【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
──世界が、軋んでいた。
空はひび割れ、雲は逆流し、街は光の線で断ち切られる。
だが、世界はすでに“書き換え”の最中にあった。
地上に立つ者すべてが、その異変を目撃した。
校舎の壁が呼吸するように脈動し、街灯が逆さまに伸びていく。
地面は沈み、空が降りてくる。
現実の構造そのものが、彼の「意思」によって再構築されていた。
「風悪……!」
眼前に広がる光景に息を呑んだ。
空に浮かぶ風悪は、まるで光そのものだった。
白と黒の粒子が体から放たれ、空間を侵食していく。
その姿は神にも似て、同時に哀しいほどに人間だった。
「……オレは、何をしてる?」
風悪の声が震えた。
自分の意識の外側で、何かが勝手に世界を動かしている。
止めたいのに止まらない。
翅の奥で、誰かの声が囁く。
――もっと、見せてくれ。
――面白いものを。
創造者の因子。
世界そのものの“根”が、彼の感情を餌に暴れ出していた。
夜騎士は蒼黒い影を纏った。
空気が裂け、光が夜空に走る。
「……風悪! 聞こえるか! オレだ!」
叫びは歪む風の中に吸い込まれた。
しかし、その声は確かに届いていた。
風悪の目が、一瞬だけ揺れる。
「凶……?」
「お前、こんなもん望んでないだろ!
“壊す”ことなんて、オレたちは――!」
言葉を飲み込むように、風が唸った。
風悪の周囲に渦が生まれる。
台風の目のような力場が形成され、空気そのものが弾かれていく。
夜騎士は拳を握った。
覚悟はできていた。
“止める”と決めた瞬間、もうためらいはなかった。
「十三部、出動完了!」
通信の向こうで王位の声が響く。
公園の周囲に結界陣が展開し、三井野の歌が空気を震わせる。
辻が紐を放ち、崩れた空間を固定する。
「凶、時間を稼げ。風悪の因子波を一時停止させる!」
「了解!」
夜騎士が跳躍する。
青黒い影が大鎌の形をとる。
鎌が閃き、風悪の周囲を切り裂いた。
だがその瞬間、白い光が弾けた。
空間そのものが反発し、夜騎士の身体が吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられ、口の中に血の味が広がった。
「……まだ、届かないのか」
夜騎士は歯を食いしばり、立ち上がる。
影で身体を支えながら、前へ進んだ。
「風悪! お前、そんな目で“何”を見てる!」
風悪の目の中には、世界があった。
空と海と人の形。
そして、自分自身――。
「オレは……分からない。
全部……オレが壊してるのか?」
「違う!」
夜騎士の叫びが、風の音を切り裂く。
「お前が壊してるんじゃない! “中の奴”が、お前を使ってるだけだ!
だったら、殴ってでも止めてやる!
それが――オレたちの“
夜騎士が踏み込む。
鎌が光を放ち、風悪の放つ衝撃とぶつかる。
衝突の瞬間、空が割れた。
眩い光の中で、二人の影が交錯する。
世界が揺れ、時間が止まったように感じた。
四月のモニターには、二つの波形が完全に重なっていた。
「同期完了……これなら、いけます!」
モニターの中で、因子コード〈L-13〉の数値が低下を始めた。
創造者の因子が、夜騎士の波長によって“同調”され、抑制に転じていく。
現場の空気が静まり返る。
夜騎士は、風悪の胸に鎌を突きつけたまま、静かに言った。
「帰ってこい、風悪。
お前がいないと、この風は止まらない」
風悪の目が揺れた。
その瞬間、背後にいた“影”が笑った。
「……やはり面白い」
影が指を鳴らした。
世界が再び白く光る。
風悪の周囲の風が爆ぜ、一瞬音を立てて消える。
「風悪ッ!」
夜騎士が手を伸ばした。
――その腕の中へ、風悪の身体が崩れるように落ちてきた。
光が収束する。
暴風も、裂けた空も、少しずつ元の形を取り戻していく。
夜騎士はそのまま、風悪を抱きとめた。
彼は静かに目を閉じていた。
「助かった……のか……?」
夜騎士は震える声で呟いた。
四月の通信が入る。
『異常値、すべて収束。L-13、沈静化を確認。……風悪の生命波も安定してる。』
夜騎士はその言葉に、ようやく息を吐いた。
「……バカ野郎。
みんな、どれだけ心配したと思ってんだ」
抱きしめた腕の中で、風悪の胸がかすかに上下している。
静かな呼吸。
翅が小さく光を返す。
――眠っている。
だが、確かに“生きている”。
空を見上げると、夜が少し明るくなっていた。
遠くの街並みが形を取り戻し、風が再び流れ始める。
「おかえり」
夜騎士の呟きは、夜明け前の風に溶けていった。
彼の腕の中で、風悪は静かに眠っている。
息を整えながら、夜騎士は空を見上げた。
明けかけた空の色が、どこか現実に戻ったようで――それが妙に安心できた。
「ってか……なんか成り行きで風悪止めたけどさ」
夜騎士は、疲労の混じった笑いを漏らした。
「何? 因子波とかさ。オレ、正直よく分かってないんだけど」
通信の向こうで、四月の静かな声が返ってくる。
「風悪は“外の世界”で作られた妖精だからな。
彼の中には、この世界とは異なる法則――〈創造者因子〉が眠っている。
だから、こちらの常識では測れない」
淡々とした説明。
だが、その声の奥に、わずかな安堵が滲んでいた。
夜騎士はしばらく黙ってから、肩で息をしながら笑う。
「……複雑すぎて、余計わかんないな。
けど――助けられたなら、それでいい」
そう言って、風悪の髪を軽く撫でた。
その仕草は、戦いを終えた者というより、ようやく“友を取り戻した”少年のものだった。
四月は少し間をおき、短く言った。
「……ああ。今はそれで、十分だ」
通信が途切れる。
夜騎士は深く息を吐き、もう一度風悪の顔を見下ろした。
薄く光を反射する透明な翅が、穏やかに揺れている。
その揺らぎに、彼は確かに“生きている風”を感じていた。
* * *
〈
宮中はヘッドセットを外し、深く息を吐いた。
モニターには、最後の波形データが緩やかに安定線を描いている。
「終わったか……」
四月はその画面を見つめながら、わずかに笑みを浮かべた。
「いいえ。……まだ始まったばかりですよ、師」
モニターの片隅に、小さな文字が揺らめいた。
〈L-13:安定中/再構築準備〉
――それは、沈黙した“創造者”の呼吸のように。