【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第七十一話 囁く願い、群れが動く

 今日はいつになく騒がしかった。

 生徒たちはそれぞれ手に奇妙な“道具”を持ち、廊下や中庭でざわめき合っている。

 鏡、櫛、短冊、紙刀――昨日まで無かったものばかりだ。

 誰もが願いを叶えんとする熱に浮かされていた。

 

 風悪(ふうお)は辻と並んで歩き、まっすぐ六澄(むすみ)のもとへ向かった。

 視線の先、教室の最前列。

 六澄わかしはいつものように無表情で席に座り、ノートを閉じたところだった。

 その隣、同じく前の席で四月(しづき)レンが単語帳をめくりながら、何かを見透かすように静かに二人の様子を見ている。

 

 風悪は立ち止まり、短く息を吸った。

 

「六澄……話がある」

「なんだ」

 

 淡々とした返事。

 その声に抑揚はなく、まるで感情が抜け落ちていた。

 

 一瞬の沈黙。

 教室の中に、妙な緊張が走った。

 

「お前、何かしたろ」

 

 単刀直入な一言だった。

 辻が思わず目を瞬かせる。

(直球すぎるだろ……)と心の中で焦りながらも、何も言えない。

 風悪の声には、怒りよりも“確信”に近いものがあった。

 

「なにも」

「なにもなわけ──」

 

 風悪が続けようとした瞬間、六澄がその言葉を遮った。

 

「ただ、教えてやっただけだ」

「教えた?」

 

 風悪の眉が動く。

 六澄は前を向いたまま、視線を交わさずに続ける。

 

「困っていたから、教えてあげたんだ。ただ、それだけ」

 

 淡々と、無表情に。

 そこに罪悪感も正義もなかった。

 

「……だから、何を」

 

 風悪の声に苛立ちが滲む。

 この要領を得ない受け答え――どこかで感じた感覚だった。

 そう、黒い妖精《ラウロス》。

 夢で見た、あの得体の知れない存在と同じ気配。

 

 六澄はわずかに唇を動かす。

 

「一条会」

「一条会!?」

 

 その名を聞いた瞬間、風悪と辻の表情が強張る。

 思わず声を上げた。

 

「願いの叶う道具、魔を信仰する集団。面白いだろ」

 

 六澄は、初めて薄く笑った。

 その笑みは冷ややかで、どこか人間離れしていた。

 

「“魔堕ち”を狙ってる集団が! 面白いわけないだろ!」

 

 怒鳴ったのは辻だった。

 机を叩く音が響く。

 彼の顔には怒りと恐怖が入り混じっていた。

 辻自身、かつて魔に呑まれ暴走した過去を持つ。

 その“危うさ”を誰よりも知っているからこそ、堕ちることを肯定する言葉に我慢がならなかった。

 

「辻……」

 

 風悪はそっと辻の肩に手を置いた。

 これ以上は追及しない方がいい。

 そう判断して、静かに言う。

 

「行こう」

 

 辻は強く唇を噛み、無言で頷いた。

 二人は教室をあとにする。

 情報は得られなかった。

 いや――“確信”だけが残った。

 六澄が、この混乱に関わっていることは間違いない。

 

 * * *

 

 昼、十三部の特別対策部室。

 夜騎士(よぎし)たちがBクラスの調査から戻ってきた。

 

「……休みだとよ」

 

 夜騎士が短く報告する。

 

「北乃ムラサキが?」

 

 王位が確認するように問う。

 

「ああ。信者の中核だったはずだが、今日は学校に来ていない」

 

 夜騎士の声には、わずかに苛立ちが混じっていた。

 

「噂が一気に広がったのに、発信源は休み……妙だな」

 

 王位は冷静に状況を整理する。

 

「蔓延した道具、一条会、そして六澄……混乱してきたな」

「こっちもダメだ。六澄からはほとんど情報が取れなかった」

 

 風悪が報告し、辻が続けた。

 

「でも……あいつが“そそのかした”のは分かった」

 

