【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第四十九話 期末の予兆

 文月。

 夏の光が、教室の窓を白く照らしていた。

 外では蝉が鳴き、うだるような熱気が漂っている。

 

 その中で、黒いマスクを着けた担任――宮中(みやうち)潤は、いつも通りの冷静な声で告げた。

 

「期末テストも近づいてきた。対策を怠らないように」

 

「えー……」

 

 教室中が一斉にざわめきだす。

 夏の風よりも重い空気が流れた。

 

「うわ、来たよ……期末ってやつ」

 

 風悪(ふうお)は頭を抱える。

 中間テストのとき、黒八(くろや)空が言っていた言葉を思い出していた。

 ――期末は、教科が増える。

 

「ただでさえ、できないのに……」

 

 机に突っ伏す風悪。

 隣の黒八は苦笑しながら下敷きで風を送っていた。

 

「あたし、もう、無理ぃ!」

 

 妃愛主が机の上で叫び、王位富が即座に突っ込む。

 

「勉強しないからだろ」

「ああん゛!?」

 

 空気がピリつく。

 王位は目を閉じたまま、嵐が過ぎるのを待った。

 

「せんせー! また補習あるんですかー!? いやなんですけどー!」

 

 五戸(いつと)このしろが、だるそうに手を挙げて聞いた。

 

「そうだな。今回は――下手をすれば、実技でも不合格になるかもな」

 

 宮中の声は淡々としていた。

 脅すような色はなく、ただ事実を告げる声。

 だからこそ、教室の空気が少しだけ引き締まった。

 

「実技も……やばいの?」

 

 二階堂秋枷(あきかせ)が不安そうに呟く。

 異能を持たない彼にとって、戦闘試験は天敵のようなものだ。

 

「秋枷君には、わたくしがいますわ!」

 

 七乃朝夏が即座に胸を張って宣言する。

 その明るさに、空気が少しだけ和らいだ。

 

 教室の隅では、四月(しづき)レンと六澄(むすみ)わかしが静かに様子を見ていた。

 四月はノートに何かを書き込み、六澄はいつも通り表情を動かさない。

 

 ――休み時間。

 

 辻(せん)が風悪の机に近づいた。

 

「また、一緒に勉強しよう。前みたいに」

 

 その言葉に、風悪は小さく笑った。

 中間テストのときとは違う。

 今はもう、互いに信頼を寄せ合う“仲間”としての空気があった。

 

 そんな二人を、黒八は優しく見つめていた。

 その横で、一ノ瀬さわらがノートを閉じ、静かに立ち上がる。

 だが、その仕草にはどこか焦りがあった。

 

 風悪はそれに気づいた。

 

「……一ノ瀬?」

 

 一ノ瀬はしばらく黙ったまま、スマホを取り出す。

 指が小刻みに動き、画面に文字が打ち込まれていく。

 

『この前から、夢に入れないの』

 

「……え?」

 

 風悪は息をのんだ。

 

 一ノ瀬は風悪との“夢のリンク”が途切れていることに気づき、

 何度も干渉を試みていた。

 だが、夢の扉は閉ざされたままだった。

 

 それが、彼女を焦らせていたのだ。

 

 風悪は唇を噛んだ。

 この世界に来るとき――彼は一ノ瀬に“呼ばれた”のだ。

 そのつながりが、いま途切れかけている。

 

「……もしかしたら、あの黒い妖精が何かしたのかも」

 

 風悪の呟きに、一ノ瀬の目が大きく見開かれる。

 ラウロス。

 あの“黒い妖精”の名が、風悪の脳裏に浮かんだ。

 

 一ノ瀬は震える手でスマホを机に叩きつけた。

 小さな音が教室に響く。

 

「一ノ瀬……」

 

 風悪が声をかけるも、彼女は何も言わなかった。

 

「なんかあったのか?」

 

 夜騎士(よぎし)凶が心配そうに近づく。

 一ノ瀬は短く、画面を見せた。

 

『ごめん』

 

 その文字だけが、彼女の心を語っていた。

 

 六澄は窓際で腕を組み、無表情のままそのやり取りを見つめていた。

 

