【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第七十四話 群集の胎動

 四月(しづき)レンは駆けていた。

 風のように、影を追うように――。

 

 目指すのは玄関ホール。

 そこには、北乃ムラサキ。

 

六澄(むすみ)わかし……もっと、過去が見えれば……)

 

 靴音が硬い床に響く。

 彼女の視界には、波のように揺れる光の残滓。

 過去視の断片が、断続的にノイズのように点滅していた。

 

(本体の私ほどの力があれば……)

 

 四月は、唇を噛む。

 彼女はこの世界に投影された“分体”に過ぎない。

 本体は“外の世界”にあり、ここではその力を完全に発揮できない。

 それが、常に彼女の胸を苛む。

 

「……っ! 侵入者か」

 

 一瞬、視界の端で影が動いた。

 その気配を察知したが、四月は足を止めなかった。

 

 * * *

 

 一方その頃、風悪(ふうお)と六澄わかし。

 二人もまた、四月を追って玄関ホールを目指していた。

 

「速いな、あの人……」

 

 風悪が息を整えながら呟く。

 

 六澄は眼鏡を指で押し上げ、淡々と答える。

 

「彼女は“感覚”が人と違う。焦っても無駄だ」

 

 二人が角を曲がったその瞬間――。

 

 ガシャン!

 

 廊下の外側のガラスが砕け散る。

 粉塵の向こうから、一人の青年が現れた。

 

 冬芽直臣。

 

 その瞳は濁った灰色。

 唇の端から微かに笑みが漏れる。

 

「……敵か」

 

 風悪は反射的に腕を構え、風を展開した。

 渦が生まれ、空気が唸る――だが。

 

 バシュッ。

 

 風が、音もなく霧散した。

 

「なっ……!?」

 

 冬芽の異能――《静破》。

 音と振動、衝撃を完全に消去する能力。

 風悪にとっては、最も相性の悪い相手だった。

 

「相殺された……」

 

 風悪が焦る間もなく、六澄が一歩前に出た。

 

 影が揺れる。

 彼の足元から闇が伸び、細く鋭い“串”となって地面を貫く。

 

 ドシュッ――!

 

 黒い影の槍が、冬芽の身体を突き上げた。

 吐血の音もなく、冬芽はその場で崩れ落ちた。

 

 六澄の異能――《闇使い》。

 形を変え、意思を持たぬまま、命令通りに“穿つ”。

 

 風悪が息を呑む。

 

「……強い」

「必要最低限の動きだけで、十分だ」

 

 六澄の声は、冷たく平板だった。

 だが次の瞬間――。

 

「いいね、その異能!」

 

 背後から声。

 風悪だけが振り返る。

 

 そこに立つもう一人の侵入者。

 名を、流影(るえい)

 

 彼の掌が光り、六澄と同じ“影の形”が展開されていく。

 

「お前……異能のコピーか」

「察しがいいな。短時間だけ、他者の波形を模唱できる」

 

 模唱――他者の異能を一時的に再現する能力。

 六澄の影の構造を、完璧にコピーしていた。

 

「真似……」

 

 六澄は小さく息を吐き、振り返らずに影を広げる。

 

 ザッ――。

 

 壁のように立ち上がった影が、後方からの攻撃をすべて遮断した。

 衝突の音すらない。

 ただ闇と闇が擦れ合い、静かに溶け合う。

 

「……やはり強い」

 

 風悪の口から短く漏れる。

 

「つか、あんた……この前、拠点に来てなかったか?」

 

 流影が影の壁を見ながら、挑発するように言った。

 

「今は悪事はしない。このしろの命令だからな」

 

 六澄は表情を変えず、淡々と答えた。

 

「……」

 

 風悪は何も言えず、そのやり取りを見ていた。

 信じるべきか、疑うべきか。

 六澄の言葉には真も偽も混ざっていて、掴みどころがなかった。

 

 * * *

 

 同刻、玄関ホール。

 

 割れた鏡の破片が床一面に散らばっている。

 その中央に、白衣の女――久遠 礼巳が立っていた。

 背後には二人の信徒。

 足元には、北乃ムラサキの倒れた身体。

 

