【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

78 / 83
第七十八話 背負う者たち

四月(しづき)の……過去……」

 

 風悪(ふうお)は夢を見ていた。

 群集熱が形を変え、世界を包むその中で、彼はただ立ち尽くしていた。

 

 見渡す限りの闇。

 その奥で、子供たちの声がこだまする。

 

「生きたい……」

「生きたい、生きたい、生きたい、生きたい――!」

 

 無数の声が重なり、渦となって吹き荒れる。

 風悪は耳を塞がなかった。

 痛みも、恐怖も、そのすべてを受け止めようとした。

 

(これが……四月の、過去……)

 

 胸の奥に何か熱いものが込み上げた。

 あの冷静な彼女が、なぜあそこまで強くなれたのか。

 なぜ“悪”を選んででも人を守ろうとしたのか。

 

 その理由が、今なら分かる気がした。

 

 風悪はゆっくりと目を閉じ、呟く。

 

「……生きたかったよな」

 

 風が揺れた。

 彼の頭の透明な翅が光り、柔らかな風が夢の中に広がる。

 群集熱が生む黒い靄を、優しく包み込むように。

 

「オレも、背負うよ――四月」

 

 その声は祈りのように静かで、

 夢の底を流れる“痛み”さえも穏やかにした。

 

 * * *

 

 現実――。

 

 四月レンは動きを止めていた。

 群集熱によって生まれた夢の中に囚われ、

 過去の記憶を繰り返し見せられていた。

 

 苦しみ、怒り、絶望。

 それでも彼女は立ち上がろうとしていた。

 

 そこへ歩み寄る白衣の女――久遠礼巳。

 

「これが、お前の限界だよ。

 群集熱の夢は、心を焼く。理性も意志も奪う。

 ……邪魔者は消す。私たちは還る」

 

 久遠の声が冷たく響いた、その瞬間だった。

 

 ――風が吹いた。

 

 優しい風。

 夢を撫で、靄を散らすような、穏やかな風だった。

 

 どこからか、声が届く。

 

「オレも、背負うよ――四月」

 

 その声に、四月の瞳が開く。

 

「……風悪」

 

 一言、名を呼び、顔を上げる。

 

 雷光が走った。

 次の瞬間、四月の姿が閃光と共に消え、久遠の懐に飛び込んでいた。

 

 蹴撃。

 久遠の身体が宙を舞い、壁を砕いて吹き飛ぶ。

 血飛沫が散る。

 

「馬鹿な……!」

 

 久遠が血を吐く。

 

 背後の研究員たちが慌てて端末を操作した。

 装置が唸りを上げ、風と群集熱が再び流れ込む。

 

 久遠の身体が紅い靄に包まれ、形を変えていく。

 肌が裂け、指先が枝のように伸び、骨が蠢く。

 

「外の風……制御可能……!

 これで、我々は“完全な理”へ還る!」

 

 その歓喜を、雷が貫いた。

 

 だが、弾かれた。

 靄が雷を散らし、久遠の身体はさらに膨張していく。

 

「ったく……お前に“背負える”わけねぇだろ」

 

 四月は小さく悪態をつくと、袖の中から一本のペンを取り出す。

 

 静かに、自分の左腕アームカバー越しに突き立てた。

 

 血が滲む。

 流れ出た赤に電気を通す。

 滲む血が電流を帯び、白い光を紅く染め上げる。

 

 流れた血が、刃の形を取る。

 夜騎士の“影装の大鎌”を思わせる、紅と雷の融合。

 

「――終わりだ」

 

 一閃。

 光が走る。

 久遠の無数の腕が四月を包もうとした瞬間、紅い刃がそれを断ち切った。

 

 鎌が風を裂き、雷鳴が響く。

 斬撃が久遠の身体を貫いた。

 

「無駄なことを……!」

 

 彼女は形を変えながら再生した。

 その瞬間、四月は鎌の形状を解除し、

 自らの血を久遠の体内に溶かし込む。

 

