【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
朝。
学園の屋上には、少し冷たい風が吹いていた。
昨夜の襲撃現場に残っていたはずの痕跡は、街の清掃班によって跡形もなく消されている。けれど、
「
風悪は柵にもたれ、遠くの街並みを見下ろす。
その背後から、聞き慣れた足音が近づいてきた。
「おはよ、風悪。寝れたか?」
「まあ、そこそこ」
「“そこそこ”って言ってる顔してるしな」
軽口を叩きながらも、夜騎士の眼差しは鋭い。風悪の沈黙の意味に、すぐに気づいたのだろう。
「先生がさ。さっき“全員、第一訓練場に集合”ってさ」
その言葉に、風悪の胸がわずかに高鳴る。
不安と期待。
昨日の
「……オレたち、もう“普通の生徒”じゃいられないな」
「はっ、最初から普通じゃないだろ。お前、頭に羽生えてんだぞ?」
「それ言うな」
軽く笑い合うふたり。
だが、風は確かに変わり始めていた。校舎の屋上を吹き抜ける風が、まるで“新しい嵐の予兆”のように音を立てていた。
十三部、始動。
とはいっても、現状はまだ候補生どまりだ。この訓練を経て、ようやく“正式加入”が決まる。
第一訓練場に集まったのは、顔見知りのメンバーたちだった。
夜騎士凶、
観覧席には、
「師……
「正式始動前に、お前らには一度“訓練”を受けてもらう。いや──“試練”とでも言い換えるか」
「試練ねえ……やってやろうじゃん!」
夜騎士が、いつものように軽く笑って言う。その明るさの奥に、ほんの少しだけ高揚が混じっていた。
「ほどほどにね」
王位が微笑む。その笑顔には静かな優しさと、どこか影のような悲しみが差している。
「凶、王位! 一緒に頑張ろう!」
風悪が声を上げ、仲間を鼓舞する。
夜騎士は短く「おう」とだけ答えた。それだけで、三人の呼吸は自然に合っていた。
一方、観覧席。
「黒八さんも見学ですか?」
七乃が二階堂の隣から黒八に声をかけた。
「はい……私は戦えませんが、何か役に立てることを探しに来ました」
黒八は凛とした声で答える。その横顔に、わずかな決意の光が宿っていた。
「黒八さん、えらいなあ……オレも戦えないから、見守ることしかできないよ」
二階堂が苦笑いを浮かべる。
「秋枷君はわたくしが守りますから!」
七乃がすかさず胸を張った。
「いつもありがと、七乃さん」
「そ、そんな! お礼だなんて!」
二階堂の何気ない返事に、七乃は頬を赤らめ、満足げに笑う。
「うう……凶君……」
心配そうな目で、三井野燦が訓練場の夜騎士を見つめていた。
その視線の先で、三人が構える。
そんな実戦組三人と見学組四人を、さらに遠くから見つめる視線があった。
窓の外。残りのクラスメイトたち。
それぞれが、それぞれの場所から観察している。誰もが、この瞬間を見逃すまいとしていた。
訓練──いや、試練が始まった。
宮中の掌が静かに宙を撫でる。
空気が震え、床に複雑な幾何学模様の魔法陣が浮かび上がった。
光と影が絡み合い、その中心から黒い塊がせり上がってくる。
宮中の異能は、銃火器から兵器、魔物に至るまで、あらゆるものを具現化し操る力だ。
彼は淡々と魔物を呼び出し、三人へ告げた。
「この魔物を倒せたら、お前たちは晴れて“十三部”のメンバーってわけだ」
黒い影が唸り声を上げる。
四つ足の獣。皮膚の下を黒煙が這い回り、赤い眼が二つ、不気味に光る。異様な殺気が空気を重くした。
「行くぜ!」
夜騎士が先陣を切った。
彼の腕から青黒い影が滲み出し、螺旋を描いて巨大な鎌の形を取る。
