【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第四十五話 風の果てに

 ──世界が、軋んでいた。

 

 空はひび割れ、雲は逆流し、街は光の線で断ち切られる。

 風悪(ふうお)の覚醒から、まだ数分も経っていない。

 だが、世界はすでに“書き換え”の最中にあった。

 

 地上に立つ者すべてが、その異変を目撃した。

 校舎の壁が呼吸するように脈動し、街灯が逆さまに伸びていく。

 地面は沈み、空が降りてくる。

 現実の構造そのものが、彼の「意思」によって再構築されていた。

 

「風悪……!」

 

 夜騎士(よぎし)が外に駆け出す。

 眼前に広がる光景に息を呑んだ。

 

 空に浮かぶ風悪は、まるで光そのものだった。

 白と黒の粒子が体から放たれ、空間を侵食していく。

 その姿は神にも似て、同時に哀しいほどに人間だった。

 

「……オレは、何をしてる?」

 

 風悪の声が震えた。

 自分の意識の外側で、何かが勝手に世界を動かしている。

 止めたいのに止まらない。

 翅の奥で、誰かの声が囁く。

 

 ――もっと、見せてくれ。

 ――面白いものを。

 

 創造者の因子。

 世界そのものの“根”が、彼の感情を餌に暴れ出していた。

 

 夜騎士は蒼黒い影を纏った。

 空気が裂け、光が夜空に走る。

 

「……風悪! 聞こえるか! オレだ!」

 

 叫びは歪む風の中に吸い込まれた。

 しかし、その声は確かに届いていた。

 風悪の目が、一瞬だけ揺れる。

 

「凶……?」

 

「お前、こんなもん望んでないだろ!

 “壊す”ことなんて、オレたちは――!」

 

 言葉を飲み込むように、風が唸った。

 風悪の周囲に渦が生まれる。

 台風の目のような力場が形成され、空気そのものが弾かれていく。

 

 夜騎士は拳を握った。

 覚悟はできていた。

 “止める”と決めた瞬間、もうためらいはなかった。

 

「十三部、出動完了!」

 

 通信の向こうで王位の声が響く。

 公園の周囲に結界陣が展開し、三井野の歌が空気を震わせる。

 辻が紐を放ち、崩れた空間を固定する。

 四月(しづき)は観測室から全員の位置を把握し、的確に指示を飛ばしていた。

 

「凶、時間を稼げ。風悪の因子波を一時停止させる!」

 

「了解!」

 

 夜騎士が跳躍する。

 青黒い影が大鎌の形をとる。

 鎌が閃き、風悪の周囲を切り裂いた。

 だがその瞬間、白い光が弾けた。

 

 空間そのものが反発し、夜騎士の身体が吹き飛ばされる。

 壁に叩きつけられ、口の中に血の味が広がった。

 

「……まだ、届かないのか」

 

 夜騎士は歯を食いしばり、立ち上がる。

 影で身体を支えながら、前へ進んだ。

 

「風悪! お前、そんな目で“何”を見てる!」

 

 風悪の目の中には、世界があった。

 空と海と人の形。

 そして、自分自身――。

 

「オレは……分からない。

 全部……オレが壊してるのか?」

 

「違う!」

 

 夜騎士の叫びが、風の音を切り裂く。

 

「お前が壊してるんじゃない! “中の奴”が、お前を使ってるだけだ!

 だったら、殴ってでも止めてやる!

 それが――オレたちの“十三部(なかま)”だろうがッ!」

 

 夜騎士が踏み込む。

 鎌が光を放ち、風悪の放つ衝撃とぶつかる。

 衝突の瞬間、空が割れた。

 眩い光の中で、二人の影が交錯する。

 

 世界が揺れ、時間が止まったように感じた。

 四月のモニターには、二つの波形が完全に重なっていた。

 

「同期完了……これなら、いけます!」

 

 宮中(みやうち)が指を走らせる。

 モニターの中で、因子コード〈L-13〉の数値が低下を始めた。

 創造者の因子が、夜騎士の波長によって“同調”され、抑制に転じていく。

 

 現場の空気が静まり返る。

 夜騎士は、風悪の胸に鎌を突きつけたまま、静かに言った。

 

「帰ってこい、風悪。

 お前がいないと、この風は止まらない」

 

 風悪の目が揺れた。

 その瞬間、背後にいた“影”が笑った。

 

「……やはり面白い」

 

 影が指を鳴らした。

 世界が再び白く光る。

 風悪の周囲の風が爆ぜ、一瞬音を立てて消える。

 

「風悪ッ!」

 

 夜騎士が手を伸ばした。

 ――その腕の中へ、風悪の身体が崩れるように落ちてきた。

 

 光が収束する。

 暴風も、裂けた空も、少しずつ元の形を取り戻していく。

 

 夜騎士はそのまま、風悪を抱きとめた。

 彼は静かに目を閉じていた。

 

「助かった……のか……?」

 

 夜騎士は震える声で呟いた。

 四月の通信が入る。

 

『異常値、すべて収束。L-13、沈静化を確認。……風悪の生命波も安定してる。』

 

 夜騎士はその言葉に、ようやく息を吐いた。

 

「……バカ野郎。

 みんな、どれだけ心配したと思ってんだ」

 

 抱きしめた腕の中で、風悪の胸がかすかに上下している。

 静かな呼吸。

 翅が小さく光を返す。

 

 ――眠っている。

 だが、確かに“生きている”。

 

 空を見上げると、夜が少し明るくなっていた。

 遠くの街並みが形を取り戻し、風が再び流れ始める。

 

「おかえり」

 

 夜騎士の呟きは、夜明け前の風に溶けていった。

 彼の腕の中で、風悪は静かに眠っている。

 息を整えながら、夜騎士は空を見上げた。

 明けかけた空の色が、どこか現実に戻ったようで――それが妙に安心できた。

 

「ってか……なんか成り行きで風悪止めたけどさ」

 

 夜騎士は、疲労の混じった笑いを漏らした。

 

「何? 因子波とかさ。オレ、正直よく分かってないんだけど」

 

 通信の向こうで、四月の静かな声が返ってくる。

 

「風悪は“外の世界”で作られた妖精だからな。

 彼の中には、この世界とは異なる法則――〈創造者因子〉が眠っている。

 だから、こちらの常識では測れない」

 

 淡々とした説明。

 だが、その声の奥に、わずかな安堵が滲んでいた。

 

 夜騎士はしばらく黙ってから、肩で息をしながら笑う。

 

「……複雑すぎて、余計わかんないな。

 けど――助けられたなら、それでいい」

 

 そう言って、風悪の髪を軽く撫でた。

 その仕草は、戦いを終えた者というより、ようやく“友を取り戻した”少年のものだった。

 

 四月は少し間をおき、短く言った。

 

「……ああ。今はそれで、十分だ」

 

 通信が途切れる。

 夜騎士は深く息を吐き、もう一度風悪の顔を見下ろした。

 薄く光を反射する透明な翅が、穏やかに揺れている。

 

 その揺らぎに、彼は確かに“生きている風”を感じていた。

 

 * * *

 

 〈ⅩⅢ(サーティーン)本部・観測室〉。

 宮中はヘッドセットを外し、深く息を吐いた。

 モニターには、最後の波形データが緩やかに安定線を描いている。

 

「終わったか……」

 

 四月はその画面を見つめながら、わずかに笑みを浮かべた。

 

「いいえ。……まだ始まったばかりですよ、師」

 

 モニターの片隅に、小さな文字が揺らめいた。

 

〈L-13:安定中/再構築準備〉

 

 ――それは、沈黙した“創造者”の呼吸のように。

 

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