【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第五十八話 祭りの灯と、夏の墓標

――Ⅰ 灯の夜(七乃と二階堂)

 

 夕暮れが、街を金色に染めていた。

 屋台の並ぶ通りには、提灯がひとつ、またひとつと灯っていく。

 空気の中に漂うのは、焼きとうもろこしと甘い綿飴の匂い。

 七乃朝夏は、両手に袋を抱えてその真ん中を歩いていた。

 

秋枷(あきかせ)君、こっちですっ!」

 

 彼女の声に、少し後ろから二階堂秋枷が苦笑する。

 

「そんなに走らなくても逃げないよ、屋台は」

 

「だって! こういうの、久しぶりなんですもの!」

 

 七乃は嬉しそうに振り向いた。

 浴衣の帯がひらりと揺れ、髪に挿した小さな花飾りが光を反射する。

 

 山間の町で開かれる“風鈴祭”。

 風鈴の音で夏を祓う古い習わしだ。

 七乃はその音の響きに、微かに精霊の気配を感じ取っていた。

 

「……風、優しいですね」

 

 立ち止まり、風鈴の列を見上げる。

 無数の短冊が、風とともにささやきを繋げている。

 

 ──どうか、もう一度。

 ──また笑えますように。

 

 風の音に重なる“願い”の声が、七乃には確かに聞こえていた。

 彼女はそっと目を閉じ、胸の前で手を合わせる。

 

(精霊さん、どうか、みんなを見守ってください……)

 

 その祈りに、淡い光の粒が応えるように浮かび上がった。

 二階堂がそれに気づき、微笑む。

 

「……七乃さん、また祈ってる?」

「ええ。精霊さんたちは、お祭りが好きなんです。

 にぎやかなのに、ちゃんと“祈り”があるから」

 

 二階堂は少し考え、屋台の鈴守りを買って七乃に渡した。

 小さな青い鈴――音が鳴るたびに、七乃の瞳がやさしく揺れる。

 

「ありがとうございます。これ、大切にしますね」

 

 夜が深まり、花火の音が遠くで響いた。

 七乃は振り返り、空を見上げた。

 光の中に、小さな精霊たちが浮かんで見えた気がした。

 

 ——夏の夜の灯は、優しく、儚い。

 だからこそ、忘れられない。

 

 *

 

――Ⅱ 墓標の昼(一ノ瀬と五戸(いつと)

 

 翌日。

 風鈴祭の翌朝とは思えぬほど、空は澄んでいた。

 蝉の声が響く中、一ノ瀬さわらと五戸このしろは山道を登っていた。

 

「まじで暑いんですけどお……」

 

 五戸が額の汗を拭いながらぼやく。

 一ノ瀬は静かに首を振り、背中のリュックから花を取り出した。

 

 古い石段の先――小さな墓地があった。

 そこには、かつて五戸の“友達”が眠っている。

 

「……来るの、一年ぶりか」

 

 五戸の声は少し震えていた。

 

 一ノ瀬は言葉を発さない。

 代わりにスマホに文字を打つ。

 

『一緒に来れて、よかった』

 

 五戸はその画面を見て、少しだけ笑った。

 

「ありがと。……ねぇ、さわらちゃん。

 あたし、まだちゃんと“許せて”ないのかも」

 

 一ノ瀬はゆっくりと首を横に振る。

 “許せなくていい”――その意味を目で伝える。

 

 二人は並んで墓前に立ち、花を供える。

 風が吹き抜け、風鈴の音が遠くで鳴った。

 

 五戸は手を合わせ、ぽつりと呟く。

 

「……あんたが見たかった夏、今年もちゃんと来たよ」

 

 空は青く、雲は高かった。

 蝉の声が遠くで続き、

 一ノ瀬のスマホ画面に、短い一行が浮かんでいた。

 

『生きて、見ている』

 

 五戸はその言葉を見て、目を閉じた。

 涙ではなく、笑顔で。

 

 *

 

――Ⅲ 墓標の夜(四月(しづき)レン)

 

 その夜、雨雲が低く垂れ込めていた。

 雷も鳴らず、ただ、静かな雨が降り続いている。

 

 山の外れ。

 古い訓練場の跡地にある無数の墓標。

 その数、四百九十九。

 

 四月レンは、黒い傘もささずにそこへ立っていた。

 制服の裾が雨を吸い、重く沈む。

 墓標のひとつひとつに刻まれた名を、

 彼女はゆっくりと、指先でなぞった。

 

「……私は、まだ生きてる」

 

 小さな声だった。

 夜気に溶けるほどの、かすかな声。

 

 風も止み、雨音だけが彼女の周りを包む。

 その指が止まったのは、一番中央――

 名がほとんど消えかけた、石の一つ。

 

「みんなの願い、私がすべて背負うから……」

 

 その言葉と同時に、雨脚が強くなった。

 まるで空が、代わりに泣いているかのように。

 冷たい雫が頬を打ち、髪を濡らす。

 

 彼女は天を仰いだ。

 光のない夜空。

 けれどその目は、確かに“生きる”と告げていた。

 

「この命、賭けるなら――仲間のために、だ。

 死にゆくなら、戦場で」

 

 声は雨にかき消された。

 それでも、その祈りは墓標の列に染み渡る。

 

 四百九十九の亡骸。

 選ばれ、そして“耐えられなかった”子どもたち。

 その誰もが夢見た明日を、

 四月だけが背負って生きている。

 

 彼女は最後に一歩、後ろへ下がり、静かに頭を下げた。

 

 ――雨音が止むまで、彼女はそこに立ち尽くしていた。

 

 灯もなく、声もなく。

 ただ、生き残った者の呼吸だけが、確かにあった。

 

 *

 

 午後、山を下る途中。

 風が、また一度だけ吹いた。

 どこからともなく、夏祭りの鈴の音が返ってくる。

 

「……聞こえた?」

 

 五戸が振り向く。

 一ノ瀬は静かに頷いた。

 

 二人の影が道に重なる。

 その上を、白い蝶が横切っていった。

 

 ——夏はまだ、終わらない。

 

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