【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

73 / 76
第七十三話 毒の教室

 午後の教室。

 いつもと変わらない時間が流れていた。

 宮中(みやうち)が教壇に立ち、淡々と授業を始める。

 

「保健体育だる〜」

 

 五戸(いつと)が机に突っ伏しながら、気だるげに言った。

 

「減点するぞ」

「やめて!」

 

 宮中の声は静かだが、どこか冗談めいている。

 五戸は慌てて顔を上げ、クラスの空気が少しだけ和んだ。

 

 そんな他愛のないやり取りのあと――授業は始まった。

 いつもと同じ、穏やかな午後のはずだった。

 

 * * *

 

 その頃、玄関ホール。

 

 休学中のはずの北乃ムラサキが、静かに校舎へと足を踏み入れていた。

 白いワンピースの裾が揺れ、両手には大きな鏡。

 瞳は虚ろで、焦点が合っていない。

 

「祈りは熱、熱は魔、魔は力」

 

 呪詛のような言葉を繰り返しながら、

 北乃ムラサキは鏡を両手で高く掲げ――そして、叩き割った。

 

 パリン。

 

 破片が宙に舞う。

 粉々になった鏡は塵となり、空気に混ざって広がった。

 その一つひとつが、壁に貼られた封印札を貫く。

 

 バチッ――。

 

 結界が軋み、光の線が歪む。

 空気が震え、学園全体の結界が崩れ始めていた。

 

「これで、還れる……」

 

 北乃はうっとりとした笑みを浮かべながら、

 懐から小さなスイッチを取り出す。

 

「――祈りは、熱」

 

 スイッチを押した瞬間、校舎が震えた。

 

 * * *

 

「……!」

 

 異変を最初に察知したのは、四月(しづき)レンだった。

 教室でペンを持つ手が止まり、瞳が細まる。

 

「これは……毒か!」

 

 四月が立ち上がって叫ぶ。

 直後、玄関ホールの方から爆発音が響いた。

 

 ドンッ!

 

 衝撃で窓が鳴り、教室の照明が揺れる。

 次の瞬間、生徒たちが次々に倒れ始めた。

 

「七乃!」

 

 風悪(ふうお)の声に応じて、七乃が両手を合わせる。

 

「精霊さん、お願い……!」

 

 光が瞬き、教室の周囲に薄い結界が展開された。

 淡い風の膜が空気を包み込み、それ以上の毒の侵入を防ぐ。

 

 だが、すでに遅かった。

 半数以上の生徒が机にもたれ、苦しげに呼吸をしている。

 

「な、んだ……これ……」

 

 夜騎士(よぎし)が呻き声を上げる。

 

「これは……また過激な……」

 

 王位が額を押さえ、苦しそうに言葉を漏らした。

 

「何が起きた!?」

 

 風悪が叫ぶ。

 

「毒だ……」

 

 四月は短く答えた。

 

 A組でまだ立っているのは、四月と風悪の二人だけだった。

 

「毒なら……風で散らせる!」

 

 風悪が両手を広げ、風を操る。

 だが、風が毒を押し流そうとするたび、黒い靄が逆流する。

 まるで“意思”を持つように、風に逆らう。

 

「駄目だ……効かない……!」

「特殊な体でもない限り、この毒には耐えられん」

 

 四月が冷静に告げた。

 

「特殊なって……?」

「妖精や、私のような特異体質者に限る、ということだ」

 

 風悪は首を傾げながらも、理解しようとする。

 四月はそれを見て、さらに説明を重ねた。

 

「なら、先生も悪魔だから──」

 

 風悪の視線が宮中へと向かう。

 だが、教壇にいた宮中も苦しそうに膝をついていた。

 

「……悪魔って言っても、“外の世界”じゃ特定の“()()”を指すんだよ」

 

 宮中は苦痛に顔を歪めながらも、説明を続けた。

 

 “外の世界”――神に対抗する人間の一部を“悪魔”と呼ぶ。

 宮中はその“外の世界の悪魔”であり、力を扱えるが、肉体は人間だ。

 毒への耐性は、ない。

 

「宮中、お前はこのまま此処に居ろ」

 

 四月の指示は早かった。

 

「しかし──」

 

「七乃、しばらくここを頼めるか?」

「は、はい……精霊さんたちなら毒は効きませんから」

 

