【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
午前監察医療棟。
朝の光は薄く、消毒液の匂いだけが白い廊下に残っていた。
観察窓の向こうで、
視線は伏せたまま、何かを思い出そうとしては、すぐに手放すようにまた沈む。
観測端末を操作する
波形が静かに縮み、ひとつの線が画面から消える。
「……確認。〈-02y〉、完全消滅。波形ごと“存在が抜け落ちた”」
隣で
「静かすぎる静けさは、だいたい嵐の前だ」
「配布の痕跡は残らず。……記憶も曖昧化。『声』についての証言は断片的か」
四月は端末に追記を打ち、視線だけで隔離室を示した。
面談の間、東風は謝罪を口にしなかった。
ただ、何度か小さく首を振り、目を伏せた。
自分の中で何が起きたのか、掴みきれないのだ。
宮中は立ち上がる。
「経過観察はここで終了だ。授業復帰を許可する」
扉が開く。
東風は礼をし、言葉にならない息をひとつ残して廊下へと消えた。
四月は画面を閉じた指先を、しばし宙に留める。
(消えた――いや、“無かったことにされた”)
正午の美術準備室。
美術準備室には紙の匂いと絵具の気配がする。
「タイトル、『#013《
昨夜の東風心地が持っていた大鋏だ。
「#010《小さな棘》、#011《鳴く刃》、#012《糸口》……はい、次」
「搬送。」
ふいに、ファイルが一冊、微かに震えた。
机の上で、紙の端が「さら」と鳴る。
「……まだ残ってる」
鳩絵は眉を寄せ、上描きを入れた。
輪郭へ、輪郭を重ねる。
塗り重ねた線が錠の形になり、震えは止む。
「封印、強度上げ完了」
放課後の教室。
午後の教室は、夏の光で少し白い。
窓際の影が揺れ、誰かの笑い声が遠くで弾む。
「“影のサポート係”、しばらく私が続けます。危なくなったときだけ、お願いしますね、太陽さん」
胸元に手を添え、小さく祈るように微笑む。
辻は椅子から立ち、背中を伸ばす。
「オレ、鍛錬し直す。暴走もしない。……もう、あの時みたいにはならない」
妃
深呼吸。
それから、何事もなかったみたいに席へ戻った。
三井野
妃も同じ笑顔を作って座る。
口に出さない「ただいま」が、机の上で静かに交差した。
「ギフトカードまだ?」
五戸の一言に、教室のあちこちでくすくす笑いが弾ける。
「活躍したんだから! ちゃんとよこしなさいよ?」
と五戸はすかさず畳みかけ、さらに笑いが広がった。
「申請中だ」王位は相変わらずの調子で短く返す。
開け放たれた窓から入る夏の風が、黒板のチョークの粉をふわりと揺らした。
空気が、少し軽くなる。
夕暮れの屋上。
夕陽がコンクリートに長い影を落としていた。屋上の柵にもたれ、風悪は空を見上げる。
「……時々、風が勝手に動く。でも、今は……怖くない」
翅がかすかに光り、頬を撫でる風は柔らかい。
「お前は“使われる側”じゃない。風はお前のもんだ」
それだけを言って、目を細めた。
声は、いつものぶっきらぼうさを保ったまま、少しだけ優しい。
遠くで部活の掛け声。夏の気配が街に沈んでいく。
風悪は目を閉じ、呼吸を合わせた。戻ってきた風は、もう乱れない。
(還ってくる。――ちゃんと、ここに)
──観測室。
夜。観測室のモニタ群は海のように青く、端末のカーソルが小さな灯台のように揺れている。
四月は記録を締めた。
「L-13――休眠状態継続。-02y――消滅。配布経路は“夢経由の媒介”仮説を保留」
打ち込む指は正確で、迷いがない。
「今日は、もう終わりだ」
宮中が椅子の背に体を預け、マスクの奥で小さく息を吐く。
四月は『送信』のキーを押し、画面の光を眺めた。
窓の外で、風が一度だけ鳴った。
――その音は、どこか懐かしい。
その夜、風悪は夢を見た。
走る電車。揺れる蛍光灯。
窓の外、街の灯が点々と後ろへ流れる。
シートの向かいに、黒い妖精が座っている。
透明な翅、静かな微笑。ラウロス。
「また近くで見られなくて残念だ」
何気ない口調で、それだけを言う。
足を組み、楽しそうに目を細める。
車輪の音が遠ざかる。
風悪が瞬きをした瞬間、窓ごと景色がふっと切り替わり――
朝だった。
蝉の声。カーテンの隙間から差し込む夏の光。
風は部屋の隅で丸まり、静かに息をしている。
(……行こう)
風悪は起き上がる。
今日の風は、いい予感がした。