【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
午後の教室。
いつもと変わらない時間が流れていた。
「保健体育だる〜」
「減点するぞ」
「やめて!」
宮中の声は静かだが、どこか冗談めいている。
五戸は慌てて顔を上げ、クラスの空気が少しだけ和んだ。
そんな他愛のないやり取りのあと――授業は始まった。
いつもと同じ、穏やかな午後のはずだった。
* * *
その頃、玄関ホール。
休学中のはずの北乃ムラサキが、静かに校舎へと足を踏み入れていた。
白いワンピースの裾が揺れ、両手には大きな鏡。
瞳は虚ろで、焦点が合っていない。
「祈りは熱、熱は魔、魔は力」
呪詛のような言葉を繰り返しながら、
北乃ムラサキは鏡を両手で高く掲げ――そして、叩き割った。
パリン。
破片が宙に舞う。
粉々になった鏡は塵となり、空気に混ざって広がった。
その一つひとつが、壁に貼られた封印札を貫く。
バチッ――。
結界が軋み、光の線が歪む。
空気が震え、学園全体の結界が崩れ始めていた。
「これで、還れる……」
北乃はうっとりとした笑みを浮かべながら、
懐から小さなスイッチを取り出す。
「――祈りは、熱」
スイッチを押した瞬間、校舎が震えた。
* * *
「……!」
異変を最初に察知したのは、
教室でペンを持つ手が止まり、瞳が細まる。
「これは……毒か!」
四月が立ち上がって叫ぶ。
直後、玄関ホールの方から爆発音が響いた。
ドンッ!
衝撃で窓が鳴り、教室の照明が揺れる。
次の瞬間、生徒たちが次々に倒れ始めた。
「七乃!」
「精霊さん、お願い……!」
光が瞬き、教室の周囲に薄い結界が展開された。
淡い風の膜が空気を包み込み、それ以上の毒の侵入を防ぐ。
だが、すでに遅かった。
半数以上の生徒が机にもたれ、苦しげに呼吸をしている。
「な、んだ……これ……」
「これは……また過激な……」
王位が額を押さえ、苦しそうに言葉を漏らした。
「何が起きた!?」
風悪が叫ぶ。
「毒だ……」
四月は短く答えた。
A組でまだ立っているのは、四月と風悪の二人だけだった。
「毒なら……風で散らせる!」
風悪が両手を広げ、風を操る。
だが、風が毒を押し流そうとするたび、黒い靄が逆流する。
まるで“意思”を持つように、風に逆らう。
「駄目だ……効かない……!」
「特殊な体でもない限り、この毒には耐えられん」
四月が冷静に告げた。
「特殊なって……?」
「妖精や、私のような特異体質者に限る、ということだ」
風悪は首を傾げながらも、理解しようとする。
四月はそれを見て、さらに説明を重ねた。
「なら、先生も悪魔だから──」
風悪の視線が宮中へと向かう。
だが、教壇にいた宮中も苦しそうに膝をついていた。
「……悪魔って言っても、“外の世界”じゃ特定の“
宮中は苦痛に顔を歪めながらも、説明を続けた。
“外の世界”――神に対抗する人間の一部を“悪魔”と呼ぶ。
宮中はその“外の世界の悪魔”であり、力を扱えるが、肉体は人間だ。
毒への耐性は、ない。
「宮中、お前はこのまま此処に居ろ」
四月の指示は早かった。
「しかし──」
「七乃、しばらくここを頼めるか?」
「は、はい……精霊さんたちなら毒は効きませんから」
七乃の額には汗が浮かぶ。
それでも彼女の精霊たちが光の膜を張り続け、教室を守っていた。
四月は小さく頷くと、ふと視線を横に流す。
「……それと」
「?」
風悪が首を傾げた瞬間、四月の目が一人の生徒を捉える。
「
「六澄!?」
視線が一斉に集まる。
床に倒れていた六澄わかしが、静かに立ち上がった。
「何、あんた。倒れたフリしてんのよ……!」
五戸が苦しそうにしながらも、睨みつける。
六澄は淡々と、感情のない声で答えた。
「まあ……“特殊な身体”ではあるな」
その表情には、微笑も焦りもなかった。
ただ、何かを観察しているような、冷たい眼差しだけが残っていた。
「風悪、お前は六澄と共に十三部として行動しろ」
四月の鋭い声が教室に響く。
その言葉に、風悪は反射的に顔を上げた。
「十三部!」
胸の奥が一瞬だけ熱を帯びる。
緊張と使命感が、同時に押し寄せていた。
「わかし……悪事を働いたら許さないんだからね……」
五戸は息を荒げながらも、六澄を睨みつけるように言い放つ。
彼女の瞳には、まだ恐怖と怒りが混じっていた。
「私からの命令。この事態を、何とかしろ」
五戸の言葉が、まるで呪文のように空気を震わせる。
〈命令〉――五戸このしろが持つ言葉の一端が、確かに六澄へ届いた。
「了解」
六澄は眼鏡の位置を直しながら、静かにそれだけを返す。
声には一片の感情もない。
* * *
「オレも戦えたら……良かったんだけど……」
「……ああ」
辻と夜騎士が低く呟く。
彼らは魔の血を引く異能者だ。
毒の影響は弱いが、まともに動ける状態ではない。
「休んでてくれ。オレたちに任せろ!」
風悪は力強く言い切り、仲間に背を向けた。
風が彼の翅を揺らす。
三人――風悪、六澄、四月。
それぞれが立ち上がり、教室を後にした。
「私が先行する。何かあったら、迷わず私を呼べ」
四月が短く言い残し、走り去る。
その背を見送りながら、風悪が呟いた。
「四月……特殊体質って言ってたけど、本当に毒大丈夫なんだな」
六澄は歩きながら眼鏡を押し上げる。
「彼女がたまに飲んでいる錠剤、あれ“毒”だぞ」
「……は?」
風悪が目を瞬かせる。
「毒に慣れるための訓練だ。あの年齢で
淡々と語る六澄の声には、どこか分析者の響きがあった。
風悪は眉を寄せ、納得するしかなかった。
「彼女の特異体質は毒耐性と電気耐性。
それでいて、生成・操るまでに昇華している。
……相当な苦労があっただろうな」
「……お前の方はどうなんだよ」
風悪が問う。
毒にも風にも平然としている六澄に、ずっと違和感を覚えていた。
「自分は、人じゃない。それだけ分かっていればいい」
「なんだそれ」
風悪が眉をひそめる。
六澄は一歩も歩調を崩さず、淡々と続けた。
「キミだって人工とはいえ、妖精だろう?」
風悪は言葉を詰まらせた。
確かに、自分も“普通の人間”ではない。
それでも、この男の言い方にはどこか底知れぬ冷たさがあった。
二人の間を、ひとすじの風が抜ける。
遠くで爆ぜる音が響いた。
四月の戦闘が始まったのだろう。
風悪は小さく息を吐き、視線を前へ向けた。
(悪事を働くな、か……働かないよ、このしろ)
六澄は心の中で呟いた。
その唇には、微かに笑みが浮かんでいる。
(すでにタネは蒔いた。後は、見守るだけだ)
冷たい風が吹く。
六澄わかしの心の闇――それを知る者は、まだ誰もいなかった。