 ――風が、少しだけ揺れた。

 

 夏の午後の教室の中で、それは何かが動き出す前触れのように感じられた。

 

 

 その日の放課後。

 再び「勉強会をしよう」という流れになり、教室には多くの生徒が残っていた。

 机を寄せ合い、参考書を広げ、あちこちからため息と笑い声が交じる。

 

 一ノ瀬と四月の姿だけは、そこにはなかった。

 

 風悪は窓際の席でノートを開きながら、ふと考え込む。

 休み時間の一ノ瀬の様子――あの不安げな目と、スマホの文字。

 

(夢のリンクが……切れてる)

 

 心の中でそう呟いた瞬間、夜騎士が前から顔を出す。

 

「どうした?」

 

 風悪は小さく首を振った。

 

 「オレにも分からん!」

 

 思わずそう答えると、夜騎士は「そうか」とだけ呟いて、ノートを閉じた。

 

「……数学も分からん!」

 

 風悪が教科書に突っ伏す。

 

 「オレも」と辻が続く。

 

「そもそもどこで使うんだ、この関数!」

 

 五戸が怒気を込めて叫んだ。

 六澄が無表情で呟く。

 

「確率なんて、ガチャじゃん」

「はっ! そっか!」

 

 その一言に、五戸は妙に納得したように拳を握る。

 

「でも確率知ってても結果は変わらなくない?」

 

 鳩絵(はとえ)かじかが、ふと素朴な疑問を口にした。

 

「やめろ! 現実を見せつけるな!」

 

 五戸が叫び、机に突っ伏した。

 結局スマホを取り出して、現実逃避のスクロールを始める。

 

「無理無理〜燦〜どうしよう〜」

「愛主、頑張ろ!」

 

 妃が机に突っ伏し、三井野が必死に励ます。

 

「秋枷君、ここ分からないですわ〜」

 

 七乃がにじり寄る。

 二階堂がペンを止め、困ったように笑った。

 

「え? 七乃さん、オレよりできるよね?」

 

 七乃はハッとして目をそらした。

 中間テストでは、うっかり二階堂より上の点を取ってしまっている。

 

 その時、ガラリと扉が開いた。

 

「ちょっとA組! うるさいですわよ!」

 

 隣のB組から、金髪の少女――東風心地(こち ここち)が現れた。

 リボンの先を揺らしながら、眉をひそめて言う。

 

「勉強会なら静かになさい!」

 

 ピシャリとした声。

 だがその視線が、ふと夜騎士の方へ向いた瞬間。

 

「はうっ!」

 

 東風は両手で頬を押さえ、目をそらした。

 夜騎士の整った顔立ちに、またも射抜かれてしまったのだ。

 

「凶ぉぉぉぉ! お前がいるから、あたしに女の子が回ってこない!!」

 

 妃が叫び、夜騎士が苦笑する。

 

「お前は勉強しろよ」

 

 王位が即座に突っ込み、妃を押さえつける。

 取っ組み合いになる二人を、三井野が焦って止めようとする。

 

 そんな様子を見ながら、風悪が小さく呟いた。

 

「……凶、人気だもんな」

 

「わ、私は決してそんな!!!」

 

 三井野は顔を真っ赤にして否定するが、声が裏返っていた。

 教室は笑いに包まれ、いつもの騒がしいA組が戻っていた。

 

 ――その一方で。

 

 一ノ瀬さわらの部屋。

 小さなデスクの上に、ノートとペンが並べられている。

 彼女は一人、黙々と問題を解いていた。

 

 だが、文字を追っても心は落ち着かなかった。

 

(……どうして、夢に入れないの?)

 

 ペンを握る指が震える。

 風悪との繋がりが、確かに“切られている”感覚。

 何度も試しても、夢の扉は開かない。

 

(黒い妖精……あなた、何をしたの……?)

 

 ペンを置く音が静かに響く。

 窓の外では、街の灯がゆらゆらと瞬いていた。

 

(分からない。魔のことも……風悪のことも……何も分からない……)

 

 一ノ瀬は両手で顔を覆った。

 夜の静けさが、心の中に深く沈んでいく。

 

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