【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
――Ⅰ 灯の夜(七乃と二階堂)
夕暮れが、街を金色に染めていた。
屋台の並ぶ通りには、提灯がひとつ、またひとつと灯っていく。
空気の中に漂うのは、焼きとうもろこしと甘い綿飴の匂い。
七乃朝夏は、両手に袋を抱えてその真ん中を歩いていた。
「
彼女の声に、少し後ろから二階堂秋枷が苦笑する。
「そんなに走らなくても逃げないよ、屋台は」
「だって! こういうの、久しぶりなんですもの!」
七乃は嬉しそうに振り向いた。
浴衣の帯がひらりと揺れ、髪に挿した小さな花飾りが光を反射する。
山間の町で開かれる“風鈴祭”。
風鈴の音で夏を祓う古い習わしだ。
七乃はその音の響きに、微かに精霊の気配を感じ取っていた。
「……風、優しいですね」
立ち止まり、風鈴の列を見上げる。
無数の短冊が、風とともにささやきを繋げている。
──どうか、もう一度。
──また笑えますように。
風の音に重なる“願い”の声が、七乃には確かに聞こえていた。
彼女はそっと目を閉じ、胸の前で手を合わせる。
(精霊さん、どうか、みんなを見守ってください……)
その祈りに、淡い光の粒が応えるように浮かび上がった。
二階堂がそれに気づき、微笑む。
「……七乃さん、また祈ってる?」
「ええ。精霊さんたちは、お祭りが好きなんです。
にぎやかなのに、ちゃんと“祈り”があるから」
二階堂は少し考え、屋台の鈴守りを買って七乃に渡した。
小さな青い鈴――音が鳴るたびに、七乃の瞳がやさしく揺れる。
「ありがとうございます。これ、大切にしますね」
夜が深まり、花火の音が遠くで響いた。
七乃は振り返り、空を見上げた。
光の中に、小さな精霊たちが浮かんで見えた気がした。
——夏の夜の灯は、優しく、儚い。
だからこそ、忘れられない。
*
――Ⅱ 墓標の昼(一ノ瀬と
翌日。
風鈴祭の翌朝とは思えぬほど、空は澄んでいた。
蝉の声が響く中、一ノ瀬さわらと五戸このしろは山道を登っていた。
「まじで暑いんですけどお……」
五戸が額の汗を拭いながらぼやく。
一ノ瀬は静かに首を振り、背中のリュックから花を取り出した。
古い石段の先――小さな墓地があった。
そこには、かつて五戸の“友達”が眠っている。
「……来るの、一年ぶりか」
五戸の声は少し震えていた。
一ノ瀬は言葉を発さない。
代わりにスマホに文字を打つ。
『一緒に来れて、よかった』
五戸はその画面を見て、少しだけ笑った。
「ありがと。……ねぇ、さわらちゃん。
あたし、まだちゃんと“許せて”ないのかも」
一ノ瀬はゆっくりと首を横に振る。
“許せなくていい”――その意味を目で伝える。
二人は並んで墓前に立ち、花を供える。
風が吹き抜け、風鈴の音が遠くで鳴った。
五戸は手を合わせ、ぽつりと呟く。
「……あんたが見たかった夏、今年もちゃんと来たよ」
空は青く、雲は高かった。
蝉の声が遠くで続き、
一ノ瀬のスマホ画面に、短い一行が浮かんでいた。
『生きて、見ている』
五戸はその言葉を見て、目を閉じた。
涙ではなく、笑顔で。
*
――Ⅲ 墓標の夜(
その夜、雨雲が低く垂れ込めていた。
雷も鳴らず、ただ、静かな雨が降り続いている。
山の外れ。
古い訓練場の跡地にある無数の墓標。
その数、四百九十九。
四月レンは、黒い傘もささずにそこへ立っていた。
制服の裾が雨を吸い、重く沈む。
墓標のひとつひとつに刻まれた名を、
彼女はゆっくりと、指先でなぞった。
「……私は、まだ生きてる」
小さな声だった。
夜気に溶けるほどの、かすかな声。
風も止み、雨音だけが彼女の周りを包む。
その指が止まったのは、一番中央――
名がほとんど消えかけた、石の一つ。
「みんなの願い、私がすべて背負うから……」
その言葉と同時に、雨脚が強くなった。
まるで空が、代わりに泣いているかのように。
冷たい雫が頬を打ち、髪を濡らす。
彼女は天を仰いだ。
光のない夜空。
けれどその目は、確かに“生きる”と告げていた。
「この命、賭けるなら――仲間のために、だ。
死にゆくなら、戦場で」
声は雨にかき消された。
それでも、その祈りは墓標の列に染み渡る。
四百九十九の亡骸。
選ばれ、そして“耐えられなかった”子どもたち。
その誰もが夢見た明日を、
四月だけが背負って生きている。
彼女は最後に一歩、後ろへ下がり、静かに頭を下げた。
――雨音が止むまで、彼女はそこに立ち尽くしていた。
灯もなく、声もなく。
ただ、生き残った者の呼吸だけが、確かにあった。
*
午後、山を下る途中。
風が、また一度だけ吹いた。
どこからともなく、夏祭りの鈴の音が返ってくる。
「……聞こえた?」
五戸が振り向く。
一ノ瀬は静かに頷いた。
二人の影が道に重なる。
その上を、白い蝶が横切っていった。
——夏はまだ、終わらない。