【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
第四十八話 文月、はじめ。
──文月。
空はどこまでも白く、湿った風が頬を撫でた。
「めっちゃ熱いいいいいい……」
教室の空気はもはやサウナのようだった。
「クーラーの利きも悪いですからね~」
隣で
衣替えはとっくに済ませたが、熱いものは熱い。
カラカラと窓の外で蝉が鳴いていた。
その音が、余計に暑さを際立たせる。
「ふんふんふ~ん♪」
異様にご機嫌な鼻歌が聞こえてきた。
妃
「愛主、どうしたの?そんなに――あ」
三井野が問いかけて、すぐに察した。
今日は“水泳の授業”があるのだ。
「天国じゃの~!」
妃はまるで老人のような口調で、しかし満面の笑みを浮かべていた。
「愛主、知ってる? 同性でもセクハラだよ」
王位が、何時ものように淡々と突っ込む。
「
顔を真っ赤にして悲鳴を上げたのは七乃だった。
「セクハラ」
王位の突っ込みが再び飛ぶ。
教室の空気は暑さと騒がしさで溶けかけていた。
「水泳とか、やる気でねー」
夏の朝。
学園の日常が、何事もなかったかのように流れていく。
* * *
午前の授業――体育・水泳。
プールサイドに青空が反射していた。
水面がきらきらと輝き、白い光の粒が風に舞う。
「そういや、
着替えを終えた二階堂秋枷が、不意に言った。
「あ、そういえば」
風悪も思い出したようにうなずく。
「
着替え終えた女子たちが次々にプールサイドへ集まる。
四月レンもその中にいたが、彼女は左腕のアームカバーを外さなかった。
「四月さん!? 水泳だよ? 外さないの?」
秋枷が思わず叫ぶ。
「これか? 防水仕様にしてきた!」
なぜか誇らしげな声で返す四月。
秋枷はぽかんと口を開けたまま固まる。
「いや、そういう問題じゃ――」
周囲はすでに笑いに包まれていた。
妃と七乃は騒がしくはしゃぎ、
黒八と三井野は呆れたように見守っている。
そんな中、
「そうだ! 競争をしよう!」
一瞬、場の空気が止まる。
その沈黙を最初に破ったのは夜騎士だった。
「競争って、水泳で?」
「そりゃもちろん!」
鳩絵が笑顔で答える。
「怠い……」
五戸が即座に拒否反応を示した。
「ならこうしよう」
「勝った人には、ギフトカードを贈呈する」
「……乗った!」
さっきまでやる気ゼロだった五戸の目が、一瞬で輝いた。
「異能、あり?」
辻がぼそりと呟く。
「ありで!」
黒八が元気よく答える。
「いや待て!」
風悪が慌てて手を上げた。
「うち、一人だけ規格外がいるんだが!」
そう言って指をさした先――
四月レンが、腕を組んで静かに立っていた。
「……私のことか?」
その問いに、全員が一斉にうなずいた。
青空の下、夏の光と笑い声が弾ける。
「まあ、お前たちなんて――泳ぐまでもないね」
四月が挑発的に言い放つ。
その声音には、静かな自信と、ほんの少しの悪戯心が混ざっていた。
「乗ってやろうじゃん」
夜騎士が腕を回しながら笑う。
挑戦的な眼差し。
その横で、ギフトカードという言葉に釣られた五戸がやる気を取り戻していた。
「四人並べるけど……あと一人、誰いく?」
二階堂が周囲を見渡す。
しかし、皆が微妙な顔をして押し黙った。
「じゃあ、言い出した鳩絵さんで」
「げっ!?」
鳩絵が思わず変な声を出したが、すでに決定事項のようだった。
こうして、四人のレーンが並ぶ。
四月、夜騎士、五戸、鳩絵。
それぞれのスタート地点に立つ。
夏の太陽が照りつけ、プールの水面が青く揺れる。
見守るクラスメイトたちが息をのんだ。
「位置について――よーい……」
笛が鳴ると同時に、
六澄が何かを察したように眉をひそめ、ふわりと上空へと浮かび上がった。
次の瞬間。
――バチィィィィン!!
雷鳴のような音が、プール全体を貫いた。
「四月ぃぃぃぃぃッ!!」
誰かの悲鳴が響く。
白い閃光が水面を走り、
水飛沫が一瞬で蒸気に変わる。
プールサイドの生徒たちは、全員がほぼ同時に跳ね上がっていた。
ただ一人、原因の本人――四月レンだけが、
平然とプールの上を歩いていた。
「出力は調整している」
まるで何事もないかのように言いながら、
周囲に倒れ伏す生徒たちを軽く見下ろす。
六澄は空中でかろうじて難を逃れ、七乃は精霊の加護で身を守っていた。
その他の面々は、完全に感電ショックで静止。
静かなプールサイドに、ジジ……と電流の余韻だけが響いていた。
「……だから言ったろ?」
四月は濡れた髪を払いながら、ゴールへとゆっくり歩いていく。
その姿は、もはや人ではなく“雷神”のようだった。
「泳ぐまでも、ない」
水滴が一粒、足元で弾ける音がした。
「……異能ありにしたやつ……」
風悪がぼそりと呟く。
黒八と辻は、何も言い返せずに顔を見合わせた。
青空の下、焦げたような匂いが微かに漂う。
プールの水面に映る白い光は、どこか不穏な揺らめきを孕んでいた。
笑いと悲鳴と、微かな“異常”が混ざる午後。
――それでも、彼らの夏はまだ始まったばかりだった。