【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第六話 風が誘う日

 未だ卯月。

 来月に控えた宿泊研修の準備が、少しずつ始まろうとしていた。

 魔の暴走、十三部の結成、試練──目まぐるしい出来事が続いたが、あれからまだ一か月も経っていなかった。

 

 春の陽光が差し込む教室。

 いつも通りのざわめきの中、黒八空(くろや そら)風悪(ふうお)の席に歩み寄る。

 

「風悪君、一緒に買い物に行きましょう!」

 

 満面の笑み。その明るさは、このクラスでも特に眩しい。

 

「買い物?」

「宿泊研修の準備です! いろいろ足りないものがあるので!」

 

 黒八の提案に、風悪は少し戸惑いながらも頷いた。

 この学校に来てまだ日が浅い。頼ってもらえるのが、なんだか嬉しかったのだ。

 

「いいよ。オレも何買えばいいか分かんないし、助かる」

「よかった! じゃあ今度の休日にでも!」

 

 黒八がぱっと笑顔を弾けさせた瞬間、風悪はふと――視線を感じた。

 誰かがこちらを見ている。

 目線の先。斜め前の席、辻颭(つじ せん)

 目が合った。だが彼は、すぐに顔を背けた。まるで“関わりたくない”というように。

 

 風悪は一瞬ためらったが、心のどこかで引っかかりを覚えた。

 

「辻! 一緒に来る?」

 

 声をかけると、黒八がすぐに反応する。

 

「おお! いいですね! 行きましょう、辻君!」

 

 朗らかな声に、教室の空気が一瞬やわらぐ。

 だが辻は、机に視線を落としたまま口を開いた。

 

「オレは……いい」

 

 短く、冷たく。それ以上の言葉はなかった。

 風悪は小さく息をつく。そういえば――彼のことをほとんど知らない。

 四月(しづき)夜騎士(よぎし)王位(おうい)とはよく話す。一ノ瀬や黒八、二階堂ともそれなりに言葉を交わす。五戸や妃たちの顔も覚えた。

 けれど、辻だけはいつも“そこにいるのに、いない”。

 クラスの一角、風の通らない場所にひっそりと立っているような存在だった。

 

 クラスで浮かないようにしているのだろうか。そんな推測が浮かぶ。

 けれど、どうしてだか“放っておけない”という気持ちが勝った。

 

「辻!」

 

 風悪は立ち上がり、辻の席に歩み寄る。

 その背後で黒八が、まるで応援するかのようにうんうんと頷いていた。

 

「頼む、手伝ってくれないか?」

 

 不意に差し出された手に、辻は眉をひそめる。

 

「辻君、風悪君を助けましょう!」

 

 黒八が力強く言うと、教室の空気がわずかに和んだ。

 しかし辻は依然として表情を変えず、机に肘をついてぼそりと答える。

 

「別にオレじゃなくても……夜騎士とかでいいんじゃ?」

「うっ……それは、まあ……」

 

 風悪は言葉に詰まる。

 確かにもっと適任はいる。だが、そうじゃない。そういうことではないのだ。

 その空気を察したのか、黒八がふわりと笑みを浮かべた。

 

「せっかくですし、私も辻君と話してみたいです」

 

 柔らかな声。その言葉に、辻はようやく顔を上げた。

 

「……えー」

 

 小さく、力なく。

 そこには、拒絶とも戸惑いともつかない微妙な影が差していた。

 その表情を見た瞬間、風悪の胸にざらりとした違和感が残った。

 まるで“誰かに似ている”ような――。

 

 しかし、その正体を掴む前に、昼休みの鐘が鳴った。

 教室が一斉にざわめき出し、辻はその中に静かに溶け込んでいった。

 

 春の陽が傾き始める。

 その窓辺で、風悪はぼんやりと呟いた。

 

「……辻、やっぱり、気になるな」

 

 黒八は、笑顔のまま答えた。

 

「じゃあ、放課後、みんなで行きましょう」

 

 何気ないその一言が、この日の“分岐点”になることを、風悪はまだ知らなかった。

 

 卯月も半ば。

 春の風が柔らかく街を撫でていた。

 来月の宿泊研修を前に、必要な物を買い揃えようという話になった休日のことだ。

 集まった顔ぶれは、風悪、辻颭、黒八空、夜騎士凶(よぎし きょう)王位富(おうい とみ)の五人。

 

「てか、なんで凶たちも?」

 

 風悪が苦笑しながら問う。

 

「なんか困ってるって言うから?」

 

 夜騎士は肩を竦めて、当然だろという顔で答える。

 

「えへへ。せっかくなので夜騎士君と王位君も呼んじゃいました!」

 

 黒八が嬉しそうに笑う。どこか得意げに胸を張って。

 

「……余計オレ、いらなくない?」

 

 辻がぽつりとこぼす。

 

「まあ、いいじゃないか」

 

 王位が柔らかく笑いながら答えた。

 風悪はその空気に小さく笑い、肩の力を抜いた。何でもない会話が、やけに心地よく思えた。

 

 ショッピングモールに到着すると、それぞれが思い思いの方向へ散っていった。

 食料、衣類、日用品。

 雑踏の中で、五人の姿はすぐに見えなくなる。

 穏やかな休日。そんな言葉が似合う光景だった――あの悲鳴が響くまでは。

 

 キャアアアアッ!!

