【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

5 / 43
第五話 風が笑う日

「さーーーーーーん!」

 

 第一訓練場に、突き抜けるような声が響いた。

 聞き覚えのある高音。妃愛主(きさき あいす)だ。

 勢いよく扉が開かれ、金色の光が差し込む。妃は後ろで束ねた髪を揺らしながら、迷うことなく三井野燦(みいの さん)のもとへ駆け寄った。

 

「なんであたしに声かけてくれなかったの!?」

 

 開口一番、怒りとも寂しさともつかない声が飛ぶ。

 

「えっ……愛主? 他の先生に呼ばれてたから……」

 

 三井野は困惑しながらも答えた。

 妃が課題提出を忘れ、他の教師に呼び出されていたことは、その場の誰もが察するところだった。

 

「燦がいるなら、あたしも参加すればよかったっ!」

「うるさっ」

 

 王位富(おうい とみ)が、ため息交じりに一言。その声音は冷ややかで、しかしどこか慣れた調子を含んでいた。

 

「富! あんたねえ!」

「はいはい。」

 

 軽くあしらわれ、妃は頬を膨らませる。

 そのやり取りを見ながら、風悪(ふうお)はふと首を傾げた。彼らの間には、昨日今日で築かれたものではない独特の距離感がある。

 

「……もしかして、みんな出身同じだったりする?」

 

 風悪の素朴な問いに、夜騎士凶(よぎし きょう)が肩をすくめて答える。

 

「オレ、富、あいつ、それと三井野の四人が同じ中学出身だな。」

 

 彼らは海王(かいおう)中学の出身。

 一方で、一ノ瀬(いちのせ)五戸(いつと)六澄(むすみ)鳩絵(はとえ)の四人は魚篇(さかなへん)学園付属中学から進学している。

 そして二階堂(にかいどう)七乃(ななの)神ヶ原(かんがはら)中学。

 それぞれが小さな世界の中で繋がり、今のクラスを形成していたのだ。

 

「仲良いね」

 

 風悪が何気なく言うと、妃と王位が同時に叫んだ。

 

「仲良くない!」

 

 声がぴったり重なり、周囲が笑う。

 

「仲良しにしか見えませんけど」

「見えませんわね。」

 

 黒八(くろや)と七乃が穏やかに続けた。

 

「ちっ。男と仲いいとかありえないっしょ」

 

 妃はふいと顔を背けると、捨て台詞のように言い残して教室へと戻っていった。

 

「さっき“燦〜!”って叫んでたくせに」

 

 王位がぼそりと呟く。

 

「あはは……」

 

 当の三井野は、苦笑するしかなかった。

 

「さて──特別対策部“十三部”は、これで正式に結成されたわけだが」

 

 宮中潤(みやうち じゅん)が場の空気を切り替える。黒いマスク越しの声は、いつも通り淡々としていた。

 

「最初! 何すんの!?」

 

 夜騎士が、子どものような勢いで食いつく。

 

「“魔”による暴徒が出るまで、待機だ」

「えーーーーーーーーーー!」

 

 その場にいた全員が、揃って声を上げた。

 

「先生! 何のために結成したんですか!」

 

 夜騎士が詰め寄るが、宮中は肩をすくめるだけだ。

 

「あのな。お前たちはあくまで“学校”という限られた範囲での活動しか許されていない。本隊のⅩⅢ(サーティーン)とは違う。まだ半人前だ」

 

 冷たい言葉。だが、それが現実だった。

 

「まあまあ、凶君、落ち着いて」

 

 三井野が慌てて間に入る。

 王位が腕を組み、口を開いた。

 

「実際のところ、こちらから動いたとして“魔”がどんな形状かも分からないしな」

「確かに……動きようがないというか……」

 

 風悪も納得の表情で頷く。

 

「いや、まあ……そうなんだけど」

 

 夜騎士はどこか不服そうに唇を尖らせた。

 そんな彼を見て、七乃が凛とした声を上げる。

 

「危険なことは本部隊であるⅩⅢに任せるべきですわ。わたくしたちはまだ学生であることを、忘れてはなりません」

 

 その一言で、場の空気が少しだけ落ち着いた。

 

「でもでも! 三人ともおめでとう!」

 

 二階堂が両手を広げ、満面の笑みで言った。

 

「オレ、何もできないけど、影から応援するよ!」

「私もです!」

「私も!」

 

 黒八と三井野がほぼ同時に声を上げる。

 風悪は照れくさそうに頭をかいた。

 

「ちなみにだが……」

 

 宮中が、書類を手に言葉を続ける。

 

「来月、宿泊研修がある」

「宿泊研修?」

 

 風悪が首を傾げる。

 黒八がすぐに説明した。

 

「みんなでお泊まりして、オリエンテーリングとかやるやつです」

「ざっくりしてるね……」

 

 風悪は、まだよく理解できていない。

 そのとき、宮中の声が少し低くなった。

 