鯱の魔物の血を引く末裔だけが扱える力だ。
刃が唸りを上げて魔物へ迫る。しかし獣は素早く身を翻し、反動で王位と風悪の方へと駆け出した。
「っ!」
夜騎士が追う。
王位は瞼を閉じたまま、手を掲げる。
光が凝縮し、一本の剣が姿を現した。
彼の心の強さを糧に形を取る、光の武器だ。
剣が火花を散らし、魔物の爪を受け止めた。その隙に風悪が両腕を振り上げる。
「風よ、応えろ──!」
突風が吹き荒れ、魔物を押し返す。
土煙が舞い、砂が空へと跳ねた。
「凶!」
二人が声を合わせる。
押し返された魔物が、夜騎士の元へと飛ぶ。
青黒い影の鎌が閃き、斜めに走った一撃が獣の体を切り裂く。
その瞬間、轟音とともに、魔物の体が二つに裂けた。
──だが、終わりではなかった。
二階堂のチョーカーが、かすかに震える。
七乃の瞳が光を帯びる。
「あ、あれは……!」
黒八が言い終える前に、裂かれた魔物の断面から、黒い靄が溢れ出した。
赤い脈動。空気が歪む。
魔物が、二つに分裂したのだ。
空間を震わせる咆哮。二体の獣が、暴走を始めた。
「先生! このままでは危険です!」
黒八が悲鳴に近い声を上げる。
だが、宮中は微動だにしなかった。マスクの下に焦りの色はなく、ただ静かに一言。
「続けろ」
異能の主は、あくまで試練を止める気はない。
遠くからその光景を見下ろしていた
「……なるほど。」
その言葉に、
「何? どゆこと?」
机に肘をつきながら、
「かじかも分かんなーい」
六澄の瞳が冷ややかな光を反射する。
「あの魔物……“魔”で暴走するように、最初から細工してあった。あの教師に」
「え、やっば! それ本当!?」
五戸が青ざめた顔で反応する。
六澄は何の感情もない声で答えた。
「……先生は、試してる。文字通り」
訓練場では、三人の戦いが続いていた。
暴走した魔物は、さっきより速く、強く、獰猛だ。
二体が連携するように襲いかかり、夜騎士は一撃を受け、地面に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
「凶!」
風悪が叫ぶ。
王位がすかさず前に出た。
「落ち着け、風悪。二体同時は無理だ。分けろ!」
光剣が閃き、一体の進路を塞ぐ。
風悪がもう一方を風の壁で押し返す。
だが、押し返そうとする風が暴走しだしていた。
「くそ……制御が……!」
風悪が諦めかけたその瞬間、夜騎士が立ち上がる。
「おい、風悪! 合わせろ!」
「なにを──」
「風を、貸せ!」
夜騎士の影が再び広がる。
それを見た王位が、すぐに理解した。
「……行くぞ!」
光。風。影。
三つの力が交差する。
風悪の風が夜騎士の影に流れ込み、王位の剣がその軌跡を導線のように描く。
「今だ、凶!」
「おうッ!」
夜騎士が跳躍し、影の鎌を振り下ろす。
そこに風が加速を与え、光が刃を導く。
爆音。閃光。衝撃波。
二体の魔物が同時に裂かれ、風に飲み込まれて消滅した。
静寂。
煙と光の余韻が漂う。
夜騎士が膝をつき、息を荒げている。王位は剣を霧のように消し、風悪は地に伏したまま動かない。
それでも、三人の視線は交わっていた。互いの呼吸を確かめるように。
――勝った。
「……合格だ」
宮中の低い声が響く。まるで試験の採点でもするかのような、乾いた口調だった。
「これより、お前たちは正式に“十三部”の一員とする」
皆一様に歓喜の声を上げた。
遠くの窓から、それを見つめる六澄が小さく薄く笑う。
「──面白い」
その呟きは、誰にも届かず、風に消えた。