 七乃の額には汗が浮かぶ。

 それでも彼女の精霊たちが光の膜を張り続け、教室を守っていた。

 

 四月は小さく頷くと、ふと視線を横に流す。

 

「……それと」

「?」

 

 風悪が首を傾げた瞬間、四月の目が一人の生徒を捉える。

 

六澄(むすみ)、お前は平気だろう?」

「六澄!?」

 

 視線が一斉に集まる。

 床に倒れていた六澄わかしが、静かに立ち上がった。

 

「何、あんた。倒れたフリしてんのよ……!」

 

 五戸が苦しそうにしながらも、睨みつける。

 

 六澄は淡々と、感情のない声で答えた。

 

「まあ……“特殊な身体”ではあるな」

 

 その表情には、微笑も焦りもなかった。

 ただ、何かを観察しているような、冷たい眼差しだけが残っていた。

 

「風悪、お前は六澄と共に十三部として行動しろ」

 

 四月の鋭い声が教室に響く。

 その言葉に、風悪は反射的に顔を上げた。

 

「十三部!」

 

 胸の奥が一瞬だけ熱を帯びる。

 緊張と使命感が、同時に押し寄せていた。

 

「わかし……悪事を働いたら許さないんだからね……」

 

 五戸は息を荒げながらも、六澄を睨みつけるように言い放つ。

 彼女の瞳には、まだ恐怖と怒りが混じっていた。

 

「私からの命令。この事態を、何とかしろ」

 

 五戸の言葉が、まるで呪文のように空気を震わせる。

 〈命令〉――五戸このしろが持つ言葉の一端が、確かに六澄へ届いた。

 

「了解」

 

 六澄は眼鏡の位置を直しながら、静かにそれだけを返す。

 声には一片の感情もない。

 

 * * *

 

「オレも戦えたら……良かったんだけど……」

「……ああ」

 

 辻と夜騎士が低く呟く。

 彼らは魔の血を引く異能者だ。

 毒の影響は弱いが、まともに動ける状態ではない。

 

「休んでてくれ。オレたちに任せろ!」

 

 風悪は力強く言い切り、仲間に背を向けた。

 風が彼の翅を揺らす。

 

 三人――風悪、六澄、四月。

 それぞれが立ち上がり、教室を後にした。

 

「私が先行する。何かあったら、迷わず私を呼べ」

 

 四月が短く言い残し、走り去る。

 その背を見送りながら、風悪が呟いた。

 

「四月……特殊体質って言ってたけど、本当に毒大丈夫なんだな」

 

 六澄は歩きながら眼鏡を押し上げる。

 

「彼女がたまに飲んでいる錠剤、あれ“毒”だぞ」

「……は?」

 

 風悪が目を瞬かせる。

 

「毒に慣れるための訓練だ。あの年齢でⅩⅢ(サーティーン)入りした理由の一つだろう」

 

 淡々と語る六澄の声には、どこか分析者の響きがあった。

 風悪は眉を寄せ、納得するしかなかった。

 

「彼女の特異体質は毒耐性と電気耐性。

 それでいて、生成・操るまでに昇華している。

 ……相当な苦労があっただろうな」

 

「……お前の方はどうなんだよ」

 

 風悪が問う。

 毒にも風にも平然としている六澄に、ずっと違和感を覚えていた。

 

「自分は、人じゃない。それだけ分かっていればいい」

「なんだそれ」

 

 風悪が眉をひそめる。

 

 六澄は一歩も歩調を崩さず、淡々と続けた。

 

「キミだって人工とはいえ、妖精だろう?」

 

 風悪は言葉を詰まらせた。

 確かに、自分も“普通の人間”ではない。

 それでも、この男の言い方にはどこか底知れぬ冷たさがあった。

 

 二人の間を、ひとすじの風が抜ける。

 遠くで爆ぜる音が響いた。

 四月の戦闘が始まったのだろう。

 風悪は小さく息を吐き、視線を前へ向けた。

 

(悪事を働くな、か……働かないよ、このしろ)

 

 六澄は心の中で呟いた。

 その唇には、微かに笑みが浮かんでいる。

 

(すでにタネは蒔いた。後は、見守るだけだ)

 

 冷たい風が吹く。

 六澄わかしの心の闇――それを知る者は、まだ誰もいなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。