【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第五十七話 灯と影、二人の街

 夏休みの夜。

 港の空気は、潮と油の匂いが混ざっていた。

 遠くで波が砕け、倉庫群の鉄扉を鈍く叩く。

 その合間に、風鈴の音だけが妙に澄んで響いている。

 

 学園の警備補助として、十三部に声がかかる。

 夜騎士(よぎし)と王位は街の“異能反応の調査任務”を任されることになった。

 

「富。例の反応、ここで間違いないのか?」

 

 夜騎士凶が歩を止め、闇の奥を見据えた。

 青黒い髪が風に流れ、薄闇の中で青い眼光が光る。

 港の夜は深い。

 昼間の喧騒が嘘のように、どの倉庫も影を潜ませていた。

 

「ああ。観測班からの報告通りだ。

 残留波形――-02系列とは違う。だが“異能の痕”ではある」

 

 王位富は端末を操作し、指先の光で倉庫の壁を照らした。

 液晶の中央、赤い点がひとつ、微かに脈動している。

 それは、空気中の“記憶粒子”が再燃を始めた座標を示していた。

 

「……灯が、戻ってる」

 

 王位の声が低く震えた。

 通路の奥、古びたガソリン灯が逆流するように点滅している。

 炎が燃え上がるのではなく、消えた炎が“戻る”。

 燃え尽きた灰から火種が再び形を取り、

 ゆっくりと時間を逆行するように揺れていた。

 

「どういう現象だ……?」

 

 夜騎士が眉を寄せる。

 その手から青黒い影が伸び、やがて鎌の形を取った。

 彼は迷わず闇を斬る。

 

 刃が空気を裂いた瞬間、

 空間がわずかに歪み、音がひとつ、ひしゃげた。

 低く短い、破裂のような音。

 それだけで、港の風が一瞬、止まる。

 

「行くぞ。」

 

 二人は影を踏み、通路の奥へ進む。

 逆さに揺れる灯火が、彼らの輪郭を歪ませていた。

 過去と現在、その境界が曖昧になる。

 

 ――そして、

 最奥の壁際に、“それ”は立っていた。

 

 人の形。

 けれど、熱はなかった。

 炎を纏いながら、氷のように静まり返っている。

 

 願いを燃やしきれず、燃えることを忘れた“残響”。

 

「……人だったのか?」

「“だった”だな」

 

 夜騎士が低く呟く。

 王位は腰の鞘を持ち上げた。

 剣を抜くことはない。鞘そのものが刃。

 彼は鞘で空気を一閃する。

 

 カン、と乾いた音。

 その瞬間、炎の人影が割れた。

 中から漏れた光が、潮風の中で形を失っていく。

 

「……終わりか?」

「いや、まだ“灯り”が残ってる」

 

 夜騎士が影を広げ、風の流れを変える。

 炎の粒がふっと揺らぎ、

 王位の足元に流れていく。

 

 音と炎が、同時に弾けた。

 夜の港に、白い閃光が一瞬だけ走る。

 

 沈黙のあと――

 残響は完全に消えていた。

 灯火が逆流する現象も止まり、港にはただ潮の匂いが残る。

 

 王位が息を吐いた。

 

 「まったく、こういう非論理的な現象は苦手だ」

 

 夜騎士は肩をすくめる。

 

 「理屈より先に手が出る奴よりはマシだろ」

 

 二人はしばし見つめ合い、

 そして、ほんの少し笑った。

 

 潮風が吹く。

 東の空が、かすかに白み始めていた。

 波の間から差し込む光はまだ弱く、夜と朝の境がどちらにも傾いている。

 

 王位が歩き出しながら、ぽつりと呟く。

 

「……灯が戻るなんて、変な話だよね」

 

「いったい、何が起きている……」

 

 夜騎士の声は低く、どこか警戒を含んでいた。

 王位は小さく頷く。

 二人の足音が、夜明けの波音に混じって消えていった。

 

 港の奥――誰もいないはずの場所で、

 風鈴がひとつだけ鳴った。

 音の余韻は逆流し、

 灯は消え、風だけが残った。

 

 *

 

 ――ⅩⅢ(サーティーン)本部・報告室。

 

 白い蛍光灯の下で、宮中潤が書類を閉じた。

 壁には無数の監視波形と、記録映像のモニターが並んでいる。

 

「ご苦労」

 

 その声に、夜騎士と王位は同時に頭を下げた。

 

「先生、逆流するなんて聞いたことがない」

「いったい、何が起きているんですか?」

 

 当然の質問だった。

 だが宮中は短く答える。

 

「……まだ、わからん」

 

 王位が眉を寄せる。

 夜騎士は腕を組み、わずかに前のめりになった。

 

 沈黙のあと、宮中は一息だけついてから言葉を継いだ。

 

「それより、早く帰って休め。

 現場の風にあたるのは、一晩でも体力を削ぐ」

 

「えー、来たばっかじゃん!」

 

 夜騎士が不満を口にする。

 その瞳には好奇心の光。

 彼にとってⅩⅢは憧れの象徴だった。

 

「ってか、さ……少しでいいから中、見せてくれよ。

 “本部”の中、ちゃんと見てみたいんだ」

 

 羨望を混ぜた声。

 それを、宮中も王位も即座に否定した。

 

「……ダメだ」

「流石に、無理だよ」

 

 王位が静かに言い、宮中は資料を机に戻す。

 その指が一瞬だけ止まった。

 

「――子供が、居ていい場所じゃない」

 

 低く落とされたその言葉に、夜騎士は首をかしげた。

 聞こえてはいた。

 けれど、その真意までは読み取れなかった。

 

 宮中は視線を逸らし、窓の外を見やる。

 街の上では、朝の光がゆっくりと流れていた。

 

(……師のような子を、これ以上増やすわけにはいかない)

 

 その胸中を、誰も知らない。

 彼にとって“任務”と“教育”の境界は、いつだって苦いものだった。

 命を危険に晒すことを、まだ子どもに背負わせたくはない。

 ただそれだけの、静かな願い。

 

 沈黙が落ちる。

 壁際の風鈴が、不意に鳴った。

 

 チリン――。

 

 音は一度だけ逆に響き、

 誰もいない通路の奥へと吸い込まれていった。

 

 宮中は顔を上げる。

 朝の光が差し込み、机上の書類を照らした。

 

「……次は、何が戻る?」

 

 呟きは誰の耳にも届かない。

 ただ、外の風だけがそれに応えるように吹いた。

 

 ――灯は消え、風が残る。

 夏の夜明けは、静かに終わった。

 

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