【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
「さーーーーーーん!」
第一訓練場に、突き抜けるような声が響いた。
聞き覚えのある高音。
勢いよく扉が開かれ、金色の光が差し込む。妃は後ろで束ねた髪を揺らしながら、迷うことなく
「なんであたしに声かけてくれなかったの!?」
開口一番、怒りとも寂しさともつかない声が飛ぶ。
「えっ……愛主? 他の先生に呼ばれてたから……」
三井野は困惑しながらも答えた。
妃が課題提出を忘れ、他の教師に呼び出されていたことは、その場の誰もが察するところだった。
「燦がいるなら、あたしも参加すればよかったっ!」
「うるさっ」
「富! あんたねえ!」
「はいはい。」
軽くあしらわれ、妃は頬を膨らませる。
そのやり取りを見ながら、
「……もしかして、みんな出身同じだったりする?」
風悪の素朴な問いに、
「オレ、富、あいつ、それと三井野の四人が同じ中学出身だな。」
彼らは
一方で、
そして
それぞれが小さな世界の中で繋がり、今のクラスを形成していたのだ。
「仲良いね」
風悪が何気なく言うと、妃と王位が同時に叫んだ。
「仲良くない!」
声がぴったり重なり、周囲が笑う。
「仲良しにしか見えませんけど」
「見えませんわね。」
「ちっ。男と仲いいとかありえないっしょ」
妃はふいと顔を背けると、捨て台詞のように言い残して教室へと戻っていった。
「さっき“燦〜!”って叫んでたくせに」
王位がぼそりと呟く。
「あはは……」
当の三井野は、苦笑するしかなかった。
「さて──特別対策部“十三部”は、これで正式に結成されたわけだが」
「最初! 何すんの!?」
夜騎士が、子どものような勢いで食いつく。
「“魔”による暴徒が出るまで、待機だ」
「えーーーーーーーーーー!」
その場にいた全員が、揃って声を上げた。
「先生! 何のために結成したんですか!」
夜騎士が詰め寄るが、宮中は肩をすくめるだけだ。
「あのな。お前たちはあくまで“学校”という限られた範囲での活動しか許されていない。本隊の
冷たい言葉。だが、それが現実だった。
「まあまあ、凶君、落ち着いて」
三井野が慌てて間に入る。
王位が腕を組み、口を開いた。
「実際のところ、こちらから動いたとして“魔”がどんな形状かも分からないしな」
「確かに……動きようがないというか……」
風悪も納得の表情で頷く。
「いや、まあ……そうなんだけど」
夜騎士はどこか不服そうに唇を尖らせた。
そんな彼を見て、七乃が凛とした声を上げる。
「危険なことは本部隊であるⅩⅢに任せるべきですわ。わたくしたちはまだ学生であることを、忘れてはなりません」
その一言で、場の空気が少しだけ落ち着いた。
「でもでも! 三人ともおめでとう!」
二階堂が両手を広げ、満面の笑みで言った。
「オレ、何もできないけど、影から応援するよ!」
「私もです!」
「私も!」
黒八と三井野がほぼ同時に声を上げる。
風悪は照れくさそうに頭をかいた。
「ちなみにだが……」
宮中が、書類を手に言葉を続ける。
「来月、宿泊研修がある」
「宿泊研修?」
風悪が首を傾げる。
黒八がすぐに説明した。
「みんなでお泊まりして、オリエンテーリングとかやるやつです」
「ざっくりしてるね……」
風悪は、まだよく理解できていない。
そのとき、宮中の声が少し低くなった。
「環境が変われば、人間はストレスを受ける。ともなれば、必然──“魔”に飲まれて暴走する奴が現れるかもしれん」
その言葉に、教室が静まり返る。
「なるほど!」
夜騎士が明るく言って、沈黙を打ち消した。
しかし、風悪の胸には小さな棘のようなものが残っていた。
“魔”は、どこにでも潜んでいる。それが、風の流れを変えていくのだ。