「環境が変われば、人間はストレスを受ける。ともなれば、必然──“魔”に飲まれて暴走する奴が現れるかもしれん」

 

 その言葉に、教室が静まり返る。

 

「なるほど!」

 

 夜騎士が明るく言って、沈黙を打ち消した。

 しかし、風悪の胸には小さな棘のようなものが残っていた。

 “魔”は、どこにでも潜んでいる。それが、風の流れを変えていくのだ。

 

 昼下がり。

 窓の外で春風が吹き抜けた。ほんの一瞬、全員が笑い合った。

 けれどその風の中に、誰も気づかない微かな囁きが混じっていた。

 ──“魔”は、ここにいる。

 

 教室へ戻る途中、廊下の角から軽い声が飛んできた。

 

「おめでとさん」

 

 振り向くと、四月(しづき)レンが壁にもたれていた。

 いつもより少しだけ柔らかい笑みを浮かべ、妙にご機嫌な様子だ。どこか皮肉めいたその声音に、風悪は苦笑する。

 

「四月……オレを売っておいて、よく言うよ」

「いいじゃん。暇してたろ? 退屈しのぎにはちょうどいいっしょ」

 

 軽快な口調。

 あの夜、雷と風がぶつかった時の鋭さは、もうどこにもない。

 四月は肩をすくめて、からかうように言葉を重ねる。

 そのやり取りを聞いていた夜騎士が、にやりと笑った。

 

「そういや風悪を推薦した時、噛みついてたよな。四月って戦えんのか?」

「いや、オレなんかより全然……」

 

 風悪は答えながら、夜の公園での戦いを思い出していた。雷が閃き、風が舞い、彼女は一切の迷いなく動いていた。あれが“戦えない”はずがない。

 四月は短く笑い、踵を返す。

 

「ま、せいぜい頑張りな。どうせすぐ忙しくなる」

 

 それだけ言い残し、自分の席へと戻っていった。

 どこか含みを持った言葉だったが、風悪はそれ以上は追及しなかった。

 

 放課後。

 淡い夕陽が差し込み、教室は黄金色に染まっていた。

 いつものように黒八空(くろや そら)が風悪に声をかける。

 

「風悪君、今日も一緒に帰ります?」

「うん、いいよ」

 

 変わらない日常。

 しかし、その日の空気はほんの少しだけ違っていた。

 一ノ瀬さわらが、静かにスマホを差し出してきたのだ。画面には短いメッセージが映っていた。

 

 ──『怪我とかないみたいで、安心した』

 

「うん、一ノ瀬もありがと」

 

 風悪は少し照れくさそうに答えた。その背後で、黒八が“うんうん”と満足げにうなずいている。

 一ノ瀬は指を動かし、もう一文を打った。

 

 ──『わかし君には気をつけて』

 

「六澄?」

 

 風悪は思わず教室の隅に目を向けた。

 六澄わかしは、いつもと変わらず黒縁の眼鏡越しにノートを眺めている。何も考えていないようでいて、どこか底が見えない。

 その不気味な静けさに、風悪は言いようのない寒気を覚えた。

 一ノ瀬の画面に、さらに一行。

 

 ──『今はこのしろちゃんが手綱を握っているけど』

 

「五戸が?」

 

 風悪が呟いたその瞬間、六澄の席に五戸このしろが歩み寄った。

 

「わっかし~、今日はコンビニ寄って帰るわよ~!」

「課金やめたら?」

「うっさい!」

 

 元気に言い返す五戸。その後ろから鳩絵かじかが顔を出す。

 

「かじかも~!」

 

 三人は笑いながら教室を出ていった。楽しげな声が遠ざかる。

 その光景を見て、風悪はようやく一ノ瀬の言いたいことを悟る。

 今はまだ笑っていられる。だが、その“バランス”が崩れた時が怖いのだ。

 一ノ瀬はスマホに最後の一文を打った。

 

 ──『何を考えてるのか、分からない。気をつけて』

 

「分かった、ありがと」

 

 風悪が短く答えると、一ノ瀬は静かに頷き、五戸たちのもとへ向かった。

 

「なにやらお楽しみでしたな!」

 

 黒八がにやにやと笑いながら、背後からひょいと顔を出す。どうやら男女の仲だと勘違いしているらしい。

 

「違う」

 

 風悪は即座に否定した。しかし、その声はどこか柔らかかった。

 黒八が小さく笑い、窓の外を見上げる。

 夕焼けの風が、カーテンを揺らした。

 

「……こういう日が、ずっと続くといいですね」

 

 その言葉に、風悪は何も返せなかった。

 ただ頷き、同じ方向を見つめる。

 この穏やかな日々が、永遠に続けばいい。“魔”も戦いもなく、ただ笑っていられる時間があれば。

 

 けれど、風は知っていた。そんな願いが、いかに儚いものかを。

 窓の外で、一瞬だけ、風が逆流する。

 木の葉が逆さに舞い上がり、沈む陽を隠した。

 

 その変化に、誰も気づかなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。