「どうして立ち入り禁止の警戒区域にいるのかな?」
大きな衝撃音に目をパチクリしてキョロキョロと周囲を見回す。
白く細い腕、スラリと伸びた脚にニーソックス、ノースリーブのブラウスに赤い紐タイを蝶々結びが揺れ、首元にはチョーカーを身に着けている。
バムスターが池に倒れたせいでザーザー降りの雨のような水飛沫で出来た水溜りを覗き込むと……ボムガールのレゼの姿があった。
も、もしかして……私、レゼに転生しちゃってる!?
しかもワールドトリガーの世界に……!?
「えっと、わかんないです……。」
粉塵による霧が晴れると、目の前には推しキャラクターの迅くんがゴーグルを外して複数体のバムスターが折り重なって出来た山の上から私を見下ろしていた。
「そうか……わからないか……。」
迅くんは内線でゴニョゴニョとしばらく通話をした後、ヒョイッとジャンプして地面に着地するとスタスタと歩いてくる。
ま、まさか近界民だと思われたり……?
どうしよ、玉狛支部だからいきなり斬りかかられたりしないよね?
「君、名前は?」
ビクビクしている私の心配を他所に迅くんは手を差し伸べてくれた。
名前……レゼはなんかヤダ。
武器人間だし、工作員やってたから穢らわしい仕事もしてたみたいだし……。
"……ラプラ……"
あ!いい名前を思いついたかも!
「わ、私はラプラ……。」
そーっと手を伸ばすとぎゅっと手を握られてキラリと白い歯が見えた。
「よろしくラプラ!おれは」
「実力派エリートの迅でしょ!!」
名乗り口上をついうっかり口走ってしまった。
もー!私ってば最初っからドジしすぎ!
"……初対面……"
「そう。とりあえず君をボーダー本部まで連れて行くから。」
迅くんは手を引くとヒョイッと私をお姫様抱っこするとぴょんぴょんと屋根伝いを駆けて行った。
いきなりお姫様抱っこされて赤くなったほっぺたを両手で覆った。
「私、悪い近界民とかじゃなくて……。」
頑張って説明しようとすると、見上げた迅くんの真剣に前を見据える瞳に釘付けになってしまう。
"……情報の……"
うー、最初に会うのが最推しなんて聞いてないよー!
そもそも、なんでレゼの姿で転生したのかわかんない。
わかんない事だらけだよー!
「知ってるさ。……君自身に悪意がないことくらい。」
フッと流し目を向けられて心臓がバクバク言ってる。
ダメダメ!ほっぺたをパチン!と叩いた。
「うぅ……私、頑張るから。」
「わ、私はラプラって言います!近界民じゃないです!!」
本誌で見た顔ぶれだ……。
城戸司令、忍田本部長、林藤支部長、唐沢さん、根付さん、鬼怒田さん、沢村さんがぐるりと会議室の椅子に座っている。
そーだ、私『アフトクラトル侵攻』以降チラ読みしかしてないんだった。
こんなことになるならコミックス全巻買っておけば良かったな〜。
「そうか。では苗字と住んでいる住所は何処かな?」
唐沢さんが涼しい顔してグサグサと痛いところを突いてくる。
もー!困っちゃうからやめて!
それについては元いた世界のことも本当に覚えてないし、記憶喪失ってことで押し切らないと。
はぁー、転生も楽じゃないなぁ。
「本当に覚えてないんです〜!!」
プルプルと身体を揺らしてワーッと答えると城戸司令の背後から影が現れた。
「嘘はついてないみたいだ。」
白くてフワフワな髪!見た目と精神年齢が合ってない!
「ユーマくんだ〜!かわい〜い!!」
ついついユーマくんにハグをしてワシャワシャと頭を撫で回してしまった。
"……接触を……"
「ラプラだっけ?うぶぶ、離れて……。」
小さく呟くユーマくんを覗き込むと目を伏せて頬をかいていた。
あ〜、そっか……。
ユーマくんも男の子だもん、レゼ……私みたいな美少女にハグされたら照れちゃうよね!
思春期男子の純情を弄んじゃダメダメ!
「ごめんね?嫌いにならないで?」
コホンと咳払いが場を切った。
「急な話にはなるが、ラプラ……君には臨時ボーダー隊員入隊試験を受けてもらいたい。」
忍田本部長がじーっと私をみてる。
それってボーダー本部からスカウトされたってこと!?
「え、迅くん、どうゆうこと!?」
迅くんの方に駆けて行って片腕を掴んでグラグラと揺らした。
「あー……実はラプラの可能性を見いだしていてさ。事前に推薦しておいた。」
はあ!?じゃーあの時にゴニョゴニョしてたのは私のボーダー入隊について話してたの!?
