【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
夜。
底なしの闇。湿った地面。妖しく光る茸が、呼吸のように明滅している。
「なあ……キミは誰で、“魔”ってのは何だ?」
ここへ来るたび、風悪は同じ問いを投げる。
少女の顔は、相変わらず霞んで見えない。だが涙だけは、はっきりと光った。
『私も詳しくは知らない。──ただ、近くにいる。私の大事な人を奪った存在』
声には怒りが混じり、表情には深い悲しみが差す。
「大事な人を?」
『巻き込んで、すまないと思っている……』
少女の言葉に、茸がいっせいに脈打つ。紫の光が闇にじわりと広がった。
『“魔”の影響を受けないのは、“外”から来た存在のみ……だから貴方に頼んだ』
伸ばされた指先が闇に溶け、風が止む。
視界は真っ黒に塗り潰された。
──朝。
目覚めた天井はいつも通りで、やけに遠かった。
「そういや
言いそびれた、と風悪は額を押さえる。
胸の奥に、もやのような後悔だけが残った。
気づけば暦は皐月。
夏の匂いがそこかしこに混じり始め、けれど風にはまだ春の柔らかさが残っていた。
教室はいつもと変わらないざわめきに満ちている。その穏やかさが、いまはやけに心地よい。
「四月が
「声が大きいよ」
「しっかし……なんで高校生なんてやってんだよ」
今日の四月レンは、機嫌が悪そうに机の上の錠剤を睨みつけていた。
「“最終学歴、高卒必須”。──って上に言われた」
不機嫌なまま薬を摘み、口に投げ込む。
「ん? じゃあ、正式なメンバーじゃないってわけ?」
風悪が訊く。
「いや。私は中学の時点でⅩⅢの一員。君たちがはしゃいでた“選ばれた子どもたち”の一人」
四月は夜騎士たちの会話を思い出すように、乾いた声で続ける。
「“上”が金で買った子ども、だよ」
冗談めかして言ったそのひと言が、空気を冷たくした。
風悪は胸の奥がちくりと痛む。あの時──自分は地雷を踏み抜いてしまっていたのではないか。
夜騎士と王位が、言葉のないまま風悪を見る。
「順番が逆になったが、“高校には行け”ってことだ。……まあ、気にするな」
四月は軽く言い捨てる。けれど、その声には影が混じっていた。
「なにそれ? いつの間に仲良くなってんの? あたしを差し置いて?」
妃が空気を壊した。
「別に仲良くはなっていない。──黙っとれ」
王位の一蹴で、いつもの教室が戻る。
ホームルーム。
「明日から宿泊研修。忘れ物がないように」
「はい! 先生!」
「なんだ、
「ログボとデイリー捨てられないので休みま──」
「来い」
「先生! 日々の積み重ねが大事なんですよ! 少しでも課金額を減らすには──」
「休むな」
五戸このしろは机に突っ伏す。
「わっかし~何とかして~」
「無理」
「
「ってかバイト──いや、いいや」
五戸がぽそりと呟いた。
表情のない独り言。だがそれは、風悪と
そして当日。
宿泊研修地・風ヶ森。
生徒たちは体操服に身を包みバスを降りるなり、荷物を抱え、ひたすら森を山を登らされていた。
「なんで山を登るんだあ? ああ?」
前を歩く六澄の背に、五戸が不機嫌をぶつける。
すぐ後ろで
「かじか……もう、無理……」
「大丈夫かよ」
夜騎士が手を貸す。その後ろに王位、一ノ瀬さわらが続く。
さらに後方、風悪と黒八が並んだ。
「五戸の言う通りかも……」
「でも、風が心地よいですよー」
黒八はこんな時でも笑顔だ。
「黒八、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ」
そのやり取りを、少し離れて辻颭が無表情に見ていた。
「なら、いいけど……」
風悪は息を整え、一ノ瀬の背を追う。
先頭で茂みが揺れた。
黒い影が飛び出す。裂けた口、鈍い爪──野生の“魔物”だ。
四月が左手を突き出した。
ドンッ。
炸裂する音とともに、魔物は紙片のように吹き飛び霧散する。
「ここは野生の魔物が出やがる」
四月はそれだけ言って歩を進めた。
直後、二階堂秋枷と七乃が目を丸くする。
「今の、四月が!?」
「流石に強いな」
後方で夜騎士が親指を立て、王位が小さく呟く。
にしても、と風悪は眉をひそめる。このタイプの魔物は本来、人を襲うほど獰猛ではないはずだ。“魔”の影響が、森の個体にまで及んでいるのだろうか。
風悪が黙り込むと、黒八がそっと寄った。
「気をつけて行きましょう」
「……うん」
最後尾を行く
「どうしたの愛主? 元気ない?」
「え? いや……」
妃は一瞬驚き、すぐに笑顔を作る。
「元気だよ~! 心配してくれるの? かわいいねえ!」
本当に、ただの“考え事”。彼女は体調を崩しているわけではなかった。
山頂の宿屋。
ロビーで鳩絵が椅子にだらしなく座り込む。
「は~! 疲れたあ! でも、かじかはこの経験を糧に漫画を描く!」
「かじかちゃん、描かないじゃん漫画は」
五戸の一言で、鳩絵はするりと床に滑り落ちた。
「ちなみに、バイトあるよ」
五戸がにやりと笑う。
「え!? こんな時まで……いや、相手は待ってくれないか~」
驚愕からの自己説得。妙に納得してしまう鳩絵。
「ふふふ、稼ぐわよ!」
五戸が不敵に笑った、その時。
「お風呂おおおおおおっ!」
妃の大音声が旅館中に木霊した。
「天国じゃね?」
女の子が好きな彼女にとって、願ってもない状況だ。
「あ、私らちょっと抜けるわ」
「え」
五戸の宣言に、妃が目を剥く。
「そのうち戻るから! 先生には適当にごまかしといて!」
「ちょ、待って!」
妃の制止も虚しく、五戸は鳩絵の腕を引いて風のように消えた。
「覗きイベントとか、これからが面白いところだったのに!」
妃が腰に手を当てて吠える。
隣で三井野は若干引いていた。
「私は見放題だけど!」
妃は胸を張る。
「むしろ男子側を覗き見……秋枷君! きゃ~! わたくしはなんてことを!」
七乃が鼻血を出してのたうつ。
「男子はない!」
妃はぴしゃりと切った。
笑い声が、梁の上でほどけていく。
窓の外、森を渡る風が、ふと逆流した。
その微かな変化に、誰も気づかない。
──夜は、静かに満ちていく。
風が眠る森で、“何か”が目を覚ます。