む。

 

「今だ」

 

 風悪の足元に、小さなクジラが一頭。

 ふよふよと、まるで無邪気な生き物のように漂っていた。

 

「!?」

 

 風悪が気づいた時には――遅かった。

 小さなクジラが目の前で炸裂する。

 閃光、衝撃、爆風。

 

「くっ……!」

 

 爆発の直後、頭上から新たな影が降りてきた。

 海豚悪天。

 夜騎士のマークを外れた瞬間を狙い、風悪の背後へと回り込んでいた。

 

「っ!」

 

 背中に衝撃波が叩きつけられる。

 爆風と音波の挟み撃ち。

 風悪の身体が弾き飛ばされ、床を滑った。

 

「かっ……!」

 

 息を詰まらせる風悪を見下ろしながら、海豚は薄く笑った。

 

「怪我人なんだから、大人しくしてなくちゃ」

 

 その声音には、優しさの欠片もない。

 ただ冷たい嘲笑だけが残った。

 

 夜騎士の瞳に怒りが燃える。

 踵を返し、海豚の元へと駆け出した。

 

 王位は戦況を見ながら短く呟く。

 

「狙いは一ノ瀬……じゃなくて、風悪」

 

 分析しながらも、視線は空を見上げていた。

 巨大クジラの膨張が止まらない。

 

「お前はいつも、いつも!」

 

 夜騎士が怒気を発しながら叫ぶ。

 足元の影が波打ち、海豚を飲み込もうと迫る。

 

「ちょっと、やってみる?」

 

 海豚は笑い、迎え撃つように音波を放つ。

 その衝撃で、空気が歪んだ。

 

 近くにいた一ノ瀬が、菌糸を放つ。

 彼女は海豚を拘束、あるいは海豹の時のように体内から生やそうとしていた。

 

 だが――。

 

 頭上の巨大クジラが、音を立てて膨張の限界を迎えた。

 

「……っ!」

 

 白光。爆風。

 

 ──轟音が空間を裂いた。

 

 教室の端末が一瞬、映像を乱す。

 

「っちょ……爆発したよ!? みんなは!?」

 

 二階堂秋枷(あきかせ)が叫ぶ。

 黒八(くろや)空が焦ったように画面を覗き込む。

 

「みんな……」

 

 言葉を詰まらせる黒八の横で、七乃朝夏は端末を凝視していた。

 そして、微かに震える声で呟く。

 

「……もしかして……最初から……」

「七乃さん?」

 

 二階堂が聞く。

 

「狙いは……夜騎士さんだと思いますわ」

 

 七乃の声は静かだったが、確信に満ちていた。

 

「やり方は周りから……でしたけど、凶君と因縁あるみたいでしたし……そうなのでは?」

 

 黒八が小さく頷き、言葉を添える。

 

「凶君の周りから攻めて、最終的に凶君を……」

 

「……いえ、そうではなく……」

 

 七乃は唇を震わせ、言葉を絞り出した。

 

「夜騎士さんを……暴走させたいんだと思います」

 

「!!」

 

 二階堂と黒八が同時に息を呑む。

 

 ──そのころ、監督官・四月(しづき)レン。

 

 彼女は冷静に、端末越しに戦況を見つめていた。

 画面の中で、夜騎士の影が濃く滲むのを見ていた。

 

「信じているぞ」

 

 静かにそう呟いた。

 誰にも届かないほどの声で。

 

 爆風は風悪の風壁によって拡散されていた。

 舞い上がる粉塵の中で、風悪が立ち上がる。

 

「風悪!」

 

 王位が叫ぶ。

 風悪は傷だらけのまま、両腕を広げ、風を巡らせていた。

 仲間を守るために。

 

 全員、無事だった。

 だが――夜騎士だけは違った。

 

 怒り。

 それだけが、彼の中にあった。

 

 音も光も、仲間の声も、すべてが遠くなる。

 ただ、海豚悪天の姿だけが見えていた。

 

「凶! これ以上は……!」

 

 王位が叫ぶ。

 しかし、夜騎士は止まらない。

 

 影が膨張し、青黒い光を帯びる。

 その中に、“魔”の波動が混じっていた。

 

「最初から、これが狙いで……」

 

 王位が分析し、海豚へと視線を向ける。

 

 海豚悪天は、口角を上げた。

 その瞳は狂気の光で輝いていた。

 

「凶君は暴走して、ここにいるみんなを殺す。最高のシナリオだよね」

 

 不敵な笑みを崩さぬまま、海豚は続ける。

 

「最初から、決闘の結果とか、全部どうでもいいんだ」

 

 彼は静かに言った。

 夜騎士の影が爆ぜ、風が唸る。

 

「目が覚めたら絶望だよね。自分で大事な友達殺してるんだから♪」

 

 笑いながら、海豚が言い放った。

 

 ――そして、夜騎士の中で何かが崩れ落ちた。

 

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