昼下がり。
窓の外で春風が吹き抜けた。ほんの一瞬、全員が笑い合った。
けれどその風の中に、誰も気づかない微かな囁きが混じっていた。
──“魔”は、ここにいる。
教室へ戻る途中、廊下の角から軽い声が飛んできた。
「おめでとさん」
振り向くと、
いつもより少しだけ柔らかい笑みを浮かべ、妙にご機嫌な様子だ。どこか皮肉めいたその声音に、風悪は苦笑する。
「四月……オレを売っておいて、よく言うよ」
「いいじゃん。暇してたろ? 退屈しのぎにはちょうどいいっしょ」
軽快な口調。
あの夜、雷と風がぶつかった時の鋭さは、もうどこにもない。
四月は肩をすくめて、からかうように言葉を重ねる。
そのやり取りを聞いていた夜騎士が、にやりと笑った。
「そういや風悪を推薦した時、噛みついてたよな。四月って戦えんのか?」
「いや、オレなんかより全然……」
風悪は答えながら、夜の公園での戦いを思い出していた。雷が閃き、風が舞い、彼女は一切の迷いなく動いていた。あれが“戦えない”はずがない。
四月は短く笑い、踵を返す。
「ま、せいぜい頑張りな。どうせすぐ忙しくなる」
それだけ言い残し、自分の席へと戻っていった。
どこか含みを持った言葉だったが、風悪はそれ以上は追及しなかった。
放課後。
淡い夕陽が差し込み、教室は黄金色に染まっていた。
いつものように
「風悪君、今日も一緒に帰ります?」
「うん、いいよ」
変わらない日常。
しかし、その日の空気はほんの少しだけ違っていた。
一ノ瀬さわらが、静かにスマホを差し出してきたのだ。画面には短いメッセージが映っていた。
──『怪我とかないみたいで、安心した』
「うん、一ノ瀬もありがと」
風悪は少し照れくさそうに答えた。その背後で、黒八が“うんうん”と満足げにうなずいている。
一ノ瀬は指を動かし、もう一文を打った。
──『わかし君には気をつけて』
「六澄?」
風悪は思わず教室の隅に目を向けた。
六澄わかしは、いつもと変わらず黒縁の眼鏡越しにノートを眺めている。何も考えていないようでいて、どこか底が見えない。
その不気味な静けさに、風悪は言いようのない寒気を覚えた。
一ノ瀬の画面に、さらに一行。
──『今はこのしろちゃんが手綱を握っているけど』
「五戸が?」
風悪が呟いたその瞬間、六澄の席に五戸このしろが歩み寄った。
「わっかし~、今日はコンビニ寄って帰るわよ~!」
「課金やめたら?」
「うっさい!」
元気に言い返す五戸。その後ろから鳩絵かじかが顔を出す。
「かじかも~!」
三人は笑いながら教室を出ていった。楽しげな声が遠ざかる。
その光景を見て、風悪はようやく一ノ瀬の言いたいことを悟る。
今はまだ笑っていられる。だが、その“バランス”が崩れた時が怖いのだ。
一ノ瀬はスマホに最後の一文を打った。
──『何を考えてるのか、分からない。気をつけて』
「分かった、ありがと」
風悪が短く答えると、一ノ瀬は静かに頷き、五戸たちのもとへ向かった。
「なにやらお楽しみでしたな!」
黒八がにやにやと笑いながら、背後からひょいと顔を出す。どうやら男女の仲だと勘違いしているらしい。
「違う」
風悪は即座に否定した。しかし、その声はどこか柔らかかった。
黒八が小さく笑い、窓の外を見上げる。
夕焼けの風が、カーテンを揺らした。
「……こういう日が、ずっと続くといいですね」
その言葉に、風悪は何も返せなかった。
ただ頷き、同じ方向を見つめる。
この穏やかな日々が、永遠に続けばいい。“魔”も戦いもなく、ただ笑っていられる時間があれば。
けれど、風は知っていた。そんな願いが、いかに儚いものかを。
窓の外で、一瞬だけ、風が逆流する。
木の葉が逆さに舞い上がり、沈む陽を隠した。
その変化に、誰も気づかなかった。