【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
第四十一話 ──再起動〈リブート〉
揺れる電車の中。
窓の外を流れる景色は、灰色に滲んでいた。
そして、その前の席に“黒い妖精”がいた。
黒ずくめのいで立ち、どこか懐かしい笑みを浮かべている。
風悪が声を発するより早く、妖精は短く言った。
「――また近くで見られなくて、残念だ」
それだけを残し、影のように溶けて消えた。
何気ない夢――けれど、胸の奥にざらついた違和感が残る。
(……奴はいったい?)
風悪は薄暗い天井を見つめ、息を吐いた。
まるで何かに見張られているような感覚を拭えぬまま、朝の光を迎えた。
* * *
水無月も半ば。
雨の匂いが街を包み、校舎の窓を伝う雫が光を細く歪めている。
世界は静かに動いている――そう錯覚するほどに。
〈決闘〉から二週間。
生徒たちは何事もなかったかのように教室へ戻り、笑い声を取り戻していた。
風悪は窓際の席で頬杖をつく。
白い髪の間から透ける透明な翅が、わずかに震えた。
風を読む感覚が、まだ鈍い。
胸の奥に、焦げたような痛みが残っていた。
「なあ、風悪。……あれで終わったんだよな?」
前の席で、
左眼を前髪で隠したままの声には、迷いがあった。
風悪は曖昧に笑って答える。
「“終わった”よ」
そう口にした瞬間――
「あたしでも良かったじゃん」
妃愛主の声が、後方から響いた。
怒りに身を任せる可能性が高い――そう判断され、決闘の四人目に選ばれなかった少女だ。
しかし、結局暴走したのは夜騎士だった。
「凶の居ない決闘なんて、海豚が受けるわけないじゃん」
王位が腕を組んで、当然のように言い放つ。
妃はすぐさま反論した。
「あたしだったら暴走することなく、一瞬でその場を──」
「魚ノ目(女子)に引き裂かれてたと思う」
「な、何をー!?」
王位と妃のいつものやり取りが始まり、教室の空気が少しだけ軽くなる。
「
声を上げたのは辻だった。
長い療養を終え、ようやく登校できるまでに回復していた。
“魔に堕ちた者”として、ⅩⅢに拘束された海豚のことが、まだ脳裏に焼き付いている。
監視記録はすべてⅩⅢ本部へ送られ、彼の処遇は後日協議にかけられるという。
「辻、身体大丈夫?」
「もう平気」
「そっか」
風悪と辻の短いやり取り。
四月は教室の一番前に座り、黙って窓の外を見ていた。
彼女の瞳はどこか遠く、まだ何かを見ているようだった。
三井野もまた、治療を終えて教室へ戻ってきていた。
その姿を見つけ、
「みんな、お疲れ様」
「お疲れ様でした!」
三井野と黒八が、決闘に出た四人を労う。
「オレは足引っ張ったけどな」
夜騎士は肩を落としながら小さく呟く。
その視線の先にあったのは、包帯を外した三井野だった。
「それより、三井野。大変だったな? 怪我はもういいのか?」
夜騎士の声は、いつになく柔らかかった。
三井野は小さくうなずく。
「うん、大丈夫」
そして、少し間を置いて言葉を重ねる。
「あのね、みんな頑張ったと思うから、一人足を引っ張ったとか思わなくて良いと思うよ」
彼女は照れくさそうに笑い、しかし真っ直ぐに夜騎士を見つめていた。
その声には、確かな勇気があった。
「それに、凶君の友だち思いなところ、私は、良いと思う!」
まるで告白のように。
拳を握りしめ、真剣に伝える三井野。
夜騎士は一瞬きょとんとし、頬をかいた。
「え? オレってそんなに?」
「友達目の前でやられたらキレるじゃん」
王位が肩をすくめて突っ込む。
夜騎士は肘をつきながら、どこか照れたように笑った。
「姉さんの受け売りだよ」
「なんだてめえ……どれだけ属性盛れば気が済むんだ、このイケメンが!」
妃が机を叩いて立ち上がり、
「私もお前が嫌いだ!」と勢いよく言い放つ。
王位が「はいはい」と妃の襟首をつかんで、半ば引きずるように教室を後にした。
いつもの日常。
だが、それがどれほど儚い平衡の上にあるのか――皆まだ知らない。
「でも、なんか元気出た。みんな、ありがと」
夜騎士は微笑んだ。
前髪の下に隠された左眼には光はなかったが、その笑みには確かに感謝が宿っていた。
その笑顔を見た三井野は、思わず胸の奥が熱くなるのを感じた。
「かはっ!」
三井野が突然、胸を押さえて崩れ落ちた。
その頬が真っ赤に染まり、まるで矢で射抜かれたように。
――彼女を貫いたのは、夜騎士の笑顔だった。
教室の外で王位に押さえられていた妃愛主が、その悲鳴を聞きつける。
反射的に王位の腕を振りほどき、勢いよく教室に戻ってきた。
「
妃は胸を押さえて倒れこむ三井野を抱き寄せ、夜騎士を睨みつけた。
その目は、恋にも似た怒りの炎を宿している。
「え? オレ?」
当の本人は、ぽかんとした表情で首を傾げるばかり。
妃はさらに声を荒げた。
「何をヘラヘラしてるのよ! この天然爆撃機!」
彼女はもともと女子が好きで、三井野には特別好意を寄せていた。
だが、当の三井野は夜騎士に心を惹かれている。
妃にとってそれは許しがたい現実だった。
「おい、落ち着け! 暴れるな!」
王位が慌てて妃の肩を押さえ込む。
暴れる妃、困惑する夜騎士、赤面したまま動けない三井野――。
その珍妙な光景に、風悪と黒八、辻は思わず笑みを漏らした。
笑いが連鎖し、やがて教室中がざわめきと笑声に包まれていく。
そのとき――
ガラリ、と勢いよく扉が開いた。
「ちょっとA組! うるさいですわよ!」
現れたのはB組の女子、
金色の髪を緩やかに巻き、リボンを揺らす生徒会気質の少女だ。
鋭い目つきで教室を睨みつけながら、腰に手を当てて立つ。
「はいはい、落ち着こうねー」
王位が妃を押さえつけたまま苦笑する。
夜騎士はそんな騒動の中心に立ち、東風心地の方へ振り向いた。
「ああ、悪い」
軽く手を上げて謝るその仕草。
それだけで――
「はうっ!」
という声がこだました。
東風心地の頬が真っ赤に染まり、鼻を押さえながらよろめく。
「あんたも?」
妃が呆れたように呟き、黒八が肩をすくめた。
「ズルいですわよ、A組……!」
東風心地は鼻血を抑えながら、興奮気味に顔を覆う。
彼女もまた、夜騎士の無自覚な笑みに射抜かれたひとりだった。
教室の奥からは、さらに別の声が飛んでくる。
「かじかも混ぜてください! 漫画のネタにします!」
「かじかちゃん、描かないじゃん」
「ぐぬぬ……!」
喧噪と笑い声が入り混じる教室は、まるで祭りのようだった。
「賑やかだなあ……」
「そうだね。」
風悪と辻は顔を見合わせ、小さく笑い合った。