「な……何を――」

 

「毒だよ」

 

 その声には冷たさも怒りもなく、

 ただ、静かな哀しみがあった。

 

 身体が膨張し、内側から崩壊していく。

 靄がちぎれ、目が濁り、再生が止まる。

 

 毒。

 彼女の血は、毒耐性の特異体質を昇華させ、毒を生成するほどに至っている。

 当然、彼女血は毒の塊。

 

「……取り込んだ風は、言うことを聞いたか?」

 

 群集熱、風悪の風。

 久遠には制御できるはずもなかった。

 

「お……のれ……」

 

 最後に吐き捨てるような言葉を残し、

 久遠礼巳の身体は音もなく消えた。

 魔にも堕ちず、神にも還らず。

 ただ――空気に溶けるように。

 

 四月は大きく息を吐いた。

 風が吹く。

 優しい風。

 

 その風の中で、

 彼女は小さく呟いた。

 

「……ありがとう」

 

 その声は微笑のようで、

 祈りのようでもあった。

 

 風悪が目を開けたとき、そこは現実だった。

 夢の群集熱は消え、紅の靄も跡形もない。

 ただ、焦げたような匂いと、冷たい風だけが残っていた。

 

「……戻ってきたのか」

 

 息を整える間もなく、前方に人影が動く。

 流影(るえい)

 模唱異能者であり、一条会の信者のひとり。

 

「……しまっ――」

 

 反応が遅れた。

 流影の掌が伸びる。

 その刹那、風悪の身体が咄嗟に硬直した。

 影の槍が眼前に迫る。

 

 だが――届かなかった。

 

 黒。

 

 世界が、一瞬で黒に染まった。

 空気が沈み込み、光が吸い取られる。

 

「……っ!?」

 

 風悪が息を呑む。

 目の前で、流影の身体が闇に呑まれていく。

 叫び声が、まるで遠くの井戸の底から聞こえるように微かだった。

 

「た、たすけ……!」

 

 その声も、やがて掻き消える。

 闇の奥へ、完全に引きずり込まれた。

 

「この先は、真っ暗な闇だけだ」

 

 低く、冷ややかな声。

 振り向いた風悪の視線の先に、六澄(むすみ)わかしが立っていた。

 

 黒い闇の中心に、彼の姿は異様なほど静かだった。

 その瞳には光がなく、感情の欠片さえ見えない。

 

「六澄……」

 

 風悪は言葉を失った。

 その声の冷たさ、その佇まい。

 人間らしさが、まるで感じられない。

 

 六澄は淡々と、地面に手を下ろす。

 闇が波のように広がり、残っていた影たちを飲み込んでいく。

 

「今回は、近くで見られてよかった」

 

 ぽつりと零れた言葉。

 

 風悪の胸がざわついた。

 “見られてよかった”――

 それはまるで、あいつのような言い方だった。

 

 黒い妖精――ラウロス。

 その姿が、風悪の脳裏を過った。

 

「……どうした?」

 

 六澄が振り返る。

 感情のない声。

 ただ、淡々と観測者のように問う。

 

「お前……まさか……」

 

 風悪が言いかけた瞬間、六澄が再び口を開く。

 

「残党が残っている。片付けよう」

 

 それだけを言い、闇を走らせる。

 地面を這う黒が、影のように残敵を飲み込み、跡形もなく消していった。

 

 沈黙。

 そして静寂。

 

 風悪はその背中を見つめ続けた。

 六澄の放つ闇は、敵を消し去るためのものではない。

 もっと深く、もっと異質な“何か”のために存在している――

 そんな気がしてならなかった。

 

(六澄……お前はいったい、何なんだ……)

 

 風悪は息を詰めたまま、彼の姿を見つめる。

 六澄は振り向かず、闇の奥へと歩いていった。

 

 その足跡は音もなく、風だけが吹き抜けた。

 

 こうして、ひとつの戦いは終わった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。