 甲高い悲鳴が、フロアの奥から響いた。

 その瞬間、空気が変わる。

 風悪たちは一斉に顔を上げた。

 視線の先で、人々が押し合い、逃げ惑っている。

 

 黒い靄のようなものをまとった人間が、獣のように暴れていた。

 一人、二人ではない。五人、六人。「魔」に支配された者たちだ。

 

「行くか、“十三部”!」

 

 夜騎士が叫ぶ。

 だが、足が止まった。

 人の波。逃げ惑う群衆が視界を遮り、下手に動けば巻き込むだけだ。

 

「流石に人が多すぎる!」

 

 王位が焦りの声を上げる。

 

「風で上から……!」

 

 風悪が提案しかけたその瞬間。

 

 ――ドンッ。

 

 乾いた衝撃音が響いた。

 風悪の背筋が、ぞくりと震えた。知っている。この音を。

 あの夜――雷鳴の音だ。

 

 稲光が走る。

 眩しい閃光が、暴徒たちの群れを一瞬で薙ぎ倒していった。

 出力を巧みに調整された雷が、見事に“人間だけ”を避けている。

 

「……四月(しづき)

 

 風悪が、ぽつりとその名を呟く。

 人々の間を縫って見えるあの姿。

 白い肌、黒髪、そして電光のような瞳。

 ――四月レン。

 

 彼女の指先から放たれた稲妻が、正確に“魔”を打ち抜く。

 その一撃一撃が、まるで“舞”のようだった。

 数分。それだけで戦闘は終わった。

 

 静寂。

 焼け焦げた床の上に、暴徒たちだけが倒れている。

 

ⅩⅢ(サーティーン)だ……!」

 

 誰かの呟きが人混みの中から漏れた。

 次の瞬間、拍手と歓声が広がる。英雄を称えるように。

 その中心に、四月が立っていた。スマホを耳に当て、冷静に報告をしている。

 

「任務完了──」

 

 短い言葉。だがそれだけで、すべてを支配していた。

 

「え、まじ? 四月が?」

 

 最初に声を上げたのは夜騎士だった。驚きと憧れの入り混じった目で、その背中を見つめている。

 

「風悪より戦えるって……なるほどね」

 

 王位が静かに呟いた。その声には納得と、少しの寂しさが混じっていた。

 

 風悪もただ見つめていた。

 “選ばれし子どもたち”――教室で聞いたあの話が頭をよぎる。

 

「強いわけ……だ」

 

 誰に言うでもなく呟いた。胸の奥に、妙な重たさが残った。

 黒八は胸に手を当てて、小さく息をつく。

 

「助かった……」

 

 その安堵が、ほんの少しの涙に滲んだ。

 

「黒八、大丈夫だった?」

 

 辻がぽつりと尋ねる。

 

「はい。大丈夫ですよ。」

 

 黒八が明るく笑う。

 そのやり取りを見つめながら、風悪はふと辻の横顔に目を留めた。

 無表情。

 喜びも驚きも、まるで何も感じていないようだった。

 

 そのとき、黒いマスクの男が人混みを割って現れた。

 宮中潤(みやうち じゅん)だ。

 

「師、そろそろ」

 

 宮中の低い声。

 四月は頷き、スマホを閉じた。

 

「ああ」

 

 短い返答。

 彼女は振り返ることなく、宮中と共に歩き去った。

 清掃班が現れ、焼けた床を片付け始める。日常が、何事もなかったかのように戻っていく。

 

「……すげえ」

 

 夜騎士は興奮冷めやらぬ様子で拳を握る。

 

「やっぱ、ああいうのが本物のⅩⅢなんだな」

 

 隣で王位は小さく笑う。

 黒八は髪を揺らし、いつもの笑顔を見せる。

 

「でも、誰も死ななくてよかったです」

 

 三人は買い出しを再開した。

 その少し後ろで、風悪と辻が並んで歩く。

 辻の横顔は影のように沈んでいた。その表情に、風悪は一瞬、声をかけかけて――やめた。

 無理に踏み込むことじゃない。

 けれど、確かに感じた。彼の中に、何かが“うごめいている”気配を。

 

 モールの外に出ると、春風が通り抜けた。

 ほんの少し冷たい風。

 その風が去ったあと、空気が妙に静まり返っていた。

 

 風悪は振り返り、四月が立っていた方向を見つめる。

 英雄と呼ばれる者。その背中が、今も焼き付いて離れなかった。

 

 不穏な風が、頬を撫でていく。

 少しの不安と、大きな期待を胸に。

 ――宿泊研修が、始まろうとしていた。

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