迅くんの未来視で見えてたんだ……持ち前の身体能力で活躍する私の姿……。
「それで、受けるか?受けないか?」
幹部たちの視線がじーっと私に集まって、顔が真っ赤になってしまう。
「う、受けます!!受ければいいんでしょ!!」
「おー、基本的な平均記録は上回ってるなー。」
筆記試験はまるで駄目で自信が無かったけど、実技試験で挽回出来たみたいで良かった〜!
やっぱりボムの……私の身体能力が高くてラッキー!
頑張ってA級になったら迅くんの彼女……じゃなくてパートナーになれるかな?
「ほんと〜!?うれし〜!!」
ぴょんと飛び跳ねて迅くんの腕に手を回した。
「ラプラ……距離が近いって。」
迅くんはそうゆうと顔を伏せた。
かわいい〜迅くんが照れてるところ初めて見たかも!
「迅くん、照れてる?」
体を寄せて顔をのぞき込もうとすると反対方向に腕を引っぱられた。
「コイツが例のラプラ?」
そのせいでグラッとしてしまいボスっと体が抱えられた。
A級の太刀川くんだ!
太刀川くんに抱きよせられてる!?
顔を見上げて眺めるとやっぱりイケメン!
「ああ。ラプラ、彼を知ってるね?」
あちゃー!
やっぱり最初に出会った時に名乗り口上を口走っちゃったから……。
「えと、えと……知らないかなぁ?」
人差し指を顎につけてぶらんぶらんと体を揺らした。
どうにかして誤魔化せないかな?
"……知識の……"
「いやいや、君はサイドエフェクト持ってるでしょ。」
う〜、やっぱりそうなるよね。
未来視のサイドエフェクトは迅くんだし……。
直感、正夢、予知夢、予兆、前兆、千里眼、透視、虫の知らせ……。
"……啓示と……"
「そうなのかも……えと……啓示?みたいな?相手の情報が分かる感じかなー。A級1位の太刀川くんでしょー?」
太刀川くんに寄りかかりながら答えると迅くんが手を叩いた。
「はいはい。正解だ。と言うことでラプラはC級隊員になった。」
あれ?何だか二人とも機嫌悪い?
もしかして……ヤキモチ妬いてる!?
えー!!嫉妬とか……かわいーんですけど!!
「迅くん、そんなにムッとしなくてだいじょうぶだよー。」
迅くんはムスッとした顔で私を抱き寄せた。
男子って直ぐに態度にでるからな〜。
「で、ラプラの住居とかはどうすんの?」
あ!確かにぜーんぜん考えてなかった。
服も一着しかないし、お金も持ってない。
いきなり野宿とかやだよー……。
「予定通り、ルームシェアハウスに住んでもらう。」
えー……寮とかじゃなくてルームシェアなの?
あんましオペレーターの女子たちと上手くやる自信ない……。
女子って可愛い子を目の敵にするし。
私とか直ぐハブられちゃいそう。
「はーい。ルームシェアかぁ……。」
「じゃあ、俺、歌川、奈良坂、犬飼、荒船としばらく暮らしてもらうから。」
嘘でしょ!?
ボーダー男子の中でもイケメンどころとルームシェア!?
いいの!?
「えと、えと、私はラプラって言います。」
6人が住むルームシェアとしては狭めの間取り……。
「オレ達の名前は知っていると思うから自己紹介は省く。君の部屋は角部屋を使ってほしい。なかに日用品が入っているから確認してくれないか?」
歌川くんに導かれるままに部屋を開けるとピンク色が散りばめられたフリルやリボンモチーフの家具とベッド、クローゼットには服や日用品が入っていた。
「わー!!ドライヤーもヘアアイロンもあるー!!めっちゃ好待遇〜!!」
クローゼットの段ボール箱を開けると下着類が入っていて、歌川くんはそれを見ないようにしながら後退りした。
「……開封は後にしてもらっていいかな。」
いっけない!!思春期男子には刺激が強すぎちゃったみたい!!
「ごめんね?嫌いにならないで?」
そのまま部屋から出ていってしまった歌川くんを追いかけるとリビングで太刀川くんと奈良坂くんに犬飼くん、荒船くんがババ抜きをしていた。
「……次は俺が案内する。」
奈良坂くんはトランプの手札を伏せて立ち上がって歌川くんと場所を交代した。
「ありがと〜奈良坂くん!」
ピタッと動きが止まって、じーっと見つめられた。
穴が空くくらい見つめられて顔がカーっととなって、ほっぺたを両手で覆った。
「……で、お手洗いは男女別。洗面台と風呂場、キッチンは共同になってる。」
えー!?お風呂が一緒って……ハプニングの気配を感じる!!
