【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
第六十一話 合宿前夜、風鈴の下で
葉月の終わりごろ、早めに夏休みが空けた。
まだ朝の空気には蝉の声が混じり、校庭の片隅では向日葵が最後の陽を浴びている。
夏の余韻は、どこか名残惜しく、そして少しだけ寂しい。
放課後の教室は、まだ夏の光の名残が残っていた。
窓の外では、風鈴が涼やかに鳴っている。
廊下の柱に吊るされたそれは、今日だけの特設イベント――
《風鈴づくりワークショップ》
黒いマスクの教師・
チョークの音が、ざらりと夏の終わりを告げる。
「夏期休暇を終えての登校、まずはご苦労。
これより合宿の準備に入る」
静まる教室。
どこか浮ついた空気と、夏の名残がまだ混じっている。
教室が一瞬ざわめいた。
「マジで!?」「うわ、虫とか出そう」「夜は肝試し?」
「バーベキューもあるのかな?」
好き勝手に飛ぶ声の中、
頭の翅が微かに震え、風鈴の音が頭の奥に響く。
涼しい音のはずなのに、どこか“生き物”のような拍を持っていた。
「集合は、明日の翌朝だ。寝坊厳禁。以上」
宮中は短く言い残し、職員室へ戻っていった。
解散の合図で、教室の空気が一気に軽くなる。
*
廊下では、ガラスの素体と色糸が並んだ机を囲んで、
生徒たちが風鈴づくりを楽しんでいた。
短冊には、それぞれの“願い”を書くと音が変わる――という仕掛け付き。
「かじかちゃん、それ描くと音変わるの?」
「変わるよ~。厚みと色の配置で共鳴波形がズレるの。
ほら、音って“見える”からね」
「か・し・か……」
その横で、妃愛主は短冊に勢いよく書き込む。
『テスト全部再試なしで!』
「……それ、願いっていうより欲望だよね」と王位富。
「うるさい! 切実なの!」
笑いが起こる。
「“SSRが出ますように”って願いでも反応する?」
「五戸さん、それ“願い”じゃなくて“賭け”です」
そんな光景を、風悪は静かに眺めていた。
風鈴の短冊は、書かれた言葉ごとに音色が微妙に変わる。
“叶えたい願い”が強いほど、低く温かい音に。
“隠したい気持ち”ほど、細く冷たい響きになる――らしい。
黒八空が隣から覗き込む。
「また難しい顔してるんですね、四月さん
……願いの波が、まるで心拍みたいです」
四月は答える。「合宿のデータにしてる」
ペン先が紙を滑るたび、鈴の内側で
三井野は丸い字で『みんなで“ただいま”って言えますように』と書く。
淡い紅糸で鈴に結わえ、そっと鳴らす。
澄んだ清音のあとに、かすかなハミングの尾がついた。
妃は短冊の前でしばらく考え、結局ひとこと――『まっすぐに』。
鳴らすと、音は少し鋭く、それでいて柔らかな余韻を残した。
低く、地を這うような重音。
波形には一本の芯が通り、端末のグラフが揺るぎなく立ち上がる。
風悪は少し迷い、二文字だけ――『還風』と記した。
鳴らした瞬間、教室の上を渡る風と共鳴し、音が一度だけ広がってから、すっと細く収束する。
波形は外側へ膨らみ、中心へと還っていく。
「カッコつけ~。」妃愛主が笑い、色糸を結びながらちらりと夜騎士を見た。
視線が合う。夜騎士は目を細めただけで、すぐに窓の外へ目を戻した。
風は、うまく吹いていた。
*
風悪は人の流れが途切れた廊下で、ふと掲示板に目をやった。
《星祭り開催!》――夜の縁日の写真が貼られている。
屋台の列。提灯。
……けれど、その一角だけ“欠けて”いた。
屋台の店主の顔だけが、最初から描かれていない。
そこだけ、まるで白い穴のように空白だ。
「……おい、凶」
呼びかけに、夜騎士が黙って頷く。
「わーこの並び、前にも見た。配置まで一緒だ」
五戸が肩越しに覗き込み、息をのむ。
「この配置、あの時の“願い札屋”と同じ……」
「祭りの群集熱が高まると、“音”にノイズが混じる。
夢と現の境界が溶ける条件に近い」
「なにそれ……」
三井野が恐れたように言う。
王位が淡々と続けた。
「願いは裏返せば呪い。強く願うほど、留まりやすくなる」
風鈴の列がいっせいに揺れた。
その音が、一瞬だけ“重く”聞こえたのは、気のせいだったのだろうか。
*
「はい次~、音の確認して~」
鳩絵が出来上がった風鈴を妃に手渡す。
チリン――。甲高く澄んだ音が響いた。
「わぁ、いい感じ!」妃が嬉しそうに笑う。
そのとき、列の端でひとつだけ逆鳴りがした。
音が出てから遅れて
鳩絵は素早く筆を走らせ、風鈴の内側に二つの点を描き足した。
震えはすぐに止む。
「……今の、やばい。“上描き”で封じたけど、波が乱れてた」
「“声”が混ざったんだろう」四月が端末にデータを記録する。
放課後の光が傾き、窓辺の風鈴が最後にひと鳴りした。
風悪はふと掲示板の“白い空洞”を振り返る。
そこだけ風が抜けない。音が留まっている。
――まるで、何かを待っているみたいに。
「合宿、楽しみだな」
風悪が呟くと、夜騎士が苦笑した。
「虫と暑さ以外はな」
「それ、全部じゃん」王位が突っ込み、笑いが起きる。
夕暮れの風鈴が鳴る。
風の音は――まだ、静かだった。