【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
一条会の事件から、数日が過ぎた。
校舎は静まり返り、校庭の封印痕はまだうっすらと残っている。
学園は休校状態。
生徒たちはそれぞれの寮や家に戻り、ようやく訪れた“日常”を取り戻そうとしていた。
だが、すべてが元に戻ったわけではない。
群集熱の中心にされた少女――北乃ムラサキは、いまだ眠ったままだった。
呼吸は穏やかだが、意識は戻らない。
何を願い、何を見たのか。
その答えは、いまも闇の中にあった。
* * *
一方、
未だ逃走中の一条会の残党を追って、各地を転々としている。
過去視で痕跡を探すものの、敵が結界を張って逃げ込めば追跡は不可能。
「結界の中に逃げられたら、過去視なんて意味ないな……」
そんな愚痴をこぼしながらも、彼女は歩みを止めなかった。
* * *
その頃、学園の近く――。
夕暮れの光が赤く差すアパート前の公園に、三人の姿があった。
「六澄、ちょっといいか」
風悪は呼び出した本人をまっすぐに見つめた。
傍らの一ノ瀬は、スマホを握りしめたまま黙っている。
「回りくどいのはなしだ。単刀直入に聞く。
お前――あの黒い妖精なのか?」
風悪の声は静かだったが、確かな緊張が走った。
半ば冗談、半ば本気。
だが、内心は確信に近かった。
六澄は一瞬、目を細めた。
「黒い妖精か……。
あいにく、自分には“妖精の翅”なんてないが?」
当然の返答だった。
確かに、風悪にも、かつて見たラウロスにも、透明な翅があった。
だが、六澄にはない。
それでも――彼の雰囲気は、どうしても“あの存在”を思い出させた。
声の調子、間の取り方、そしてあの冷たい笑み。
『……はぐらかさないで、ちゃんと答えて』
一ノ瀬がスマホの画面に文字を打ち、見せる。
六澄は小さく息を吐いた。
「はぐらかしてはいない。事実を述べているだけさ」
表情は変わらない。
まるで感情というものをどこかに置き忘れたように。
「お前は、あの黒い妖精と似てるんだ。
見た目も、話し方も、雰囲気も。
そして、あの言葉――“近くで見られてよかった”。
ラウロスが言ってた、“見られなくて残念だった”って言葉に、似すぎてる」
風悪は息を詰めながら言葉をぶつける。
六澄の瞳は静かに光を宿し、どこか遠くを見つめていた。
「翅は妖精の力の源だ。
それがない者を、妖精とは言わない」
「……力の源……」
風悪がその言葉を繰り返す。
六澄は一歩近づき、風悪の肩にそっと手を置いた。
その指先は冷たい。
「自分のことより――君たちは、“魔”を追うべきなんじゃないのか?」
その声は穏やかだったが、どこか底の見えない響きを持っていた。
そして、囁くように耳元で言った。
「“魔”は――誰の中にいるんだろうな?」
ぞくり、と風悪の背筋を冷たいものが走る。
言葉の意味を理解する前に、六澄は背を向けて歩き出していた。
夕焼けの光の中、黒い影がゆっくりと遠ざかっていく。
「六澄……」
風悪がその背中を見送る。
一ノ瀬がスマホに短く打った。
『わかし君、絶対なにか隠してる』
「ああ……」
風悪は小さく頷いた。
確信は掴めなかった。
だが、胸の奥で“何かが繋がり始めている”のを感じていた。
* * *
遠くから、風鈴の音が響いた。
──チリン。
夏の終わりを告げるような、かすかな音。
風が止むと、残されたのは静寂と、
心の奥に残るわずかな違和感だけだった。
それが新たな章の始まりを告げていることを、
まだ誰も知らない。