【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第八十話 風鈴の鳴る方へ

 一条会の事件から、数日が過ぎた。

 校舎は静まり返り、校庭の封印痕はまだうっすらと残っている。

 

 学園は休校状態。

 生徒たちはそれぞれの寮や家に戻り、ようやく訪れた“日常”を取り戻そうとしていた。

 

 だが、すべてが元に戻ったわけではない。

 

 群集熱の中心にされた少女――北乃ムラサキは、いまだ眠ったままだった。

 呼吸は穏やかだが、意識は戻らない。

 何を願い、何を見たのか。

 その答えは、いまも闇の中にあった。

 

 * * *

 

 一方、四月(しづき)レンは動き続けていた。

 未だ逃走中の一条会の残党を追って、各地を転々としている。

 過去視で痕跡を探すものの、敵が結界を張って逃げ込めば追跡は不可能。

 

「結界の中に逃げられたら、過去視なんて意味ないな……」

 

 そんな愚痴をこぼしながらも、彼女は歩みを止めなかった。

 

 * * *

 

 その頃、学園の近く――。

 夕暮れの光が赤く差すアパート前の公園に、三人の姿があった。

 

 風悪(ふうお)、一ノ瀬さわら、そして六澄(むすみ)わかし。

 

「六澄、ちょっといいか」

 

 風悪は呼び出した本人をまっすぐに見つめた。

 傍らの一ノ瀬は、スマホを握りしめたまま黙っている。

 

「回りくどいのはなしだ。単刀直入に聞く。

 お前――あの黒い妖精なのか?」

 

 風悪の声は静かだったが、確かな緊張が走った。

 半ば冗談、半ば本気。

 だが、内心は確信に近かった。

 

 六澄は一瞬、目を細めた。

 

「黒い妖精か……。

 あいにく、自分には“妖精の翅”なんてないが?」

 

 当然の返答だった。

 確かに、風悪にも、かつて見たラウロスにも、透明な翅があった。

 だが、六澄にはない。

 

 それでも――彼の雰囲気は、どうしても“あの存在”を思い出させた。

 声の調子、間の取り方、そしてあの冷たい笑み。

 

『……はぐらかさないで、ちゃんと答えて』

 

 一ノ瀬がスマホの画面に文字を打ち、見せる。

 六澄は小さく息を吐いた。

 

「はぐらかしてはいない。事実を述べているだけさ」

 

 表情は変わらない。

 まるで感情というものをどこかに置き忘れたように。

 

「お前は、あの黒い妖精と似てるんだ。

 見た目も、話し方も、雰囲気も。

 そして、あの言葉――“近くで見られてよかった”。

 ラウロスが言ってた、“見られなくて残念だった”って言葉に、似すぎてる」

 

 風悪は息を詰めながら言葉をぶつける。

 六澄の瞳は静かに光を宿し、どこか遠くを見つめていた。

 

「翅は妖精の力の源だ。

 それがない者を、妖精とは言わない」

 

「……力の源……」

 

 風悪がその言葉を繰り返す。

 

 六澄は一歩近づき、風悪の肩にそっと手を置いた。

 その指先は冷たい。

 

「自分のことより――君たちは、“魔”を追うべきなんじゃないのか?」

 

 その声は穏やかだったが、どこか底の見えない響きを持っていた。

 

 そして、囁くように耳元で言った。

 

「“魔”は――誰の中にいるんだろうな?」

 

 ぞくり、と風悪の背筋を冷たいものが走る。

 言葉の意味を理解する前に、六澄は背を向けて歩き出していた。

 

 夕焼けの光の中、黒い影がゆっくりと遠ざかっていく。

 

「六澄……」

 

 風悪がその背中を見送る。

 

 一ノ瀬がスマホに短く打った。

 

『わかし君、絶対なにか隠してる』

 

「ああ……」

 

 風悪は小さく頷いた。

 確信は掴めなかった。

 だが、胸の奥で“何かが繋がり始めている”のを感じていた。

 

 * * *

 

 遠くから、風鈴の音が響いた。

 

 ──チリン。

 

 夏の終わりを告げるような、かすかな音。

 

 風が止むと、残されたのは静寂と、

 心の奥に残るわずかな違和感だけだった。

 

 それが新たな章の始まりを告げていることを、

 まだ誰も知らない。

 

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