やっぱり男の子だし……。
「えと、えと……家事の分担とか、どうゆう感じ?」
上目遣いをすると奈良坂くんは目を伏せた。
やっぱり美少女のうるうる顔に弱いんだー!
「それは俺が説明する。」
奈良坂くんの肩を叩いて荒船くんがズイッと近寄った。
近い近い!!
「うぅ……近いよぉ……。」
荒船くんは目を伏せてポツリと零した。
「……ラプラは何もしなくていい。何かあれば言ってくれ。俺たちが解決する。」
きゃー!?もうそれ告白じゃん!!
尽くすから一緒にいてくれってゆーやつ!!
「ラプラちゃん、おれを忘れないで。」
肩に手が置かれて犬飼くんが顔を近づけてくる。
「やーん!!心臓もたないよ〜!!」
「ね〜犬飼くん、昨日のご飯あんまし美味しくなかったよね?太刀川くん、料理下手くそじゃね?」
訓練室前のロビーまでず〜っと犬飼くんと腕を組んで歩いてきたから、女子隊員達は嫌な顔をしてC級隊員達はヒソヒソと噂した。
「あー確かに。プロ並みとは言えないかなー。」
犬飼くんはニコニコしながら腰を抱いている。
でもなー……最推しは迅くんなんだよなー。
関係もって執着されたら嫌だし……。
「あ!!出水くんに米屋くんみっけ!!」
ロビーでソファに座っている二人に向かって背後から抱きついた。
「あ、ああ。あんたがラプラね……。」
「初対面だよな。」
二人は慌ててスマホ画面を黒にした。
……あれ?でもさっきの写真……。
「ちょ、ちょっと〜!!なんで私の写真を持ってるの〜!!」
犬飼くんの肩をポコポコとグーで叩いた。
見間違いなんかじゃない。
あれはレゼ……じゃなくて私の姿だった!
「落ち着いて。今ボーダーのB級以上で『ラプラちゃんの写真』を待機画面にするといいことが起こるって噂になってるだけだよ。」
なにそれ!?盗撮じゃん!?
それにいつ撮ったやつ!?まさかルームシェア中!?
「ええ、そうなの。私もラプラちゃんの写真を待ち受けにしているわ。」
振り返ると加古が立ってスマホ画面を向けていた。
ルームシェア中ではなく入隊試験前の証明写真。
……女子に待ち受けにされるの、いやなんだけど。
どうせ『私のほうが綺麗』とかディスってるんだろうし。
「そうですか……。なら別に……。」
下を向くと歌川くんがダッと駆け寄ってきた。
「ラプラ!!食事を一緒にしないか?……もちろん犬飼は抜きで。」
顔を上げると歌川くんと犬飼くんが睨み合っていた。
またまた嫉妬!?
美少女って、いるだけで罪なのかも……。
直ぐに奪い合いが起こるんだもん!!
"……思い込……"
「もー!!二人ともケンカしないで!!私は一人しかいないんだから!!犬飼くんはまた今度ね!!バイバイ!!」
犬飼くんは目を伏せてそのまま何処かに行ってしまった。
ついでに加古もいつの間にか居なくなっていた。
「……犬飼には悪いことをした。」
「ねー、今日の部屋着どーかな?」
夜に部屋に戻ってファッションショーをしていると警報が鳴った。
『イレギュラー門発生 イルガー13体確認』
嘘!?まだアフトクラトル侵攻には早くない!?
でもせっかくC級になってトリガーも持ってるし、イルガーって木虎が倒したやつだよね?
私の本領発揮だ!!
「「「「「トリガーオン」」」」」
……え?なんでみんなトリオン体になってるの?
あ!そっかあ!!私と同じ考えなんだ!!
「トリガーオン!私が先にイルガーを倒すね!」
ベランダから飛び出すとバンッという音がして体勢が崩れた。
……撃たれた?
誰に?
「ベイルアウト機能がない。犬飼、回収してくれ。」
歌川くんの声……?
は?なんで?
ベイルアウト機能がないってどうゆうこと?
私は何もしてないのに……。
……あ!そっか、私を近界民だとみんな誤解してるんだ。
だったらイルガー倒して証明すればいい。
「私は……」
頭を撃たれたけど、トリオン体が崩れただけ。
まだ、動ける。
倒れる前にグラスホッパーを背中に当てて、軌道を変えて弧月を構えてイルガーに向かった。
……そもそも……なんで、人がいないの?
今朝まで人がいたのに……避難区域だったの?
「ボーダー隊員だから!!」
イルガーに向けて飛びかかると、またバンッという音がして胴体を撃ち抜かれた。
振り返ると犬飼くんと太刀川くんが真っ直ぐこちらを見ていた。
「本当だったんだな。荒船と奈良坂の弾を急所に撃ち込まれてトリオン体ではなく生身で生きているなんて。」
太刀川くん?