 重く沈んだ空気の中で、誰もが同じことを考えていた。

 ――これは、偶然ではない。

 

 誰かが、確実に“仕掛けている”。

 

 * * *

 

「……見ろ」

 

 王位が呟く。

 窓の外――校庭の方角で、生徒たちがざわめいていた。

 何かを中心に円を描くように人が集まり、その真ん中で、光が揺れている。

 

「まさか」

 

 夜騎士が立ち上がった。

 

「北乃ムラサキ」

 

 四月レンが低く名を呼ぶ。

 

 警報が鳴り、赤いランプが回転する。

 ⅩⅢ(サーティーン)本部の監視棟が動いた合図だった。

 

「外に出る」

 

 夜騎士が窓を蹴って飛び降りた。

 風悪と辻もすぐに続く。

 

 * * *

 

 校庭。

 そこはもはや“集会場”ではなく、“儀式場”だった。

 無数の短冊が空に舞い、櫛が、鏡が、紙刀が――まるで意思を持つように空中を漂っている。

 光の粒が円を描き、中心に少女が立っていた。

 

 北乃ムラサキ。

 白いワンピース姿のその少女の周囲を、黒い靄がまとっていた。

 その手には割れた鏡。

 破片の一つひとつが浮遊し、彼女の瞳に映っては消える。

 

「“願い”が……叶う……」

 

 彼女は呟く。

 その声は静かで、それでいてどこか恍惚としていた。

 

「北乃、やめろ!」

 

 夜騎士が叫ぶ。

 だが彼女は耳を貸さない。

 黒い靄が脈打ち、鏡の破片が一斉に弾けた。

 

「──ああ、熱が……くる。祈りは熱、熱は魔、魔は力」

 

 その呟きが合図のように、空気が歪む。

 

 風悪の翅が震えた。

 空気の流れが狂い、風が逆方向に吹き始める。

 

「暴走してる……“魔”の波形だ!」

 

 辻が叫ぶ。

 

 夜騎士は即座に符を展開し、空間の封鎖を試みる。

 だが、北乃ムラサキの周囲の空間そのものが“反転”していた。

 

「効かない……!? 結界が逆流してる!」

 

 風悪が踏み込み、風を渦に変える。

 黒い靄を包み込むようにして押し上げ、地面へ叩きつけた。

 その一瞬、風の中に“声”が混じる。

 

『共鳴を恐れるな。深淵を覗け』

 

 ラウロスの声――。

 

 風悪の目が見開かれる。

 風の渦が一瞬緩む。

 

「風悪、集中しろ!」

 

 夜騎士の怒声で我に返る。

 

「うるせぇ……分かってる!」

 

 風悪は翅を震わせ、風の流れを逆転させた。

 その風は靄を押し返し、鏡の破片を空へと吹き飛ばす。

 

 黒い光が弾け、校庭全体を包み込んだ。

 一瞬の閃光。

 そして――静寂。

 

 風悪は膝をついた。

 風が止み、靄も消えていた。

 北乃ムラサキは地面に倒れ込み、鏡の欠片だけが散らばっている。

 

 辻が駆け寄り、脈を確かめた。

 

「……生きてる」

 

 夜騎士がため息を吐き、頭を押さえる。

 

 「完全に“暴走”が始まってた。あと一分遅れてたら……危なかったな」

 

 四月レンが現れ、現場を見渡す。

 

「群衆熱の再燃……いや、感染だ。願いの波が、今も残ってる」

 

 彼女は北乃の手元に残った鏡を拾い上げた。

 そこには、かすかに赤い線が浮かび上がっている。

 まるで誰かの“眼”のような紋。

 

「これは……一条会の“紋”か」

 

「まだ終わってない」

 

 風悪が低く言った。

 風が翅を撫でる音が、かすかに響く。

 

 夕陽が沈み、校庭に長い影を落とす。

 その影の奥で、誰かが見ていた。

 

 六澄わかし。

 屋上の手すりに寄りかかり、無表情に呟く。

 

「いいね。これで次は、群れが動く」

 

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