【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

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第八十四話 文化祭、風が笑う日

 ――切ノ札学園(きりのふだがくえん)。

 門の上には、鋭く光る校章が掲げられていた。

 異能保有者特別育成校。通称〈異能学園〉

 

 その朝は、いつもよりも早く校門が開いた。

 「復興記念文化祭」の横断幕が風に揺れ、校庭には色とりどりのテントが立ち並ぶ。

 焼き菓子の匂い、ペンキの匂い、風船のきしむ音。

 学園全体が、久しぶりの“平和なざわめき”に包まれていた。

 

 校舎の放送室から、宮中(みやうち)潤の落ち着いた声が響く。

 

『――生徒諸君、本日は文化祭を楽しむように。

 ただし、異能の使用は安全管理の範囲内で頼む。暴走は禁止だ。以上』

 

 その声に続いて、ざわめきと拍手が広がった。

 教師陣の目は穏やかだが、どこか緊張を含んでいる。

 ――この学園では、“何も起きない”日こそが特別なのだ。

 

 生徒たちはそれぞれの出し物へと散っていった。

 

 A組は〈異能アート&幻想展示館〉。

 B組は〈異能メイドカフェ “B’s♡Charm”〉。

 他にもバンド、演劇、屋台など、校舎中が祭りのような熱気に包まれる。

 

 そんな中、校舎の一角――A組とB組の出店が並ぶ廊下は、まるで戦場のような喧騒だった。

 

「いらっしゃいませーっ! A組の“幻想展示館”ですよーっ!」

 

 五戸(いつと)このしろが声を張り上げる。

 その向かい側で、東風(こち)心地が同じくらいの勢いで叫んだ。

 

「異能メイドカフェ“B’s♡Charm”へようこそ! 本日限定、特製スイーツつきですわ!」

 

 両者の視線がぶつかる。火花が散る。

 

「……出たわね、東風!」

「ふふ、またお会いしましたわね、五戸さん」

 

 互いに笑顔を浮かべながら、まったく譲らない。

 どちらのクラスも観客を引き寄せようと必死だ。

 

 背後では妃がパンフレットを手に、優雅に立っていた。

 その隣では風悪(ふうお)が看板を支えている。

 

「すごいな……これ、文化祭っていうより戦場だな」

「そう、これが文化祭!」

 妃が満足そうに笑った。

 

 そして次の瞬間――

 

「ミスターコンやってるやん! 夜騎士(よぎし)行け!」

 

 五戸が突然、向かいの中庭を指さして叫んだ。

 そこでは有志による“ミスター切ノ札コンテスト”のステージが始まっていた。

 観客席には女子生徒たちがぎっしりと詰めかけている。

 

「なんでオレ?」

 

 夜騎士は眉をひそめた。

 顔立ちは整っているが、本人にその自覚はない。

 

「優勝したら商品頂戴よ! あんたならいける!」

 

 五戸の勢いに押され、夜騎士は困ったように頭をかいた。

 

「……こういうの苦手なんだけどな」

「顔がいいのは罪よ、行ってらっしゃい」

 

 五戸に背中を押され、夜騎士はステージ方向へと歩かされていく。

 

 夜騎士の登場に会場が湧き、三井野と東風の心肺が停止した。

 

「興奮しすぎだよ」

 

 王位が肩をすくめた。

 

 文化祭のテンションは一気に最高潮に達した。

 

 風悪はそんな喧騒を見つめながら、小さく笑った。

 風が頬を撫で、校舎の上を抜けていく。

 

 ――久しぶりに、“風が笑っている”。

 

 A組の展示会場は、薄暗い照明に包まれていた。

 足を踏み入れた瞬間、温度がひとつ下がる。

 天井から流れる風が、光を導き、音を揺らし、

 映像の粒が空間の中でゆっくりと漂っていた。

 

 「動く絵画」「空に漂う音」「風の触感を感じるアート」――

 まるで夢の中を歩いているようだった。

 

 三井野の澄んだ歌声に、七乃の精霊光が重なる。

 一ノ瀬が菌糸で描く模様が床を走り、

 その上を風悪の風が優しく通り抜ける。

 光と風が調和し、ひとつの“生きた景色”が生まれていた。

 

「すごい……!」

「これが生徒の作品なのか?」

 

 来場者の歓声が絶えない。

 SNSでは「#A組やばい」「#異能アート革命」などのタグが広まり、

 一時的にB組のカフェを上回る人気を博していた。

 

 一ノ瀬はタブレットを操作し、来場データを確認する。

 数字が上がるたびに、口元に柔らかな笑みが浮かんだ。

 

「風が……本当に笑ってるみたいだな」

 

 隣で風悪が、映像を見つめながら呟いた。

 柔らかな風が彼の頬を撫で、

 一ノ瀬の髪をふわりと揺らす。

 

 ――穏やかな時間。

 その光景はまさに、“風が笑う日”と呼ぶにふさわしかった。

 

 だが、平穏は長く続かなかった。

 

 展示の終盤、スクリーンの映像がふっと乱れた。

 色の粒が歪み、光が逆流する。

 風の流れが逆向きに変わり、室内の空気がざわついた。

 

 次の瞬間――

 

 チリン……

 

 誰も触れていないのに、風鈴の音が鳴った。

 映像の中にも、確かに風鈴が映っていた。

 だが、それは設定していないはずのものだった。

 

「……え?」

「何の音?」

 

 観客たちがざわめく。

 音が止まり、風が荒れる。

 精霊光が弾け飛び、菌糸のラインが黒く染まり始めた。

 

(制御装置が……反応しない!?)

 

 一ノ瀬がタブレットを操作するが、画面が点滅して動かない。

 黒八(くろや)が一歩前へ出る。

 

「何かが……反応しています!」

 

 その声に、会場が凍りつく。

 

 風悪は中央で立ちすくんでいた。

 だが――彼の周囲だけは、静かだった。

 風の流れも、光の乱れも、彼の身体を避けていく。

 

 他の生徒たちの影が揺らぎ始めた。

 瞳に一瞬、赤黒い光が宿る。

 次の瞬間、生徒たちの前に武器が、

 まるで意思を持つように舞い降りてきた。

 

 刃先がゆらりと震え、光の粒が黒く染まっていく。

 

「やばい……動いてる……!」

 

 二階堂が声を上げる。

 B組の生徒数名が逃げ込んできたが、状況を理解できずに立ち止まる。

 

 ――その時、声が響いた。

 

『ね、これを使って』

 

 誰の声かは分からない。

 高く、柔らかく、だが底のない闇を孕んだ声だった。

 

『これに魂を集めて。

 集めきったら――あなたの願いを叶えてあげる』

 

 その囁きと同時に、生徒たちは武器を手にする。

 

 武器に触れた生徒たちが、その手を伸ばした瞬間、

 目の色が変わった。

 

 暴走ではない。

 それは、“誘い”だった。

 

 ――風は笑っている。

 だが、その笑いの奥に、確かに“泣き声”が混じっていた。

 

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