【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

54 / 60
第五十四話 因子の影、揺らぐ

 風が止んでいた。

 

 文月も半ば。

 ⅩⅢ(サーティーン)本部・監察医療棟――白を基調としたその廊下には、消毒液の匂いと、機械の小さな電子音だけが響いていた。

 

 東風心地(こち ここち)は、静かにベッドに横たわっていた。

 あの〈連携戦術試験〉から、すでに二日。

 外傷はほぼ癒え、呼吸も穏やかだった。

 だが、医療スタッフの誰もが、彼女の“内部”に潜む異常を見逃せずにいた。

 

 ――因子の残響。

 

 沈黙したはずのそれが、彼女の体内で、まだ微かに蠢いている。

 

 四月(しづき)レンは端末を操作し、波形データを凝視していた。

 モニターには安定した律動。けれど、その奥に、細く、震えるような乱れが走る。

 

「……おかしいな。安定しているはずだが、ここだけ波が乱れている」

 

 隣で宮中(みやうち)潤が腕を組み、画面を覗き込む。

 冷静な声が、機械の音に混ざって落ちた。

 

「例の〈-02y〉か……」

 

 宮中の問いに、四月は端末から目を離さない。

 

「師、これは〈-02〉とは別物……と考えていいのですか?」

 

 四月はしばし沈黙した。

 スクリーンの微かな揺らぎを見つめながら、淡い光を瞳に映す。

 

「“魔”ではない。……けれど、“魔”に似たもの」

 

 その声音は低く、重かった。

 

五戸(いつと)の過去と繋がり……そして、一ノ瀬が追う、もうひとつの“魔”のような存在」

 

 宮中が息を詰める。

 

「ある意味、“魔”が二つ……あるということですか?」

 

 四月は何も答えず、そっと端末を閉じた。

 電子音が途切れる。

 その瞬間、窓の外で、ひと筋の風が鳴った。

 

 ――因子の影は、まだ消えていない。

 

 東風心地は、その音で目を覚ました。

 隔離された静かな室内。

 薄いカーテン越しに光が射し、天井の蛍光灯と交わって淡く滲む。

 

 ぼんやりとした頭で、彼女は思考をめぐらせた。

 

(……なぜ、私はA組に負けたの?)

 

 悔しさよりも、空白のような感情が胸を占める。

 あの少年――夜騎士(よぎし)凶の笑顔が、脳裏に浮かんだ。

 

(……彼を、手に入れたい。どうすれば……)

 

 そのとき。

 どこからともなく、声が聞こえた。

 

『あなたに、力を与えましょうね』

 

「……だれ?」

 

 東風は身を起こし、周囲を見渡した。

 誰もいない。

 だが、確かに声はそこにあった。

 

『ね、これを使って。これに魂を集めて。集めきったら――あなたの願いを叶えてあげる』

 

 金属の擦れる音が響く。

 カラン、と床に何かが転がった。

 

 視線を向けると、そこには――大きな“ハサミ”があった。

 異様な光沢を放つ銀の刃。

 冷たい気配が、空気ごと彼女の頬を撫でた。

 

 東風は直感した。

 このハサミで人を切り、魂を集めればいい。

 そうすれば、あの声が願いを叶えてくれる。

 

 その思考は、いつのまにか自然に心へ染み込んでいた。

 

「……そう、ね」

 

 彼女はハサミを手に取った。

 まるでそれが、自分の身体の一部であるかのように。

 

 次の瞬間、警備システムの赤いランプが点滅した。

 監察医療棟の隔離室の扉が音もなく開く。

 

 東風心地は、静かに外へ歩き出した。

 

 一ノ瀬さわらは、その異変を感じ取っていた。

 実技試験で顕わにした東風の異能――あの暴走の“波”を、肌で感じたのだ。

 

(このしろちゃんの友達を誑かした……あの“声”のせい……)

 

 怒りと焦りが交錯する。

 一ノ瀬は制服のポケットから端末を取り出し、監察医療棟の監視マップを開いた。

 異常波形反応――ひとつ。

 

(……東風さん)

 

 彼女は迷わなかった。

 足早に、監察医療棟へ向かう。

 

 その途中、廊下の角を曲がった瞬間。

 金属音。

 

 ――そして、黒い風。

 

 隔離室から出てきた東風心地が、そこに立っていた。

 その手には、鈍く光る大きなハサミ。

 

 その刃先を、一ノ瀬に向ける。

 次の瞬間、風が爆ぜた。

 

 銀の大鋏が月光を弾き、一ノ瀬へと一直線に迫る――

 

 だが、見えない糸が先に走った。

 床から立ちのぼる白い菌糸が、空中で編み目を描き、刃もろとも東風の腕を絡め取る。

 

「なっ!?」

 

 東風心地の動きがぴたりと止まる。困惑と驚愕が同時に表情を走った。

 

 一ノ瀬は一歩、踏み出した。

 怒気を宿したまま視線を外さず、指先を払う。

 菌糸がきりりと締まり、手首を鋭く切り裂く。

 

「きゃぁぁっ!?」

 

 鋭い痛みに膝が落ちる。

 東風の指から力が抜け、握られていた大鋏がカランと乾いた音を立てて床に転がった。

 

 一ノ瀬は近づくと、その刃を靴底で踏み据える。

 何度も、何度も。

 

(こんなものがあるせいで……)

 

 声にはしない。

 それでも、繰り返される足音だけで、その怒りと決意は十分に伝わった。

 

 東風は歯を食いしばり、風を起こそうとした――その瞬間、黒い縄が彼女の腰に絡みつく。

 影のように伸びたそれはぐんと引き上げ、東風の体を宙へと吊り上げた。

 

「なっ!? なんですの!? 次から次にっ!」

 

 叫びもむなしく、黒縄はふっとほどける。

 支えを失った身体が短く落ち、床に打たれた衝撃で東風は意識を手放した。

 

「さわらちゃん! やるなら呼んでよね!」

 

 背後から弾む声。振り向けば五戸(いつと)このしろ。

 そのさらに後ろ、六澄(むすみ)鳩絵(はとえ)が無表情/にこやかに続いていた。

 

『ごめん』

 

 一ノ瀬はスマホに短く文字を打ち、画面を掲げる。

 五戸は肩をすくめた。

 

「別にいいけど、かじかちゃん!」

 

「はーい!」

 

 鳩絵がしゃがみ込み、転がった大鋏をさらさらと一筆でなぞる。

 金属の輪郭は紙の線へと変わり、すべては一枚の絵へ吸い込まれていった。

 

「これでまた増えたね」

 

 鳩絵は満足そうに、その絵をファイルに収める。

 

「聞きたいことあったけど、気絶してるか……。まあ、聞いたところで“声が聞こえたー”くらいしか言わないんだろうけど〜」

 

 五戸が悪態をつく。

 ほどなく監察医療棟のスタッフが駆けつけ、騒ぎは収束へ向かった。

 監視映像の確認で、事態は正当防衛と判断される。

 

 一ノ瀬は何も言わず、強くスマホを握りしめた。

 まだ熱の残る怒りを、掌に押しとどめるように。

 

 六澄はそんな彼女を、黙って見ていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。