【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第七十五話 紅ノ災禍/選ばれし子供たち

 二十五年前。

 それは、世界が“祈り”を恐れた日だった。

 

 紅ノ災禍――そう呼ばれる未曾有の異能暴走事件。

 

 異能研究が最盛期を迎えていた当時、

 人類はついに「神の領域」へと踏み込もうとしていた。

 その最前線に立っていたのが、

 当時〈異能因子調律局〉主任の女――久遠礼巳。

 

 彼女が掲げた理論は、人が魔を制御し、

 理性を保ったまま進化するという禁断の構想――「神還計画」。

 

「祈りは熱。熱は魔。魔は力。

 ならば祈りこそが、神への道だ」

 

 久遠はそう言い、

 魔因子を人工的に注入した“進化の儀”を開始した。

 

 だが、実験は制御を失う。

 

 魔因子を取り込んだ被験者たちは、

 肉体を崩壊させながらも理性を失わず、

 恍惚とした表情で祈りを唱え続けた。

 

「祈りは熱、熱は魔、魔は力――」

 

 その声が空気を震わせ、因子の波形が共鳴しあう。

 共鳴は臨界を超え、爆発的な拡散を起こした。

 

 実験施設の上空には紅の光が渦巻き、

 都市全体が燃え上がる。

 建物は溶け、空が裂け、

 数千人が一瞬で紅の光に呑まれて消えた。

 

 それが――紅ノ災禍。

 

 人の祈りが熱となり、

 熱が魔へと変じ、

 魔が災厄へと転じた日。

 

 久遠礼巳だけが生き残った。

 彼女の肉体は魔と半分同化し、

 人と(ことわり)の境界が消えた。

 

 そして、彼女は言ったという。

 

「暴走ではない。

 彼らは還ったのだ。

 神の姿へと昇華したのだ」

 

 その言葉を最後に、久遠は姿を消した。

 事件は封印され、政府は研究を全面的に中止した。

 

 だが、その日を境に、世界は変わった。

 異能者たちは恐れられ、

 そして――管理される側へと転落した。

 

 紅ノ災禍ののち、

 政府は異能の暴走を再び起こさぬために

 十三名の異能保持者を中心に新たな組織を設立した。

 

 その名は――ⅩⅢ(サーティーン)

 

 研究ではなく、制裁。

 保護ではなく、封印。

 異能の秩序を維持するための“処刑機関”。

 

 彼らは「神に代わる裁定者」として動き出し、

 異能犯罪の最終手段――制裁者と呼ばれた。

 

 だが、その裏で別の動きが生まれる。

 

 紅ノ災禍で失われた異能因子を「再調律」するため、

 政府の一部が密かに立ち上げた計画――

 次世代制裁者育成計画。

 

 名目は「ⅩⅢの後継を育てる」こと。

 だが真実は、幼い子供を異能因子安定実験の被験体とする国家実験だった。

 

 この計画が実行に移されるまでに、

 十九年という歳月が費やされた。

 

 資金の調達、技術の確立、倫理的反発の鎮静、

 そして人々の“英雄信仰”の植え付け。

 

 すべての準備が整ったとき――

 政府は、全国の小学四年生を対象に“選抜試験”を実施した。

 

「次のⅩⅢ候補を育成する」と発表され、

 選ばれた家庭には莫大な報酬金が支払われた。

 

 それは国を救う英雄の育成――そう謳われた。

 

 だが、真実は違う。

 

 子供たちは、

 紅ノ災禍で失われた異能因子の再現実験に使われた。

 

 “制裁者を作るために、未来が犠牲になった”のだ。

 

 その悲劇を、誰も知らない。

 いや――知っていて、誰も止めなかった。

 

 それが、この国の“正義”という名の歪みだった。

 

 子供たちの中に、ひとりの少女がいた。

 

 四月(しづき)レン。

 

 冷たい瞳。感情の薄い表情。

 彼女は、他の子供たちとは明らかに違っていた。

 

 その理由は、彼女の異能――過去視。

 

 まだ十歳にも満たない年齢で、

 彼女は“紅ノ災禍”の光景を見ていた。

 

 燃え上がる街。祈る人々。

 そして、狂気に染まった久遠礼巳の顔。

 それらを夢の中で、何度も何度も繰り返し見ていた。

 

(私は“分体”。本体は……外の世界にいる)

 

 そう自覚していた。

 この世界の外側から生まれた存在――

 彼女は、自らがこの“内側の世界”に派遣された異質な者だと理解していた。

 

 だからこそ、彼女の価値観は周囲とまるで違っていた。

 

「大きくなったらⅩⅢに入るの!」

「ボク、ヒーローになるんだ!」

 

 笑いながら語り合う子供たち。

 誇らしげにその姿を見つめる親たち。

 

 だが、四月レンだけは静かに言った。

 

「危険な目にあうだけなのに」

 

 その言葉は、誰の心にも届かなかった。

 この世界では、彼女の冷静さこそ“異常”とされた。

 

 やがて、五百人の子供たちが選抜された。

 政府の護送車両が連なり、都市を離れて山奥へと進む。

 窓の外の景色が、ゆっくりと緑と霧に染まっていく。

 

 行き先は、廃校を改修した隔離施設――

「育成訓練棟」

 

 三年間、ここで学び、訓練を受ければⅩⅢの候補になれる。

 そう説明された。

 

 子供たちは歓声を上げた。

 未来を信じ、英雄を夢見ていた。

 

 だが、それは――“選ばれし子供たち”を使った実験の始まりにすぎなかった。

 

 車内で、笑い声が響く。

「ボク、光の力を使えるようになるんだ!」

「アタシは炎! かっこいいでしょ!」

 

 無邪気な声。

 希望に満ちた顔。

 

 四月レンは、ひとり窓の外を見つめていた。

 霞んだ山の稜線に、紅い光がちらついて見えた気がした。

 

(また……同じだ)

 

 彼女の胸に、かつて見た光景がよみがえる。

 燃える空。崩れる街。

 そして祈り――

 

「祈りは熱、熱は魔、魔は力」

 

 紅ノ災禍の残響が、まだこの世界の底に残っている。

 

(これは――“紅ノ災禍”の続きだ)

 

 少女は小さく呟いた。

 

 誰も気づかないまま、

 バスの列は山深く、閉ざされた道の奥へと消えていった。

 

 その先に待つのは、

 希望ではなく――地獄だった。

 

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