は?は?生身……?
両手を改めて見るとトリオン体が崩れて血が流れ出している。
「女の子の形をしている兵器だと罪悪感感じるから、おれ達がやるしかなかったからなー。」
犬飼くん?
『女の子の形をしている兵器』って何?
「兎に角、最悪な未来に進む可能性を排除するか。」
……迅くんは、迅くんは最初から私を『武器人間』だと知っていたから……優しくしたの?
だからルームシェアで監視をつけていたの?
武器人間かどうか、確認するため泳がせて……。
待ち受けで兆候がないかみんなで見張ってた?
全部全部全部演技でお芝居だったの?
私を馬鹿にしていたんだ……。
「……ボンッ」
「な、なんだあの姿は……。」
もーいい。
そっちがその気ならボムの力を見せてやる。
「ボンッ」
太刀川に向かって爆弾を飛ばすとシールドが割れ、後ろに引いたみたいだけど腕を怪我したみたい。
ザマアみろ。
私を馬鹿にした罰だ。
「犬飼!!引け!!」
「ボンッ」
犬飼に向けて爆弾を飛ばすと負け犬の犬飼はベイルアウトした。
散々コケにしやがって。
イルガーの方を見ると13体が一斉に避難区域外にでて回游し始めている。
「あ!そーだ。イルガーって爆弾なんだよね?」
太刀川は表情を強張らせた。
もう遅いんだよ。私を嘲笑いやがって。
「ボンッボンッボンッボンッボンッボンッボンッボンッボンッボンッボンッボンッボンッ」
イルガーの群れは爆発して夜の街は火の海に照らされている。
「うっ……」
また狙撃された。
奈良坂、荒船のやつらだ。
きっと場所を移動してる。
なら……。
「ボンッボンッボンッボンッボンッボンッボンッ」
手当たり次第に待ちに爆弾を撃ち込んだ。
するとベイルアウトが数十単位で流れていった。
待機していた隊員達もいたのか。
「うっ……また狙撃!?しつこいんだよ!!ボンッボンッボンッ」
辺りが平地になるまで……。
横を見ると太刀川が弧月を構えている。
どうせ旋空弧月だろ。
「……消えろ、悪魔め。」
気づくと腹にブレードが刺さっていた。
……歌川か。
「ボンッボンッボンッ」
ベイルアウトが二つ流れて、周囲には火の光と黒煙だけがある。
人の営みを感じさせるものは何もない。
そこに一陣の風が駆け抜けた。
「迅……。」
どうして私を騙したの?
"……虚飾と……"
私は何か罪を犯したの?
"……偽りの……"
まだ何もしていないのに。
「……ラプラ、結局おれ達はどうすれば良かったんだ?」
しらねーよ!!
私だってしたくてしたわけじゃない!!
"……望んで……"
「わからないよ!!……私、私……こんな事がしたかったわけじゃない……」
私はただ……。
"……は死と……"
「君はもう、後には引き返せない。……取り返しのつかないことをしたんだ。」
"……戦争と……"
迅は風刃を構えて、ただ私を見ている。
"……支配だ……"
「私、みんなと仲良くしたかった……それってそんなにいけない事だった?」
ヒュンッと音がして、
「……君の本来の姿で出会えていたら。」
「うーん、やっぱりダメだったか。」
ゆっくりと瞼を上げてグッと伸びをする。
白い視界に飛び込むのは某国のデビルハンターの女が椅子に座って口をパクパクと動かしている姿だった。
「せっかく『ボム』という爆破の能力と美貌、身体能力を兼ね備えた下駄を履かせて他者から受ける評価の過程をすっ飛ばしてあげてさ。」
女の方に近寄ってみるが、泡を吹いて涙を流している。
「だからみんなに好かれて、説明しなくても強くて有能だって直ぐに理解してもらえたよね?」
肩に手を乗せて耳を指でつつく。
「既知の情報で信頼関係の構築も早く済んでさ。幹部連中から無条件で肯定されて。」
耳に唇を近づける。
「努力と成長、それに紐づく実績の獲得と地位の形成みたいな地道な作業を通らずに済むよう、ショートカットして『君だけの舞台』を用意してあげたのに。」
そして終わりの合図を囁いた。
「君が見せる夢はツマラナイな。」
、、、
「『可能性の悪魔』はどうでしたか?」
マキマさんはその姿とデスクに似つかわしくないジャンプを読みながら口を窄めた。
「うーん、イマイチかな。ワールドトリガーの本編が変わっていない。」
『可能性の悪魔』で『漫画作品の世界を侵略できるか』試すと言われたときはどういう事かと思ったが、今もよく分かっていない。
「夢は夢、可能性は可能性ってことかな。」