【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線   作:神野あさぎ

92 / 99
第九十二話 夢を渡る風

 ――夢を見た。

 

 いつもの電車の夢だった。

 車輪の響きが、閉ざされた空間に規則正しく刻まれている。

 窓の外には何もない。

 ただ灰色の景色が繰り返され、同じ場所を何度も回っているような感覚。

 

 いつもなら、あの黒い妖精――ラウロスが現れるはずだった。

 けれど、その日、向かいの座席にいたのは別の存在だった。

 

 白い髪に薄紅の瞳。

 ――ユイ。

 

「お前……!」

 

 風悪(ふうお)は反射的に声を上げた。

 ユイは静かに微笑んで、膝の上で指を組む。

 

「また、お会いしましたね」

 

 その声音は柔らかく、それでいて底のない静けさを湛えていた。

 

 列車は揺れもせず、ただ時間だけが進んでいく。

 

「私たちは“改造された個体”。

 ゆえに、苗字を持ちません」

 

 ユイは淡々と告げた。

 まるで自分の存在を、他人事のように説明しているかのように。

 

夜騎士(よぎし)さんや辻さんの祖先も、そうでした。

 彼らもまた、苗字を持たない人間だったのです」

 

「凶たちが……?」

 

 風悪は眉をひそめる。

 

「ええ。彼らはⅩⅢによって“魔物の血”を交わされた人間の末裔。

 ゆえに、彼らの祖もまた――名を捨てられた者たち。

 名前なんて、私たちを区別するための“記号”に過ぎません」

 

 ユイの声音には、どこか諦めのような響きがあった。

 風悪には、それがほんの少しだけ“悲しみ”にも聞こえた。

 

「……ⅩⅢって、お前も関係してたのか?」

 

 問いかけると、ユイは首を横に振る。

 

「いいえ。私を作ったのは――一条会」

 

「一条会……!」

 

 風悪の胸がざわめいた。

 それはついこの前、学園を襲撃し“群集熱”を引き起こした組織の名だった。

 

 ユイは視線を落とし、かすかに笑う。

 

「一条会は“魔”に憧れを持っています。

 だから、私も……魔の模造として創られたのです」

 

「魔……お前は、どこまで知っている?」

 

 風悪はさらに一歩踏み込む。

 確かめずにはいられなかった。

 彼女がどこまで“核心”に触れているのか。

 

 ユイは少しだけ目を伏せ、静かに言った。

 

「私は、魔に近づいてしまった。

 ゆえに、少しはわかります。

 “魔”は――この世界の舞台装置。

 壊すことも、殺すことも、できません」

 

 電車の窓の外を、光の粒のような文字が流れていく。

 羅列された記号が、空を埋め尽くすように走っていた。

 

 風悪も窓の外に目を向け、息を呑む。

 

「……創造主も、魔も、近くにいるのか?」

 

 問いかけると、ユイは唇の端をわずかに上げた。

 

「ふふふ……もう、薄々気づいていると思っていました」

 

 挑発にも似た微笑。

 その一瞬に、風悪の心がざらりと揺れる。

 

「……それは――」

 

 言葉が喉で止まった。

 宿泊研修の夜から、考えないようにしていた。

 

 魔は“誰か”の中にいる。

 その誰かは、自分のすぐ近くにいる――。

 その考えを、否定したかった。

 

 ユイはまっすぐ風悪を見つめ、静かに言葉を続けた。

 

「そのうち、分かります。

 その時、あなたの“真価”が問われるでしょう。

 ――そして、呼ばれたのがあなたである理由も」

 

 その声が途切れた瞬間、ユイの輪郭が淡く光を放つ。

 身体が粒子となり、空気に溶けるように崩れていく。

 

 風悪は咄嗟に手を伸ばした。

 しかし、指先は空を切り、そこには何も残らなかった。

 

 ――ただ、風だけが揺れていた。

 

 「――“魔”を模造とは、面白い」

 

 低い声が、背後から響いた。

 

 風悪はハッとして振り向く。

 そこに立っていたのは、黒い妖精――ラウロス。

 夢の列車の常連、闇をまとった存在。

 

「お前……いつの間に」

 

 問いかける風悪に、ラウロスは肩をすくめて答えた。

 

「ずっといたさ。

 ただ、成り行きを見ていた」

 

 その声は、まるで眠る森の奥から響いてくるような静けさを帯びていた。

 

 ラウロスはゆっくりと前に歩き、風悪の正面――ユイが座っていた席に腰を下ろす。

 翅が微かに光を放ち、電車の薄暗い空間に影を落とした。

 

「……“呼ばれたのが、お前である意味”か。

 面白いことを言う」

 

 その言葉に、風悪は眉をひそめた。

 

「お前……前に言ってたよな。

 一ノ瀬をそそのかして、オレを“呼んだ”って。

 人工妖精を、外の世界からどうとか……」

 

 ラウロスは軽く笑う。

 

「間違っちゃいない。

 ただ、他の人間ではなく――お前を呼んだことには、ちゃんと“訳”がある」

 

 脚を組み、頬杖をつきながら、ラウロスは窓の外を眺める。

 その表情は、いつものように読めない。

 

「訳……?」

 

 風悪の声に、ラウロスはゆっくりと首を傾げる。

 

「言ったら、面白くないだろ?」

 

 淡々と、それだけを言った。

 

 風悪の中に、苛立ちと不安が混ざる。

 ユイの言葉――“呼ばれたのがあなたである理由もわかります”――が脳裏で反響する。

 

「お前……何を知ってる!」

 

 風悪はラウロスに手を伸ばした。

 だが、その瞬間――

 

 世界が、音を失った。

 視界が暗転し、足元の線路が消えていく。

 

 次の瞬間、重力が戻る。

 身体が傾き、ベッドの端から転げ落ちた。

 

 ――目が覚めた。

 

 見慣れた天井。

 夜明け前の薄暗い部屋。

 心臓が早鐘を打ち、息が荒い。

 

「……また、墜ちた……」

 

 額の汗を拭いながら呟く。

 夢から落ちる感覚。

 まるで、どこか別の世界から引き戻されたような――そんな余韻だけが残っていた。

 

 窓の外では、夜明けの風がそっとカーテンを揺らしていた。

 その風が、どこか懐かしく笑っているように思えた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。