【造られた妖精の少年】は、異能学園で“魔”を滅ぼす――ⅩⅢ 現代群像戦線 作:神野あさぎ
――夢を見た。
いつもの電車の夢だった。
車輪の響きが、閉ざされた空間に規則正しく刻まれている。
窓の外には何もない。
ただ灰色の景色が繰り返され、同じ場所を何度も回っているような感覚。
いつもなら、あの黒い妖精――ラウロスが現れるはずだった。
けれど、その日、向かいの座席にいたのは別の存在だった。
白い髪に薄紅の瞳。
――ユイ。
「お前……!」
ユイは静かに微笑んで、膝の上で指を組む。
「また、お会いしましたね」
その声音は柔らかく、それでいて底のない静けさを湛えていた。
列車は揺れもせず、ただ時間だけが進んでいく。
「私たちは“改造された個体”。
ゆえに、苗字を持ちません」
ユイは淡々と告げた。
まるで自分の存在を、他人事のように説明しているかのように。
「
彼らもまた、苗字を持たない人間だったのです」
「凶たちが……?」
風悪は眉をひそめる。
「ええ。彼らはⅩⅢによって“魔物の血”を交わされた人間の末裔。
ゆえに、彼らの祖もまた――名を捨てられた者たち。
名前なんて、私たちを区別するための“記号”に過ぎません」
ユイの声音には、どこか諦めのような響きがあった。
風悪には、それがほんの少しだけ“悲しみ”にも聞こえた。
「……ⅩⅢって、お前も関係してたのか?」
問いかけると、ユイは首を横に振る。
「いいえ。私を作ったのは――一条会」
「一条会……!」
風悪の胸がざわめいた。
それはついこの前、学園を襲撃し“群集熱”を引き起こした組織の名だった。
ユイは視線を落とし、かすかに笑う。
「一条会は“魔”に憧れを持っています。
だから、私も……魔の模造として創られたのです」
「魔……お前は、どこまで知っている?」
風悪はさらに一歩踏み込む。
確かめずにはいられなかった。
彼女がどこまで“核心”に触れているのか。
ユイは少しだけ目を伏せ、静かに言った。
「私は、魔に近づいてしまった。
ゆえに、少しはわかります。
“魔”は――この世界の舞台装置。
壊すことも、殺すことも、できません」
電車の窓の外を、光の粒のような文字が流れていく。
羅列された記号が、空を埋め尽くすように走っていた。
風悪も窓の外に目を向け、息を呑む。
「……創造主も、魔も、近くにいるのか?」
問いかけると、ユイは唇の端をわずかに上げた。
「ふふふ……もう、薄々気づいていると思っていました」
挑発にも似た微笑。
その一瞬に、風悪の心がざらりと揺れる。
「……それは――」
言葉が喉で止まった。
宿泊研修の夜から、考えないようにしていた。
魔は“誰か”の中にいる。
その誰かは、自分のすぐ近くにいる――。
その考えを、否定したかった。
ユイはまっすぐ風悪を見つめ、静かに言葉を続けた。
「そのうち、分かります。
その時、あなたの“真価”が問われるでしょう。
――そして、呼ばれたのがあなたである理由も」
その声が途切れた瞬間、ユイの輪郭が淡く光を放つ。
身体が粒子となり、空気に溶けるように崩れていく。
風悪は咄嗟に手を伸ばした。
しかし、指先は空を切り、そこには何も残らなかった。
――ただ、風だけが揺れていた。
「――“魔”を模造とは、面白い」
低い声が、背後から響いた。
風悪はハッとして振り向く。
そこに立っていたのは、黒い妖精――ラウロス。
夢の列車の常連、闇をまとった存在。
「お前……いつの間に」
問いかける風悪に、ラウロスは肩をすくめて答えた。
「ずっといたさ。
ただ、成り行きを見ていた」
その声は、まるで眠る森の奥から響いてくるような静けさを帯びていた。
ラウロスはゆっくりと前に歩き、風悪の正面――ユイが座っていた席に腰を下ろす。
翅が微かに光を放ち、電車の薄暗い空間に影を落とした。
「……“呼ばれたのが、お前である意味”か。
面白いことを言う」
その言葉に、風悪は眉をひそめた。
「お前……前に言ってたよな。
一ノ瀬をそそのかして、オレを“呼んだ”って。
人工妖精を、外の世界からどうとか……」
ラウロスは軽く笑う。
「間違っちゃいない。
ただ、他の人間ではなく――お前を呼んだことには、ちゃんと“訳”がある」
脚を組み、頬杖をつきながら、ラウロスは窓の外を眺める。
その表情は、いつものように読めない。
「訳……?」
風悪の声に、ラウロスはゆっくりと首を傾げる。
「言ったら、面白くないだろ?」
淡々と、それだけを言った。
風悪の中に、苛立ちと不安が混ざる。
ユイの言葉――“呼ばれたのがあなたである理由もわかります”――が脳裏で反響する。
「お前……何を知ってる!」
風悪はラウロスに手を伸ばした。
だが、その瞬間――
世界が、音を失った。
視界が暗転し、足元の線路が消えていく。
次の瞬間、重力が戻る。
身体が傾き、ベッドの端から転げ落ちた。
――目が覚めた。
見慣れた天井。
夜明け前の薄暗い部屋。
心臓が早鐘を打ち、息が荒い。
「……また、墜ちた……」
額の汗を拭いながら呟く。
夢から落ちる感覚。
まるで、どこか別の世界から引き戻されたような――そんな余韻だけが残っていた。
窓の外では、夜明けの風がそっとカーテンを揺らしていた。
その風が、どこか懐かしく笑っているように思えた。