 久遠は静かに呟く。

 

「ようやく、ここまで来た」

 

 床に描かれた陣が、黒く蠢く。

 学園全体を覆っていた結界が、逆流を始める。

 封じていた“群集熱”が、今度は内側から溢れ出す。

 

「祈りは熱」

「熱は魔」

「魔は力」

 

 久遠と信徒の声が重なる。

 唱えのたびに、鏡の欠片が光を放つ。

 その光はやがて形を持ち、空間そのものを歪め始めた。

 

「夢の再侵食……!」

 

 四月が駆け込み、歯を食いしばる。

 

 空気が震える。

 壁が溶け、現実の輪郭がぼやける。

 世界が、まるで誰かの“夢”に取り込まれていくようだった。

 

 風悪が翅を震わせる。

 

「これは……音じゃない……“声”だ」

 

 耳の奥に、誰かの囁きが響く。

 ――“願いを、還せ”。

 

 床に描かれた陣が光を放ち、教室の床、廊下、空、すべてが溶けていく。

 色も音も形も曖昧になり、ただ“熱”だけが世界を満たした。

 

 風が逆巻き、風悪の視界が白く染まる。

 次の瞬間、彼らは――夢の中にいた。

 

 毒に侵された生徒たちが、

 「生きたい」と願ったその想い。

 その熱が“核”となり、形を持った“世界”。

 

 風悪の周囲を、小学四年生ほどの子どもが走り抜けていく。

 笑顔で、無邪気に。

 その姿は、どこか現実の誰かに似ていた。

 

「なんだ、ここ……」

 

 風悪が呟くと、隣の六澄が冷静に答える。

 

「夢の中、だな」

 

 淡々とした声。

 その目には恐れも驚きもない。

 まるで、すべてを知っていたかのようだった。

 

 子どもたちの声が、空気に溶けて響く。

 

「大きくなったらね、ⅩⅢ(サーティーン)に入るの」

「ボクもヒーローになるんだ」

「選ばれた! やった!」

 

 歓喜と希望。

 未来を信じて疑わない、小さな夢の断片。

 風悪は立ち止まり、耳を澄ませた。

 

「子どもたちの声……」

 

 ぽつりとこぼれた言葉は、風に溶けていく。

 

 その笑い声は、まぶしいほどに明るかった。

 だが次の瞬間――音が、歪んだ。

 

 笑いが悲鳴へと変わる。

 希望が、恐怖の音へと姿を変える。

 

 * * *

 

 先行していた四月レンが、足を止めた。

 その瞳は、過去を見ている。

 

「やめろ……」

 

 消え入るような声。

 懇願にも似たその言葉は、誰にも届かない。

 

 夢の中の子どもたちは、笑いながら泣いていた。

 小さな手を伸ばし、どこかへ帰ろうとしていた。

 

「やめろ……やめてくれ……!」

 

 四月の声は掻き消される。

 笑い声が重なり、やがて悲鳴へと変わっていく。

 

 世界がゆっくりと反転していった。

 明るかった空が墨のように黒く染まり、

 道は血のような赤に染まっていく。

 

 ――その光景を、四月は知っていた。

 

 あの日。

 「紅ノ災禍」と呼ばれた、異能暴走事件。

 その記憶が、夢に“再生”されていた。

 

「……あれは、私たちの……原点……」

 

 四月の肩が震える。

 風悪は言葉を失った。

 

 周囲の空気が波打つ。

 風鈴の音のような高い音が、遠くで鳴った。

 

 風悪は、胸の奥に熱を感じた。

 

(生きたい……という“風”が、吹いている)

 

 風が形を持ち、淡い光となって舞い上がる。

 夢の空が割れ、無数の光の粒が降り注いだ。

 

 それは祈りの残滓――

 かつて“選ばれた”子どもたちの願い。

 

「生きたい」

「帰りたい」

「名前を呼んで」

 

 声が、重なる。

 

 四月がゆっくりと目を閉じた。

 

「――夢は、まだ終わってない」

 

 風が鳴る。

 そして――再生が始まった。

 

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